同じ頃壮年の男は、魔人へと決死の土下座を見せていた……。
土を擦るように額を屈める壮年の男。
髪を激しく逆立てた巨躯が、一歩一歩と男に近づく。
女が叫んだ。
「あなたっ、逃げなさい!」
熟れた年頃の女神官は、脚を崩して男の後ろで座り込んでいた……。
「あんた……人間の言葉が分かるんだろ?」
男はそう言うと、頭の冴えない兜へと額を深く沈めて
「この通りだ!女だけでも見逃してくれよ!」
と大声を張り上げた。
魔人は男の前で進撃を止め、顎を前へと突き出した。
「駄目だ!ここへ迷い込んだ奴を始末するのが、俺の役割だ!」
白く塗られたような顔面はそう言い放つと、手に握る二本の硬鞭(こうべん)を軽快に振るい始めた。
空虚を叩く二本のバチ。
『ドコドコドコ……』と太鼓を打つ音が響かせられる。
すると壮年の男の頭上へと、光の線が集まっていった……。
太鼓の膜鳴に埋もれる、黒衣の少女の詠唱。
彼女は男たちから離れた所で、杖を前へと突き出していた……。
その頃、秘め事を隠す幕の前……。
無表情で佇む、うら若き女神官。
栗色の髪の青年はその碧眼から、大粒の涙を流していた。
「くうぅっ……おれっ、頑張ったのに……」
彼の後ろに立つ金髪の麗人は、彼の背で立ち尽くしていた。
薄絹から肌を透けさせて青年と向かい合う女。
かつて清潔な身を示していた弟子の前で、今にも崩してしまいそうな厳しい表情を保ち続けていた……。
女の背中に流れる黒い髪の後ろで、長髪の男が鼻を「フッ」と吹く。
そしてドスの効いた低い声を放った。
「勇者が見つかったんだ。オラッ、帰るぞ!」
長髪の男が、青年の腕を荒く掴む。
「嫌だ!大司祭の所になんて帰るもんか!」
腕を引いて脚を踏ん張る青年。
「黙れ!」
青年の頬に拳を強く叩きこむ長髪の男。
青年は即座に黙り込んだ。
「あっ……」
そのあまりの所業に、薄着の女は思わず手を前に出す。
長髪の男は、大人しくなった青年の腕を容赦なく引っ張った……。
「クーザー!彼を乱暴にしないで!」
男に訴える皇女。
「皇女さま……」
青年は少し表情を和らげ、彼女の顔を『ジッ』と見た。
女は慌てて目を逸らす。
「オラッ、来いっ!」
栗色の髪の青年は、長髪の男に暗闇の中へと引きずられて行った……。
無言で幕を片付ける、うら若き女神官。
皇女も急いで白銀の鎧を身に着け、クーザーの後を追う準備をした。
彼女は、岩にもたれさせた真の聖剣を眺めて自分に問う。
――これで、良かったのよね……?
皇女は目を細くして、煌びやかに装飾された鞘を掴むと、静かに自分の腰に帯びた……。
『ドコドコドコ……』
依然として鳴り響く、空気を打つ音。
魔人の髪の揺れが止まった。
「その身を焼き尽くしてやる!」
激しい雷鳴が響き渡り、壮年の男の頭上に集められた光が複数の線を描いて彼へと落ちた。
男は身をのけ反らせて白目を剥く。
彼は叫ぶこともなく、ただ呻いた……。
「音が……何も聞こえねえ……」
男が被る二本の角が装飾された兜。
その頭上からは、焦げ臭い黒煙を立ち昇らせていた。
「うん?お前、人間にしては丈夫だな……」
白塗りの顔面が片眉を下げる。
「まあ良い……次で跡形もなく消してやる!」
その大柄な体が、針山のような頭髪を再び揺らし始めた。
「もう、止めてぇぇぇっ!」
女神官は絶叫を響かせ男へと手を伸ばした。
その時。
軽快に鳴らされていた音が止んだ。
「えっ!」
女神官は目の前の出来事に思わず声を出す。
兜を戴いた男がいつの間にか、魔人のバチを掴んでその動きを止めていたのである……。
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