その雄姿に惹かれる皇女は、彼の『秘めたる剣』を磨き上げる役割を期待されていた……。
「皇女さま、ご指南お願いします!」
透き通った声が、今日も白壁に響く。
精悍な少年の顔立ち。
その純真さは、乙女の気持ちに華やぎを添えた。
彼は休むことなく鍛錬場へと現れ、師の技と体をその目に焼きつけていった……。
鍛錬が終わり、扉の前で辺りをうかがう少年。
『カチャッ……』
彼は部屋に入ると、すぐさま鍵をかけた。
緩められた道着から漂う、汗の臭い。
『シュッ……』
隠された真剣が剥き出しにされる。
彼は喉を鳴らすと、禁忌とされるそれを掴んだ……。
質量を持つ刀身。
『シュッ、シュッ……』
少年は握る手を振り始める。
「くっ!」
そのしごきに耐える様に、彼は歯を食いしばった。
己を磨くことは、少年を高みへと導くのだ……。
「皇女さま……」
『シュシュシュ……』
増していくその速さ。
動から静へ――。
先の動きが『ピタリ』と止まる。
「くぅぅぅっ!」
勢いよく飛沫が散り、滴となって床に跡を残した。
彼の匂いが部屋に漂う。
師の目の届かない所で少年は毎日、剣を抜く危うい快感に取り憑かれていた……。
二枚の葉を濡らす露。
それは混ざり合うことなく、ただ時だけが過ぎていった……。
ある日、少年は師匠に言った。
「もうすぐ俺、剣が貰えるんだ!」
興奮して頬を赤らめる少年。
しかし乙女は、彼の秘めたる危うさを感じ取っていた。
「これで皇女さまを守れる……かな?」
はにかむ少年の横顔に
「十年早いぞ……」
と乙女は笑顔を作って答えた。
まだ未熟な若い剣先。
迫り来る旅立ちの日に、乙女の胸には不安が募っていった……。
その晩、皇女の私室。
背嚢へと荷物を詰める手。
突然の旅支度に、侍女たちは慌てふためいた。
「いけません! 皇女さまは貴き血筋の……キャッ!」
乙女は侍女を押し退け、己の躰を白銀の鎧で覆った。
そして壁に飾られた聖剣を腰に帯び、毅然と告げた。
「魔窟へと挑んだ帝国の騎士たちが帰って来ない今、微力ながらも力になりたいのです!」
しかしその内心では、焦りが渦巻いていた。
――今の彼では、使命の半ばで清らかな剣を穢してしまう……。
乙女は
「少し様子を見に行くだけ!」
と大声で放ち、数名の従者を引き連れて帝都を後にした。
魔窟の奥で剣を手に、少年を導く自分を瞼の裏へと描きながら……。
長い旅の果て、厄災の根源と恐れられるその入り口が、一行の前へと現れた。
帝国騎士団の精鋭が挑み、戻って来ることの無かった忌まわしき魔窟。
ランタンに明かりが灯され、カビの臭いが漂う中、苔むした壁を照らしながら一行は危地へと身を投じていった……。
「暑い……」
乙女は襟を緩め、胸元を扇ぐ。
開け放たれた肌より蒸された汗が立ち上り、薄暗い坑道に芳しさを漂わせた……。
道を奥へと進む乙女たち。
物陰で『ヒタヒタ』という湿った足音が、闇の奥へと消えていく……。
地に転がる、鎧に包まれた朽ちた骸。
爪痕が深く刻まれた宿営の跡……。
示される物の一つ一つが、無言でその惨状を語りかけてくる。
「酷い……」
乙女は顔をしかめ、口を手で覆った。
その瞬間、後ろから声が上がる。
「あれっ、一人いない!」
背筋が凍るような感覚。
乙女は慌てて振り返る。
艶やかな長い髪が香りを振りまきながら『サッ』となびいた。
彼女は震える従者が指す方へと、その視線を向ける。
ランタンの灯に照らされて、岩肌に映し出される大量の邪な影が、標的を囲む様に一気に交差した。
闇の中から無数の赤い瞳が、じっとりと獲物を見つめていたのである……。
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