新たな皇太子の為に、魔の讃美歌は皇女たちを最初の生贄とした……。
速い調子で奏でられる悪魔の讃美歌。
その重く腹に響くような低音が、三人の人間を苦しめていた……。
地へと伏せる白銀の鎧の女たちを打つ地のうねり。
「ぐはぁっ!体が……引きちぎられる!」
鎧の女の食いしばる歯から血が滲む……。
その時。
身を倒す彼女の側を、革靴が通り過ぎた。
――誰?新手の上位悪魔?
鎧の女はそう心で呟きながら、その背を見上げた。
黒い革の鎧に、同じく黒い色の兜。
その襟足からは、栗色の髪が覗いていた……。
「あなたは……誰……?」
声を喉の奥から捻り出す女。
兜より、彼女の聞き覚えのある声がした。
「この静けさ……心が、透き通っていく……」
全身黒ずくめの姿が、『ジリッ』と片足を引く。
次の瞬間、黒の残光を描きながら双鞭を持ち髪先を尖らせた魔人の前へと、瞬く間に身を移した。
「お前は……!」
迫る姿に、速い調子を刻む二本の硬鞭の動きを止める魔人。
その身の前で交差された双鞭へと、黒ずくめの拳が叩きつけられる。
「何ぃぃぃっ!」
二本の硬鞭は真ん中から折られ、上へと弾け飛んだ。
速い調子を刻んでいた空気の膜鳴が止んだ事によって、高らかに奏でられていた『皇太子への讃美歌』は中断された……。
その頃、蝋燭が囲む空洞の段上にある玉座の上。
聖なる精を受けた桃色の筒はその形を変え、胎児の姿を成していた。
蠢く幼い姿が、座席より転がり落ちる。
地に這いつくばる赤子。
それは躰を震わせながら、四つん這いの姿勢を取った。
頭が上げられ、ゆっくりと瞳が見開かれていく。
その桃色を残す顔で二つの目が、エメラルドのような美しい輝きを放ち、赤子は幼い咆哮を上げ出した……。
大扉の前。
双鞭を折られ立ち尽くす魔人を前にして、黒ずくめの姿が素早く膝を屈めた。
兜に覆われた額の下から、眼光が漆黒の線を上へと描く。
そして、拳が突き上げられた。
打撃音と共に魔人の顎が上がる。
その人間を圧倒する巨躯が、宙に大きく舞い上がった。
「げえぇぇぇっ!」
魔人が、断末魔のような声を上げた。
大きな身体が地に付かぬうちに、黒い兜は、たてがみのような頭髪の悪魔目がけて、その漆黒の軌道を描き始めた。
鎧の女はその動きに視線を敏感に反応させる。
彼女は重い痛みを残すお腹の底から、再び捻り出すように声を上げた。
「そいつは……駄目!」
一瞬微動する黒ずくめの姿。
そのたてがみの悪魔を狙った凶悪な拳が、空を斬った。
「むう……厄介な奴が現れたな……」
金髪の髪を逆立てる悪魔がそう言うと、その胸の辺りに黒い球体が現れた。
そしてそれは素早くその体を包み込み、悪魔は姿を消した。
残された悪魔からも同じような球体が現れる。
そして悪魔は次々と、その禍々しい姿を消していった……。
「チッ……」
消える間際に舌打ちを残す、浅葱色の髪の悪魔。
白銀の鎧の女は身をよろめかせながら剣を杖にして、地面へと倒れている魔人へと近づいた。
その大きな体を広げ、白目を剥く姿。
鎧の女は力を振り絞り、聖剣を突き刺して禍々しい姿にとどめを刺した……。
壮年の男が見上げて言った。
「あの兜……あいつ、体は何ともないのか?」
鎧の女の方へと向けられる黒い兜の正面。
そして次の瞬間、彼女の背後に黒ずくめの姿が立っていた。
「えっ!」
後ろ髪を掴まれる鎧の女。
黒ずくめの姿は、立ち上がる事さえままならない女の躰を力強く引っ張り上げる。
「なっ、何を!」
皇女はその身を、開かれっぱなしの大扉の中へと、引きずられていった……。
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