エリックの後ろを歩くフィーリウスは、いつもより少し距離を空けていた。
彼の一挙一動に囚われている自分。
どうしたらいいのかわからなかった。
触れられた腰や首筋、手の甲はまだ熱を持っているようだ。
(中佐は私に印をくださった)
前を歩くエリックの背中は、いつものものに見えてほっとした。
(きっと必要なことだったのだ)
未だにドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせるように、そう思った。
翌日、ガイウスとバネッサはフィーリウスの首の痕にすぐに気がついた。
「まさかフィーリウス様が…?」
「事実はわからんが…」
本人に聞ける訳もなく、幼い頃から仕えてきた主の変化に2人は困惑を感じた。
「ガイウス、バネッサ?」
後ろを歩いていた二人が立ち止まり距離が空いたことに気づいたフィーリウスは振り返り、凛とした佇まいで二人を見つめ、
「何かあったか?」
と、可憐な容姿と声に似つかわしくない言葉遣いで問う。
その言葉遣いは、彼が幼い頃から男として育てられてきた証拠でもある。
ガイウスとバネッサは彼の類稀な美貌に触れようとする輩や、手に入れようとする変態共から幾度となく守ってきた。
だがそれも限界がある。
不思議そうに二人を見つめるフィーリウスを前に、少し寂しいような、やるせないような複雑な感情に飲まれながらも、
「いえ、何でもありません」
「参りましょう、フィーリウス様」
まだ若い主の元に歩を急いだ。
数日後、いつものようにエリックの部屋で報告を終えたフィーリウスは、報告書に目を通す上司をじっと見据えた。
「どうかしたかい」
エリックは視線に気づき、報告書を机に置く。
あれから数日が過ぎたが、フィーリウスの体は日に日に快感を求め疼くようになっていた。
しかしフィーリウス自身はそのことを理解しておらず、気づけば熱を持った目でエリックを追ってしまい、エリックもまた視線に気づきながらも普段通りフィーリウスに接していた。
「おや、首の印が消えかかっているね」
フィーリウスはだが、またあの時のように口付けをされたらと思うと体中が熱くなり、心臓はドクドクと脈打ち、正体のわからない感情に自己嫌悪する日々であった。
そのこととは裏腹に、フィーリウスを見ては好奇の目を向けていた士官らから声をかけられなくなったこともあり、印が薄くなるにつれ焦りを感じていた。
「印の効果はあったかな?」
わざと見える位置にした。エリックは自信を隠して問う。
「はい…それで、印が…」
いつも凛としているフィーリウスが頬を赤らめて俯く。
その姿がまた扇情的で、蓋をしていた黒い感情がふつふつとエリックを支配する。
「うん?」
優しく笑むと、フィーリウスは思い切って声を絞り出す。
「印が、また、欲しいです…」
その言葉を口にしてすぐ、なんだかおもちゃが欲しくて駄々を捏ねる子供よりも今の自分が卑しい気がしてきた。一気に血の気が引き、後悔の波が押し寄せ、ここ数日続いていた体の火照りが消えかかる。そんなフィーリウスの胸中を知らず、エリックは応えた。
「おいで」
横に来るように促すと、フィーリウスは吸い寄せられるように歩を進めた。
そして、エリックは前よりも強くフィーリウスを抱き寄せる。
戸惑うフィーリウスを自分の膝に座らせると首をゆっくり舌で撫でた。
「ひぅ…っ」
ぴくぴくと小さく跳ねる体が愛おしい。舌を這わし痕が残らないよう優しくキスを繰り返す。フィーリウスの甘い体臭がエリックの鼻腔をくすぐる。
しばらく首筋を愛撫したあと、くてっと力が抜けたフィーリウスの頬を撫で、甘く笑んだ。
「フィーリウス、可愛いよ」
エリックの端正な笑みを見た者は皆、虜になる。フィーリウスも例外ではなく、頬を赤らめた。
「君は自分が思っている以上に魅力的だ。それ故にこれから危険に遭うかもしれない」
「…中佐の印がありましたら…」
問題ありません、と言うよりも早く、エリックはフィーリウスをひょいと抱き上げた。
「いいよ、いくらでもあげよう」
「え…っ」
寝室に移動し、フィーリウスを優しくベッドに寝かすとエリックは堪らず笑った。
「抵抗しないのかい?」
何をされようとしているのかわからないわけではあるまい。
逃げるチャンスをあげよう。
そう思ったエリックだったが、フィーリウスはやはりと言うか期待を裏切らなかった。
「印をくださるのでは…?」
「あぁ…」
高揚する体を抑え、フィーリウスを怯えさせないよう上半身をゆっくりとはだけさせた。
「あ、あの…?」
現れた胸の小さな突起がひどく美味しそうに見え、思わず舌を這わす。
「あうっ!?」
フィーリウスの喘ぎが部屋に響く。構わず、無垢な体に快感を刻む。
「中、佐…っあ、ん…!」
舌でころころと転がし、口に含んで吸い付くと、その度にぴくぴくと震える。
もう片方の突起を舌で愛撫し、空いた方を指で優しく摘んだり、つんと触れると、甘い吐息が漏れ、エリックをたぎらせた。
しばらく胸を愛撫したあと、無防備な耳にキスをする。
「んうっ!?」
耳を舐める度に腕の中で震える体に欲が止まらない。
「私のフィーリウス」
「や、あっ!」
耳元で囁かれ、フィーリウスは限界だと言わんばかりに目を見開く。エリックは左手でフィーリウスの頭を抱き、舌と口で耳を蹂躙し、右手で胸の突起を摘み、指を擦り合わせると、フィーリウスをこれまでに無い快感が襲い、
「あぁっ…!!」
びくびくと大きく体を震わせ、エリックの腕の中で果てた。
「まるでお姫様だ」
とろんとした表情で痙攣するフィーリウスを見つめ、ああそうだ、と忘れていた当初の目的を果たす。
「フィーリウス、印をつけるよ」
「…あ、…ぅ…」
まだ果てている体にキスを落とすと、目を閉じて快楽に身を浸す。
エリックは黒い笑みが漏れる口元を抑えられなかった。
「ん…、?」
行為の後、眠りについたフィーリウスは気だるい体と意識の中、目を覚ました。
自分がどこにいるのかすぐに理解できず記憶をたどろうとすると、熱をもっている耳と首筋、胸の突起に一気に記憶が戻り、カッと顔が熱くなった。
服は綺麗に着せられ、寝室にエリックの姿が無いことが救いだった。
そっと寝室の扉を開けると、執務机の椅子にエリックが座っており、目が合ってしまった。
「良かった、しばらく目を覚まさないから心配していたよ」
その表情にフィーリウスは内心安堵する。
(いつもの中佐だ…)
そして、印をもらおうと駄々を捏ねたから迷惑をかけてしまったと思い、一礼をする。
「中佐、お手数をお掛けしました」
女のように声を上げる卑しい自分をもう見せたくない、いや、見せてはいけない。印にこだわるのもやめよう。
敬愛する上司を前に、フィーリウスは静かに胸に決めた。