その時皇女は弟子から、敗北の屈辱を味わわされていた……。
白い衣を纏う女の頬に垂れる、粘り気のある汁。
彼女は、眉間を寄せながらそれを拭う。
「はっ……はっ……」
息を整える栗色の髪の青年。
強い刺激臭を放つ狂気の体液が、女の瞳に沁みた……。
――彼はおかしくなってしまったの……!?
霞む目に映る青年。
彼は衣服を正すと、背を向けて手に持つ木の剣を地に捨てた……。
「待って……私にはまだ……」
女は遠ざかっていく背中へと、強い痛みを伴う手をかざした。
彼女の脳裏に言葉が浮かぶ。
――彼が聖剣を……。
しかし同時に、上に跳ねるたてがみのような頭髪が思考をよぎった。
――悪魔め!
女は地に着ける手を『グッ』と握った……。
明けっ放しの大きな扉の向こうには、瓶などのがらくたが散らかっているのが見える。
生臭さがほんのりと漂う部屋の中には、黒と白、二色の衣の姿があった……。
「ここは恐らく、あいつの研究室ね……」
黒衣の少女は目の前に垂らした長い箋(せん)をめくり、呟いた。
「大司祭さまは、数多くの器具を教会にもたらしました……」
白き聖衣を纏う、うら若き女神官が言った。
少女は紙の束を机に置いて返す。
「ああ……おじさんは私の一族の中で、何故か一人だけ魔法が使えなかったんだ……」
そして、足元に散らばる物を見ながら声を放った。
「それを補うため、出所不明のこれらを作ったんだろうね……」
二人が部屋を探っていると。
「ハハハハハハ……厶ハハハハ……」
人間の笑い声を真似た鳥が、部屋にある寝具の端で胸を反っていた。
「まあっ、賢い鳥ですね……」
女神官は目を丸くする。
「これは、オウムね……」
黒衣の少女がそう言うと、鳥は五色に彩られた翼をはためかせて、部屋の奥へと飛び立った。
『ドン!』という音を立てて壁に激突するオウム。
「イテテ、イテテ……」
「うん?」
黒衣の少女は壁面へと近づく。
そして、その覆いを捲った……。
見つけた抜け道を歩く二人。
女神官の腰裏に装備された、戦棍が揺れている。
道を抜け広い空洞に出ると、そこには司祭服を纏う、ふくよかな男がいた。
黒衣の少女は声を荒げる。
「お前!……碧眼の彼に何をしたの⁉」
目を細める男。
「ほほう、お前もあいつを……だが、もう手遅れだ!」
男が言葉を終えると、空間が所々で歪み出した。
二人の女子が、身を引いて構える。
徐々に具現化していく異形の姿。
「やっぱり、悪魔の手引きを……」
その光景を見て少女は唇を噛んだ……。
姿を完成させた、黒い革の衣服を纏う巨躯。
それらは、それぞれに名乗りを上げ始めた……。
「迫撃の先兵!ジートン!」
「王相!ジーノン!」
「雷の魔神、リーリーユサーマ!」
「玉園の守護者、エルーク……」
蒼い髪の少年が、涼やかに名乗った……。
「碩学の蒼い光……ルシェイル……」
そして、金色の逆立つ髪を振り上げ、白い顔が目を見開く。
「ワガハイは、大元帥アモン!」
二人の女子に被さる大きな影。
黒衣の少女は、唇の片端を引いた……。
魔窟に建てられた幕屋の中で、白銀の鎧を纏う女。
――まだ、あの恐怖が燻っている……。
包帯の巻かれた小指を見つめる皇女。
――でも……。
彼女は『蒼い果実』を背嚢にしまうと、隅に立てかけられた聖剣を手にした。
すると。
血相を変えた熟れた年頃の女神官が入り口を捲る。
彼女は大声で言った。
「皇女さまは今、戦える状態ではございません!」
「これは、私がせねばならぬ事なのです!」
鎧の女はそう声を上げ、『ツカツカ』と歩き出した……。
評価をぜひっ、お願いします!