よう実 ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ IF SRORIES 作:山上真
部屋に戻り制服に着替えた私は、登校前に再度この男――綾小路清隆の部屋にやって来ていた。
逃げようと思えば逃げることは出来た。何せやってることがやってることだ。コイツだって表立ってどうこう言ってくることは難しいだろう。
そう思いつつ、それでもこうして来てしまったのは、ある種の『充足感』を覚えてしまったからだろうか。
(縛られてそれって、私はどれだけ変態なのよ……)
などと内心で自嘲しないわけではないが、そうなってしまったことに大凡の見当は付く。本来なら屈辱的な筈のその行為に、コイツなりの『愛』を感じてしまったからだろう。
表立って口にしたことはないし、真実そうである自信もないが、たぶん私は愛されることに飢えているのだ。
私の実家は、全国的に見ればどうかは分からないが、地域的に見れば『名家』と呼ばれるに相応しい家だった。まあ、ドラマなんかだとそういった家にありがちな『厳格な雰囲気』こそなかった。だけどその一方で、やはりドラマなんかだとありがちな『愛を感じられない』家ではあった。
私自身が家でも特殊な立場にあったのだろう。『叱られる』ということがほとんどなかった。壁に落書きをしても、家の備品を壊しても、飛んでくるのはやんわりとした注意だけ。親の拳骨を食らった覚えすらない。
当初はそのことに疑問を覚えることもなかったが、幼稚園、小学校、中学校と通って成長していけば、否が応でも疑問を覚えずにはいられない。
私は『家族に愛されているのか』自信がなかった。だってそうでしょう。叱るということは、相手を愛していればこそだ。愛していないならば叱ることすらない。
やんわりとでも注意が飛んでくる分、私は愛されているんだ。そう自分に言い聞かせようともしたけれど、周りの家庭事情を聞けば聞くほどに違和感ばかりが積み重なっていく。――むしろ、やんわりとしか注意せず、怒ることすらないのは、私のことなど『どうでもいい』と思っているからではないのか……?
そうして一度疑問が生まれてしまえば、どうしても確かめずにはいられなかった。だから私は、めっぽう悪いことをすることにした。それが大それたことであればあるほど、叱らずには、怒らずにはいられない筈だと思って。
結果、私が選んだのは万引きだった。所詮は素人の思い付き。バレない筈がないと思った。それでも、イケナイコトをしている自覚はあったので、自分なりに気を付けたりはした。
するとどうしたことか、一度としてバレることなく、然るに一度として叱られることもなく、ここまで来てしまった。おかげで、無駄に手練手管が成長した自信はある。
まあ、それが油断に繋がってしまい、坂柳に万引きシーンを撮影され、脅され、扱き使われることになってしまったのだけど……。
坂柳に扱き使われることに対しては、不満はあるけど、自罰と思えば許容も出来る。認めたくはないけど、充足感を感じてもいる。『使われる』というのは、『必要とされている』ことに繋がるからだ。
だけど、やはりそこに『愛』は感じられず、それこそが『不満の種』と言えるだろう。
対し、この男がやったことは『緊縛』だ。問題行為に他ならず、坂柳以上にタチが悪いと言えるだろう。表沙汰になった瞬間、二人揃って良くて停学、場合によっては退学となる筈だ。
そう頭では分かっているのに、拘束が与える苦痛に『罰』を感じ、縄目によって強制的に性感を刺激されることに『快感』を覚え、その上で三連続でイラマチオされたことに、その全体を通して『愛』を感じてしまったのだから、我ながらどうしようもない。
内容そのものだけを捉えればイジメと大差ない。しかしその実、『拘束による苦痛の程度』、『フェラチオとイラマチオの二択を挙げ、その後にイラマチオを実行』、『縛ったままトイレに連れていってかいがいしく世話を焼く』といった具合に、やっていること自体に問題があることを除けば、その所々にコイツなりの配慮があったのも事実だ。
なお、こうして冷静に考えていられること自体坂柳の影響が大きいと思うので、私の内心は複雑である。
まあ、だからこその意趣返しでもある。坂柳も坂柳でコイツに執着しているので、コイツに坂柳が襲われることになったとしても、それはそれで結果オーライだろう。私は私で坂柳に対し間接的に感謝と不満をぶつけられるのだから、やはり問題はない。
「フム、今日のところはこれで行くか……」
私がつらつらと考えてる横で道具を吟味していた綾小路だったが、漸くにして決まったらしい。
「どうする? 下着越しに素肌に直接縛るか? それともシャツの上から縛るか? 一応、どちらにしろ拘束自体は緩めにするつもりだし、今回は上半身だけを縛るつもりではあるが……」
どちらにしろ、一長一短があるということなのだろう。まあ、大凡の見当は付く。素肌に縛れば跡が残りやすく、シャツの上だとそれだけバレやすくなるといったところか……。
そりゃあ、コイツの言っていたようにYシャツの色合いによっても確率は変動するだろうが、一般的なのは白だろう。確かに青系統の選択肢だってなくはないが、白と青の二択だったら大抵は白を選ぶ筈だ。実際、私だって現時点では白のYシャツしか持っていない。そんなわけで、昨日の今日で『青』を選択肢に挙げられても、実行のしようがないのが正直なところだ。
さてどうするか――と悩むまでもない。
「んじゃ、シャツの上からでお願い」
いくら縛る道具を変えるといっても、拘束自体は緩めにすると言っても、私がイメージするのはどうしたって昨夜の緊縛になってしまうのだ。擦れやら何やらを加味すると、素肌に直接では十全に動ける自信が無い。拘束具に気付かれる可能性を減らしたところで、私の動作から違和感に気付かれては意味がないのだ。シャツ一枚隔てたところでどれだけの効果があるかは分からないが、素肌に直接よりはまだマシだろう。
そういう判断からの選択だった。
「分かった。じゃあ、Yシャツまで上着を脱げ」
「ん……」
男の前で堂々と服を脱いでいくのだから、私も大概イカレている。たった一晩で私も随分と変化してしまったようだ。そうと自覚しながら、そのことに忌避感を覚えていないことがおかしい。
シャツの上から、シュルシュルと縛られていく。当然ながら昨夜とは全く違う縛り方だ。――にも拘らず、コイツの手際は実にスムーズだ。その事実だけで、手慣れていることを実感させるには十分だ。
「昨日は呆気に取られて思わず流しちゃったけど、何だってアンタはそんなに手慣れてるのよ?」
「そりゃあ、相応に練習をしたからだな」
「練習って……。人形の類は見当たらないし、もしかして人間で?」
「ああ。リアルな反応が返ってくる分、それだけ覚えやすかったな。もっとも、個人差があるからその分だけ手間取ったのも事実だが。しかしその甲斐あって、大凡の加減具合は掴めたつもりだ」
実際、その言葉に嘘はないのだろう。縛られているのは間違いないのに、スムーズに動ける。と言うか、昨夜ほどの苦痛がない。無いわけじゃないが、無視してしまえる程度のものだ。これでは『拘束』としての態を成していない。
「いいの? 全然苦痛が感じられないけど」
「今はそれでいい。今オレがお前に求めているのは、羞恥からくる感情の動きだ」
私の質問に、コイツはそう返した。
そしてその意味は、部屋の外に出た瞬間に実感した。綾小路以外の人間を認識した瞬間、『縛られている』という事実が重く圧し掛かってきたのだ。
普通に動くことは出来るのだから、普通に動けばバレることはない。そう頭では理解しているのに、身体がついてこない。いや、『バレるかもしれない』という、相反する思考・危機感の方を重く捉えてしまい、それによって身体が鈍化しているのだ。
(コイツの狙いはこれか……!)
気付いたところでもう遅い。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸が荒くなる。『バレるかもしれない』という危機感を覚えれば、どうしても『バレた後の末路』を想像しないわけにはいかず、それによって高揚しているのだ。
普通に考えればおかしなことだが、それが『被虐願望』であり、『マゾヒズム』というものだ。
人間とは『果てしない矛盾を内包した生物』であり、だからこそ『可能性の権化』でもある。……坂柳に付き合っている内に、こういう小難しいことにも考えが回るようになってしまった。
そして、だからこそ分かる。綾小路は、私が『被虐願望に火を付けざるを得ない状況』へと言葉巧みに持っていったのだ。
「さ、行くぞ」
言って、綾小路が私の手を握って歩き出した。
コイツは私の混乱を前以て分かっていたのだろう。その上で、そのことを伝えなかった。そうして、私が実際に混乱した後で『救いの手』を差し伸べている。
頭では『盛大なるマッチポンプ』だと分かっているのに、実際に『救われた気分』になっている。
何故なら、コイツの行動によって、『私の羞恥・不調の原因』を周囲は誤認するからだ。そうと分かってしまうが故に、小憎たらしく、腹立たしい。
手を引かれるがまま、身体は素直に動き出す。
ガッシリとした男らしい手だ。握られたことで、そのことがよく分かる。
そんなことを考えてしまうのも、努めて羞恥心を覚えないように防衛本能が働いている結果だろう。そう思わざるを得ない。
縛られていることに意識を向けるよりは、私をそんな目に遭わせている元凶の手に意識を向けている方がマシ。
つまりはそういうことであり、そうと考え付いてしまうからこそ、コイツに底知れない恐ろしさを抱いてしまう。
(一体コイツは、どこまで計算ずくなのか……?)
考えても分かる筈はないのだが、考えずにはいられない。そういう点では、コイツは坂柳と同類だ。『類は友を呼ぶ』。坂柳が執着するのも分かるというものだ。
「おはよう、綾小路くん」
通学路。コイツに対して放たれた声に、ドキンと胸が高鳴った。
知り合いにあったら挨拶を躱すのは極々普通のことであり、そういう意味では何らおかしなことではない。しかしながら、コイツが注目されるということは、同時に私に対する注目が増すということでもあるのだ。
それでも、ただ視線を向けられているだけなら、努めて意識しないことは出来た。――しかし、直接的に声をかけられるほどとなると、流石にそれは難しい。
「ああ。おはよう、平田」
コイツも挨拶を返した。
声をかけてきたのは平田洋介だった。茶柱クラスの生徒であり、能力もあれば社交性もある優秀な男子。何であのクラスにいるのか分からない筆頭格だ。
そう言えば、今でこそ星之宮クラスに在籍している綾小路だが、元々は茶柱クラスの生徒だった。そう考えれば交流があってもおかしくはないし、実際、コイツは度々平田の部屋に泊まりに行くほど仲がいいそうだ。
正直、コイツの実態を知ってしまった身からすると、コイツと仲がいいという時点で平田もだいぶ怪しく思えてくる。
「そっちは……真嶋クラスの神室さん……? おはよう」
私がコイツと一緒にいるどころか、手を繋いでいる状況が不思議だったのだろう。平田は怪訝そうな顔をし、それでも律義に挨拶をしてきた。
「ええ、おはよう」
私もどうにか平静を装って挨拶を返す。
「二人は仲が良かったんだね。知らなかったよ」
ニッコリと笑みを浮かべて平田が言ってくる。
さて、どう返すべきか――と私が考えている内に綾小路が口を開いた。
「ああ、昨日からな」
その言葉に嘘はない。嘘はないが、余りに怪しすぎるだろう。
「昨日から? ってことは、口説いて早々に手を繋いでいるのかい? 『英雄、色を好む』とは言うし、実際に綾小路くんは優れた能力を持っている。その上で他人の色恋のことだから僕がとやかく言うのは筋違いだと分かっているけど、本当に大丈夫なのかい? 僕は友人が刺される展開は御免だよ?」
だがその怪しさは、綾小路清隆という人物の人間性が塗り潰したようだった。平田は一切の疑問を抱いてはいない。
(いや、抱けよそこは!)
と、本来なら声を大にしてツッコミを入れたいところではあるが、それで縛られていることに感づかれては堪ったものじゃない。
「心配ありがとう。だが、オレとしてもそこら辺は個人的に気を付けているつもりだ。実際、真澄も了承の上だしな」
「ならいいけど……。本当、『将来を見据えた上での説得力作り』という理由は分かるけど、端から見ると『人間の屑』に他ならない行為だってのは念頭に置いておいてよ?」
平田の言葉を聞いて思い出した。そう言えば、コイツは将来的に政界進出を目論んでいるらしいんだった。そこで法改正による『複数婚の樹立』の目論んでおり、対外的には『ハーレム形成もそのための説得力作り』と言われている。
その理由に『少子化対策』を掲げている辺り、感情的な非難を見事に防いでいる。実際、この国で『少子化問題』が叫ばれて久しいが、碌な対策が打たれていないのが現実だ。
そこら辺を加味すると、方策はともかく実に立派な理由であり、平田が疑問を抱いていないのも納得がいく。
その後も道中で更なる人員を増やしながらも、私は緊縛に気付かれることなく無事に登校を果たした。
なお、実際に学校に着いた頃には、当初の羞恥心は何処かへと吹き飛んでいたのだった。
原作清隆のような『人非人』らしさを表してみました。あくまでも真澄目線ですが。
今回はサラッと箸休め的な回ですね。
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