※秘匿村編はまだまだ続きます。
「……このバカ猿。私は初めてだって言ったよね」
「ごめんなさい、気持ち良くて」
「はぁ……まぁ敗けたんだからもういいわ。ノクトレアの奴が認めたのも、納得した。そのオスとしての肉体は異常ね……どういう育て方をしたんだか……」
散々犯し続けた後、一滴も精液を零さず全て飲み干したネドリアーナは消化能力の限界を超えて倒れてしまった。
甘えるように魔術の糸をこちらの腕に伸ばし、くいっ、くいっ、と恨めし気に引いてくるのがちょっと可愛い。スレンダーな大人美人が魅せる子供っぽさは思わず勃起してしまう。
そうして、また元気になったボクを見て、呆れたようなため息をついた彼女はキリっとした目をこちらへ向け、控えめに告げた。
「次は、普通にデートからして」
「うん……デートって何すればいいの?」
「呆れた。ほんとに猿ね。一瞬私の夫として認めようかと思ったけど、やっぱりやめた。お前は私を襲ったエロ猿よ。せいぜい餌を貰えるように媚びる事ね」
そっぽを向く彼女。
その身体についつい手を伸ばし、控えめな胸をマッサージするようにもにゅりと揉みながら、腰を密着させようとすれば、どこからか伸びて来た糸に腰を引っ張られてお預けを喰らう。
そこで、ふと思い出した。そもそもネドリアーナに戦いを吹っ掛けた理由だ。
「そうだ。ここから出て帰りたいんだけど」
「――あぁ、そういえば、そうでしょうね。私に戦いを挑んできたならそうでしょうとも」
でも、と彼女は続ける。
その前置きの言葉に続きを察しながら、ボクは言葉を待った。
「無理」
「今は……ネドリアーナが管理してないんだ。この結界」
「今は、って。なに? 猿のくせに察しが良いの?」
そう。
違和感はあった。
最初、ここの地下牢で目が覚めた後やってきたのはライラとダリアだった。
次に、襲撃してきたのはヴァンダオラとクリファ。
最後に、ネドリアーナ。全部で5人の淫魔と出会い、この中で一人だけ浮いた存在がいた。
この村の4人は、それぞれの思惑があれど皆、何かの計画に従っていた。それは離反したと言っていたダリアでさえ元々はその一員であり、計画はボクという特別なオスを使って村を国とするほどのチカラを手に入れようというもの。
そう、思えるような内容だったし、それが事実ではあった。だが。
「――ボクはどこにいけばいい?」
「どこでも。呼べば来るでしょ。あぁでも、やるならどっか別の場所でやって。私の男が私の前で別の女とヤるなんて御免だから」
「……ネドリアーナ」
「なに……んっ♡ ちょっと急にキスなんてやめてよ……ていうか初めてだったんだけど……」
黒幕の存在を感じ続けていた。
第一、ボクの存在をどこから嗅ぎつけたというのか。ここは地図通りならほとんど大陸の反対側だ。幽閉されている淫魔たちがある程度自力で外を動き回る手段を持っていたとしても、わざわざそんなところまで情報収集に行くだろうか。
ノクトレアに反旗を翻す為、敵情視察に行った。あり得なくはない。だが、ボクは最近村から出て来たばかりで、ノクトレアを降すまでは当然、ただの村人だった。
でも、実態はもっと分かりやすいだろう。ボクの情報提供者がいるはずなのだ。
ボクは、ネドリアーナが空き家として紹介してくれたベッドが整った小屋へやってきた。
村人たちは村長である彼女の一声で、ボクを襲わず、ただ見守っていた。
「――ライラ!」
呼びかける。
途端に、寒気が空間を支配した。
いつものライラの気配じゃない。小屋の入口扉を開いて入って来た彼女が纏う雰囲気は刃のようで、この眼がボクに向けられたのは初めての事だ。
「気付かれましたか、旦那様」
空気が重い。言葉が鋭い。
ボクが隠れ里の傑作男子なら、ライラは淫魔の傑作才女だ。その仕事は、数々の戦いに彩られ、無数の鍛錬に裏打ちされている。
ほとんどの淫魔たちが、実践経験などほとんどない、自分より弱い男達をゲームのように狩り、供物として頂いていたあの場所で、ボクが知る限りライラだけは――遠出をしていた。
ボクの姉のように、従者として家族の一員になってから、時折。
「ライラ、ボクが欲しいんでしょ」
「――そこまでお察しであれば、もはや言葉は不要かと思いますが」
「いや、聴いておきたい。ライラの事は良く知ってる。でも、回りくどい事をしたのは……なんで?」
今回の誘拐からの一連の事件。黒幕はライラだ。
ボクの情報を流し、ボクを攫うよう手配し、攫う手助けさえした。
救助に来たとして側にいたのに、ライラの能力からすればおかしい程に助けの手が少ない。昔の確執があるにしても、ダリアとの妙な喧嘩もあった。第一、村人たちがライラの出現に全然驚いていない。
振り返れば明白。それに、どこか、これは気付かされたような気もする。
「そうですね。旦那様を私だけの旦那様にしたい――その一心には違いありませんが、ノクトレア姉様に対応する戦力が必要だったというのもあります」
「ボクを独り占めするために勝とうとしたんだ」
「はい。この村は追放者の集まり。かつては敗けましたが、その時は私がいませんでした」
「ライラがいれば勝てる、と」
「私と、旦那様がいれば。です」
しゅるり、とライラが短剣を抜く。
妙な短剣だ。刃は潰れていて、同時に濡れている。殺す気は愚か、そのままでは怪我すら難しいだろうが肌を素早く擦れば擦過傷ぐらいにはなるだろう。濡れ具合からすれば、それだけで機能する毒だろうか。
「いつか、やると思ってたんだ」
「……それは、私が……反抗的でしたでしょうか」
「ううん。そんなことは無かった。ライラはずっと、ボクの家族としても、従者としても、ずっとライラだった。けど、村から出て少ししたころ、ノクトレアが本気で挑んできたでしょ」
あの時はライラもいたから、彼女も見たはずだ。
ノクトレアの本気を。あの状態の正式な名称などはボクも知らないが、あれが女王としての彼女だったのだろう。そして、その彼女を打ち破り、本当の意味で屈服させた後、ボクは思ったのだ。
多分、ライラもやるんだろうな、と。
それは予感でしかなかった。ライラの事を疑ったことは無かった。ライラは常にボクを最優先しながら、自分の愛欲にも忠実で、常に独占を狙っていた。
でも、大掛かりな反抗、誘拐までする計画を練ると思ったことは無かった。それでも予感はあったのだ。誰もが認めていた天才が、普通に従って終わるわけがない。本気でぶつかる日が、いつか来る。ボクが、気に入られたからではなく、未来を期待されたからではなく、ボク自身のチカラでこの天才を超えなければならない時が来ると。
「――お恥ずかしい、ここまで見抜かれていれば、言葉は不要」
来る。
そう思った時には、視界が傾いていた。
何だ? 足だ。足払いをされ、瞬きの間にボクの背後にいたライラが既にナイフで切りつけ終わり、ボクの腕には一文字の擦過傷が刻まれている。迫る床、落ちる視界に咄嗟に手を突こうとしても、それより先に柔らかい紐が身体全体を縛った。
魔術糸? 一瞬、ネドリアーナの裏切りかと思ったが、違う。これはライラが真似たのだ。
「戦いという分野では、旦那様に勝ち目などありません。私は、ライラは、旦那様により強くなっていただきたい。私を降し、私を好きに調理していただきたいのです。その上で最強の旦那様に、唯一寵愛を受ける女が、私に――」
強力な能力、ある種のパワー任せだったノクトレアと違う。これは明らかな対人間の技巧であり、卓越した戦闘技術の粋。所詮は乗り越えた女達と、女達から教わった付け焼刃の技術しか持たないボクには無い達人のソレだ。
勝てない。スキが無いのだ。それこそぶっかけ作戦のようなマヌケな方法すら手段として使えない。紐で縛られているだけだが、背後をとられていて、常に観察されている。圧だけで、身動き一つ出来ない。
「ボクが強くなるために、わざわざ他の淫魔たちとも勝負させたの? ボクが交尾するって分かってて」
「苦渋の決断でしたが、必要でした。目的のため、ここが最後の我慢だと」
「ここからも村の皆に貸し出すつもり?」
「いえ、この村にもう強者はいません。次は人間社会に潜ります」
「準備は」
「当然出来ています」
完璧だ。
完全に手加減されているのに、完全に敗けている。
ボクの強みは活かせないままに、ただ、拘束されていて勝負になっていない。相手がライラということもあってどうにもボクの側も心の底からの戦意は沸かないし、それも計算のうちなら本当に狡猾だ。
最初から分かっていた。ボク一人では万全に準備したライラに勝てない。だから、まずは万全ではない状態にする必要がある。
「流石は旦那様――群れ長として、そう来ましたか」
「オラァ! ライラァ! てめぇ……は……っ!?」
小屋が爆散したかと思うほどの強烈な大剣の薙ぎ払い。
それによって半壊した小屋と共に、姿が見えたのはヴァンダオラだった。
しかし、その大剣は薙ぎ払う途中でピタリと止められている。ライラの細腕が、あっさりとそれを掴み取り、平然と刃を握りながら止めているのだ。
「嘘だろっ……うぉっ!?」
「旦那様の女を傷つければ私が嫌われるだろうから、今は勘弁してやる」
ぶんっ、と腕を振るったライラ。
見えない速度の腕の振りと共に、ヴァンダオラが遥か遠くまで吹き飛ばされ、恐ろしい爆音と共にどこかの家を崩落させる。
ライラはどうやら、技巧以外も天才らしい。
「次はクリファとダリア」
「ぐっ、相変わらず……!」
「凄まじいな。これが天才ライラの実力か」
空間に空いた穴から完全に奇襲したはずのダリアの魔術が、伸ばした腕の袖を掴まれて投げ飛ばされて不発。
屋根を突き破って上から降って来たクリファはそのまま簡単に避けられ、足蹴にされて体勢を崩されたと思えば同じように投げ飛ばされてしまった。
強すぎる。全て分かっていてもボクには出来ないだろう。
「私は、旦那様の家族でいるためにあの隠れ里の中でノクトレア姉様に明確に反抗しながら、この秘匿村送りにはならず我を通し続けていました。それは、確かに明確な敵対をしなかったからというのもありますが……我儘を止められるような者がいなかったからでもあります」
「――すごい」
「……光栄です」
つい素で褒めれば、少し照れた様子で赤くなるライラは、確かにライラなのだろう。
ここまでの暴威を見てもやはりまだ彼女の事は敵だなんて思っていないし、独占欲は可愛い特徴のままだ。ボクも大概、ライラが好きなんだなと思う。
「ネドリアーナは参戦しないんですね」
「ボクがハメ潰しちゃったばかりだしね。休んでてもらうことにしたよ」
「それで、どうしますか? 大人しく来ていただけますか、旦那様。大丈夫です。人間の強者相手に交尾して、満足できない分は必ずライラが全て射精させて差し上げます」
つまり、他の女とヤらせるけど、それは飽くまでボクの強化のためだから毎回上書きしてやるという宣言だろうか。
ボクはこのどうにもならない状況に白旗を上げるしかないのだろうか。
いや。
ライラは強い。でも、そのライラとボクは何度も交尾してきた。ボクに神秘のチカラがあるのなら、とうにライラを超越しているはずだ。勝てないのはおかしい。今までの経験からして、そういった技巧なども含めた全てを超越できるだけの進化をするのがボクのはずだからだ。
やはり、敵意を持てていないのが問題なのだろうか。
ボクは今、本気ではないのだろうか。
ボクは……オスとして、自分をここまで慕うメスを、満足させてあげられていない……のか?
ボクが弱いのは、ボクが、本気で彼女をハメ潰してワカらせてあげられなかったからなのか?
村で交尾した女達が、ボクのせいで傷ついている。
ライラが、ボクのせいで傷ついている。
こうしなければいけないと、そう思わせたのはボクだ。ボクが、ライラの独占欲を超えるだけのオスを示せなかったのではないか。
どくり、と、何かが脈動した。
「……旦那様……それは……っ!」
甘かったのだ。
ボクは、結局、ライラをどこか姉のような、家族として見ていて、同時に格上の存在として意識し続けてきていた。
それは、家族愛によるもの。ノクトレアとは違う、ライラはずっとボクの保護者だった。
100%ボクのメスとしては見ていなかったのだ。だから戦意も沸かず、反抗されても優しい気持ちばかり沸いてくるのだ。思えば、ボクは親にだけは欲情しなかった。ライラにはそこまでではないとはいえ、一かけら、似た気持ちがあったのだろう。
違う。
ライラは、人生をボクに捧げると決めて、生まれたてのボクに仕えに来た。
ボクに全てを懸ける彼女は、メスとして全てを懸けに来た。
応えてないのはボクだった。
「くっ、旦那様、少し、荒めに行きます!」
「全部、受け止めるよ」
瞬時に振るわれた短剣が、それより速く振るわれたボクの『尾』によって砕かれた。
一瞬、影に潜って紐から抜け、そのまま空間を渡ってライラの背後に立つ。
後ろからそっと抱き締めたボクから咄嗟に距離を取ろうとしたライラの手足に巻き付いた魔術糸はライラの隠していたらしい別の短剣に断ち切られたが、既に逃げ場はない。周囲は黒い霧で覆われ、外界から断絶されたボクの怪異領域が覆っている。
パキリ、と音がする。
忍び寄っていた霜が、ライラの短剣を瞬時に凍結して砕き、同時に氷で生成した二本の剣がボクの手には握られた。
「まさか、これは」
「ライラ」
ボクは刃を潰し、水ではないモノで濡れた刀身を構えながら言う。
「ボクの女になれ」