「フィーリウス・ストリーム少尉です」
「エリック・マンスフィールド中佐だ。よろしく、フィーリウス」
「は」
上層部から、若輩だがモビルスーツの戦闘シミュレーションで優秀な成績を残している者を招聘すると聞かされていた。何でも、経験も浅いから私に任せたいと。他に1人受け入れ先の候補があったが、何やら大事を取り私に話がきたらしい。
そうして、今私の前に現れた者はどうだろうか。
若いとは聞いていたが、執務机に置いていた経歴書を手に取るとまだ15歳。体の線は細く、きめ細やかな肌に漆黒の髪、長い睫毛。真っ直ぐな瞳はどこか儚さを孕んでいるように感じた。
第一印象は美しい令嬢。その見目に違わない凛とした声でその名をなぞったとき、心底驚いた。
(少年、なのか)
なぜこんな所に?
曰くつきだろうことは明白だった。
フィーリウスが下がってすぐ、ガイウスとバネッサと名乗るモビルスーツ乗りに挨拶を受けた。
何でもフィーリウスの部下らしく、
(一介のパイロットに二人の部下など初めて聞いたな)
面倒を押し付けられたのかと頭が重くなってきたが、たった今できた用事と執務報告のため上官室に向かった。
一通り報告を終え、エリックは上官に疑問を投げる。
「フィーリウス少尉とその部下二人に会いました。彼らは何者ですか」
上官は読んでいた報告書から目を逸らしてエリックを一瞥すると、またすぐに報告書に目線を戻した。
「事情が事情でね、言おうか逡巡していたんだが」
そして、報告書の影に顔を隠した。ここからは独り言であるという合図だった。
「フィーリウス少尉は母方の血がザビ家に近い名家で、姉がザビ家に嫁いでいる。彼自身、おいそれと素性が知れると利用されかねない身だ」
まさか、そこまでの曰くとは予想していなかった。
「家が軍家でもあるからある日、戦闘シミュレーションをすると目を見張る才能があり、士官学校を経ずに軍属になった。ガイウスとバネッサはストリーム家のモビルスーツ乗りだ。護衛役ということだな」
そこまで言うと報告書をデスクに置き、再びエリックに目を向けた。
「元々テストパイロットだったんだが、それでは勿体ないとこちらに招聘した。実戦経験はないが少尉はもちろん、部下二人もシミュレーションの成績は十分に良い。君の指導があれば彼らは更に優秀なパイロットになるだろう」
「身に余るお言葉です」
上官はエリックの謙遜に一笑した。
「そう言えばもう一人、受入先の候補がいたと伺っていましたが」
「あぁ。防衛大隊のランス・ガーフィールド中佐だ」
所属は違うがその活躍は広く知られている。かつての大戦で右腕を失うもその実力は衰えることを知らず、エースの名に恥じない技量を持つ。異動先の防衛大隊では中隊長を務め、一目置かれている人物だった。
ガーフィールド中佐の方が適任なのではと思いがよぎった時、上官は真意を口にした。
「ガーフィールド中佐とでは親子以上に年が離れているだろう。招聘先の話があったとき、私もまだ少尉とは会っていなかったが、結果的に少尉にとってもこちらが合っていたんじゃないかと思っているよ。何より私は君を信頼に足ると判断して上に進言した。面倒を掛けるがよろしく頼む」
「は」
エリックは敬礼し上官室を後にして自室へ向かった。
我がギレン親衛隊と防衛大隊は水と油だ。表立ってはいないが、親衛隊はザビ派、大隊はジオン派でもある。確かにそう思うとフィーリウスの出自の都合上、こちらに来て良かったのかもしれない。
(あとは私が良い指導者になれるかだな)
エリックは軍服のマントを翻すと歩を進めた。
フィーリウスが着任してから一月程が経った。
「不便を感じていることはないか?」
エリックの部屋で報告を済ませたフィーリウスにエリックは問う。
フィーリウスはその容姿から、男性士官らの好奇の目に晒されていたが、本人に自覚はないようでそれが返って気がかりだった。
「特にありません」
フィーリウスが自分事に無頓着だということをここ数日で理解していたエリックは小さく息を吐く。自覚がなければ意味が無い。
「何かあれば言ってくれ」
「は、承知しました」
後ろ姿を見送り、些細なことに気を向けている自分に気づく。
(柄じゃない)
気づいた頃には遅かった。
「それが何か?」
数日後、隊舎内の通路を歩くエリックは聞いた事のないフィーリウスの声音を聞いた。
前方の角の先あたりで誰かと話しているようだが、彼がガイウスとバネッサ以外の者と話す姿は場面には会ったことがなく、珍しいと思うと同時に違和感がした。
雑談にしては声が強ばっていた。
エリックは立ち止まり、会話に耳を傾ける。
「本当に男?」
「声も女の子じゃん」
どうやら2人の男性士官に絡まれたようだ。
どんな話をしているかと思えば案の定、懸念していた状況になっていた。
可憐なモビルスーツ乗りは年若い男性士官の間でたちまち話題になり、ガイウスとバネッサはよく護衛しているが、それも四六時中とはいかない。おそらく2人がいない間を狙って話しかける者もいるのだろう。助け舟を出そうかと足を踏み出す間に、
「今日は訓練ないの?」
「ありません」
「俺達と遊ばない?」
「遊ぶ…?」
フィーリウスの怪訝な声が続く。思いの外、フィーリウスの対応が気になり足が止まっていた。
「いいことしようよ」
「はは、そこまで言うのかよ」
士官らは慣れているのか軽く笑う。目的がわかった以上、見過ごす訳にはいかなくなった。
歩を進め角を曲がると、こちらに背を向ける士官2人と、相対するフィーリウスが立っていた。
フィーリウスは怪訝な顔をしていたが、エリックに気づき、目線をこちらに向けた。
その様子を見て士官らも振り向きエリックを見ると、途端に背を伸ばし敬礼をする。その表情はバツの悪そうなものだった。
エリックは直っていいと士官らに手を上げ、すれ違いざまに彼らを一瞥し、フィーリウスに声をかける。
「フィー、今から私の部屋に来てくれるか?」
「…は」
フィーと呼ぶのは初めてだったが、彼はすぐにエリックの後ろに付いた。
士官らは2人の後ろ姿を見送り、居心地の悪そうな顔を見合わせると足早にその場を去った。
「中佐、ありがとうございました」
エリックの部屋に入ったフィーリウスは一礼をする。助けられたと理解したようだった。
「構わないよ」
「あ…申し訳ございません…」
エリックの自分で思っていたよりも低い声音にフィーリウスはたじろぐ。
「すまない、私は…」
君に執着しているようだ、と言いかけ飲み込む。
「気にしないでくれ」
「…はい」
少しの沈黙の後、フィーリウスは静かに口を開いた。
「最近、先程のようなことが度々ありまして、私に何か問題があるのでしょうか…」
どのような環境に置かれればその容姿にそこまで無頓着になれるのか、自意識過剰になっても不思議ではないものだが、と可笑しくなってしまったエリックは、ふっと笑う。
「皆、君の美しさに魅了されて手に入れたくなってしまうのさ」
フィーリウスはエリックの言葉に頬を赤らめた。
「…私には、中佐が…」
「ん?」
珍しく言い淀む彼に思わず、その言葉の先を促す。
「…魅力的に思います…」
「君にそう言ってもらえると嬉しいな」
柄にもなく、彼の言葉に喜ぶ自分がいることは明白だった。
見て見ぬ振りをしていた欲望が顔を覗かせる。
フィーリウスを自分のものにしたい。
こんなに他人に執着したことはなかった。
だからこそ制御が効かない。
横に来るようにフィーリウスに促し、素直に従った彼の細い腰に手を回すと、ビクリと震えたフィーリウスの表情を確かめる。
行き場のない手を口に当て顔を赤らめて、椅子に座るエリックを見下ろしていた。
「あの…?」
「あまり煽らないでくれ、抑えが効かなくなる」
高揚する自分を感じた。
華奢な首に顔を近づければ、お互いの息遣いがわかる。
フィーリウスは狼狽え、戸惑った。
「え…、んっ…」
顔に触れる髪からシャンプーの香りがし、欲望に任せて首筋に舌を這わせると、甘い吐息が漏れる。自分の出した音に恥じたフィーリウスは息を飲んだ。
エリックは続けて首筋に吸い付いた。
「は、あっ…」
初めて味わう感覚にフィーリウスは堪らず声を上げる。
無垢な体に快感を植え付けている事実にエリックはほくそ笑んだ。
「君に良くないことが起こらないように私の印をつけた」
「…は、い…」
フィーリウスの首筋には赤い痕が残り、とろんとした目でエリックを見下ろす。
エリックはゆっくりと体を離すフィーリウスの手を取り、キスを落とした。
「部屋まで送るよ」
「…はい」
エリックのいつもの端正な笑みに、フィーリウスは頷く他なかった。