「なんだい、ここは……チカチカと目が痛い所だね」
ジェミティ市のあまりの光量にネルが目を細めると、フェイトが隣で大笑いした。
シーハーツのある『エターナルスフィア』と呼ばれる場所から『FD空間』と呼ばれる場所まで移動してすぐのことだった。ネルの住むエリクール二号星とフェイト達の住む宇宙空間は、FD空間から見れば何のことはない、エターナルスフィアという同じ世界だったのだ。ただし、それがプログラムで作られた存在だというのだから、聞くに奇想天外な話だった。
フェイトはそれが発覚した時、真っ先にネルの存在を確かめにシランド城まで来たのだと語っていた。
しばらく会わない間に、フェイトは意志の強い光を宿して、ますます逞しくなっていた。だからこそネルは、フェイトと再会してすぐ、ふたたびフェイトたちと行動を共にすることに決めたのだった。
「基本的な動作は地球と変わらないけど、人々の様子が変なんだ。享楽的で、怠惰で──あっほら、コスプレしてる人ばっかりだろ」
ふたりの目の前を、着ぐるみを着た人と鎧を着た人が楽しそうに通り過ぎていく。
「……変な組み合わせだね」
「だろ? ここはテーマパークだから仕方ないにしても……」
この空間で深刻な顔をしているのは自分たちだけじゃないかと思った。しかしその自分たちも、話しながらどこか笑っているのだ。それはまたこうして話せていることの非現実感だった。それも、今までとこれからの話をしているうちに、二人とも真面目な顔になっていった。
FD空間でも使えるネルの武器を買いに行こうと、歩き出したその時だった。
「……陛下!」
目の前を、ジェミティ市のマスコットキャラクターであるジェミティ姫が通り過ぎたのだ。思わず近づこうとするネルを、フェイトが腕をつかんで制した。
「あれもコスプレだよ」
「こすぷれだか知らないけど……顔までそっくりじゃないか!」
「だから……プログラムだったんだ」
「………っ!」
プログラムだと言われれば、言葉もなかった。目の前を、ネルがその命をかけて傅いた女王陛下そのものとしか見えない人物が、ゆらりゆらりと通り過ぎていく。
「今にして思えば……ほら、僕の幼馴染のソフィアも、アミーナにそっくりだっただろ?」
「ああ……」
ソフィアには、シランド城で初対面を果たしていた。本当にアミーナにそっくりで、生き返ったのかと思ったくらいだ。
「本人にはとても言えないけどさ。ドッペルゲンガーじゃないけど、同じデザインの『キャラクター』が世界中のあちこちにいるのかもしれない。僕たちだって、例外じゃないんだ」
フェイトとネルは顔を見合わせ、複雑な思いを交わし、両手を広げ合った。お手上げの合図だ。
「とにかく、装備を整えよう」
それからネルはFD空間の武器を手にして、闘技場で訓練を行った。訓練にはフェイトがずっと付き合ってくれた。フェイトのディストラクションの力が、戦闘では役に立った。
そして一行はスフィア社から惑星ストリームへと急行し、ふたたびエリクール二号星へと旅をすることになる。
その道中、外交艦ディプロでのことだった。
メンバー全員が自由行動だったので、ネルは艦内の窓から外の宇宙空間を眺めていた。FD空間も珍しかったが、「フェイトたちの世界」であるこの空間もまた珍しかった。夜空で見る星々が、まるで夜空の中に入ったように近かったり、遠かったりして、窓の外を流れていくのが本当に不思議だった。それもエクスキューショナーの出現で、滅ぼされようとしている。ネルも惑星ストリームで戦ったが、恐ろしい力だった。これまで戦ったどの敵よりも、強敵だった。疾風だ、漆黒だと戦ってきた過去がまるで遠い昔のようだ。
「ネルさん」
ふと気がつけば、フェイトが隣に来ていた。
「なんだい」
「呼んでみただけです」
「なんだい、それ」
ネルが小さく笑うと、フェイトも小さく笑った。
「窓の外を見ていたみたいだけど、何か考えてたの?」
「いや、なんとなく……こんなに広大な宇宙を見ているとさ、私たちはずいぶんちっぽけな世界で争いをしていたんだなって思ってさ。本当に恥ずかしい話だよ」
「そんなことないさ。僕も同じことを思ってた」
「いや、あんたたちの世界とはさすがに規模が違うよ。なんだい、あの、風が吹いて転送される装置とか、なんでも出てくる機械とかさ」
「ネルさん、食堂で数値ミスってタバスコ無限に出してたね」
フェイトが腹を抱えて笑うと、ネルはうらめしそうに脇を小突いた。
「仕方ないだろ、あんたがついてないと何にもできないんだから」
ネルがむくれると、フェイトは照れたように笑って、
「不思議な気持ちだよ。僕たちの世界にネルさんがいるなんて」
と、しみじみ言った。
「それは私もだよ。まさかあんたたちの世界に私が来るとはね。あんなに遠い存在だったのに、運命とは不思議なもんだね」
と肩をすくめた。あんなに忘れようとした人が、また目の前にいる。これは幸運なのか不運なのか、今のネルにはわからなかった。エターナルスフィアとFD空間の存在、アペリス教とFD空間との関係など、とにかく色んなことで混乱していた。
「シーハーツが、心配だね」
フェイトが眉をひそめた。エクスキューショナーのことを言っているのだろう。エリクール二号星にも、魔の手が及んでいる可能性が高い。
「ああ。陛下がまた頭を悩ませているだろうし、タイネーブやファリンたちが上手くやってくれてるといいけど。それに、あいでぃーきー? とか言ってたっけ? セフィラのことでまた陛下を煩わせる……」
「落ち着いて落ち着いて、ネルさん」
勝手に混乱するネルを、フェイトがなだめるように肩を揉んだ。
「ネルさんは一番一気に情報が流れ込んだから、少し休んだ方がいい」
「あぁ、そうだね……」
しかし、ネルの足は鈍かった。
下層階の客室まで降りようとするフェイトが、立ち止まるネルを不思議そうに見た。
「あれ、どうしたの……?」
「いや、なんていうか……」
「ん?」
「戻りづらいなって……」
「部屋に?」
「ああ……」
「どうして? この船は過ごしにくい?」
ネルは話しづらそうに躊躇っていたが、やがて観念したように口を開いた。
「私、アルベル・ノックスと同室なんだよ。だからなんだか、休みづらくてね……」
「えっ!? アルベルとだって!?」
フェイトは驚いて目を丸くした。
「なんでまた!?」
「わからないけど……」
フェイトはしばらく考えていたが、踵を返すと、ネルの手を引いた。
「僕の部屋へ行こう」
ネルがうんとも言わぬ間にぐんぐん手を引いて、ネルが小走りになるくらいだった。
そしてフェイトの部屋に入ると、後ろで勝手に扉が閉まった。ふたりはしばらく黙ったまま立っていたが、フェイトははっと気づいたように、ネルの手を離した。しかし、手の形はそのまま開いただけなので、ネルの手の形のまましばらく躊躇うように揺れていたが、やがて拳を握って、手は離れた。
「ごめん。意見も聞かずに」
「いいよ。大丈夫だから」
ふたりはしんとした部屋で、ぎこちなく自分で手を握った。どうしたらいいのかわからなくなった。
「僕はカウチで寝るから、ネルさんはベッドで寝て」
フェイトが入口横の椅子を陣取ろうとすると、ネルはあわてて、
「そうはいかないよ。私が邪魔するんだから、フェイトがベッドへ」
「いいから」
フェイトが背中越しに怒ったように言うので、ネルは本当は迷惑なんじゃないかとためらった。フェイトだって、疲れているはずなのだ。
「フェイト。もし迷惑なら、私は……」
するとフェイトは驚いたことに、また強く手を握ってきた。
「迷惑なわけないだろ? 僕がここにいてほしいと願ったんだ」
ネルが呆気にとられるほどの剣幕だった。
「そう、だったらいいけど……」
やがて、フェイトは自嘲するように、首を振りながら笑った。いつもの笑顔に戻って、安心させるように語りかけた。
「大丈夫、一晩だけだから」
そうしてフェイトはカウチへ、ネルはベッドへ、別々に眠ることになった。
間接照明だけになった薄暗い部屋の中、ネルはベッドに寝転んで、無機質な天井を見上げながら、久しぶりに耳にするフェイトの寝息を、穏やかな気持ちで聴いていた。
エリクール二号星に着くと、やはりエクスキューショナーの魔の手が及んでいた。しかし、ネルの部下たちは優秀で、アーリグリフの風雷と協力して魔物を遠ざける処置に当たっていた。
また、女王陛下は快くセフィラの貸出を許可し、一行はいよいよ来たる創造主との戦いに備え、ペターニで最後のアイテムクリエイションに明け暮れたのだった。
疲れ果てて、高級ホテル『ドーアの扉』で一晩過ごした朝だった。
ネルの部屋にフェイトがやって来た。
「おはよう」
爽やかなフェイトの様子に、ネルは笑顔で返した。
「おはよう。やる気満々のようだね」
「ああ。最後の戦いだしな。僕たちは負けない」
自分の拳を手のひらで受け止めると、フェイトは意志の強い瞳でネルを見つめ返した。
「フフ。じゃあ、そろそろ行こうか……私たちのこの星を救うために、あんたたちの世界を取り戻すためにね」
そうしてネルが出発しようとすると、フェイトは考え込むように腕を組んだ。
「そのことなんだけど……この星で起こったことと、これまでの僕の人生に境界線があるとはどうしても思えないんだ。いや、僕が勝手に境界線を引いていたのかもしれない」
ネルは不思議に思って、首をかしげた。
「どういうことだい?」
「今までは、ネルさんの星は触れてはいけないもののように思わされていたんだ。でも良く考えれば、そんな境界線は僕たちの世界が僕たちの世界として勝手に決めて定めたもの……僕にとっては、僕の世界もネルさんの世界も、変わらない。変わらず、大切に守らなきゃいけないものだと思ってる。それだけじゃない、この星で起こったことは全部、僕の身に起こったことなんだ。僕が実際に体験し、考え、感じてきた、確かにあることなんだ」
フェイトは胸に手を当て、真摯な瞳でネルを見た。
FD空間の発覚によって、ネルたちはデータとされてきた。エクスキューショナーによって、今にも消去されようとしている。しかし、フェイトの言っていることはそれだけじゃない気がしていた。
「僕は、たまたま流れ着いたこの星で雪を踏み締め、花の匂いを嗅ぎ、戦争に加担し、恋を知った。何もかも僕の消えない思いだ。消させやしない……たとえプログラムだと言われたって、僕のこの思いは、誰に干渉されるものでもないはずだ」
フェイトの真摯な話を、ネルは真剣に聞いていた。そんなネルに、フェイトが向き直った。
「ネルさん。僕はあなたが好きです」
突然の告白に、ネルははっとして目を見開いた。急に心臓が跳ねた。
「ネルさんが生まれ育ったこの星を、大切に守ってきたこの星を、僕を受け入れてくれたこの星を、僕だって守りたい」
ネルは思わず、口に手を当てていた。思ってもみない言葉だった。なんて、愛に溢れた言葉だろうと思った。
フェイトは何も言えずにいるネルに焦って、頭を搔いた。
「……って、ゴメン。ネルさんの気持ちも考えずに、ひとりよがりなことを言って」
ネルはやっとのことで、声帯から音を発した
「……ひとりよがりだなんて、そんなわけないだろ。私がどんなに嬉しいか……あんたに私の感じた気持ちを、そのまま糸で繋いでしまいたいくらいだよ」
するとフェイトは心底安心したように笑って、
「じゃあ、この戦いが終わったら、僕はこの星で暮らしたいって言ったらどうする……?」
ネルは思わずフェイトを見つめた。冗談なのか本気なのか、計りかねた。
「どういう意味だい……?」
「言葉通りの意味だよ。僕はネルさんと一緒に、この星で暮らしたい」
ネルは思わず言葉に詰まった。思ってもみないことだった。そんなことができるのかどうかも、ネルにはわからなかった。しかしフェイトは、意志の強い瞳でネルを見た。
「まあ、僕はもう決めてるけどね」
その時、ネルの全身に衝撃が走った。できるかどうかではなく、してみせる男なのだ。ああ、フェイトには一生かなわない、とネルは思った。
「まったく……あんたってやつは」
思わず笑いがこみ上げながら、やっとのことで軽くフェイトの胸を小突くと、フェイトも笑ってその手を受け止めた。
それからフェイトとネルは、どちらからともなく抱きしめあった。
国も、星も、世界さえ超えて、ふたりは互いの温もりを感じ合っていた。