彼は監禁部屋に、一本の短剣を残していった……。
地面でその刃を光らせる短剣……。
後ろ手に縛られる、黒衣の少女が静かに言った。
「それで縄を何とかしないと……」
「キミは魔法使いだろ……魔法で何とかならないの?」
同じく縄で縛られた栗色の髪の少年が、その碧い瞳を少女へと向けた。
彼女は頬を少し赤くして、顔を横に逸らす。
そして、歯切れの悪い様子で答えた。
「杖が無いと、魔法は使えない……」
「そうかぁ……」
少年はそう言うと縛られた手を後ろに、短剣の前へと顔を突き出した。
「うわっ、臭い!」
表情を歪ませる少年。
その剥き出しの刀身からは、独特の生臭さが漂っていた。
「うううっ……」
少年の碧い瞳が、暗い瑠璃色へと霞んでいく。
彼は舌を出すと、短剣の柄に吸い付いた……。
刃を口にして、すぼめられる少年の唇。
『じゅるる……』と音が鳴る。
「お願い……」
黒衣の少女は、手首を縛る縄を後ろに差し出した。
少年は頭をそっと降ろす。
そして刀身を口に含んだまま、頭を前後に動かし始めた……。
その頃。
神聖教会の施設の外……。
血を流して伏せた神官たちが、横たわるランタンにその姿を灯し出されていた……。
惨状の中、ひとり『ユラリ』と立つ姿。
それは逆立てられた獅子のたてがみのような髪をたくわえ、大柄な体に、血一つ浴びていない長い剣を携えていた。
影はその白い顔を微動させずに声を出した……。
「果実を出せ……」
神官の一人が呻くように返す。
「そんな物は……知らない……」
「ならば、用はない……」
異形の影は静かにそう言うと、剣をゆっくり振りかぶった。
どこからか鳴る鋭い旋律。
その音は次第に、大きさを増していった……。
場所は戻って、監禁部屋。
少年の栗色の髪が、上下に勢い良く跳ねている。
硬い棒の先が時折彼の喉を突き、その度に『うえっ』と声を鳴らした。
その時、黒衣の少女の体が微かに身震いをした。
「この感覚……何か来る……!」
少年はその言葉に首の動きを止める。
「止めないで……早くして!」
少女は声を荒げる。
少年は再び、頭の振りを速くした。
「もっと早くっ!早くして!」
黒衣の少女は声を上げる。
迫りくる白いもの……。
少年は一心不乱に首を前後へと振った。
線が張り詰める。
「あっ……いくっ!」
出される声。
限界まで張ったそれが弾けると、解放されて前へと跳ね飛んだ。
「ウブッ!」
少年の口から、てかりを帯びた柄が『ダラリ』とこぼれる。
「えほっ、えほっ……」
彼は咳込んで、光る筋を口より伝わせていた……。
一方、処置室のうら若き聖衣の女。
彼女は獣から噴き出す白濁を、綿で優しく拭っていた。
「拭いても拭いても、溢れるように白いものが滲んで来る……」
その時、悶絶の声が遠くで鳴った。
「何!?今の!」
辺りを見回す処置室の同僚たち。
顔を上げていた聖衣の女は、視線を小さな体へと戻す。
「えっ!」
彼女は声を出した。
膿を噴き出していたその体が、いつの間にか綺麗になっていた……。
白銀の鎧の乙女は、別室で椅子に腰を下ろしていた。
机に置かれた、紅茶の水面が波打ちを始めた。
――何!?
乙女は素早く席を立ち、部屋の扉を勢いよく開く。
――居ない!?
そこにいたはずの、警護の姿が無かった。
彼女はそのまま部屋を出ると、廊下に並ぶ扉を片っ端から開けていった。
――あった!
乙女は立てかけられた聖剣を手に掴む。
すると、通路の先から悲鳴が聞こえた。
彼女は剣を腰に帯びると、声の方向へと走り出した……。
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