※この作品はR-18です。

オレ様っ娘な相棒(ドラゴン)は、エロ本なんかに負けたくない!〜共に世界を救った二人が、人生のパートナーになるまで〜   作:APP3

4 / 22




第四話 得てして善意は牙を剥く

「大丈夫……絶対助けてやるからな!」

 

 

 ──雷鳴轟く雨の中、少年は駆けていた。

 

 少年の腕の中には、どんどん冷たくなっていく"赤"が抱えられており、少年の体操服は、腕の中の赤から溢れる生暖かい血によって滲む。

 

 少年は走って、走って、走った。

 いくら雨粒が全身を濡らそうとも意に介さず、必死に。

 

 もう二度と、自分の目の前で命が失われる光景を、たとえどんな存在だとしても見たくはなかったから。

 

 

『大地……誰よりも優しく育てよ』 

 

 

 脳裏を掠める、低く、温かな父の声。

 

 ──最期の約束。

 雨音に消されそうなその声を、少年は必死に抱きしめた。

 忘れてたまるか。離してやるものか。

 

 腕の中の"赤"も、耳の奥の"声"も。

 

 その時、腕の中で微か動く感触を感じ、少年は目を向ける。

 

 うっすらと開かれた赤の眼。

 

 その眼には確かに、強く、熱い炎が燃え上がっていた。 

 

 

◯────

 

 

『……チ! ……イチ!』 

 

 

 誰かの声が、何もない空間に響く。

 その声が響くたび、体が浮き上がっていくような感覚がする。

 

 そして──

 

 

「……夢か」

 

 

 ダイチは目を開けた。

 

 

『ダイチ! よかった……!』

 

 

 そこには、ダイチの顔を覗き込む少女の姿があった。

 

 

「……ドラグーン?」

 

『心配したんだぞ! 急に気絶して……』

 

「……」

 

 

 ダイチは手を伸ばし、レッドラグーンの頬に触れる。

 少し強張った温かな頬が、ほんのり湿っていた。

 

 

「……ごめんな」

 

『ダイチ……』

 

 

 レッドラグーンの頬に伝ってくる涙を親指で拭う。

 

 

『オレ様の方こそすまなかった……やめろと言われても続けてしまって』

 

 

 レッドラグーンは、ダイチの伸ばした手に手を重ね目を瞑った。

 

 ダイチの、うつらうつらとしていた意識が、少しずつ冴え始める。

 

 頭の裏に感じる、枕のように沈み込む太腿の感触。

 ベチャベチャして気持ちの悪い下半身。

 

 ダイチは体を起こし、ベッドから降りる。

 

 

『……ダイチ、どこへ行くんだ?』

 

「ちょっと風呂場に」

 

『ならオレ様も──』

 

「──ごめん、大丈夫だから」

 

 

 付いてこようとしたレッドラグーンをダイチは制止する。

 

 

『ダイチ……?』

 

 

 レッドラグーンの声に、胸が締め付けられる。

 それでも、ダイチは黙って部屋を後にし、風呂場へと向かう。

 

 短パンを脱ぎ、汚れてしまった下着を浴室へ持って入る。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 ジャーっと、シャワーが流れる音が浴室内に響き始める。

 

 

「ごめんな……ごめんなさい……!」

 

 

 ──親友のはずだった。

 誰よりも、何よりも大切な友達だった筈なのに。

 

 それなのに、俺は。

 

 レッドラグーンを利用して、都合の良いように扱ってしまった。

 

 気持ち悪い。自分が心底気持ち悪い。

 

 シャワーの水圧を上げる。  

 先程まで響いていた音が、叩き付けるような水音に変わる。

 

 これから、どんな顔をしてアイツと接すればいい?

 元の関係に戻れるのか?

 

 胸のムカムカが止まらない。

 

 湯気が立ち上る浴室内。

 窓から覗かせる闇の中、シャワーの音は続いた。

  

 

◯────

 

 

 シャワーを浴び終え、リビングへと戻ると、ソファに座るレッドラグーンの背中が見える。

 心なしかその肩は落ちており、少し前の元気そうな面影はない。

 

 エアコンの効いたリビング。

 レッドラグーンが付けてくれていたのだろう。色々と火照っていたダイチの体を、頭を冷やしてくれる。

 

 カチカチと立てかけた時計の秒針の音が、静かなリビングに響く。

 いつもならとっくに寝ている筈の丑三つ時を指していた。

 

 一歩、一歩、秒針の音と共にレッドラグーンの元へと近付く。

 胸の奥で鳴る心音に、様々な環境音がまばらに混ざりあい、視界が遠くなるように感じ、幾ら歩いても辿り着かないようにも思えてしまう。

 

 それでも歩みを止めず、レッドラグーンの座るソファの隣に腰掛けた。

  

 レッドラグーンの方をちらりと見る。

 顔を俯けており、髪がしなだれ、顔色は見えない。

 だが、膝の上に手を置き、ギュッと握り込んでいるのはわかる。

 

 ──二人の間に会話は無く、静寂の時間が過ぎていく。

 

 

『……』

 

「……なぁ、ドラグーン」

 

 

 意を決して口を開き、レッドラグーンへと身体を向ける。

 

 こちらを見ず、黙り込む友を無視し、続ける。

 

 

「あのさ……えっと、なんだろ。……元の姿には、戻れるのか?」

 

『……? どうしてそんな事を気にするのだ?』

 

「そんな事って……! そりゃあ気になるだろ!!」

 

 

 思いがけない問いだったのか、黙り込んでいたレッドラグーンの口から気の抜けた返答が返ってくる。

 

 そんなレッドラグーンの答えに、ダイチは思わず声を荒げた。

 

 

『何をそんなに心配しているのか知らないが、ほらっ』

 

 

 レッドラグーンは立ち上がると、全身に炎を纏う。

 

 すると、みるみるうちに体が小さくなっていき、いつもの小さな竜の姿へと戻った。

 

 

「よっ、よかった……」

 

 

 いつもの見慣れた姿を見て、胸のつっかえが一つ外れたような気がした。

 

 

『ふふっ。オレ様は精霊の中でも神霊の域に位置する存在だぞ? オレ様に不可能なことは何もないのだ!』

 

 

 いつものように、自信満々に胸を張るレッドラグーン。

 

 胸を張るその姿に一瞬安堵したが、直後にどす黒い想像がダイチの背筋を這い上がった。

 

 ──精霊は、契約者の願いに沿って姿を変える。

 もし、この艶めかしい少女の姿が、俺の心の奥底に隠していた薄汚い「願望」の具現化だとしたら?

 

 だが、ダイチとレッドラグーンは契約を結んでいない。

 この姿は関係ない。

 

 それでも、契約を介する成長でなかったのだとしても、性欲という願いを満たす為、それを手伝わさせた事には変わりがない。

 

 目の前の無垢な笑顔が、自分の性欲を映し出す鏡に見えて、ダイチは吐き気を覚えた。

 

 

「ごめん、レッドラグーン……俺は、俺は、お前に最低なことをした。自分の性欲を、その、発散する為に……ドラグーンを"利用"してしまった……」

 

『──ダイチ?』

 

「気持ち悪かったよな……友達なのに、あんな事をさせてしまって。ドラグーンが何も知らないのをいい事に、都合よく流されてしまった……」

 

 

 ダイチは目を瞑り、レッドラグーンの返事を待つ。

 例え許されなくてもいい。許されないことをしてしまったのは自分なのだから。

 

 でも、これで、こんな過ちとはサヨナラだ。

 

 審判の時を静かに待つダイチ。

 しかし、判決の時は一向に訪れない。

 

 

『ダイチ』

 

 

 その声はいつもの声色とは違い、出会った最初の頃を思わせる、低く、圧倒的な威圧感を放っていた。

 

 ──あの日、死を覚悟した時と同じ。

 身体の全細胞が、強者への本能的な恐怖で総毛立つ。

 

 

『なぁダイチ』

 

 

 ダイチを再度呼ぶ声が響き、部屋全体が震えた。

 

 思わず目を開いたダイチの目に入ったのは、怒りに身を震わすレッドラグーンの姿だった。

 

 

『オレ様を利用したと……そう、言ったのか?』

 

「あ、あぁ」

 

『そうか……』

 

 

 はぁ、と一息吐き、レッドラグーンはダイチを睨みつけた。

 初めてレッドラグーンに会った、あの時の熱い眼が頭を過る。

 

 小さな体から一変、少女の姿へと変えたレッドラグーンはダイチの手首を掴む。

 

 

「ドラグーン!?」

 

 

 ものすごい力によって引っ張られるダイチ。

 振り払おうとしてもビクともせず、ズルズルと引き摺られてしまう。

 

 

「待てって! 聞いてんのか!」

 

 

 レッドラグーンは乱暴にベランダの戸を開け、ダイチを抱えて、手すりに跳び乗る。

 

 夏であるにも関わらず、冷たい風が吹き抜ける。

 

 ここは、集合団地の10階。

 下を見れば嫌でも目に入ってくる、小さな駐輪場。

 このまま手を離されてしまえば、死んでしまう高さだ。

 

 

「ドラグーン! おいちょっ──」

 

 

 そして、レッドラグーンはダイチを抱えたまま、躊躇いもなくベランダから飛び降りた。

 

 

「うわぁあああ!!!」

 

 

 一瞬の浮遊感から、重力という名の暴力がダイチ達を襲う。

 叫び声を上げるダイチは必死にレッドラグーンにしがみつく。

 

 小さく見えていたはずの駐輪場がどんどん大きくなっていく。

 迫りくる恐怖から逃避する為、空に目を向けると、綺麗な月が雲がかる夜空の中で蒼白く輝き、見下ろしていた。

 

 死ぬのか?

 そんな疑問が湧いたと同時、流れる景色が、まるで秒針が止まったかのように、一コマずつゆっくりと動き始めた。

 

 

『光栄に思えよ!』

 

 

 どこから声が聞こえてくる。レッドラグーンの声だ。

 しかし、共に落ちていくレッドラグーンは口を閉じている。

 

 

『オレ様が、人間と契約を結んでやると言っているのだ!』

 

『いや、いいよ』

 

 

 レッドラグーンの声に混じり、自分の声まで聞こえ始めると、景色が変わり始めた。

 

 そして気が付けば────落ちかけた夕日が見える、近所の裏山に立っていた。

 

 目の前には小さな竜と、自分自身が向き合っている。

 

 

『何故だ! この偉大なオレ様が、人間であるキサマに従ってやると言っているのだぞ!?』

 

『そういうの、お前が一番嫌いだって言ってただろ?』

 

『─ッ!!』

 

『だから──俺達、今日から友達だ!』

 

 

 これは、この光景は、いつかの夕暮れの記憶だ。

 

 

『……友達だと?』

 

『どっちが上とか下とか関係のない、対等な関係だ』

 

『ふざけるな! キサマには、オレ様の命を救ったという借りがあるのだ! その借りを返すまで従ってやると言っているのだぞ! なにが不満なのだ!!』

 

『それだったら、お前には"湊を助けてもらった恩"がある。一緒だ』

 

『だったら──』

 

『──それに俺も……お前に救われたんだ!』

 

 

 そうだ。そうだったな。

 

 

『お父さんが死んじゃって、お母さんも仕事でずっと忙しい中、一緒にいてくれたのはお前だけなんだよ!』

 

『……』

 

『……恩を返し終わったらいなくなっちゃうんだろ? もう一人は嫌なんだよ……』

 

 

 自分自身が俯き、涙が地面を濡らしている。

 

 

『ハァ……いいだろう。"一生"だ! "一生"オレ様がキサマの、ダイチの側にいてやる。友達としてな!』

 

 

 ──あぁ。

 これは天罰か。

 親友をあんなふうに扱った自分への。

 そう考えれば、胸のしこりがどんどんとなくなり、楽になってくる。

 それなら、仕方ないか。

 

 背中を襲う突風と共に夕焼け反射する木々の景色が流れ、月がまたダイチを見下ろしていた。

 

 死をも覚悟したその瞬間、ダイチの体が巨大なナニカに覆われ、視界が暗くなり、風を感じなくなった。

 かわりにジェットコースターに乗っているかのような揺れを感じる。

 

 そのナニカが開かれ、視界も明るくなった。

 

 ──そこは空の上。

 レッドラグーンの爪を携えた大きな手の中。

 生温い風が、全身から噴き出た冷や汗を乾かしていく。

 

 辺りを見渡すと、星が煌めく夜空にレッドラグーンの翼が大きく広げられていた。

 

 レッドラグーンの大きく赤い眼がこちらを向く。

 

 

『ダイチ、お前はオレ様のなんだ?』

 

「……友達だろう?」

 

『そう、オレ様とダイチは友達だ。……なぁダイチ。じゃあなんで"利用"したなんて言うのだ?』

 

「それは……そうだろ。あんなことに付き合わせてしまった。本当なら友達同士、あんなことしないから……」

 

 

 レッドラグーンからの問いが一瞬何のことか理解できなかったが、直ぐ様自分の内にある想いを吐き出す。

 

 その吐き出された考えを耳にしたレッドラグーンは、鋭く大きな牙を生やした口を噛み締める。

 

 そして、震えた声でこう言った。

 

 

『その考えの中に、オレ様の気持ちはあるか?』

 

「──え?」

 

 

 レッドラグーンの気持ち?

 

 あるに決まってる。

 だって、気持ち悪い"はず"だろう?

 幻滅してしまう"はず"だろう?

 

 だって、だって、あんな行為、恥ずかしいことで──

 

 

『──だから言っておいてやる。これから先、誰の指図も受けない! それこそ、キサマの指図もな! オレ様がやること全てオレ様が決める! 今更後悔しても遅いぞ?』

 

 

 ──あの日の、夕日に照らされる竜の姿が見え、胸の奥が熱くなり、言葉を失った。

 

 なんで忘れていたんだろう。

 

 

『オレ様はダイチのお人形か? ダイチが創ったモノか? 違うだろう。オレ様はオレ様で、ほかの誰でもなく、何者にも左右されない、偉大な精霊だ』

 

 

 ダイチは黙ったまま、レッドラグーンを見つめる。

 翼をはためかせ、空気を割り、どんどん空高く飛び上がっていく。

 

 

『オレ様はな、ダイチと出会う前は、誰の指図も受けず、孤高に生きるのが偉大なオレ様の偉大な生き方なのだと、そう思っていた』

 

 

 雲の中へと突っ込み、視界が悪くなる。

 小さな雨粒がダイチの体を少しずつ濡らしていく。

 

 

『でもな。あの日、何の力も持たないちっぽけな竜として救われて、お前と過ごしていく内に、オレ様は弱くなってしまった』

 

 

 濡れていく体に目をやると、レッドラグーンの言うあの日が、鮮明に蘇る。

 

 

『だから契約してやるって……契約を持ちかけたオレ様に、お前が言ったんだろう!? オレ様たちは対等だって! 友達だって!!』

 

「ドラグーン……」

 

『それをなんだ? お前は全部全部利用したってぬかすのか? オレ様を見くびるなよ! オレ様はな、ダイチの為に、ダイチの役に立ちたいだけだ!!』

 

 

 雲を突き抜け、雲の上、天高く舞い上がったダイチとレッドラグーン。

 

 月がいつも以上に大きく見え、壮大な空に、数多の星が瞬いている。

 

 

『オレ様と友達だと、親友だというのなら──オレ様の気持ちを無視するな!!』

 

  

 レッドラグーンの咆哮が雲を散らす。

 ダイチはその咆哮に、胸を貫かれるような痛みを感じた。

 

 ダイチの膝上に、ポタリ、ポタリと温かい水滴が落ちる。

 

 

「ぐっ……うぅ……!」

 

 

 何でもいい。

 自分を傷付ける言葉を吐きたい。

 あの瞬間の自分を肯定したくない。

 

 それなのに、胸が詰まって声が出ない。

 

 

『ダイチが何と言おうが、オレ様は、ああやってダイチと触れ合って、あの本の中のような行為をするのは、別に嫌じゃなかった!』

 

「……違う、違う……」

 

『ダイチは嫌だったか? もし嫌だったのなら……オレ様が全部悪い。だから正直に答えてくれ』

 

 

 レッドラグーンからの視線が降り注ぐ。

 その視線は先程までの熱はなく、優しい温もりに包まれるようだった。

 

 

「わかんないんだよ……! 初めてあんなことになって、どうしようもなく頭がぐちゃぐちゃになって……だから、自分が全部全部悪いんだって! 思おうと思って……」

 

『ダイチ……』

 

「ドラグーン……俺、俺、まだ、お前と友達のままでいられるのか?」

 

『当たり前だろう。オレ様を真の友だと呼べる相手はダイチ、お前しかいないのだからな?』

 

 

 そう言ってフンッと鼻を鳴らすレッドラグーン。

 

 もう駄目だ。

 限界だ。

 

 

「ドラグーン……ごめん、ごめんなさい……!」

 

『ククッ。そう泣くなダイチ。オレ様はなーんにも気にしちゃいないからな』

 

 

 何度も何度も、口から溢れ出る言葉。

 先程までとは違う、身勝手な言葉ではなく、純粋な言葉。

 

 レッドラグーンの掌で泣き伏すダイチ。

 

 そんなダイチを、レッドラグーンは大きな大きな手で、背を擦る。

 

 星々が眩しい雲の上の世界。

 そんな夜空の下、一人の少年と一匹の竜を、優しい光が包み込んでいた。

 

◯───

 

 微かに鳥のさえずりが、窓の外から聞こえ始める。

 

 寝ぼけ眼を擦り、体を起こす。

 腕の中で、湯たんぽのように温かい小さな竜が収まっていた。

 

 

『すぅ……すぅ……』

 

 

 気持ちよさそうに眠るレッドラグーン。

 ダイチの手は自然とレッドラグーンの頭へと伸び、ゆっくりと撫でる。

  

 ツルツルとした鱗の感触を感じながら、あの夜の出来事を思い出す。 

 

 久しぶりの喧嘩だった。

 そして、それをキッカケに、自分がどれだけ酷いことをしてしまったのかを分からされた。

 

 

『オレ様は、ああやってダイチと触れ合って、あの本の中のような行為をするのは、別に嫌じゃなかったぞ?』

 

 

 レッドラグーンに言われた感想が頭に蘇る。

 

 

「はぁ……どーすんだよ、まじで」

 

 

 思わず溜息が溢れ、撫でていた手の動きを止める。

 

 ──俺もだ。

 嫌なんかじゃなかった。

 

 一夜を通して冷静になり、分かってしまった。

 親友をそういった目で見てしまったことが気持ち悪かっただけで、あの行為自体は嫌じゃなかったのだと。

 

 

「変態じゃねえか…………くそっ!」

 

 

 レッドラグーンをゆっくりと枕の上へと置き、立ち上がると、自室から出る。

 

 洗面所で眠気と煩悩、その他全てを洗い流すべく、蛇口から流れる水を掬い、顔に付けた。

 

 日光によって温まった水道管から流れる水は、ぬるま湯のように緩かったが、今のどうしようもない悩みを晴らすには十分だった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 顔を洗い、いくらかスッキリしたダイチはリビングへと戻る。

 時計を見ればまだ朝練の時間には程遠い。

 

 冷蔵庫を開け、麦茶の入ったボトルを取り出す。

 

 コップにトクトクと注いでいると、自室から欠伸をしながらふらふら飛んでくるレッドラグーンを目にする。

 

 トクトク。

 

 ドキリと、心臓が跳ねる。

 昨日は色々と疲れ、二人でそのまま寝てしまった。

 

 今まで通り、普通に喋れるのか?

 

 視線をレッドラグーンから外そうとしたその時、バッチリ目が合ってしまった。

 

 

『おっ。ダイチおはよう』

 

「お……おはよう」

 

 

 トクトクトクトク。

 

 昨日のことはなかったかのように、普通にふよふよと近付いてくるレッドラグーン。

 

 目が離せない。

 どうする、どうする、どうしよう。

 

 

『おいダイチ! 止めろ止めろ!』

 

「──? ってやば!」

 

 

 レッドラグーンが小さな腕でダイチの手元を指す。

 

 手元に視線を向けると、麦茶を注いでいたのを忘れ、コップから溢れ、シンク周りがびちゃびちゃになってしまっていた。

 

 ダイチは慌ててボトルを置き、何か拭くものはないかと見渡す。

 

 

『しょーがない奴だな。ほら、これを使え』

 

「あ、ありがとな」

 

 

 レッドラグーンから近くに掛けていた布巾を渡され、受け取る。

 

 

「プッ……ププ、ははは!」

 

『ククッ……くはは!!』

 

 

 受け取り、顔を見合わせた瞬間、何故だか無性に笑えてきてしまった。

 

 

「ははは、はぁ………。ドラグーン、あのさ」

 

『ハァ……ふぅ。どーした?』

 

 

 ひとしきり笑い合った二人。

 ダイチは目の前で飛ぶレッドラグーンの両脇に手を差し込み、抱き上げる。

 

 

「昨日のさ、あれ、嫌なのかって話、あっただろ」

 

『おぉ、あったな』

 

「あれさ、──俺も、嫌じゃなかったよ」

 

『お、おぉ、おぉ!! そうか、そうか!!』

 

 

 一瞬赤い眼を丸くしたレッドラグーンだったが、直ぐに嬉しそうに目を細めた。

 

 

『次はどうする!? いつする!? どんなことをしようか!?』

 

「まてまて、待ってくれよ。俺も、その、心の準備があるというかなんというか……」

 

『即断即決。優柔不断は悪だぞダイチ! 今からしようか? そうだそうしよう!』

 

「学校! 学校があるからそれは無理だって!」

 

 

 バタバタと小さな翼と手足を動かし、こちらへ飛び込もうとしてくるレッドラグーンをなんとか抑えながら考える。

 

 本当に、昨日のような事をもう一度するのか。

 

 そう考えてしまったら、あの夜の、あの何とも言えない甘い雰囲気に、あの指先の感覚を思い出してしまい、頬が熱くなる。

 

 

『それじゃ、いつするのだ?』

 

「……明日は休みだし、そうだな……今日学校が終わって、帰ってきてから……とか?」

 

『よしよしそれで行こう! しっかり迎えに行ってやるぞ! 真っ直ぐ、一緒に帰ろうではないか!』

 

「そこまでしなくてもいいだろ……」

 

 

 レッドラグーンを宥めながらチラリと時計を見る。

 

 

「わりぃ、朝練の時間だ! 早くいかねぇと!!」

 

『頑張って来いよダイチ! 待ってるからな!!』

 

 

 レッドラグーンを離し、支度を始めるダイチ。

 

 本当はまだ時間は大丈夫だが、このまま一緒にいてしまうと、変な気分になりそうだ。

 

 

「じゃあ行ってきます!」

 

『いってらっしゃいダイチ!』

 

 

 支度を終えたダイチは玄関にて振り返り、レッドラグーンに手を振る。

 

 

 まだ日が昇りきってないのにも関わらず暑い外。

 

 ……今日は長い一日になりそうだ。

 

 ダイチは鞄を肩に掛け直し、走り出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。