オレ様っ娘な相棒(ドラゴン)は、エロ本なんかに負けたくない!〜共に世界を救った二人が、人生のパートナーになるまで〜 作:APP3
『なぁダイチ、今日はしないのか?』
『ダイチ? 一緒に風呂に──』
「──今日はやらないし、風呂入るなら元の姿でな!」
ダイチはなんとかレッドラグーンの誘惑を振り切り、乱暴に扉を開け、浴室に飛び込む。
──不味い。
一昨日からずっとこうだ。
風呂場の一件以降、距離も明らかに近くなり、この土日で何度も迫られてしまっている。
嫌じゃない。嫌な訳がない。
それでも、毎日あんなことをすると考えると、まず心臓がもたないだろう。
それに、ずっとそういうことを考えてしまって、大会も近いのに練習に身が入らなくなる。
ダイチはシャワーを捻り、冷水から温水に変わるまで足元に水を撒く。
足裏にひんやりとした水が染み渡り、そこから身体の熱が吸い取られていくように感じる。
体が足先から少しずつ冷えていくと、
「母さん……今回は見に来てくれるかな」
気が付けば、そう呟いていた。
毎日毎日仕事で忙しい母。
帰ってくるのも自分が眠りに落ちているような時間で、一週間分のご飯を作り置いた後、すぐ仕事に戻ってしまう。
試合なんて見に来れる訳がない。
それでも、もし、母が見に来てくれるようなことがあったら、格好悪い姿は見せられない。見せたくない。
レッドラグーンとの時間は、自分を特別な存在だと錯覚させてくれる。
でも、この大会に勝ち進むことは、自分自身の力で、自分を証明する唯一の機会なのだ。
「頑張らなくちゃ……」
『ダイチ、入るぞー』
聞き慣れた声と同時に音を立てて開かれる浴室の戸。
ドキリとしたダイチだったが、鏡に映る姿をみて、心底ホッとした。
ふよふよと飛んできたレッドラグーンは、ダイチの肩に体を預ける。
ダイチの左肩に感じる、ずっしりとした確かな重みに、もちっとしたレッドラグーンの腹の感触。
「ドラグーン……ちょっと重いんだけど?」
『失礼な! そんな事言うやつにはこーだ!』
がぶがぶとダイチの首元に噛みつくレッドラグーン。
鋭い牙が肌を傷付けない、絶妙な力加減。
「いてて! ごめんってば!」
『ふんっ。そんなことより、ダイ──』
ダイチの名前を呼ぶ途中、止まったレッドラグーン。
どうしたのかと、鏡越しに背後を見ると、レッドラグーンはダイチの首元を見つめたまま固まっていた。
「どうした?」
『──ッ!? いや、なんでもないぞ? なんでも……』
「ならいいや。体洗うから、ドラグーンはこっちな」
肩に乗ったレッドラグーンを抱き上げ、浴槽に浮かぶ風呂桶に乗せる。
『なぁダイチ』
「ん?」
『さっきの続きなんだが……ダイチは、その、オレ様とああいう事するの、嫌じゃないんだよな?』
ボディタオルで体を擦っている最中、改めてレッドラグーンが尋ねてくる。
「何を聞いてくるのかと思えば……前も言ったけど、うん。嫌じゃないよ」
『……もっとしたいとか、そういうのはないのか? 毎日でもしたいとか、そんな気持ちはないのか?』
「んー……なんて言えばいいのかな」
難しい質問だ。
嫌じゃない。それに、もっとしたい気持ちもある。
でも、それ以上に──ああいった行為を重ねていく度に、レッドラグーンをレッドラグーンだと見れなくなってしまうのが怖いのだ。
「大会も近いし、今はそっちに集中したいんだ。もしこれ以上やっちゃったら、色々と支障が出そうだし」
そう言ってはぐらかす。
本音を言ったらコイツは、気にするなだとか、友情は変わらないなんて言ってくるだろう。
そうじゃないんだ。
上手く言葉にできないが、そうではないんだ。
これ以上溺れてしまえば、あの日の、どうしようもなくカッコいい相棒と見れなくなってしまう、そんな気がしてしまうのだ。
『そうか…………すまなかった。そうだな、大会も近いものな』
そう言って風呂桶に溜まる水に顔を潜らせ、ぶくぶくと泡を立て始めた。
ごめんなドラグーン。
ダイチは心の中で呟き、シャワーで体に纏わりつく柑橘系の香りを洗い流した。
◯────
土日が何事もなく終わり、少し陰鬱な月曜日。
朝練もこなし、授業も寝ることなく昼休みへ。
「湊、これ返すよ」
「おっ、やっとか。あぶねぇあぶねぇ。危うく兄貴にドヤされるところだったんだからな」
ダイチは湊に紙袋を渡し、湊は受け取り鞄の中にしまう。
「ところでどーだったんだよ?」
「どうだって聞かれてもなぁ。まぁ、色々とお世話になりました?」
「なんでちょっと疑問形なんだよ。まぁいいか──って、大地、あれ、見てみろよ」
「んっ?」
湊が指差す方に目を向けると、窓の外、裏庭にて男女が向き合っていた。
男子の方が女の子に手を差し出し、頭を下げていると、女の子はその手を掴んだ。
「熱いねぇ〜。てか、ここ最近多いよな、告白する奴ら」
「そうだな。俺も部活終わりの時、体育館裏で告白してるの見かけたし」
窓に肘をつき、その光景を眺める湊を横目に、視線を教室内に戻すダイチ。
いつも騒がしい男子達が妙にソワソワしていたり、女子同士が窓際に座るダイチにも聞こえるような声量で恋バナに話を花咲かせている。
別に誰かがイチャイチャしているだとかそんな事は一切ないが、どことなく甘い雰囲気が漂う教室内。
「告白ブームかね。で、大地はどうなんだぁ? そんな相手いねぇの?」
──どこからか、風呂桶に顔を沈める、あのぶくぶく音が聞こえた気がした。
「いないって…………いないいない」
「なんだよその間、気になんじゃん」
「勘弁してくれぇ……」
湊のイヤらしい顔が近づき、詰められようとしたその時、
『三年三組、陽ノ下大地君、陽ノ下大地君。職員室までお越し下さい』
放送でダイチを呼ぶ声が響いた。
「いっけね。昼休み監督に呼ばれてたんだった! じゃあこの話はまた今度ってことで!」
無理やり湊の追求から逃れ、ダイチは教室を後にしたのだった。
◯────
ダイチが教室から出て行った後、湊は立ち上がり、教室から出て、ある場所へと向かう。
教室から少し歩いた先、あまり利用者のいないトイレの中へと足を踏み入れた。
掃除用具入れに入ったバケツを取り出し、水を貯め始める。
それなりに貯まったバケツを見つめ、
「こい。ブルーオルカ」
そう小声でささやくと、バケツの水が七色に輝き始め、小さなシャチが顔を覗かせた。
「時間だ。ブルーオルカ」
バケツの水を覗き込む湊の瞳から、先程までの茶目っ気が消え失せ、代わりに深い藍色の知性が宿る。
『はいマスター。ではまず、私の方から報告です。マスターの命令通り学校内をくまなく探索しましたが、精霊の痕跡は見当たりませんでした』
「……それは本当か? 本当に、何一つ違和感はなかったのか?」
『はい。ですが、その違和感一つない事自体が違和感なのかもしれませんが……少なくとも調査の結果からは、今回の件が精霊が関与しているとは断言できません』
ブルーオルカの報告を聞き、顎に手を添え思考する湊。
少し整理した後、口を開く。
「そうか……じゃあ次はこっちの報告だ。聞き込みや張り込みで確認できたのは十五組、今日の告白と大地の見かけた告白合わせたら十七組だ。学年もバラバラで、卒業間近で勢いで告白しましたみたいな感じでもなさそうだ」
告白ブーム。
ここ最近、あり得ない頻度で巻き起こる告白の嵐。
自身の予感が、主張してくるのだ。
今回のコレと、小学生の頃、頻繁に起こっていた事件と似ていると。
「腕輪を見ても、欲望エネルギーが感知されるわけでもないしな」
腕輪に目を向ける湊。
"アルマリング"
大地と湊、そして転校してしまった親友の三人が持つ腕輪。
精霊が暴走した時に発する、欲望エネルギーを感知することができる機能を持った腕輪。
今までこれのおかげで解決してきた精霊事件は数知れず、世界まで救っているのだ。
『どうしますか? 私としては、この違和感を違和感のまま置いておくのは推奨しませんが』
「流石にそのまま放置は気持ち悪いからな。"博士"がいてくれたら分かるかもしれないけど……」
『……マスター』
「わかってるわかってる。ごめんなオルカ」
『いえ……』
腕輪の製作者であった、物知りな博士。
その単語を口に出しただけでブルーオルカから鋭い視線が突き刺さり、湊は慌てて謝る。
『ところで……本当にダイチ君には伝えないのですか?』
「そうだ。伝えない」
『でもこれは──』
「──伝えたらまたアイツ、無理するだろ」
湊は拳を握り締めた。
「アイツはさ、自分のことを蔑ろにし過ぎなんだよ。事件に巻き込まれた時も、世界を救った時も。いつもいつも無理してばっかなんだよ」
バケツの中の水面に映る湊の顔は悔しそうに歪んでいる。
「それに今週の土曜日から、最後の大会なんだ。そんな大変な時期のアイツに、余計なことは考えて欲しくない」
『マスター……それならせめて、レッドラグーンには報告を』
「アイツが大地に隠し事ができると思うか?」
『……いえ』
「だから、俺達で解決しないといけないんだ」
バケツから目を離し、トイレに備え付けられる鏡を向けると、鏡の中で、ダイチには見せられない、酷い顔をした自身の姿が映る。
「もう一度、校内の調査を任せる。こっちも改めて情報を集めるから」
『分かりました。マスター、用心してくださいね』
「勿論。そっちも気を付けてな」
そう言うと、チャポンと水が跳ね、ブルーオルカはバケツから姿を消した。
「ふぅ……そろそろ戻んないとな」
バケツの水を捨てようと手を伸ばしたその時──鏡の中の自分の背後に、桃色の羽毛の生えた鳥が映った。
「──っ! コイツは!!」
背筋が凍る感覚を覚えた湊はすぐ様振り返るも、背後には壁しかない。
『聞かせてもろたで。ごめんやけど、お嬢の邪魔はさせへんよ』
軽い声だが、鏡の中の孔雀の目は冷たく、こちらを穴が開くほど見つめていた。
「くっ!? ブルーオ──」
自身の相棒を呼び戻そうとしたその時、鏡の中の孔雀が羽根を大きく広げると、鏡が虹色に光り始め、湊を包み込んだ。
「……あれっ? 何してたんだっけ」
辺りを見渡す湊。
鏡に目を向けると、呆けた顔をした自分が映っており、パチパチと瞬きをする。
「あぁ、そうだった!」
ポンと手を叩くと、こほんと咳払いをする。
そして──
「──俺と付き合って下さい! 違うな……俺、あなたのことがずっと好きでした! 結婚を前提にお付き合いして下さい!」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、人気のないトイレの中、一人の少年の愛の告白が響き続けた。