――子供の頃。帝国貴族の家に産まれた私は、その恵まれた容姿と魔術の才で持て囃された私は、理想的な軍事貴族の母体として評価された。
時折、見知らぬ大人の男と見合いさせられ、色々と質問を受けたり、妻としての技術を魅せた。
帝国は性交渉について厳格だ。触れらえる事は無く、決して直接的に穢されることは無かったが、私に教えられた様々な技術は娼婦を教師とした男を気持ちよくして、出来るだけ確実に孕み、多く優秀な遺伝子を持った子を産む使命のため。
誰も、私自身の大成は期待していない。それを期待するには、私の才は不足していた。
ある軍事貴族の娘が、軍略のみで頂点へ駆け上がっていくのを見たことがある。
私はその時悟った。才能の壁。チカラの差を。私の才が一級品なら、彼女のそれは一級品かつ特注品で、帝国においてはそれこそが女が成り上がるために必要な最低限。
失意と絶望の中、私はある日、獣の国と呼ばれる友好国の1つに赴き、外交がてらこの国の王子との縁談に臨んだ。
そこで出会った。偶然だった。王子の妹だという、第三王女のベアトリーチェに。
なんともみすぼらしい姫だった。恰好ではない、その気概が、どこか、弱り切っていて、王子の話を聴く限りではチカラこそ全ての獣の国において血統により才を結集させたはずの王族。そこに産まれた娘だというのに、弱すぎるのだという。
獣の国は、男女での出世や立場を制限する文化は無かった。ただ、そこにはチカラだけがあった。弱い女は、母体としても望まれなかった。
似ていた。私と、全てではない。ただ、絶望的な評価と立場が似ていた。
私は彼女と話した。
ベアトリーチェと、二人で約束した。抜け出そうと、私は自分のチカラで立つ。だから一緒に来ないかと。
ベアトリーチェはそれを承諾した。でも、自分はやれるか分からない。ついていっても足手まといかもしれないと。
それでも良かった。逃避行に、仲間が欲しかった。
――それから、数年は二人だった。
古い名を捨ててアーチェと呼ぶことにした彼女は、思いのほか強くなった。ただ、ずっと国を捨てた負い目と、誰かに護ってほしいという弱い本音からは逃げられずにいた。
私は苗字は捨てた。巡り巡って、後に王国で功績を立てて再び貴族となり、その時にプレヤデスの名を得た。ただ、ベアトリーチェを連れ回し、望まぬ戦いの世界で連れ回している引け目があった。
ベアトリーチェと一緒にいて、分かったことがある。
彼女は確かに獣の国基準では弱いかもしれないが、人間として弱いかと言われれば……そうでもなかった。
努力の人だった。
彼女は庇護されたい欲が強い。ただ、庇護されるための努力を怠らなかった。
家庭的な技術、子育ての技術、貴族・庶民を問わない人間関係を掴む技術、そんな花嫁修業のようなものから、他にも細々と誰かに幸せにしてもらう代わりに、相手を絶対に幸せにすると誓った彼女の努力は凄かった。それは、逃避行が始まってからもずっと続けていた。
私は――どうだったか。
彼女を守り続けることが強さの証明のような気がした。
戦った。戦って、戦って、勝ち続けて。
どこか晴れない気持ちを抱えながら、英雄たちを傍目に見ながら、私は、とにかく戦った。自分が強いんだという証拠が欲しかった。でも、誰も、そんな保証はしてくれなかった。
そのうち、リーナとコユキに出会った。
二人は強かった。私とベアトリーチェより少し年下だったが、リーナは特に、あの軍事貴族で成り上がった娘のような特注品の才能を持っていた。
――仲間になったのは偶然だったが、私は、彼女の性格は好ましかったから、羨む気持ちはずっとあったけれど、それ以上に切磋琢磨することになった。これは、幸運だったと思っている。
やがて、エレクシアが参加してクランが出来た。
強い男を求め、聖女教会に殴り込み、どいつもこいつも弱っちくて抜けて来たという聖女の位まで昇った変人。しかも王国貴族でもある。
その意志の強さは、シンパシーを覚えると同時に、真っすぐ夢に向かう姿が眩しくて、私はエレクシアとしばらく打ち解けられなかった。
ある日、大きな事件を解決した後、クランメンバーたちが寝静まってからアーチェと話した。
「……アーチェ。私は、強くなった?」
「どうしたんだよ。ディーネ。弱気じゃん」
「私は、あなたを巻き込んでしまった」
「……ディーネ。いいんだ。ディーネについていく、守ってもらう。私はその選択を後悔したことは無いし、むしろ私の方がずっと悪いなと思ってる」
「……私はっ!」
「ディーネ」
ふわり、とアーチェに抱き締められた。
その夜、私達は、抱き合って寝て、朝コユキに見つかって、彼女が大真面目に二人はやっぱり恋人だったんだね、なんて言うものだから、どことなくそんな雰囲気が出来てしまって……
アーチェを守って強さを信じたかった私と、強い人間に護られたいアーチェ。
歪んだ気持ちが混ざり合って、ある夜から、何となく、そういう関係にもなっていった。
どこか影のある幸せが生まれた。
アーチェを見れば幸せで、アーチェのために生きるのが幸せで、仲間を見れば私はこんな強い皆の中でもさらに上なんだと暗い優越感が浮かび――でも、どこまでも一級品止まりという意識がどこかにあった。
A級冒険者になってもそれは変わらない。『氷心』の名を得ても変わらない。
『精密』のような、世界クラスの超技術を持っていない。
『氾濫』のような、魔物の巣を魔術1つで潰すような超魔術も持っていない。
『神狩』のような、伝説的な実績も持っていない。
二つ名というチカラの象徴。それが、仲間と幸運に恵まれて、実績だけでその縁に引っかかっただけの私にとっては重荷でもあった。重荷に感じてしまう自分が、弱くて嫌だった。
弱い。
私は――結局、弱いまま。才ある者の世界では、才なき者。歯を食いしばって留まれなかった逃亡者にして、自分より下に見ている恋人を守って悦に浸る歪んだ女。
その恋人すら、人間としては、私より――
「……?」
寝汗が酷くなったのはいつからだったか。
夢の内容は憶えていないが、アーチェと眠るとき以外は毎晩のように悪夢を見ているようだった。
アーチェへの依存が強まった。何度も、何度も抱き、眠った。
でも一人の時はある。逆に、皆がいるから出来ない時もある。
その度に寝起きで酷く身体が弱っていた。私には悪夢が憑いていた。
『呪いの類はございませんでした。ディーネ様』
その手の見識が深い聖女にも診てもらった。
原因は、記憶、としか思えなかった。
『そう。あなたはずっと悪夢を見ている。恐れ、怯え、様々な弱さが、強く保っている現実の裏で渦巻いて……だから、見せてあげるわ。あなたの忘れ続けた悪夢を』
直感的に、拒否しないといけないと理解していたが、出来なかった。
既にこの淫魔の術中。
やがて、視界がクリアになり、肉体の感覚までハッキリしてきて。
私の眼前に広がったのは――
※ ※ ※
「……ここは……クランハウス?」
私が立っていたのは、暗く灯りの落ちたクランハウスだった。
静かで、誰もいないと直感する。
私は、ただ、その暗い中を歩き……中を見て回った。
やはり、どの部屋も、誰もいない。
寒い。
凍えるように寒い。
薄々分かっていた。誰もいないのではない、皆、先へ行ってしまったのだ。
私を置いて。
私の弱さに気付き、私の醜さに気付き、歪んだ感情で生きる私に見切りをつけた。
でも、一人、いた。
「アーチェ……!」
駆け寄って、抱き締める。
彼女だけは私を見捨てなかった。
抱き締めて、そのまま身体を貪るように求め、絡み合う。
温かい。
アーチェの温かさが、いつものように、私に流れ込んできて、心地よい。
「あ……あが……で、でぃーね……」
「アーチェ――? どうし……アーチェ!!!」
腕の中で、抱きしめれば抱きしめるほど、アーチェの身体がみるみる細く、青白く、まるで生気を吸い取られたように干からびていく。気づけば、アーチェは声も出せないほど衰弱し、ただ怯えた目でディーネを見つめている。
流れ込んでくる温かさは変わらない。いやこれは、温かさ、だけじゃない。
「なに……これ……魔力……?」
『その通りじゃ』
忌まわしい淫魔の声が響く。
『まさか、こんな辺境に主様以外にも神秘の持ち主がいたとは思わなかったぞ……しかも……交わることで相手の魔力を奪うとは』
「奪う……?」
夢が動く。
私が小さい頃。もう覚えてもいない、父や、母に抱き締められた頃。
「なにかしら……すごく、身体が……」
「疲れているのだろう。この子は優秀なようだからな。それだけ産むのに体力が必要だったんだ……」
また夢が動く。
次は、アーチェとの枕元での会話だ。
「なぁ、ディーネ。あーしさ、最近、魔力がイマイチ回復しないんだ。だから、苦手だけど……やっぱり大剣使いになるよ」
「そう……私がその分、補うから」
「へへ、ありがと」
さらに、夢が、動く。
ついさっき、微妙な反応のアーチェと絡んでいた時。
流れ込んでくる感覚。
魔力の、感覚。
私が、アーチェを……食い物に……する感覚……
「は……はは、なに……それ。まるで私が、淫魔じゃない……」
『ふふふ。まさしくそうじゃなぁ……まぁ良かったではないか。望んでいたのだろう。強くなることを』
「……私の、伸び代があまり感じられないのは」
『吸う事こそが伸び代だからじゃろう。アーチェという本来は特別な魔力を持つ存在から奪い続けることで、お主はA級冒険者になった。あの娘は肉体も強いが……魔力があれば、どちらが上だったかの』
くくくくくく。
底意地の悪い、悪魔の嗤いが響く。
これは私の心を折るための嗤いだ。それは分かる。
分かるが……事実でも、ある。それも、分かる。
私は――私は、どうすれば――よかったの……
※ ※ ※
「――――っはぁっ! は゛ぁ゛――……は゛ぁ゛――……は゛ぁ゛――……」
目が覚めた。
感覚が現実に戻る。
目の前では、丁度ぶぴゅり、と音を立ててベアトリーチェの膣内に大量の精液が注ぎ込まれたところであり、彼女の気持ちよさそうな喘ぎ声が影に木霊した。
頭が痛い、凄まじい吐き気がする。自分が、自分の魔力が……
「っあぁぁあああぁあぁあ!!!」
無差別に術を放つ。魔力を消費する。
消費して、消費して、消費して――自分の中を空っぽにする。
今はただ、それしか無かった。吸い取った魔力は、彼女のチカラ。そんなもの、耐えられるはずがない。受け入れられるはずがない。彼女を弱くしていたのが、私だったなんて。
チカラある母体として私を求めた、あの男達と同じだ。
チカラを手に入れるために、私は、ベアトリーチェを抱いたのと同じだ。
そんなことが――そんなことがあっていいのか。
知らなかったなんて、言えるわけがない。済ませられるわけがない。彼女の最も暗い悩みを、私がずっと……ずっと!!!
不意に、アルフが見えた。
強い、男。ベアトリーチェを護れる男。女をオスとして犯すが、護り、護られ、家族としても群れとしても強固に結びついた温かい男。
なぜ。
なぜ私は、こんなに冷たいんだ。
なぜ私は、望まないものばかり生まれ持つ。
なぜ私は、ただ、強くありたいだけだったのに、なぜこんなに、弱いんだ。
「なんでぇっ!!! あぁぁぁあああ!!!」
振るう。
手を振るい、言葉にもならない声を叫び、むやみやたらと魔術を使おうとして、既に尽きた魔力は当然何も起こさない。
無力だ。
本当の私はこんなに、こんなに無力だ。
何がA級冒険者か……何が『氷心』か……
冷静さも、冷徹さも、それすら今はもう無いというのに。
震えて、ただ、地べたに座り込むしかない私に、暴力的な衝動が襲い来る。
魔力が、チカラが欲しい。チカラを。
全ては、チカラさえあれば。
「さて、主様。ここからじゃ」
「――ベアトリーチェ、ごめん。また後で」
「んっ♡ なぁ、アルフ」
「?」
「ディーネはあーしの……わたしの一番大切な友達なんだ。だから、救けてやってくれ」
「うん。分かった」
目の前に、敵がいる。
吸い殺してもいい、強い敵がいる。
分かった。
私は、仲間から吸ってしまうから弱いのだ。
敵から、全てを奪え。
勝て、勝って、奪って、奪ったチカラで仲間と並べ。
それなら、誰も、不幸には、しない。
私は、誰にも、置いて―――いかれない。