※この作品はR-18です。

よう実の世界に憑依した平田洋介   作:太陽サンサン

4 / 8
軽井沢恵 4


4 偽りの境界線が崩れる夜 4

平田くん……っ、待って……少し、話を聞いて……!」

身体を駆け巡る強烈な快感と、過去の傷跡を晒されている絶望感に押しつぶされそうになりながら、恵は残されたわずかな理性を振り絞って、平田の胸に弱々しく手を添えた。

これ以上、彼の欲求のままに蹂躙されれば、心も体も完全に壊されてしまう――そう直感した彼女は、少しでも平田の動きを止めるため、必死に言葉を紡ぎ出す。

「さっき、言ってた……『浮気はさせてもらう』って話し、だけど……っ、それって、どういう……意味、なの……?」

恵はわざと、先ほど平田が口にした身勝手な宣言を話題に挙げた。男としての独占欲や、歪んだ優越感を刺激するような話であれば、平田が乗ってくるかもしれないと考えたのだ。

「私を……あなたの『モノ』にするって、言うなら……どうして他の、女の子とも……関係を持つ、の……? 契約、だから、私はあなたに……逆らえないのに……っ」

涙を浮かべた瞳で平田君

をじっと見つめ、あえて縋(すが)るような、そして彼の独占欲を揺さぶるような問いかけを投げかける。下半身を刺激する平田の指の動きを、一秒でも、少しでも鈍らせるために、恵は必死に息を荒らげながら次の言葉を探していた。

 

 

 

「……ふーん。時間稼ぎのつもり? でも、そういう殊勝な態度、嫌いじゃないよ」

平田(=憑依者)は、恵が必死に言葉を紡いで自分の動きを止めようとしている意図に気づきながらも、その あわれで 愛らしい 抵抗に ゆがんだ 愉悦(ゆえつ)を覚えた。彼は指の動きをわずかに緩め、上から恵の顔を 覗き込む。

「そんなこと気にしてたんだ。……正直、恵は凄く可愛いよ。他の女の子を寄せ付けないくらいにね。今日のデートだって、俺、凄く楽しかったし」

平田はそう言って、恵の濡れた目元を優しく なでる。その言葉自体は 本物だった。

前世から憧れていたヒロインとのデートは 最高だったし、その肉体は想像を絶するほど美しい。

だが、だからといって 欲望の手を緩めるつもりは毛頭なかった。

「でもさ……俺、性欲が凄いから。恵だけじゃ、恵の体が持たないんだよ。だから浮気するんだ」

「え……っ、なに、それ……っ」

あまりにも身勝手で、圧倒的な 男の 欲求。

恵は言葉を失って絶句した。

自分の身体を気遣うような建前を使いながら、結局は他の女も 蹂躙(じゅうりん)するための免罪符にしているだけだ。

「だからさ、恵が壊れないように分散してあげるってこと。俺って優しいでしょ?」

 

「それに恵は、さっきのHに耐えられる? ……それが、毎日続くんだよ?」

 

平田(=憑依者)は、恵の耳元に唇を寄せ、ゾクッとするような低い声で囁きかけた。

その言葉は、優しく問いかけるようでいて、逃げ場を完全に塞ぐ冷徹な宣告だった。

「……っ!」

恵の身体が、恐怖で目に見えて硬直する。

たった一回、それも初めての行為だけで、彼女の身体は鉛のように重くなり、こうしてベッドから起き上がることすらできないほど 疲労している。あの内側を引き裂くような質量と、脳が焼き切れるような 猛烈な 快感の嵐。

(あれが……毎日……?)

想像しただけで、下半身の奥がキュウッと 恐怖で (しゅうしゅく)する。

もし本当にそんなことを毎日続けられたら、自分の心も身体も、文字通り 壊されて ボロボロになってしまう。

「ほら、想像しただけでそんなに 震えてる。やっぱり、俺が他の女のところで発散してこないと、恵の身体が壊れちゃうでしょ?」

平田はそう言って、恵の頬を包み込み、親指でその 怯える 唇を 割る(わる)ように 押し開いた。

「だから、俺の浮気は恵のためでもあるんだよ……」

 

恵の目の前に突きつけていた自身の質量を、平田はゆっくりと収めた。

ベッドの脇に腰を下ろし、布団に包まれて怯える恵の瞳を、今度はいつもの「平田陽介」としての、どこか悲痛な色を帯びた目で見つめ返す。

「……ごめん。本当に、ごめん、恵」

突然の謝罪に、驚きで目を見開いた。

「本当は……恵のことを、こんな風に無理やり抱く気なんてなかったんだ。ちゃんとデートを重ねて、俺のことを心から好きになってもらって、それから、お互いの気持ちが繋がってから、その日を迎えるつもりだった。……だけど、今日恵とデートして、はっきり分かっちゃったんだよ」

平田はうつむき、それからまた恵の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめた。

「恵は……過去に酷いいじめを受けてきたから、人との距離感が普通とは違う。

常に誰かに寄生して、自分を守ってもらわないと生きていけない。その必死な姿を見ていたら……もし俺が、恵のその心の隙間を完全に埋めてあげられなかったら、恵はまた別の『強い誰か』を見つけて、俺じゃない人を好きになっちゃうんじゃないかって……そう思ったら、いてもたってもいられなくなったんだ」

彼の言葉には、単なる独占欲だけではない、恵の「本質」を見抜いた上での歪んだ焦燥感が混ざっていた。

「俺だけのものにしたかった。

誰にも渡したくなかったんだ。だから……こんな最低な方法で、恵を縛り付けるような真似をして……本当にごめん」

先ほどまでの冷徹な加害者から一転して、弱さを見せるように 懺悔(ざんげ)する平田。

その言葉を聞いた恵は、胸の奥の傷口を正確に えぐられた衝撃と、彼の口から飛び出した「いじめ」という言葉への動揺で、言葉を失ったまま凍りついていた。

平田はそう言って、さらに悲しげに眉をひそめ、ベッドの上の恵の手をそっと包み込もうとした。

「……そんなに俺を、許せない?」

その言葉が、静まり返った部屋に虚しく響く。

「……っ」

恵は身体を小さく強張らせ、平田の手が触れる前に、布団を抱きしめるようにしてわずかに身を引いた。その瞳には、先ほどまでの混乱だけでなく、深い拒絶の色がはっきりと浮かんでいる。

いじめの過去を見抜かれ、心の隙間を突かれた衝撃は確かに大きかった。しかし、だからといって、目の前の男が自分に対して行った

「無理やり身体を奪い、傷跡を暴き、」という卑劣な行為が帳消しになるわけではない。

どれだけもっともらしい理由を並べ立て、弱さを見せて同情を引こうと、彼が自分の尊厳を徹底的に踏みにじった事実は変わらないのだ。

「……許す、とか……許さない、とか……」

恵は かすれた 声で、ぽつりと呟いた。震える唇を噛み締め、平田の視線を真っ直ぐに見つめ返す。その瞳の奥には、恐怖に怯えながらも、決して彼に心を許すまいとする、軽井沢恵としての強い意地が微かに灯っていた。

「そんなの……今更、私に選べるわけないじゃない……っ。あなたは、私を無理やり縛り付けたんだから……!」

その拒絶の言葉は、平田がどれだけ綺麗事を並べても、二人の間にできた絶対的な溝を埋めることはできないという現実を突きつけていた。

 

「……責任、とってよ」

恵の口から こぼれ落ちたその言葉に、平田(=憑依者)は一瞬だけ目を見開いた。

しかし、すぐにその表情は、歪んだ歓喜と圧倒的な優越感に満ちた笑みへと変わっていく。

「責任、か……。うん、もちろんとるよ。責任なんて、いくらでもとってあげる」

平田はベッドに再びじわりと身体を寄せ、布団の上から恵の細い肩をがっしりと つかんだ。

もう、いつもの爽やかな優等生の仮面を維持する必要すら感じていない。

「だって、恵をこんな身体にしたのは俺だし、恵の『初めて』を全部奪って、誰にも言えない傷跡まで全部この目で見たんだからね。俺が責任を持たなきゃ、誰が恵を守るっていうの?」

彼は恵の耳元に顔を近づけ、逃げ場を無くすように低く、ささやいた。

「これからは学校でも、プライベートでも、俺が恵の『寄生先』になってあげる。

他の誰でもない、俺だけが恵を守る盾になってあげるよ。……その代わり、恵も分かってるよね?」

平田の手が、布団を 剥(は)ぎ取るようにして、再び恵の汗ばんだ白い肌へと伸びていく。

「責任をとるってことは、恵を一生可愛がってあげるってことだから。……」

 

恵今さらだけど、キスして良い?

「……ふふ、今さらそんなこと聞くんだ?」

平田は可笑しそうに喉を鳴らすと、恵の顎を細い指先でくいと持ち上げた。

「いいよ。いくらでもしてあげる」

そう言って、彼はちゅうちょなく恵の唇を塞いだ。

「ん、むぅ……っ……!」

先ほどまでの強引な キスとは違い、驚くほど優しく、 ついばむようなキスの雨。

しかし、それがかえって恵に「もう逃げられない」という事実を 濃厚(のうこう)に 意識させる。

平田の舌が恵の 柔らかな 唇を 割り、 蜜を すするように深く深く 侵入していく。

呼吸を 奪われ、 脳が しびれるような 吸着音(きゅうちゃくおん)が 二人の間に 響いた。

「ん、は……あ、んっ……」

ようやく唇が 離れたとき、 恵の口元からは つややかな銀の糸が 伸び、 その 瞳は 完全に うるんで とろけかけていた。

「ね? キスだけでこんなに可愛い声出して。……責任はちゃんととってあげるから、もっと俺に 溺れてよ、恵」

平田は 満足げに 笑うと、 濡れた彼女の唇を親指でなぞり、 さらに 深い快楽の 渦へと彼女を誘うように 身体を密着させた。

 

恵は本当に可愛いよね、今まで告白とか、された事ないの?

「え……? 告、白……?」

平田(=憑依者)からの突然の問いかけに、恵はまだキスの余韻で 痺(しび)れる 頭を 必死に 働かせながら、 弱々しく 視線を さまよわせた。

身体は平田の熱に 支配され、 そんな 状況で、 あまりにも 似合わない甘酸っぱい 話題を 振られたことに、 強い 違和感と 羞恥(しゅうち)が 込み上げる。

「な、に……急に……っ。 そんなの……ある、わけ……ないじゃ、ない……っ」

恵は 悔しそうに 唇を噛み締めた。

中学時代、 凄惨な(せいさんな) いじめの 対象だった 彼女に、 異性から 純粋な 好意を 向けられる 機会など あるはずがなかった。

周囲から 向けられるのは、 蔑み(さげすみ)か、 あるいは 腫れ物(はれもの)を 触るような 冷ややかな 視線だけ。 高度育成高校に 入学してからは、 ギャルとしての 地位を きずいて男性をひきつける容姿を 手に入れたものの、 それは あくまで 自分を守るための 鎧(よろい)に 過ぎなかった。

本当の意味で、 一人の 女の子として 「可愛い(かわいい)」と 求められた 経験など、 彼女には 一度もなかったのだ。

「私、なんて……ずっと、日陰(ひかげ)に……いたんだから……っ。 平田君みたいに、 みんなから モテる人とは……違うの、よ……っ」

涙目で そう 吐き捨てる 恵の頬は、 悔しさと、 初めて 自分の 本質を 暴かれながらも 「可愛い」と ささやかれた ことへの 奇妙な 高揚感(こうようかん)で、 ほんのりと 赤く 染まっていた。

 

平田は恵の震える唇に、今度はチュッと、まるで愛おしいものを慈しむような軽いキスを落とした。

そして、彼女の涙で濡れた瞳をじっと見つめながら、学校で見せるような、いや、それ以上に純粋で眩しいほどの「飛びっきりの笑顔」を浮かべた。

「じゃあ、恵の可愛さに最初に気づいたのは、俺が1番手だね」

「あ……っ……」

その 曇りのない 完璧な 笑顔と、 向けられた甘い言葉の 破壊力に、 恵はドクンと 心臓が 跳ねるのを 確かに感じていた。

今まで 誰からも向けられた ことのない、 自分という 存在を 肯定(こうてい)する 笑顔。

自分を 無理やり蹂躙(じゅうりん)し、 恐怖で 縛り付けた最低な 男のはずなのに、 その 男から 向けられる歪んだ 愛情が、 居場所の なかった恵の心の 隙間に、 音を立てて 入り込んでいく。

「ひら、た……くん……っ……」

恐怖と 嫌悪、 そしてりすがり付きたくなるような 安心感が 混ざり合い、 恵の思考は完全に飽和(ほうわ)していた。

敵なのか、 味方なのか、 それすら分からなくなるほどに、 彼女の心は 平田という存在に侵食され 始めていた。

 

「これからは恵を俺色に染めて、他の男に目がいかないようにするけど……いいかな?」

平田はそう言うと、恵の耳たぶを優しく 噛み 突きながら、低く甘い声で囁いた。

「っ……、ひゃんっ……!」

耳元に吹きかけられる熱い吐息と、独占欲に満ちた言葉に、恵の身体はまた ビクッと 小さく跳ね上がる。

他の男に目がいかないようにする。それは、これから先、自分の心も身体も、すべてこの平田陽介という男の支配下に置かれるという宣告に他ならなかった。

普通の女の子なら、恐怖で拒絶するか、あるいは警察に駆け込むような異常な状況。

しかし、過去にいじめられ、常に「誰か強い存在」の後ろに隠れていなければ生きられなかった恵にとって、その異常なまでの執着と独占欲は、歪んだ【絶対的な安全保障】のようにも感じられていた。

自分を蹂躙し、秘密を握った男。

だけど、自分の本質を見抜き、「可愛い」と笑顔を向けてくれた男。

「いい、も……悪いも……ないじゃ、ない……っ。私には、最初から……拒否権なんて……ないんだから……っ」

恵は悔しそうに涙を浮かべ、枕に顔を うずめながら、消え入りそうな声で 答えた。

言葉では突き放しながらも、平田の身体に すがるように、その胸元を弱々しく 掴んでいる。

 

「拒否権とか、そういう意味じゃないよ。……俺は、恵の心に聴いてるの」

平田は抱きすくめていた力を少しだけ緩め、恵の顔をじっと見つめ直した。その瞳には、さっきまでの強引な支配者としての冷徹さはなく、ただ真っ直ぐに恵の本心を覗き込もうとするような、真摯な光が宿っている。

「逆らえないからじゃなくてさ。

恵自身が、俺のものになりたいって、心の中で少しでも思ってくれてるかどうかが知りたいんだ」

「私の……心……?」

恵は、平田の胸元に添えた自分の手にじわりと熱がこもるのを感じていた。

過去を暴かれているから従う、という建前。それを平田自身の手によって剥ぎ取られ、本当に自分の「感情」と向き合うことを求められている。

いじめられていた過去。居場所のなかった日々。

それを今日、この男はすべて暴いた。

けれど同時に、自分を「可愛い」と言って、誰よりも強い執着で求めてくれた。

恐怖はある。最低なことをされたのも分かっている。

だけど――もし、この男が本当に私を絶対に手放さない「盾」になってくれるなら、私はこの支配を、本当に最悪だと思っているのだろうか。

「そんなの……っ、そんなの、ズルいよ……」

恵の瞳から、また大粒の涙が 溢れて 頬を伝う。

「私をこんな風に めちゃくちゃに しておいて……心まで、あんたのものに なりたいかって……そんなの、もう……っ」

恵はそれ以上、言葉にできなかった。

しかし、平田の胸元を ギュッと強く掴み直したその指先が、彼女の心が出した「答え」を何よりも雄弁に物語っていた。

 

「今まで……そんな真剣に、男の子から……優しく可愛いとか、俺のモノになれとか……言われた事ないんだよ……っ」

恵はついに堪えきれなくなったように、平田の胸にぽろぽろと涙をこぼしながら本音を吐き出した。弱々しく握られた彼女の拳が、微かに震えている。

ずっと、誰の目にも留まらない日陰の存在だった。

高校に入ってギャルの仮面を被ってからも、男たちが自分に向ける視線は「軽そうな女子高生」としての興味か、あるいはただの都合のいい記号としてのものばかり。

そんな自分を、ここまで一人の女の子として泥臭く、執着を隠さずに「可愛い」と求めてくれた男なんて、今までの人生に一人もいなかったのだ。

「だから……わかんない、よ……。酷いことされたはずなのに、そんな風に真っ直ぐ見られると……頭が、おかしくなりそうに、なる……っ」

恐怖と羞恥、そして生まれて初めて味わう「強烈に求められる快感」。

それらが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、恵はもう、自分の心に嘘をつくことができなくなっていた。

彼女の流す涙は、平田という存在が、完全に彼女の心の最深部にまで到達した証拠だった。

 

平田は、胸元でぽろぽろと涙を流す恵の姿をじっと見つめ、その震える身体を壊れ物を扱うようにゆっくりと、だけど強く抱きしめた。

そして、溢れる涙を拭うように大きな手で彼女の頭を優しく撫でる。

「大丈夫だよ、恵……」

耳元で、いつになく穏やかで温かい平田の声が響く。

「これからは、恵には楽しい事しか起こらないから。過去のことも、これからの不安も、全部俺が引き受けてあげる。だからもう、泣かなくていいんだよ」

「ひら、た……くん……っ」

その優しい言葉と頭を撫でる手の温もりに、恵の心の中にあった最後の強がりが、音を立てて崩れ去っていった。

あれほど恐ろしかったはずの平田の腕の中が、今は世界中で何よりも安全な場所に思えてしまう。

恐怖による支配と、初めて与えられた絶対的な肯定。その境界線が完全に溶けてなくなり、恵はただ、自分を強く求めてくれる平田の胸に、すがるように顔を埋めて声を上げて泣いた。

平田はそんな彼女をいとおしそうに抱きしめ続けながら、完全に自分だけのものになったヒロインの温もりを、静かにその身に感じていた。

 

平田は何も言わず、ただ静かに恵の背中に手を回し、トントンと優しい一定のリズムで叩きながら彼女を抱きしめ続けた。

恵の流す涙が平田の胸元を濡らし、小さな肩が 嗚咽(おえつ)で 激しく 震える。

その震えが少しずつ収まり、ひっく、と 震えるような 吐息に 変わるまで、彼はじっと温もりを与え続けた。

「……ひら、た……くん……」

ようやく泣き止み、 充血した 瞳で 恐る恐る 見上げてくる恵に、平田は 穏やかな 微笑みを返した。そして、彼女の 濡れた頬を(ほおを) 指先で 優しく拭う。

「本当に……? 本当に、あんな事……もう、起こらない……?」

過去のいじめの恐怖、誰かに脅かされる日々の再来。それを何よりも恐れる恵の 震える問いかけに、平田は彼女の目を 真っ直ぐに見つめて、力強く 頷いた。

「ああ、約束するよ。本当に、過去みたいなことは絶対に起こらせない。これからは俺が、恵を傷つけるもの全部から守るから」

その言葉は、恵にとって 何よりも 欲しかった 救いの 言葉だった。

平田は恵の 額に ぽん、と 優しいキスを 落とすと、完全に 自分を信頼し、 委ねて くれた 彼女の華奢な 身体を、 今度は 慈しむように

もう一度 強く 抱きしめた。

 

「……ん、……ひらた、くん……っ」

腕の中で完全に泣き止んだ恵は、潤んだ瞳でじっと平田を見つめると、今度は自分から、小さく震える唇を彼の唇へと近づけていった。

ちゅ、と小さく吸いつくような、不器用で、だけど確かな熱を持った自発的なキス。

一度離れた唇が、名残惜しそうにまた平田の唇を求める。今度は少しだけ深く、おねだりするように舌先を覗かせながら、恵は平田の首に細い両腕をそっと絡ませた。

「本当に……本当に、平田くんが守ってね……? 私を、もう一人にしないで……っ」

その言葉は、脅迫への屈服でも、単なる恐怖からの逃避でもなかった。

過去の傷を抱えた軽井沢恵が、自分のすべてを賭けて、平田陽介という歪んだ救い主に完全に身を委ねた瞬間だった。

「私、もう平田くん以外、何もいらないから……っ」

そう囁く恵の瞳は、快感と依存でトロンと蕩け、完全に「平田色」に染まり始めていた。

 

「……っ、な、何よ……っ」

自分からキスを強請(ねだ)っておきながら、我に返った瞬間に 猛烈な 羞恥心が(しゅうちしんが) 襲ってきたのだろう。恵は 顔を 耳の根元まで 真っ赤に染め上げ、 平田の 胸元に 額を 押し付けるようにして 視線を 逸らした。

その 照れ隠しの 動作すらも、 激しく 駆り立てる ほどに 愛らしい。

「恵から初めてキスしてくれたね。……めちゃくちゃ可愛い」

「言わないで、バカ……っ! 誰の、せいで……こんな風に、なっちゃったと、思ってんのよ……」

平田の胸に うずめた顔から、こもった 声が漏れる。

言葉は とがっているものの、 平田のシャツをギュッと掴んでいる指先には、 もう 拒絶の力はみじんも 残っていなかった。

「ふふ、ごめん。でも、本当に嬉しかったからさ」

平田は、とろけるような笑顔のまま、 照れて 固まっている 恵の背中を大きな 手で優しくなでて あげる。

完全に 自分の腕の中に 収まり、 恥ずかしさに震えている少女。

その 圧倒的な 独占感(どくせんかん)に、 平田の心の奥底に ある 欲望は、 さらに 深く激しく 燃え上がっていくのだった。

 

それに、恵との、本当の意味でのファーストキスだね

「え……? ファ、ファースト……キス……っ!?」

平田の言葉を聞いた瞬間、恵の身体がビクッと大きく跳ね上がった。

ただでさえ真っ赤だった顔が、今度は限界を超えて耳の先から首筋まで一気に 沸騰したように 赤く染まっていく。

「な、何言ってるのよ……っ!? だ、だって、さっきだって、あなたから……っ」

動揺のあまり、恵は視線を激しく 泳がせながら、 呂律の 回らない 口調で 反論しようとした。

しかし、平田の言う「本当の意味での」という言葉の重みが、彼女の脳裏にじわじわと染み渡っていく。

さっきまでのキスは、暴力的な支配や、逆らえない恐怖の延長線上にあったもの。

けれど今のは、恵が自らの意志で、平田の温もりを求めて 唇を(くちびるを) 重ねたものだ。

(私……自分から、この人に……っ)

その事実を改めて突きつけられ、恵は猛烈な 羞恥(しゅうち)と 混乱で、どうしていいか分からなくなってしまう。

平田の胸元を掴んでいた両手に ギュッと力が入り、恥ずかしさのあまり、そのまま彼の胸に 完全に 顔を埋めて隠してしまった。

「もう……っ! からかわないでよ、バカ……っ!」

胸元から 聞こえる恵の声は、 完全に 蕩とろけきっており、その 激しい 動揺すらも、彼女が完全に平田の虜になっていることを証明していた。

 

良い記念日になったね…

胸元に顔を うずめた まま、恵は こもった 声で 必死に 反論した。しかし、その声に 怒りの色は まったくなく、ただ 甘えるような 響きだけが 混ざっている。

「こんな……めちゃくちゃな 始まり方 なのに……記念日だなんて……っ」

そう 呟きながらも、恵は 平田の シャツを 掴む 指先に さらに ぎゅっと 力を込めた。

最悪の 出会いと 恐怖から 始まった 関係。けれど、今の 恵にとって、この 平田の 胸の中は 過去の どんな 場所よりも 温かく、自分を 満たしてくれる 居場所になっていた。

「……でも、平田君が そう言うなら……忘れて あげない、から……」

観念したように ぽつりと 呟いた 恵は、真っ赤になった 顔を ほんの少しだけ 持ち上げ、 潤んだ 瞳で 平田を 上目遣いに 見つめてキスをした。

「……ん、……っ」

「記念日」という、女の子にとって特別すぎる響き。それが平田の口から紡がれた瞬間、恵の頭は完全に真っ白になっていた。

最悪の始まりだったはずなのに、彼が自分を特別に扱ってくれているという事実に、胸の奥から甘い高揚感が一気に わき 上がる。

その 舞い上がった 勢いのまま、恵は考えるより先に、再び平田の首にしがみついてその唇を塞ぎにいった。

今度はさっきよりも、ずっと大胆に。

チュッと可愛い音を立てて何度も唇を重ね、恥ずかしさを 誤魔化すように、だけど 必死に 平田君の温もりを 求める。

「ん、ふ……ぁ……ひらた、くん……っ」

自ら仕掛けたキスに自分で おぼれ そうになりながらも、恵は うるんだ 瞳で 視線を 絡ませる。

「これで……本当に、忘れたら、許さないんだからね……っ」

真っ赤な顔で、 息をはずませながら 言葉は、もう完全に恋する少女の甘えた 脅しだった。

その 勢い 任せの大胆さに、平田はさらに ゆがんだ愛おしさをつのらせ、彼女の 腰を 強く抱き寄せた。

 

 

 

 




まだ、続きます
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