同じ頃、迫りくる魔人へと命乞いをしていた壮年の男は、不思議な力を発動させていた……。
一本の棒を握り合う、針山のような頭髪の魔人と冴えない兜を被った男。
男の兜の頂きからは、煙が立ち昇っていた……。
「離せ!」
兜を見下ろす巨躯が、その髪を大きく振る。
そして掴まれている硬鞭を、荒々しく奪い返した。
小競り合いを行うその後ろでは、黒衣の少女が詠唱を微かに響かせていた……。
「もう許さん!」
髪を逆立てる魔人は取り返したバチで空間を打ち、地を蹴る動作をそれに加えた。
重く低い音が地を震わせ、その打擲(ちょうちゃく)が烈しさを増していく。
「あぁぁぁっ!」
腹を突くようなその激震に、熟れた年頃の女神官は身を屈めた。
兜を被る男の体は、『ドカドカ』と鳴る音に同調するかのように足踏みを始める。
兜の頭上へと集まる光の線。
針山頭の魔人が右手を振り降ろすと、『シャーン!』という音が鳴った。
その音を合図とするように、稲妻が轟音を響かせた。
兜の男はとてつもない速さで曲折を繰り返し、その身をかすめる凶悪な閃光を避けながら前に出る。
そして兜が魔人へと近接すると、拳をその腹へと叩き込んだ。
「ぐはぁぁぁっ!」
くの字に折れる大きな体。
白塗りのような顔から、飛沫が勢いよく散った。
針山の頭はうずくまって唸る。
「何だその力は⁉……だが、打撃だけでは俺は倒せんぞ……」
直立する兜の男。
彼は魔人を指差す。
「何だ!」
両手の平を顔の前で交差する大柄な体。
男は兜から再び煙を昇らせると、後ろ向きにぶっ倒れた……。
女神官は男の元へと駆け寄ると、投げるように兜を脱がせた。
「いてえ!体中が千切れる様にいてえ!」
大声を上げる壮年の男。
その時、少女の詠唱が止まった。
「良く持ちこたえた!術式を解放する!」
少女の杖が雷の魔人を指すと、その体は見る見る内に縮んで行った……。
その頃、大司祭の元へと帰る皇女たち。
長髪の男は、碧眼の青年の腕を掴んでいた。
「きゃぁぁぁっ!」
遠くから悲鳴が響く。
皇女は叫んだ。
「あれは、宿営所の方!」
「オヤジ!」
長髪の男は青年を解放して、一人暗い坑道を駆けていった。
青年を一目見る皇女。
彼女は、白銀の鎧を鳴らして長髪の男を追った。
青年の背中を『チョイ』と押すエルフ。
彼も鞘を握って、皇女の後を追った……。
地へと落ちる幕屋の幌。
動かぬ神官たちの体が、所々に寝そべっていた。
腰横の鞘に手を振れる皇女の目の前で、天井を擦る大きな姿が宿営を蹂躙している。
「あれは、トロル!」
皇女がそう言うと、その背後から青年が声を放った。
「くそっ!……あいつはクーザーの持つ剣でしか倒せない!」
その言葉を聞いて、皇女は聖剣の鞘を『ギュッ』と握る……。
「あの時打ち漏らした一匹か……?」
皇女がそう呟いていると、魔物の目線が彼女たちの方を向いた。
柄を握る皇女と勇者。
青年が素早く剣を抜き、巨体へと斬りかかる。
繰り出されるその洗練された動き。
――あれは、私の剣技……。
皇女は胸をすくような感覚を覚えた。
『カラーン……』
しかしその想いを嘲笑うように、青年が旅立ちの時から身を任せていた剣は、トロルの厚い皮膚に跳ね返されて折れた……。
地に横たわる、穢れを知らぬ刀身。
青年は敵を目の前にしても、その身を引くことはなかった。
後から来た金髪の麗人が魔法の詠唱を始める。
――お前が剣を抜き皆が俺のだと知った時、特にあの坊っちゃんはどんな顔をするのだろうな……。
皇女の脳裡に響くクーザーの言葉。
彼女は柄を握りしめたまま、その場へと立ち尽くした……。
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