『The Judas Hound -贖罪の牙-』 作:LCL Stuio R
[記録日時:1月11日 10:30 / 対象:Puppys全個体]
翌日、朝練習は事前に無しと伝えられていた。練習を開始してから初めての事でみんな驚いたが、朝食を食べ終えて道場に集合すると、いつもは道場の隅で置物になっているホワイトボードが真ん中に据えてあり、タイプだけでなくパンサーとチーターもいる。
タイガー「諸君、昨日はご苦労だった。辛い思いをした者もいると思うが、今後の戦いに活かす為にも、私も自分事として君達に伴走していこうと思う。」
すると、今度はチーターがボードに何か書き始めた。
チーター「じゃーん♪今日は、みんなの『得意な事』を深掘りしていきまーす。経験の『棚卸し』ってヤツ☆」
道場において、これまでタイガー以外のスタッフが話す事はほとんどなかったので、一同は少し動揺した。
タイガー「これまで、プロレスにおいて私が『普通の』練習生にさせてる、基礎の基礎と言える練習ばかりを積んできてもらった。それは、『普通の』プロレスデビューであれば正解だが、状況が違うという事だけは昨日一日で完全に理解した。」
本来なら、時間をかけてケガをしない為に受け身の技術や、地力を伸ばす基礎技から徹底的に体に叩き込むのだが、彼女達は最初から『勝ちをもぎ取りにいく』為の『必殺技』が必要である。また、階級制度も無いので『体格差はあるもの』としての試合構築を学ばなくてはいけない。{るり}は一生懸命ノートを取っている。6人の中だと{ひなた}もノートを時々取るが、書き込みの質・量ともに{るり}には及ばない。
チーター「そこでタイちゃ…タイガーせんせーと相談してー、みんながどんな素養、経験があって、何を目指していくかを考えていこうって回よ♪」
パンサー「チーターはみんなと会話して話題を引き出す係。タイガーは勿論、それを元に参考にすべき選手やレスリングスタイルを提案する係。私は参考映像収集の他、メディカルチェック時の数値や解剖学の観点からそのスタイルに適しているか等のテクニカルサポート全般を行うわ。」
パンサーの進行で『棚卸し』がスタートする。
チーター「れいなちゃんは部活でバレーやってたから背が高いのねー。ジャンプやスパイクは何かに使えるんじゃない?」
パンサー「かなり有用なヒントだけど、身長に関しては厳しいと考えた方がいいわ。れいなさんは168cm。女子なら長身の部類だけど、少なくとも前回の相手は全員私の見立てで175cm以上。つまり体重で勝ってる可能性もさすがに無いとして、基本的に身長・体重で不利な相手ばかりと戦う前提にはなると思うの。」
タイガー「上から飛び掛かるには少し打点が足りないかもしれないし、届いたとしても大したダメージにならない。」
パンサー「筋力でいうと、ブランクがあるからか腕は普通の女子より少しあるぐらい。逆に脚力は落ちてなくて、垂直跳びなんて現役選手並みよ。」
タイガー「同じ女子相手なら、シンプルな高打点パワースタイルの戦術を紹介するんだが…、大きい相手と割り切るなら蹴り技、とりわけ『ドロップキック』主体のヒット&アウェーでダメージを稼ぐ。フィニッシュも脚力を活かしたものを選定した。この選手リストの映像を見せてもらってくれ。次は…」
とタイガーがいうと、{るり}が名乗り出る。
るり「私もれいなさんと一緒で『バレー』を習ってたんです。小学校までですけど…。でも、なんか違う話をしてるようで…。」
数秒間、全員の頭に「?」が浮かんだ後、{ひなた}が食い違いの原因に気付き、少し笑ってから答えた。
ひなた「るりさんがやってたのって『クラシックバレエ』の事じゃないですか?たぶんれいなさんは球技の『バレーボール』で…」
るり「あぁ、そういう事ね。私てっきり『流派が変わるとこんなに違うの?』って勘違いする所でした。」
一同がひとしきり笑った後、パンサーが分析する。
パンサー「長座体前屈はベッタリだったし、握力が一般男子に近いぐらいあるのは…ピアノって言ってたっけ?」
タイガー「それであの硬いヘッドロックか。グラウンド中心のスタイルは選択肢が多い。基本のキャッチレスリングからグラップリング、ヨーロピアンに柔術。関節をキメれば最低限の握力で筋力差なんて消し去る事も可能だ。但し、相手に余力があると無理矢理突破される事もあるから、次の手も用意したい。」
パンサー「可動域の差がそのままダメージに出来るから、最高のチョイスね。研究熱心なるりさんとも相性抜群じゃないかしら。気になる事は…」
チーター「おねーさんたち(?)としては、るりちゃんが相手と密着して戦うスタイルはひっじょーに心配です☆」
人差し指を立てて{るり}にグッと詰め寄るチーター。しかし{るり}は指を握って押し退ける。
るり「私は勝つ為にできる事をやります。それに、気を取られてもらえるなら、好都合ですから。」
タイガー「その心意気は受け取った。まだ的が絞れてないから、一通り調べつつ練習の中で方針を固めよう。次は…」
{つばさ}が手を上げる。
つばさ「ずっと陸上一筋でメインは短距離と、高校から走り幅跳びも始めて、大学に入って十種にも出るようになりました。」
タイガー「正直、つばさほどの素材には練習生でも出会った事が無いぐらいだ。背も2番目に高いし、若いのに走れて跳べて、パワーもスタミナもある。」
パンサー「男性連中に一番大きく差を付けられそうな所は…スピードとスタミナ、だと思うわ。リングじゃなくて原っぱだったら、多分奴らは誰もつばさちゃんには追い付けない。」
タイガー「であれば素早さの差を広げて、相手の戦意を奪うのはありだな。機動力攻撃で崩したり脚を殺し、動きが鈍くなったら大技で仕留める。具体的に数名のレスラーの顔が浮かんでいる。資料をもらってくれ。次は…ひなたか。」
ひなた「はい。私は…部活などには参加した事がなく、これと言って得意な運動もありません。」
パンサー「でも持久力を中心に、意外と体力テストの数値は悪くないのよ。運動は嫌いなの?」
ひなた「家がいつも貧乏してたので、子供の頃から家の手伝いしかしてなくて…。高校からはひたすらバイトしてました。」
タイガー「持久力は『負けない』という点においては1番欲しい能力なんだが…、今は勝負を決める決定力が欲しい…。体育で得意な運動はあったのか?」
ひなた「持久走以外にあまり得意な種目はありませんでした。一応、マット運動と鉄棒は褒められた事がありますが、小学生の頃の話です…。」
パンサー「体力テストでも、シャトルランはトップの二人に肉薄する3位と優秀だったけど、あとは尖った数値がないというのが…まぁ、あくまでスコア上ね。」
タイガー「今後、改めて私とスパーを行い、どんな動きに適正があるか直接確認しよう。数値に出ない動きの特徴が見つかるかもしれない。あとの2人は…」
チーター「かすみちゃん、こはくちゃんはそれぞれ格闘技のバックボーンがあるのよねー。こはくちゃんは柔道ね♪」
こはく「はい。もう3年ぐらいお休みしてたんですが、5、6年ぐらい続けてたのもあって、身体が覚えてるのには自分が1番驚きました。」
タイガー「柔道出身のレスラーは多いが、気を付けたい点が幾つかある。まずは、階級の壁の問題だ。競技の性質上細かく階級分けされてあり、あまり体格差のある相手との経験が少ない事が多い。それに紐づく問題だが、柔道出身のレスラーはヘビー級の選手が多い。奴らは体格不利をあまり想定していないので、それをそのまま真似は出来ないと考えよう。」
チーター「えー?でも昨日は柔道技が決め技になったよー?」
タイガー「あれは完全に不意を突いたが、あの結果は相手陣営も今頃震えていると同時に、最大級の警戒対象にもなっているはずだ。」
こはく「…しばらく柔道技は禁止…ですか?」
タイガー「いや、少なくとも一本背負いはちょっとの間撃たない方がいいが、他は構わない。特に入り方のバリエーションをいっぱい見せて、的を絞らせないようにしたいな。ただ、身構えられながら大きい相手を投げるのは不可能に近いので、基本のレスリングをしっかりマスターした上で、いきなり柔道に切り替えて『意識の外』から相手を刈り取りたい。使う技を選定した上で、技の繋ぎ練習をやっていこう。」
かすみ「最後は私ですね。」
タイガー「MMA(総合格闘技)の所謂ストライカー(打撃主軸スタイル)だが、要所で関節技も心得ている。正直現状、並の男共となら平場でやりあっても大抵勝つとは思う。」
かすみ「はい。勝ちすぎてここに来ました。」
タイガー「だが、その過信が一番怖い。身体も2番目に小さいし、昨日みたいに体格差にものをいわせて悪戯を仕掛けられ、強引に攻撃の起点にされる。やはり、組み付かれても相手の自由にさせない為のレスリングを習得して、自分の技に繋げて勝ちたい。それが出来れば、現状レベルの相手なら負けないだろう。」
一通り、全員の戦術についてまとまったところで、タイガーが総括に入る。
タイガー「とりあえず、暫定で各自の練習方針を決めたが、これらは全く確定じゃない。私も全てを把握していないし、何せ君達とはまだ出会って1週間だ。状況次第ではやる事もガラっと変える可能性もあるが、付いてきてほしい。」
パンサー「それと、ここからの練習には私やチーターもサポートで参加するわ。とはいえ私達はレスリングなんてできないので、基礎錬のメニュー進行や記録なんかを受け持ちます。記録やタイムの変化に基づいて分析したり、提案もすることがあるかもしれないわ。」
チーター「タイガーせんせーは全員の個人練習を順番にまわしていくので、役割分担ってコトね☆」
タイガー「今日は自主練については各自でやっても構わんが、基本的に日曜日は練習をオフとする。これは興業が水・土曜開催の為だ。大した自由が許されてない中で悪いが、休める時に休んでおいてくれ。映像資料を見るも良し。軽く身体を動かすも良し。…まぁ、朝から長話ですまんかったな。今日は解散!」
チーター「よーし☆ じゃあ、今からちーちゃん主催・今日のおやつ会議を始めまーす♪」
少女達の、「とはいえ、練習しなきゃ…」という空気を察したチーターの提案で、みんなで休める空気ができた。束の間の休息を噛みしめ、次の戦いに臨む。たとえそれが過酷な戦いだとしても。