しかし灰色の巨体に隠されていた者が、その禍々しい姿を現した……。
暗闇の奥に立つ姿。
それは死屍累々の間を縫って、ゆっくりと進撃を始めた。
黒衣の少女が言った。
「ここにも上位悪魔(グレーターデーモン)……どうやら、魔窟の最奥部に近づいているみたい……」
影は『ピシッ、ピシッ』と何かを打つ音を鳴らしながら、鎧の乙女たちへと近づく。
そこへ綺麗にそろえられたあごひげの男が、剣を携えて前線に現れた……。
「ここは危険です!ネットリー公爵」
うら若き女神官が男を諫める。
公爵は向かってくる異形の姿に声を上げた。
「なんだ?あの、頭の上の鶏冠(とさか)のような髪は!」
盛り上がった胸の前で交差する革の帯。
他の悪魔と同じような……いや、銀色に塗りつぶされたような顔面。
そしてその目の縁には、申し訳程度に施されたくまどりが見えた……。
「上位……悪魔?」
白銀の鎧の乙女は少し首を傾けた。
とにかくその異様な姿は、逞しい胸を突き上げて、両手の硬鞭を振り下ろしながら、声を高らか上げた。
「俺は上位悪魔の『ジートン!』大地の膜鳴をお見舞いしてやる!」
「ジーノンではないの?」
白銀の鎧姿の乙女が、細い剣を構えて問う。
悪魔は鶏冠を逆立てて言った。
「違うっ!俺はズイィィィトンだっ!」
「あら、それは失礼……」
乙女はそう言って、金髪の麗人へと振り返る。
しかし、エルフの綺麗な白頬が、『スッ』と目線を下げた……。
――えっ⁉
乙女の心に出来た隙間……。
彼女の後ろから手が肩に触れる。
あごひげの男は乙女の前に立つと、剣を抜いて勇ましく言った。
「ここは俺の出番だな!」
『カラーン!』
細い剣を投げ捨てる音。
鎧の乙女は男の持つ立派な剣を、目を瞑りながら後ろより拝借した。
「ええっ!」
声を上げる公爵。
皇女が勢いよく地面を蹴る。
彼女は剣を振りかぶって、鶏冠の悪魔へと叩きつけた……。
『ポキッ!』
まるで、細長いプレッツェルのように折れる剣。
立派に見えたその剣は、悪魔の表皮を貫けなかった……。
公爵は叫びを上げた。
「俺が高い金を払わせて、世界中を回らせて探させた金属で、お抱えの錬金術師に考えさせて、腕の巧みな技師に作らせた剣がぁぁぁっ!」
黒衣の少女が呟いた。
「見事に、何一つ自分の労力が加わっていない……」
鎧の乙女は折れた剣を投げ捨てる。
そして、男の剣に触れてしまったその手を、甲冑より覗く服の端で拭った。
今まさに、力の誇示の象徴となった上位悪魔。
その姿を青年の碧い瞳が見据えていた……。
『ゴクリ』と鳴る喉の音。
その時『ワッ』と歓声が上がった。
素早く振り返る鎧の乙女。
長髪の男がその髪先を浮かせ、上位悪魔の大きな体を切り伏せていた……。
「ジッ、ジィィィトン……」
断末魔を上げ、斜めに滑り落ちる悪魔の上半身。
鎧の乙女は残心する男の背中を眺め、背に冷ややかなものを感じていた……。
男を称える歓声が沸き起こる。
その中で黒衣の少女は声を上げた。
「間違いない、あれは……『聖剣ソリッドペネトレイター』」
「えっ⁉聖剣!」
乙女は男の剣を見て声を上げる。
そして『キッ』と目を吊り上げると、大司祭のいる幕屋へと大股で近づいて行った……。
「これが、あの悪魔ねぇ……」
壮年の男は、地に転がる身を引き裂かれた一羽の鶏を眺めて言った。
場に怒鳴り声が鳴り響いた。
「エヴァルールー!これはどういう事ですか!」
鎧の乙女は近侍する女神官を押しのけて、ふくよかな男へと詰め寄った。
皇女は目の前にいる疑惑の塊へ、胸の奥底に燻るもやをぶつけようとしていた……。
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