柔らかな陽光が、白いチャペルのステンドグラスを透かしていた。色とりどりの光が床へ降り注ぎ、祝福するように揺れている。
今日は――ケインと千砂都の結婚式だった。
式場には多くの人々が集まっていた。
両家の家族。
大学時代、青春を駆け抜けたダンスサークルの仲間達や友人達や恩師。
そして千砂都にとってかけがえのない存在である、かつて結ヶ丘女学院で共にスクールアイドルとして活動した『Liella!』のメンバーたち。
「千砂都、絶対泣いちゃうわよね〜」
「むしろ可可達が先に泣きそうデス…!」
「私も…もうすでに泣きそうです…!」
懐かしい顔ぶれが嬉しそうに笑い合っている。
ケイン側の親族席ではブラジルから来日した家族達も穏やかに談笑していた。
「ケインがあんな優しい顔するなんてなぁ」
「本当に素敵な女性(ひと)と出会ったのね」
皆が今日という日を心から祝福していた。
やがて、チャペルに静かな音楽が流れ始める。式の始まりだった。
参列者たちが一斉に後方扉へ視線を向ける。
先に入場したケインは祭壇の前で静かに立っていた。
純白のタキシード。鍛えられた長身に映える洗練された装い。
そしていつものドレッドヘアではなく、今日は髪を綺麗に後ろへ流したオールバックに整えている。
普段のワイルドさとは違う、大人の落ち着きと凛々しさを感じさせた。
「ケイン、めちゃくちゃかっこよくない…?」
「モデルみたい…」
大学時代の友人達がざわつく。
だがケイン自身はそんな周囲の声など耳に入っていなかった。
ただ一人。
これから現れる花嫁だけを待っている。
そして――。
チャペルの扉がゆっくり開かれた。
その瞬間、会場の空気が変わった。
純白のウェディングドレス、幾重にも重なったボリュームのあるスカートが歩くたびふわりと揺れる。
肩やデコルテを美しく見せる繊細なデザイン。
銀色の髪は上品にアップにまとめられ、その上から透き通るようなヴェールがかけられていた。
そして何より――。
その表情…。少し緊張しながらも幸せそうに微笑む千砂都は、誰よりも美しかった。
「……っ」
ケインは思わず息を呑んだ。
胸が熱くなる。
初めて会った日のことが脳裏をよぎる。
小さな身体で全力で踊っていた少女。太陽みたいに笑う女の子。
その彼女が今、自分の元へ歩いてきている。
千砂都もまた、祭壇で待つケインを見つめていた。
(…かっこいい)
思わず胸が高鳴る。
普段とは違う髪型。タキシード姿。少し緊張したような表情。
けれど優しく自分を見つめてくれる瞳は、いつものケインだった。
千砂都は思わず涙ぐみそうになる。
(本当に…結婚するんだ)
一歩ずつ、バージンロードを進む。その度に、これまでの思い出が蘇ってくる。
ダンスサークルでの出会い。
海で笑い合った夏。
何気ない帰り道。
クリスマスのプロポーズ。
嬉しい時も、苦しい時も、いつも隣にはケインがいた。
そして今――。
その人の隣へ、自分は向かっている。
祭壇へ辿り着いた千砂都へ、ケインはそっと手を差し出す。千砂都は微笑みながらその手を取った。
大きくて温かい手…触れた瞬間、不思議なくらい安心した。
神父が穏やかな声で問いかける。
「ケイン・スミス。あなたは嵐千砂都を妻とし、健やかなる時も病める時も、生涯愛し続けることを誓いますか?」
ケインは真っ直ぐ千砂都を見つめた。
迷いのない瞳。
「誓います」
低く力強い声がチャペルへ響き、千砂都の胸が熱くなる。
続いて神父は千砂都へ向き直る。
「嵐千砂都。あなたはケイン・スミスを夫とし、健やかなる時も病める時も、生涯愛し続けることを誓いますか?」
千砂都は涙を滲ませながら、それでもしっかり頷いた。
「…はい、誓いますっ」
その声は少し震えていた。けれど、誰よりも幸せそうだった。
参列席ではLiella!のメンバーたちがすでに涙ぐんでいる。
「ちぃちゃん…綺麗すぎるよぉ〜…!」
「もうだめ…!…泣く…!」
「幸せになってくださいッス…!」
大学時代の仲間たちも微笑みながら二人を見守っていた。
そして、指輪交換。
ケインは少し緊張した様子で千砂都の左手を取る。
「ふふっ、ケインくん緊張してる?」
「…してる」
「えへへ……私も」
笑い合う二人。ケインは優しく彼女の薬指へ指輪を通した。続いて千砂都もケインの指へリングを嵌める。
互いの薬指で輝く証。
それは…これからの人生を共に歩む誓いそのものだった。
神父が静かに告げる。
「それでは、誓いのキスを」
その瞬間、会場の空気が柔らかくざわめく。
千砂都は照れたように少し笑った後、ゆっくり目を閉じた。ケインの大きな手が、そっと彼女のヴェールを上げる。
現れた花嫁の顔。
涙で少し潤んだ瞳。頬を染めた笑顔。そのすべてが愛おしかった。
ケインは優しく彼女の頬へ触れる。
「…綺麗だ」
小さく囁かれた言葉に千砂都はさらに頬を赤くする。
「もう…それ、今言うの?」
「今だから言う」
くすっと笑い合う二人。
そして――。
ケインはゆっくり顔を近づける。
千砂都も彼を見つめ返した。
互いの熱を帯びた視線。
幸せと愛情に満ちた空気。
そして静かに、二人の唇が重なる。
優しく、深く、永遠を誓い合うような口付け。
その瞬間、チャペルは大きな拍手と歓声に包まれた。
「おめでとうございますですのっ!!」
「幸せになれよー!!」
「ちぃちゃーん!!ケインさーん!!」
Liella!のメンバー達も涙を流しながら笑顔で口々に祝福の言葉を発した。
千砂都は少し照れながらも、ケインへ寄り添った。
するとケインは彼女の肩を抱いて優しく額を寄せる。
「…やっと夫婦だな」
その言葉に、千砂都は涙混じりに笑った。
「うんっ…!」
そして幸せそうに言う。
「これからもよろしくね、ケインくん」
ケインも穏やかに笑い返す。
「ああ。ずっと…ずっと…よろしく、千砂都」
祝福の拍手の中。二人は人生で一番幸せそうな笑顔を浮かべていた。
…結婚式と披露宴を終えた頃には、すっかり夜も更けていた。
祝福の声。絶え間ない「おめでとう」。
笑顔と涙に包まれた一日。
その余韻を胸に抱えたまま、ケインと千砂都は式場に併設されたホテルのスイートルームへ戻ってきていた。
部屋へ入った瞬間、二人同時に大きく息を吐く。
「はぁ〜〜〜っ……」
「…終わったな」
「うん…」
顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
その笑い方は、式の最中に見せていた“新郎新婦”としてのものではなくいつもの二人の笑顔だった。
シャワーを浴びて着替えた後。
ケインも千砂都も、式で綺麗に整えていた髪を下ろしていた。
ケインはオールバックに固めていた髪を崩し、普段より少し長めの前髪が自然に下りている。タキシード姿の凛々しさとはまた違う、柔らかく落ち着いた雰囲気。
千砂都もアップにまとめていた髪を解き、銀色の長い髪を肩へ流していた。
純白のドレスではなく、今はふわりとしたバスローブ姿。
それでも、いや――だからこそ…ケインには今の彼女がたまらなく愛おしく見えた。
二人は並んでベッドへ腰掛ける。
大きな窓の向こうには宝石を散りばめたような都会の夜景が広がっていた。しばらくの間、二人は静かにその景色を眺めている。
今日という日を噛み締めるように。
やがて千砂都が、そっとケインへ寄り添った。
肩が触れる、温かな体温。
「…結婚式、あっという間に終わっちゃったね」
少し寂しそうで、けれど幸せそうな声だった。
ケインはそんな彼女を見つめる。
今日一日、ずっと綺麗だった。ヴェール姿で歩いてきた瞬間も。涙を浮かべながら誓いを口にした時も。キスの後、照れたように笑った時も。
全部、胸に焼き付いている。
ケインはそっと彼女の手を握った。
大きな手が優しく包み込む。
「いや」
低く穏やかな声。
「これからスタートだ」
千砂都がゆっくり彼を見る。
ケインは真っ直ぐ彼女を見つめながら続けた。
「俺と千砂都の人生の」
その言葉に、千砂都の胸がじんわり熱くなる。
“結婚式がゴールじゃない”。
これから先の毎日を一緒に歩いていく。
嬉しい日も、辛い日も、笑い合う日も。
全部。この人と。
千砂都は自然と笑みを浮かべた。
「…うん!」
するとケインは彼女の頬へそっと手を添え、そのまま軽く唇へ口付ける。
触れるだけの優しいキス…けれどそこには、確かな愛情が込められていた。
唇が離れる。
至近距離で見つめ合う二人。千砂都は照れたように笑った後、小さく呟く。
「大好きだよ」
その言葉だけで、ケインの胸が満たされる。
千砂都は彼の胸元へ軽く額を寄せながら続けた。
「これからも…末長くよろしくね」
その声は穏やかで、どこまでも幸せそうだった。
ケインは優しく目を細める。
「もちろんだ」
そう返した瞬間。
今度は千砂都の方から彼へ顔を近づける。
「んっ…」
そっと重なる唇。
今度のキスは先ほどより少し長かった。
愛しさを確かめるような口付け。ケインは思わず小さく笑う。
「…積極的だな、俺の奥さんは」
「っ…!」
その呼び方に千砂都の顔が一気に赤くなる。
「お、奥さんってまだ慣れないよぉ…!」
「でも本当だろ?」
「そうだけど…!」
照れながら笑う千砂都が可愛くて、ケインはたまらなくなる。
彼はそっと千砂都の肩へ手を回した。
そしてゆっくり彼女をベッドへ押し倒す。
「きゃっ…」
ふかふかのシーツへ身体が沈む。覆い被さるように覗き込むケイン。
近い距離。視線が絡む。
ケインの前髪がさらりと垂れ、いつもより少し色気を感じさせた。
千砂都はどきどきしながら彼を見上げる。
「ケインくん…」
ケインは何も言わず、そっと彼女の頬へ触れた。
指先が優しく肌を撫でる。
「んっ…!」
くすぐったそうに肩を竦める千砂都。その反応に、ケインは優しく笑った。
「可愛い」
「もぉ…今日それ何回目…?」
「何度でも言うぞ」
真っ直ぐな声。ケインは愛おしそうに彼女を見つめながら、静かに言った。
「愛してる」
千砂都の瞳が揺れる。
「これからも、この先も…ずっと、ずっとだ」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
千砂都の目にじんわり涙が滲む。
嬉しくて。幸せで。胸がいっぱいだった。
「…私も」
小さく微笑む。
「ずっと、ケインくんのこと愛してる」
ケインはそんな彼女へ、再びそっと顔を近づけた。
そして――。
ベッドへ横たわる花嫁へ、優しく口付ける。
「千砂都……今日は本当に、綺麗だった」
唇を離し低く温かな声で語りかけるケインに千砂都の胸が甘く震える。
言い終えると再び彼の唇がゆっくりと重なる。
最初は優しく、触れるだけのキス。やがて舌が絡み合い、深い口づけへと変わっていく。ぬるりと熱い感触が互いの息を溶かし合い、甘い吐息が漏れた。
「ん…ケインく…んっ…」
千砂都の声が甘く溶ける。
ケインは彼女のバスローブの帯を丁寧に解き、白い布を滑らせた。露わになる滑らかな肩、柔らかな胸の膨らみ、ダンスで鍛えられたしなやかな腰——すべてを愛おしげに見つめる。
「本当に……綺麗だ」
彼の大きな手が胸を優しく包み込む。
親指で蕾をゆっくりと撫で、転がす。千砂都の身体が小さく跳ね、甘い喘ぎが漏れた。
「あっ……ん」
ケインの瞳が熱を帯びる。
彼女の反応一つひとつに、愛おしさと興奮が込み上げてきた。
小さな身体が自分の手の中で震え、頰を赤く染め、瞳を潤ませる様子がたまらない。
彼は唇を胸に寄せ、蕾を優しく吸いながら舌で丁寧に愛撫した。もう片方の胸も手で優しく揉みしだき、千砂都の甘い声を一音一音味わうように。
「はあっ…あんっ…ケインく…ん…」
千砂都は彼の頭を抱き寄せながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ケインの大きな手は力強いのに、触れるたび信じられないほどの優しさで包んでくれる…その温もりと彼が与えてくれる快感に心まで溶かされていく。
こんなにも愛されているのだと身体の芯からときめいた。
ケインの手が腰を滑り、内腿を優しく開いていく。
指が秘めた蕾に触れると、すでに熱く蜜が溢れていた。
彼は焦らず、円を描くように優しく愛撫を続けて時折敏感な点をそっと刺激した。
「んあっ! そこ…は!…あん…っ!」
千砂都の腰が自然と揺れ、甘い声が止まらない。
ケインは彼女の反応に胸を高鳴らせながら、再び深くキスをした。互いの体温が混ざり、愛情と欲望が優しく溶け合う。
やがてケインは自らのバスローブも脱ぎ捨て、逞しい身体を晒した。
千砂都の視線が彼の熱くそそり立つ一物に落ち、思わず息を呑む。
「……大きい……」
不安と驚きが瞳に浮かぶ。ケインはすぐに優しく微笑み、彼女の頰を両手で包んだ。
「怖がらせてごめん。無理はしないから」
その穏やかで愛情深い笑顔に千砂都の不安はゆっくりと溶けていった。
(ケインくんのなら……全部、受け入れたい)
彼女は小さく頷き、震える声で囁いた。
「…ケインくんの全部を…私にちょうだい」
ケインはその言葉に強く心打たれ、彼女を優しく抱きしめ、背中を大きな手でゆっくりと撫でながら熱くなった先端を彼女の入り口に当てた。
ゆっくりと慎重に腰を進める。
「あぁっ…!」
千砂都の眉が寄り、痛みが身体を貫く。
ケインは動きを止め、彼女の背中を優しく撫で続け額に何度もキスを落とした。
「大丈夫か…?息、ゆっくり息を吐いて…」
温かな声と、包み込むような優しさに千砂都は痛みの中でさえ胸が熱くなった。
徐々に身体が彼を受け入れ、痛みが甘い疼きへと変わっていく。
「……もう、大丈夫。動いて…ケインくん…」
その了承を得た瞬間、ケインはゆっくりと腰を振り始めた。
最初は優しく、彼女の反応を見ながら深く、丁寧に。
やがて二人のリズムが重なり、快楽の波が徐々に高まっていく。
「あっ、あんっ…ケインく…ん…すごい…あ…ん…」
「千砂都…愛してる」
ケインの声は低く掠れ、興奮と愛情で震えていた。
彼は彼女の腰を抱え込み、角度を変えながら敏感な点を何度も擦る。千砂都の内壁が彼をきつく包み込み、互いの体温と蜜が混ざり合うたびに愛おしさが爆発しそうになる。
千砂都はケインの背中に爪を立て、快楽の波に翻弄されながらも彼の優しさに何度も胸をときめかせていた。
この逞しい身体が、自分をこんなにも大切に優しく包み込んでくれる。
痛みなど微塵も感じさせず、愛情だけで満たしてくれる——その事実に身体の芯が甘く溶けていく。
「ケインくん…もっと…あなたを…感じさせて…?」
二人の動きが激しさを増す。
肌が激しくぶつかり合う音、汗が混ざり合う感触、荒い吐息と甘い喘ぎが重なり合う。
ケインは千砂都の唇を貪るように奪い、舌を深く絡めながら腰を強く打ち付けた。
「千砂都…!俺はっ…もう…!」
「あっ……私も…っ!ケインくんと…一緒に…!」
ケインは彼女を強く抱きしめ、最後の激しい抽送を繰り返した。
深く、熱く、愛を刻み込むように。
千砂都の内壁が彼を強く締め付け、快楽の頂点が一気に迫ってくる。
「千砂都……!」
「あぁっ……!! ケインく…んあぁっ…!」
同時に、二人は頂点に達した。
千砂都の身体が大きく弓なりに反り、全身が激しく痙攣する。
熱い波が何度も何度も押し寄せ、頭の中が真っ白になるほどの強い快楽に溺れた。
ケインも低く唸りながら彼女の最奥深くに熱いものを大量に放ち、千砂都をさらに満たしていく。
二人の鼓動が激しく重なって繋がった部分で脈打つ感覚さえ感じられた。
長い絶頂の波が引いた後も二人は強く抱き合ったまま震えていた。
ケインは千砂都を優しく胸に抱き寄せ、ゆっくりと身体を横に倒した。
まだ繋がったまま…余韻に浸るように彼女の背中を大きな手で優しく撫で続ける。汗ばんだ銀色の髪を指で梳き、額や瞼、唇に何度も優しいキスを落とした。
「愛してる……千砂都…」
掠れた声で繰り返すケインの瞳は、深い満足と愛情で満ち溢れていた。
千砂都は涙を浮かべて微笑み、彼の胸に顔を埋めた。身体の奥に残る熱さと、彼の鼓動を感じながら、幸せで胸がいっぱいになる。
「……私も…大好きだよ。ケインくん…」
彼女は震える指で彼の頰を撫で、甘く掠れた声で囁いた。
「今、すごく幸せ……身体も、心も、全部ケインくんでいっぱい…」
ベッドの下には、二人が脱ぎ捨てた白いバスローブが絡み合うように落ちていた。
ケインは千砂都をさらに強く抱きしめ、耳元で優しく囁いた。
「これからも、ずっとこうして抱き合おう。朝も、夜も…千砂都を妻として…最愛の人として毎日愛し続けるよ」
千砂都は彼の胸に頰をすり寄せ、幸せそうに目を細めた。
「うん…私も。毎日ケインくんをずっと抱きしめて、愛してるって伝え続ける…夫婦として、永遠に」
二人は再び唇を重ね、余韻の熱を分け合いながら、静かに温かな肌を重ね合わせた。
激しい快楽の後に訪れた穏やかで甘く、愛に満ちた静寂の中で、夫婦となった2人は朝まで互いの温もりに包まれていた。
結婚式の夜から、月日は穏やかに流れていった。
ケインと千砂都は、夫婦として新しい人生を歩み始めていた。
都内のマンション。朝になれば、キッチンから香ばしい匂いが漂う。
「千砂都、朝飯できたぞー」
「ん〜…あと五分…」
寝室から聞こえる眠そうな声。すると、ケインは苦笑しながら部屋の扉を開ける。
「五分前も同じこと言ってた」
「うぅ〜…」
ベッドの中でもぞもぞする千砂都。
そんな彼女を見て、ケインは優しく笑った。
「ほら、起きろ。今日リハだろ?」
「!…は…っ!?」
その瞬間、千砂都が勢いよく飛び起きる。
「やばいっ!!」
「ははっ」
結婚しても千砂都は相変わらずだった。思い立ったら一直線。
明るくて、慌ただしくて、でも誰よりも一生懸命。
そんな彼女を見ていると、ケインは自然と笑顔になれた。
二人は結婚後、それぞれプロダンサーとして活動していた。
ライブツアーのバックダンサー。アイドルやアーティストへの振り付け指導。テレビ出演。
時には夫婦で同じステージへ立つこともあった。
「はい、ラストもう一回!」
スタジオで振り付けを確認する千砂都。
汗を流しながら真剣な表情で踊る姿は、今でもケインを惹きつけてやまない。
「千砂都、そこ入り少し早い」
「えっ、ほんと!?」
「うん。あと半拍後」
「なるほど…!」
仕事中は夫婦というより、最高のパートナーだった。
だが練習が終われば…。
「お疲れ、千砂都」
「ん〜〜〜っ疲れたぁ〜!」
千砂都がそのままケインへ抱きつく。
「おいおい、汗」
「ケインくんもでしょー?」
「それはそうだな」
笑い合いながら寄り添う二人。
公私共に支え合いながら、二人は幸せな日々を過ごしていた。
そして結婚から一年後――。
その日は、何気ない休日の朝だった。
リビングでソファへ座る千砂都は、どこかそわそわしていた。
その手には、小さな検査薬…。
「……」
ケインも向かい側で静かに結果を待っている。
いつになく緊張した空気。
やがて…千砂都の瞳が大きく揺れた。
「…え」
声が震える。
「ケインくん…」
「…どうだった…?」
千砂都はゆっくり顔を上げた。
そして次の瞬間、目に涙を浮かべながら笑った。
「…できた」
ケインが目を見開く。
「赤ちゃん…できた…!!」
一瞬、時間が止まった。
そして。
「…っ!」
ケインは勢いよく立ち上がると、そのまま千砂都を強く抱きしめた。
「わわっ…!」
「本当に…?」
「う、うんっ!」
千砂都も泣きながら彼へ抱きつく。
「私たち…パパとママになるんだよ……!」
ケインの胸がいっぱいになる。
嬉しくて。幸せで。言葉にならなかった。
「…ありがとう」
ぽつりと漏れた声。
千砂都は涙を零しながら笑う。
「ふふっ…何それぇ…」
「だって…嬉しすぎる…」
ケインは彼女の髪へ顔を埋めながら、小さく震える声で言った。
「絶対に幸せにする」
その言葉に、千砂都はさらに涙を溢れさせた。
だが妊娠生活は幸せだけではなかった。
つわりが始まった頃、千砂都は思うように身体を動かせなくなった。
「うっ…」
朝、洗面台へ駆け込む。
苦しそうに肩を震わせる千砂都の背中を、ケインが優しく摩る。
「大丈夫か?」
「ごめん…最近こんなのばっかで……」
弱々しく笑う千砂都。そんな彼女を見て、ケインは眉を寄せた。
「謝るな」
優しい声だった。
「千砂都が頑張ってくれてるから、赤ちゃん育ってるんだろ」
千砂都の目が潤む。
ケインは仕事を調整してできる限り家にいる時間を増やした。
料理も、洗濯も、掃除も。
「今日は食べれそうか?」
「…ちょっとなら」
「無理するなよ」
以前より少しやつれた千砂都を見ていると胸が締め付けられる。
だが千砂都は、お腹へそっと触れながら微笑むのだ。
「でもね」
「ん?」
「この子、今ここにいるんだなぁって思うと…頑張れる」
その笑顔を見るたび、ケインは彼女をもっと大切にしたいと思った。
そして、季節が巡り――。
ついにその日がやってきた。
病院の個室。
柔らかな昼の日差しがカーテンの隙間から差し込んでいた。
出産を終えた千砂都は、ベッドの上で小さな赤ちゃんを腕に抱いている。
すやすやと眠る小さな命。その顔を見つめるたびに胸の奥がじんわり熱くなった。
「…ちっちゃいねぇ」
千砂都が優しく呟く。
隣に座るケインも娘を覗き込みながら静かに頷いた。
「ああ…」
いつも堂々としている彼が今はどこか落ち着かない。娘へ触れる手も、まるで壊れ物を扱うみたいに慎重だった。
そんな様子が少し可笑しくて千砂都はくすっと笑う。
「ケインくん、なんかすごい緊張してる」
「そりゃするだろ…!」
ケインは苦笑した。
「だってこんな小さいんだぞ?」
娘の小さな手を見つめる。自分の指へきゅっと握りついてくる感覚に、胸がいっぱいになる。
「…俺、本当に父親になったんだな」
ぽつりと零れた言葉。
その声には、戸惑いと嬉しさが入り混じっていた。
千砂都はそんな彼を見つめながら、柔らかく微笑む。
「ふふっ、パパだね」
「正直…まだ…実感薄い」
「私はー…ちょっとあるかも」
「そうなの?」
「うん」
千砂都は娘の頬をそっと撫でる。
「お腹の中にいた時からずっと一緒だったからかな」
優しい眼差し。ケインはその横顔を見て、改めて思う。
(本当に頑張ってくれたんだな…)
苦しそうに呼吸していた出産の時間。それでも必死にこの子を産んでくれた。
感謝と愛おしさで胸がいっぱいだった。
ケインはそっと千砂都の肩を抱く。
「ありがとう」
「え?」
「二人とも無事でいてくれて」
千砂都の目が少し潤む。
「…うんっ!」
そして彼女は、小さく笑った。
「ねぇ、名前どうしよっか」
「ああ」
二人は以前から色々候補を考えていた。
だが実際に娘の顔を見ると、どの名前がいいのか改めて悩んでしまう。
「可愛い名前がいいよねぇ」
「元気に育ってほしいしな」
「優しい子にもなってほしい」
「あと笑顔になれるような明るい響きがある感じ!」
「それ大事!」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく考え込んだ後、千砂都がふと呟く。
「……“波音(はのん)”ってどうかな」
「波音?」
ケインが聞き返す。
千砂都は娘を見つめながら続けた。
「海の波の音って、なんか優しくて安心するでしょ?」
「…うん」
「この子にも、誰かを安心させたり笑顔にできるような子になってほしいなって」
千砂都は少し照れたように笑う。
「あとね、“かのんちゃん”みたいな響きにもしたくて」
その名前を聞いてケインは優しく目を細めた。
千砂都の幼馴染であり、かつて千砂都が青春を共に駆け抜けた大切な親友。
憧れであり、尊敬する存在。
「小さい頃から私いっぱいかのんちゃんに支えてもらったから」
懐かしそうに笑う千砂都。
「だから、この子にも人を照らせるような優しい子になってほしいなって思って」
ケインは静かに頷いた。
そして眠る娘を見つめる。
「…波音」
口に出してみると不思議としっくりきた。
「いい名前だな」
千砂都の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!?」
「ああ」
ケインは穏やかに笑った。
「優しくて、あったかい名前だ」
千砂都は嬉しそうに娘を見つめる。
「波音〜」
すると娘が小さく身じろぎする。それだけで二人は顔を見合わせて笑ってしまった。
「今反応した?」
「したかも!」
「もう自分の名前分かってたりして」
「それは天才すぎるよぉ」
笑い声が病室へ広がる。
そしてケインは、そっと娘の小さな頭へ触れながら優しく言った。
「よろしくな、波音」
その声は、もうすっかり“父親”のものだった。
――それから数年後。
春。
桜が満開に咲き誇る朝だった。
淡いピンク色の花びらが風に舞い、並木道を優しく彩っている。
今日は波音の幼稚園の入園式。
「まま〜!はやく〜!」
小さな声が弾む。
幼稚園の制服を着た波音が、元気いっぱいに二人の前をぴょこぴょこ歩いていた。
銀色がかった柔らかな髪。笑うと少し垂れる目元。
千砂都にもケインにも似ている愛らしい女の子だった。
「こらこら、転ぶぞー」
ケインが笑いながら声を掛ける。
今日はネイビーのスーツ姿。
父親になって数年。以前よりさらに落ち着きと包容力が増していた。
千砂都も上品な淡い色のスーツ姿で、長い髪を綺麗にまとめている。
母になった彼女は、以前より柔らかな雰囲気を纏うようになっていた。
「ねぇ見て! さくらいっぱい!」
波音が目を輝かせながら両手を広げる。
ひらひら舞う花びら。
その無邪気な姿に、二人は自然と笑顔になった。
「ほんとだねぇ〜」
千砂都がしゃがみ込み、波音と目線を合わせる。
「綺麗だね、波音!」
「うんっ!」
波音は嬉しそうに頷くと、今度は両親の手をぎゅっと握った。
真ん中に波音。左右にケインと千砂都。
三人で手を繋ぎながら、桜並木を歩いていく。
その時間がたまらなく幸せだった。
ふと。ケインは隣を歩く千砂都へ視線を向ける。
桜色の景色の中で笑う彼女は、出会った頃よりずっと大人になった。
けれど笑顔は今も変わらない。
太陽みたいに明るくて、優しくて、愛おしい。
ケインは自然と微笑んだ。
「千砂都」
「ん?」
名前を呼ばれ千砂都が彼を見る。
するとケインは、少し真面目な顔で言った。
「愛してる」
「!…えっ!?」
突然の言葉に、千砂都が思わず目を丸くする。頬がみるみる赤くなっていく。
「ちょ、急にどうしたの!?」
「言いたくなった」
「もぉ〜〜〜っ!」
波音がきょとんとして二人を見上げた。
「ぱぱ、まま、どうしたのー?」
「!なんでもないよ〜!」
千砂都が慌てて笑う。だがケインは穏やかに続けた。
「これからも波音と三人で、たくさん幸せになろうな」
その声は静かで、優しくて、深い愛情に満ちていた。
千砂都の胸がじんわり熱くなる。
今までの思い出が頭をよぎった。
出会った日のこと。
初めて一緒に踊った日。
海でのデート。
プロポーズ。
結婚式。
そして波音が生まれた日。
全部、隣にはケインがいた。
千砂都は少し潤んだ瞳で笑った。
「…うんっ!」
彼女はケインの瞳をまっすぐ見つめて笑顔で言う。
「私も…ずっとずっと大好きだよ」
春風が髪を揺らす。
千砂都は愛おしそうに波音を見つめながら続けた。
「これからも私とケインくんと…波音と三人で、この道をたくさん歩いていこうねっ!」
その言葉に、ケインは優しく笑った。
「もちろん」
そして二人の間で手を繋いでいた波音も、満開の桜みたいな笑顔を見せる。
「うんっ!!」
三人の笑い声が、春空へ響いた。
桜の花びらが舞う中…家族三人は寄り添いながら、未来へ続く道を歩いていく。
幸せな日々は
これからもきっと
どこまでも続いていくのだった。
おわり
ここまで読んでくださりありがとうございました。次回の更新も良ければお待ちくださいませ!