その頃皇女たちは、もの悲しい旋律を操る悪魔に苦しめられていた……。
涙型の弦楽器より依然として奏で続けられる、もの悲しい旋律……。
「はぁっ、はぁっ……あのたてがみの悪魔は『エルーク』という名なのですね……」
白銀の鎧を纏う女は、息を上げながら仇の名を口にする。
彼女は身を縮こませながら、少しずつ聖剣の先端を下げていた。
楽器の弦をつま弾くその少年のような姿。
「皇女、果実を出して」
それは袖のない長衣をなびかせながら、ゆっくりと白銀の鎧へと歩みを始めた。
「ルシェイル……私たちを利用していたのですね……」
女は鎧板の胸を張り、向かってくる姿へと呻くように声を浴びせる。
ルシェイルのつま弾く音が弱められた。
幼い容姿の悪魔は、白銀の鎧の女へと語りかける。
「ボクはエルークたちのように失われた果実を探すのではなく、新たに生み出すことを考えた……」
ルシェイルはその顔を、蒼き小さな獣へと向けた。
「異端だと非難を受ける中、ボクはこの世界にこの子を送り込んだ……」
女が今までルシェイルだと思っていた小さな獣が、その前足を舐めて毛繕いを始めた。
「そして運よく遭遇したのが、あの『勇者くん』だったのさ……」
悪魔より真実が語られている間、白銀の鎧の女は躰を震わせながら目の周りが徐々に熱くなっていくのを感じていた。
話が途切れると、彼女は声を大きく荒ぶらせた。
「悪魔めぇっ!よくもあの子にあのようなひどい事を!」
幼い容姿を持つ悪魔が、弦を鳴らす指を再び早めた……。
「くそっ!もう限界だ……」
鎧の女の後方に控える壮年の男はそう呻きながら、両耳に手を当てる。
「……」
一瞬その動きを止める男。
彼は身を伏せると、白銀の鎧の背の方へ静かに忍び寄っていった……。
「皇女さま、これ以上は危険です!……くっ……!」
熟れた年頃の女神官が、その身を屈めながら声を上げる。
その時。
「ゴメンよ……皇女さん……」
白銀の鎧の女の背後に迫っていた壮年の男が、両手で彼女の顔横を挟んだ。
「ちょっとあなた!こんな時に何ふざけて……⁉」
そう言って瞼を動かす鎧の女。
躰を害する魔の旋律は、すぐそこまで迫っていた……。
「ぐぼっ!」
壮年の男が地面に吐しゃ物を吐く。
「どうやら体が悲鳴を上げているようだね……ボクが果実を手に入れるまでの辛抱だよ……」
浅葱色の髪の悪魔がそう言いながら手を伸ばそうとした瞬間。
『ビィィィン!』
という弾け切れる弦の音。
浅葱色の髪が跳ね上がり、悪魔はその身をのけ反らせる。
「何っ!?」
鎧の女は聖剣を斬り上げ、涙型の箱へと張られた弦を絶っていた。
天を衝くように残心する彼女の姿が、地面に美しい影を作る。
女は刃を返し、立ち尽くす悪魔へと斬りかかった。
その幼い容姿は楽器を盾のようにして、後ろへと素早く後退する。
長いひげのように垂れる六本の弦。
「大人しく果実を渡してくれればいいのに……」
少年のような姿はそう言って、涙型の楽器を地面へと投げ捨てた……。
女は甲冑の背中越しに、片膝を突く壮年の男へと言葉を放った。
「あなたの機転に感謝します……」
「これは別料金だからな……」
男は肩を激しく上下させながら手の甲で口周りを拭うと、振り絞るように声を出した。
熟れた年頃の女神官が彼の背をさする中、ルシェイルは静かに人差し指で、その頭上へと再び輪を描いていた……。
――あの人の仇を取るまでは、私は倒れる訳にはいかない……。
そう心で唱え、聖剣の柄を握り直す白銀の鎧の女……。
彼女は煮えたぎらせる内なる感情を、侵攻を本格化させる悪魔へと転嫁していった……。
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