私服のルヰちゃんはあめちゃんをイメージ。
因みにルヰは佐倉の推し。だって、あめちゃん、めっちゃ美少女ですもん
終業式から数日後。
私達一年生は、学校が所有しているという、想像を絶するほどに巨大な豪華客船の中で、バカンスを満喫していた。
見渡す限りの青い海にテンションを上げ、甲板ではしゃぎ回る男子達。私はそんな彼らの姿を少し離れたところから横目に眺めながら、贅沢なクルーズの空気を肌で感じていた。
「……海、すごく綺麗だね……っ」
背後からおずおずと声をかけてきたのは、佐倉愛理だった。
いつもの重苦しい眼鏡をかけた彼女は、無事に修理の終わったデジタルカメラを大事そうに両手で抱え、海を見つめながら瞳を輝かせていた。
「そうだね。まあ、学校の予算でこれだけのものを用意できるんだから、また何か試験でもやりそうな気がするけど」
冷めた口調でそんな言葉を口にしつつも、私の口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
実は、生で見る海はこれが人生で初めてなのだ。目の前に広がる圧倒的な青さを前に、内心ではいつもより少しだけテンションが上がっていた。
ちなみに今の私は、いつも通りの私服姿であるため、先程からすれ違う男子生徒達の視線が煩わしい。
「あの、結城さんっ。もし、迷惑じゃなければ……お写真、撮らせてもらってもいい、かな?」
佐倉がカメラをぎゅっと握りしめ、眼鏡の奥の瞳を潤ませながら上目遣いで私を見つめてきた。
この姿の私を見て、あまりの綺麗さに一瞬フリーズしていた彼女は、どうしてもそのレンズに私を収めたいようだった。
「約束してたもんね。いいよ、佐倉さん」
私が髪を少し弄りながら、カメラに向かってポーズを取ってみせる。
佐倉は嬉しそうに顔を綻ばせると、真剣な手つきでファインダーを覗き、シャッターを切った。
カシャ、と心地よい金属音が響き、レンズの向こう側で私の姿が正確に切り取られる。
「……どう?上手く撮れた?」
私が少し覗き込むようにして尋ねると、彼女はカメラの液晶画面を見つめたまま、「は、はい……っ! すっごく、綺麗に撮れました……!」と、宝物を見るような目で嬉しそうに何度も頷いた。
「それはよかった。……あ、あっちに清隆もいるみたいだし、行ってみる?」
満足そうな佐倉の姿に小さく微笑みながら、ふと顔を上げると、少し離れた場所に清隆達のグループが集まっているのが見えた。この男達の下品な視線から離れる口実としても丁度いい。私はそちらを顎で小さく示しながら、彼女に声をかけた。
「えっ……き、きよたか……?」
(そういえば、佐倉さんの前では名前で呼んだことなかったんだっけ?)
カメラの修理をしに三人でケヤキモールに行った時、いつもの清隆呼びでは清隆と関わりがなかった佐倉には伝わらないと思って名字で呼んでいたのだ。
(……って、何その驚き方。もしかして、清隆のことが──)
一瞬で身構える私を他所に、佐倉は顔を真っ赤に染めて指先をモジモジさせながら、蚊の鳴くような声で続けた。
「あ、あのね!その、呼び方……っ。私も、結城さんに『愛理』って呼んでほしいな、なんて……っ。綾小路くんみたいに、下の名前で……照れちゃうけど、もっと仲良くなりたい、から」
(あ、そっち?)
思わず内心で拍子抜けした。二人の関係を怪しむような視線ではなく、自分もそれくらい親しい仲になりたいという、私への純粋なおねだりだったらしい。
「いいよ、愛理。……じゃあ、さっそく行こうか」
「ふふっ」と微笑みながら、私は彼女の手首を優しく掴んだ。
「ひゃっ……!? ル、ルヰちゃん……っ!?」
ぐいっと手を引かれた衝撃に、愛理は驚きながらも嬉しさを隠しきれない様子で、私の後ろをトコトコとついてくる。
そのまま、少し離れた通路にいる清隆の元へと足を運んだ。
そこには清隆だけでなく、池や山内、そして櫛田達の姿もあった。
学校では制服に髪を下ろしただけの姿で通しているけれど、今の私は高めのツインテールに、お気に入りのノースリーブを合わせた、少しトゲのある私服姿。誰の目も気にせず、ただ自分が好きなスタイルを身にまとっているだけなのだが、自分でもガラリと雰囲気が変わっている自覚はあった。
案の定、そんな姿の私が突然目の前に現れたのだから衝撃だったのだろう。視線が交わった瞬間、クラスメイト達は一様に驚いたように目を丸くした。
「わあ、ルヰちゃん! そのお洋服、すっごく可愛い! いつもと雰囲気違って、まるで本当のお人形さんみたい!」
そんな中、いつもの人当たりのいい笑顔を弾けさせながら、真っ先にこちらへ駆け寄ってきたのは櫛田だった。
「ありがとう、櫛田さん」
笑みを浮かべてそう返すも、駆け寄ってきた櫛田に愛理が緊張してるのか、隣で小さく息を呑むのが伝わってきた。
愛理が人見知りなのを差し引いても、この緊張の仕方はそれだけじゃない。
私の脳裏を過ったのは、あの須藤の事件の目撃者探しの時のことだ。誰にでも人当たりが良いはずの櫛田相手に、愛理は異常なほど怯えて逃げ出したと清隆から聞いた。
目の前で無邪気に笑う櫛田の表情には、私でも何一つおかしな点は見つけられない。
だけど、愛理がそこまで拒絶するからには、私には見えない『何か』が彼女にあるんじゃないか──。
その正体の掴めない違和感があるからこそ、私は櫛田に対して、油断していい相手ではないと密かに身構えていた。
愛理の手を引く力をさり気なく強めて彼女を庇うようにしながら、私は外面の笑顔を保ったまま、静かに次の言葉を待つ。
──が、櫛田が次に口を開こうとしたその瞬間、私達の空気をぶち壊すように最悪なノイズが割り込んできた。
「お、結城じゃん! マジかよ、お前私服だと雰囲気全然違うな! ぶっちゃけ俺のストライクゾーンど真ん中って感じなんだけど!」
ニヤニヤと下品な薄笑いを浮かべながら近づいてきたのは、山内だった。いつもとは違う私の姿にすっかり興奮しているのか、こちらの都合も考えずにベタベタと距離を詰めてくる。
さらに山内は、私の隣で縮こまっている愛理にまで、下心丸出しの視線を向けた。
「お、よく見たら佐倉も一緒じゃん。いやー、可愛い女子二人に挟まれるとか、今日の俺マジで冴えてるわー。なぁなぁ、せっかくの豪華客船でのバカンスなんだし、俺と三人で写真撮ろうぜ? その後はさ、船内のプールとか行っちゃったりして──」
私へのついでに愛理にまで下心を向けるその節操のなさ。外見が変わった途端に手のひらを返す底の浅さに、一気に嫌悪感が湧き上がる。
私は即座に笑みを消し去り、冷徹な声を叩きつけた。
「は? 前に一生話しかけないでって言ったよね? それに私、外見で態度変える奴、嫌いだから」
まるで時が止まったかのように、山内は口を半開きにしたままその場で硬直した。
私はそんな山内をよそに、突然の容赦ない拒絶に戸惑っている愛理に向き直る。
「愛理、行こ」
「あ、う、うん……っ」
まだ状況に頭が追いついていない様子の愛理の手を引き、私達はそのまま、少し離れた場所に立っている清隆の元へと足を運んだ。
残された背後では、完全にフリーズした山内へ池が近づいていく。ちょうど少し前に櫛田とお互い名前を呼び合うことに成功し、最高に上機嫌だった池は、励ますように山内の肩をバシバシと叩いた。
「どんまい山内! だから言っただろ、結城はお前じゃ逆立ちしても無理だって!」
「う、うわあああ!!俺にはやっぱり櫛田ちゃんしかいないーー!」
人目をはばからず涙目で泣き叫ぶ山内の情けない声を背中で聞き流しながら、私は愛理を連れて清隆の目の前まで辿り着いた。
「清隆、バカンス楽しんでる?」
歩み寄ると同時に、私はいつもの調子で清隆に声をかけた。
「そこそこに。……それより、あれは大丈夫なのか?」
感情の読めないいつものポーカーフェイスのまま、清隆は遠くで池にバシバシ叩かれながら泣き叫んでいる山内へと視線を向けた。一応クラスメイトとして、あの凹みっぷりが少しは気になったらしい。
「知らない。次話しかけてきたら、次は完全に無視するし」
フン、とそっぽを向いて言い放つ私に、清隆は「……そうか」とだけ短く呟いた。
「──あ、そうだ。ねえ、せっかくだし三人で写真撮ろ」
「俺もか? ……まあ、構わないが」
清隆を真ん中に挟むようにして並び、私が手を伸ばしてカメラのシャッターを切る。「ほら清隆、もうちょっと笑って」「これでも一応楽しんでるつもりなんだが」なんていう、いつもの温度のないやり取りを交わしながら、まずは三人での写真をパシャリ。
「次は、愛理。私と清隆のツーショットも撮って」
「う、うん。任せて……っ!」
愛理にカメラを託し、私は清隆の隣に並び立つ。
二人で写真を撮るのは初めてで、胸がトクンと跳ねた。愛理がファインダーを覗いて、カシャリと綺麗なシャッター音を響かせる。
「よし、じゃあ次は私と愛理ね。清隆、これお願い」
「えっ、わ、私とも……っ!?」
驚く愛理からカメラを受け取って清隆に手渡し、私は彼女の肩をぐっと引き寄せた。私と身体が密着して、愛理は顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうにはにかんでいる。
清隆は相変わらずのポーカーフェイスのまま「……ああ」とレンズをこちらに向け、カシャリとシャッターを切った。
「ありがと、清隆」
カメラを回収して愛理の手へと戻す。
すると、自分のカメラを手に取り戻した愛理の様子が、そこから一変した。
お気に入りの地雷服を身にまとった私と、豪華客船の最高のロケーション。さらに私とのツーショットでテンションが上がったのも引き金になったのか、彼女の中に眠る『撮影者としてのオタクの血』が完全に沸騰してしまったらしい。
私のピン写真を、ものすごい勢いでまた撮り始めたのだ。
「いいよ……っ! すっごくいい……!! 可愛いよ、ルヰちゃん……! あ、そのままちょっと首を傾げて、カメラの方に視線を……そう、それ! 最高に可愛いよ!」
「……え、愛理?」
さっきまでの「えっ、わ、私とも……っ!?」とおどおどしていた気配は微塵もなく、言葉を詰まらせることもない。驚くほどスムーズな口調で夢中にシャッターを切り始めた。
普段の姿からは想像もつかないその豹変ぶりに、私は少し引き気味になる。
ふと隣を見ると、あのいつも感情を表に出さない清隆が、珍しくわずかに目を見開いたまま固まっていた。カメラを構えて別人のようにイキイキと喋りまくる愛理を、完全に圧倒された様子で凝視している。
「……佐倉……?」
ボソリと、清隆がこれまでにないくらい引き気味に呟いた。いつも冷静沈着な彼ですら、このあまりの激しいギャップには流石に驚きを隠せず、ちょっと引いてしまっているようだ。
「あはは……愛理、続きはあっちの静かなところで撮ろっか。 清隆、またね」
私は苦笑いしながら清隆に手を振り、完全に撮影モードに入っている愛理の手を引いて、その場を後にした。
騒がしい連中や、珍しく呆然としていた清隆から離れ、私達は船の中でも特に見栄えのいい、美しい青空と海が一望できる展望デッキへと辿り着いた。
そこで改めて愛理の満足がいくまで何枚も写真を撮ってもらい、私達はひとまずカメラを収めた。
「ありがとう、愛理。いろいろ楽しめた。……その、今日撮った写真、私も欲しいんだけど」
清隆との、初めてのツーショット──。
それが愛理のカメラの中にしっかり収まっているのだと思うと、なんだか急に気恥ずかしさが込み上げてきて、言葉の語尾が少しだけもごもごとしてしまう。
「う、ううん……っ! 私の方こそ、あんなに可愛いルヰちゃんをたくさん撮らせてもらえて、すごく嬉しかった……! うん、撮った写真、あとでまとめて送るね」
「あ、それなら連絡先、交換しよう。まだお互いの、登録してなかったし」
私がポケットからスマホを取り出すと、愛理は一瞬だけパッと目を丸くした。
「えっ、あ……うん! 交換、しよ……っ」
愛理も大急ぎで自分のスマホを取り出し、少し緊張した手つきでお互いの連絡先を登録し合う。
画面に『結城ルヰ』という名前が無事に登録されたのを見て、愛理は宝物でも手に入れたかのように、愛おしそうに端末を両手でそっと包み込んだ。
「部屋に戻ったら、今日撮ったやつ、すぐに送るね」
「うん、楽しみにしてる」
カメラを離すと、いつものちょっとおどおどした大人しい愛理に戻ってはにかむ。
──ピンポンパンポン、と。
そんな私達の穏やかな空気を破るように、船内に厳格なアナウンスが響き渡った。
『1年生の生徒の皆さんに連絡します。これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします』
「え……? 孤島、に上陸……?」
唐突にスピーカーから告げられた言葉に、愛理が呆然と声を漏らす。
スピーカーから流れるアナウンスの内容を聞くに、どうやら今から各自の部屋に戻ってジャージに着替え、事前に用意されていた所定の鞄と荷物を確認した後、スマホを忘れずに持ってデッキへと集合しなければいけないようだ。
豪華客船でのバカンスの最中に、いきなりの孤島上陸。それもわざわざジャージに着替えさせて指定の荷物を持たせるなんて、この学校がただの観光目的でそんなことをするわけがない。
(やっぱり、ただの旅行で終わるはずがなかったよね……)
「バカンスはここまで、ってことみたいね。……この学校らしいや」
「う、無人島に行くの……? 何をするのか、よく分からなくて、ちょっと怖い、な」
急に不穏な空気を帯び始めた状況に、愛理が不安そうに身をすくめる。私はそんな彼女の前に立ち、安心させるように小さく微笑みかけた。
「大丈夫だよ。流石に生徒達が危険な目に遭うようなことはしないだろうし……ひとまず、言われた通りに部屋に戻って着替えよっか」
「うん……っ、そうだね!」
私の言葉に少しだけ表情を和らげた愛理を連れて、私達は足早に歩き出した。
周りからはすでに、同じアナウンスを聞いた他の生徒達の混乱したざわめきが聞こえ始めている。私たちはその波に混ざりながら、急いでそれぞれの部屋へと引き返した。
各々の部屋に戻り、私は指定された地味なジャージへと着替えた。
さっきまでのお気に入りの地雷服から一転して、完全に動きやすさ重視の格好だ。鏡の前に立ち、高めに結んでいたツインテールを潔く解く。そして、これからの行動の邪魔にならないよう、髪を左右でおさげに結び直した。
指定の鞄を肩にかけ、スマホをポケットに収めて再びデッキへと戻ると、そこはすでに同じジャージ姿に着替えた一年生たちで溢れ返り、異様な熱気と不安に包まれていた。
「あ、ルヰちゃん……! 髪型、おさげにしたんだね。すごく可愛い……っ」
人混みの中から私を見つけて駆け寄ってきた愛理が、私の新しい髪型を見て少し目を輝かせる。
「ありがと。動きやすいかなと思って。愛理こそ、荷物大丈夫?」
「うん、言われた通りに持ってきたよ。……あ、見て、島が見えてきた……」
愛理の視線を追って船の進行方向に目を向けると、エメラルドグリーンの美しい海とは対照的な、鬱蒼とした原生林に覆われた巨大な孤島が目の前に迫ってきていた。
これから始まる何かへの不安を紛らわせるように、愛理は私のお下げ髪をじっと見つめた後、ふと思いついたように呟いた。
「私も……眼鏡、外そうかな。少しは雰囲気変わる、かな……?」
そう言って、愛理は試しに、顔にかけていた大きな眼鏡をゆっくりと外した。
「……っ」
眼鏡の向こうから現れた素顔を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
大きく潤んだ綺麗な瞳に、驚くほど整った顔立ち。
(嘘……私や櫛田さんにも勝る、圧倒的な美少女じゃん……!)
カメラの前で見せる『雫』としての片鱗なのだろう。普段の地味で重苦しい印象からは想像もつかないその本気の美貌に、私はただただ圧倒されてしまった。
(エンジェルちゃん並み…いや、それ以上?いやいやいや、コラボしたらめっちゃバズりそうだけど…今はそこじゃない。)
「あ、あの……どう、かな?」
私の沈黙を不安に思ったのか、愛理が顔を赤くしながら覗き込んでくる。その無自覚な上目遣いすら、同性の私でもドキリとするほど破壊力が高い。
「変じゃないけど……もし目立ちたくないっていうなら、あまりおすすめしないかな。これ、私の時以上に男子の見る目が一瞬で変わるよ。きっと、今まで以上に放っておかれなくなるし」
「ひゃっ……!? 男子の、見る目……っ」
私の言葉に、愛理は男子たちの下品な視線を想像したのか、顔を真っ赤にして大慌てで眼鏡をかけ直した。いつもの大きなレンズの奥に、あの圧倒的な美貌が再び隠れていく。
「う、うん……。や、やっぱりやめとこうかな……。目立つのやっぱり怖いし」
「……まあ、その方が無難じゃない? でも、すごく可愛かったよ」
ぶっきらぼうに、けれど愛理への確かな好意を込めて言うと、愛理は「あ、ありがとう……っ」と嬉しそうに頬を染めた。
その直後、ゴゴゴ……と船底に鈍い衝撃が走り、巨大な豪華客船が完全に停止した。
いよいよ、あの鬱蒼とした無人島へ着岸したのだ。
◇
「これより上陸を開始する。各自、荷物を持ってクラスごとに一列で並べ」
デッキに響き渡った茶柱の冷淡な声に従い、周囲の生徒達がガタガタと動き出す。私と愛理も、Dクラスの列へと加わった。
タラップを降りて無人島の砂浜に足を踏み入れた瞬間、容赦のない南国の強い日差しと、じっとりとした生温かい潮風が全身を包み込んだ。
そこで待っていたのは、学校側からの非情な現実。
茶柱をはじめとする教師陣の口から告げられたのは、この無人島で1週間生活を送るという『特別試験』のルールだった。
支給された300ポイントの使い道、拠点の占有、そして何より──生活環境の劣悪さ。
「おい、マジかよ……! トイレどうすんだよトイレ!」
「簡易トイレはあるらしいけど、こんな場所で1週間なんて絶対無理だって!」
案の定、Dクラスの連中は一斉に騒ぎ出した。池や山内は頭を抱えて絶叫し、女子たちも不衛生な環境への不満を露わにして文句を言い合っている。まさに大荒れの状態だ。
私はそんな騒ぎを、一歩引いたところから冷ややかに傍観していた。
ふと周囲に目を向けると、同じ砂浜に集まっているAクラスやBクラスの生徒達の姿が目に入る。彼らは私達のように取り乱すことなく、早くも今後の動きについて冷静に話し合いを始めていた。
一之瀬帆波を中心としたBクラスのまとまりや、Aクラスの威風堂々とした佇まい。
(……この差だよ。これだからDクラスは欠陥品って言われるんだよね)
目の前で繰り広げられる醜態に呆れ果て、心底うんざりした息を吐き出す。
そんな私の横では、愛理が不安そうに私のジャージの裾をぎゅっと握りしめていた。
その時、私達のクラスの前に立つ茶柱の元へ、ヒラヒラと手を振りながら一人の女性教師が近づいてきた。Bクラス担任の星之宮知恵だ。
「お疲れ様ー、サエちゃん! 相変わらずお堅い顔しちゃってさ。Dクラスの子達、すっごくパニックになってるよ?」
「……チエか。他クラスの心配をしている余裕があるなら、自分のクラスの面倒を見たらどうだ」
茶柱が不快そうに眉をひそめるが、星之宮はどこ吹く風で「えー、うちの子たちは良い子だから大丈夫だよー?」と笑っている。
その軽薄な視線が、茶柱の背後にいる生徒達──正確には、私のすぐ近くに佇む清隆のところでピタリと止まった。
「あっ。綾小路くんじゃない、久しぶりー」
星之宮はひらひらと手を振りながら、躊躇なく清隆の方へと近づいてくる。
「夏は恋の季節。好きな子に告白するなら、こう言う綺麗な海の前が効果的かもよ〜?」
くねくねと体を揺らしながら、覗き込むようにして馴れ馴れしく絡んでくる女教師。
何を考えているか分からない大人の、値踏みするような、それでいて妙に距離の近い態度。清隆と前に職員室で会ったことがあるとは聞いていたけれど、目の前でやられると想像以上に不愉快極まりない。
気付けば私は、考えるよりも先に体が動いていた。
一歩踏み出し、清隆の隣にぴったりと身を寄せると、その逞しい腕を自分の胸元へとぎゅっと抱き寄せた。
(⚪︎ッチが、清隆に馴れ馴れしいんだよ)
胸の内で毒づきながら、私は星之宮を冷ややかに睨みつけ、はっきりと拒絶の色をにじませて言い放った。
「──これ、私のだから」
その瞬間、私達の周囲の時間が一斉に凍りついた。
「えええええええええええっっっ !?」
次の瞬間、静まり返っていたDクラスの面々から、鼓膜が破れそうなほどの絶叫が上がった。
池や山内は目玉が飛び出そうなほど驚愕して「う、嘘だろ綾小路ぃぃぃ !?」と頭を抱え、女子たちも信じられないものを見る目で私と清隆を凝視している。隣にいた愛理にいたっては、あまりの衝撃に口を金魚のようにパクパクと開閉させて完全にフリーズしていた。
星之宮は驚いたように一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐに面白そうなものを見つけた子供のように、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あらあら、そうだったの。どうやら余計な気遣いだったみたい」
くすくすと肩を揺らす女教師に、茶柱が心底呆れたような視線を向ける。
「チエ、くだらない冷やかしはそのくらいにして、さっさと自分のクラスに戻れ」
「はーい。じゃあね、綾小路くん、結城さん。お熱いのは結構だけど、熱中症には気をつけてね〜?」
最後までひらひらと手を振りながら、星之宮はBクラスの元へと戻っていった。
(あ……っ)
周囲からの刺さるような視線を一身に浴びて、私はようやく我に返った。
目立ちたがらない清隆を、自分の勝手な行動のせいで完全に目立たせてしまった。下手をすれば、女子にモテる平田のように、ここから男子全員にハブられてしまうかもしれない──。
最悪な想像と不安が一気に押し寄せ、私は大慌てで清隆の腕をパッと離した。
顔が熱くなるのを感じながら、俯きがちに小声で呟く。
「……ごめん。私のせいで、変に目立たせて」
いつも平穏を望んでいる彼にとって、今の状況は迷惑でしかないはずだ。
しかし、清隆は特に動じる風でもなく、相変わらずのポーカーフェイスのまま、「いや、大丈夫だ」と静かに返してきた。
◇
拠点を決定し、ひとまずの荷物を下ろしたところで、案の定Dクラスは最初の大きな問題に直面していた。
言うまでもなく、女子の『トイレ問題』だ。
特別試験のルール上、仮設トイレの設置には貴重なポイントを消費しなければならない。当然、ポイントを少しでも残したい男子と、衛生面を譲れない女子との間で意見が真っ向から対立した。
「は? 簡易トイレがあるんだからそれでいいだろ。なんでわざわざ貴重なポイント使わなきゃいけないんだよ」
「はぁ!? 最低! あの簡易トイレを男女共同で一週間も使うなんて絶対に無理!」
そんな一触即発の空気を変えたのは、やっぱりあの男だった。
「みんな、一度落ち着いて聞いてほしい」
すっと揉め事の間に割って入ったのは、平田だ。
クラスからの人望が厚い彼の言葉には、周囲を動かすだけの強い説得力がある。
中間テストの一件で恩がある須藤も、今の平田のことは以前のように邪険に扱ったりはしない。腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らしつつも、その言葉を遮らずに静観している。
「ポイントを節約して、少しでも有利に試験を進めたいっていうみんなの気持ちはすごくよく分かるよ。クラスのために意見を言ってくれたんだよね、ありがとう」
まずは反対している男子達の主張を否定せず、全体の気持ちを受け止めて感謝を伝える。
これぞ平田だ。
「でもね、これから始まる一週間の無人島生活を、誰一人体調を崩さずに乗り切るためには、最低限の衛生環境を整えることも必要な投資だと思うんだ。これは女子だけの問題じゃなくて、僕達男子の健康を守るためでもある。だから、ここはみんなで協力してポイントを使わせてもらえないかな?」
「平田が言うなら……」と、大半の男子生徒が不満を引っ込め始める中、なおも面白くなさそうに睨みつけているのは、池や山内をはじめとする一部の男子達だった。
……まあ、理由は目に見えている。さっき砂浜で、私が清隆の腕に抱きついた一件だ。清隆への激しい嫉妬でイライラしている彼らにとって、クラスの男の頂点にいる平田の存在すら、余計に鼻に突くのだろう。底が浅すぎて本当に呆れる。
「納得いかないな。感情論だけで貴重なポイントを消費するのは、やはり合理的じゃない」
そう言って頑なに反対の姿勢を崩さなかったのは、幸村だった。
池達のくだらない嫉妬とは違い、彼なりにクラスの勝利を考えての主張なのだろう。
すると、平田は困ったように眉を下げながら幸村の元へと歩み寄り、その耳元で何かを小さく囁いた。
私の方からは何を言っているのかまでは聞き取れない。
「……っ!?」
だが次の瞬間、平田の耳打ちを聞いた幸村は、目に見えて顔を真っ赤に染めて硬直した。
「す、すまない……。そこまで考えていなかった。俺の配慮が足りなかった、トイレの設置には賛成する」
あんなに頑固だった理屈屋が、恥ずかしそうに視線を泳がせながら一瞬で納得してしまった。
何を吹き込まれたのかは知らないけれど、平田のあの周りをよく見ている気配りの細かさには恐れ入る。
「おい、幸村ぁ! お前まで裏切るのかよ!」
池達がなおも文句を言っていたけれど、クラスの大半が賛成に回った以上、もう大勢は決していた。こうして、Dクラス最初のポイント消費となる仮設トイレの購入が決定した。
揉め事が片付くと、平田はそのまま流れるように次の指示を出し始める。
「じゃあ、次は今日の寝床の確保だね。みんなで手分けして、男子用と女子用のテントを組み立てよう。それから、飲み水の確保と薪を集める班も必要だと思うんだ」
「洋介がそう言うなら、あたし達も手伝ってあげる。ほら、みんな行くよ!」
平田の言葉に真っ先に賛同の声を上げたのは、女子のリーダー格である軽井沢だった。
彼女が動けば、取り巻きの女子達も一斉に文句を引っ込めて従い始める。
「うん、みんなで頑張ろう! 私、重いものは持てないかもしれないけど、テントの準備ならお手伝いできると思うな」
さらに、全方位に味方を持つ櫛田がいつも通りの人当たりのいい笑顔で後に続き、女子達の空気を一気に前向きなものに変えていく。
そんな中心の賑やかさから少し離れたところで、あの堀北だけは、腕を組んだまま冷めた目でみんなの様子をじっと観察していた。
(……相変わらず、わかりやすい構図だよね)
リーダーの平田を筆頭に、軽井沢、櫛田、そして単独行動気味だけど一定の発言力がある堀北。
この数ヶ月で出来上がったクラスの縮図が、この無人島でもそのまま機能しているのを、私はジャージのポケットに手を突っ込みながら冷ややかに眺めていた。
「ルヰちゃん……私達は何しよっか?」
隣で愛理が、周囲の慌ただしさに気圧されながら私の袖をそっと引いてくる。
「そうだね。ひとまず、あの騒がしいテント張りからは離れたいかな。……平田くん、私と愛理は薪拾いか水汲みの方に回るから」
私は平田にそう声をかけると、愛理の手首を優しく掴んで、少しでも人の少ない森の入り口へと歩き出した。
初日のノルマである薪集めを愛理と一緒にそれなりにこなし、ベースキャンプに戻ると、本格的にそれぞれの役割分担が決まっていった。
今回の試験では、基本的には女子が料理担当をすることになった。
ただ、いくら女子と言ってもそこは高校生だ。普段からちゃんと自炊をしている人なんてほとんどいない。櫛田や料理部に入ってる篠原あたりが手伝えるくらいで、あとはまともな料理なんて作れそうになかった。
もし男子に任せたりしたら、それこそ支給された野菜や現地調達した魚を、ただ火で焼くだけの大雑把なバーベキューもどきを毎日食べさせられるのがオチだ。そんな手抜き男飯で胃も心も荒れるのは勘弁だし、普段から自炊をしている私がメインで料理担当を買って出た。
平田が「結城さんが料理をメインで作ってくれるんだね、助かるよ」とクラスに告げた、その瞬間だった。
「おい、結城がメインかよ……」
「砂浜の時もマジで怖かったし、あいつ俺達への当たりめちゃくちゃキツいからな。近づかないでおこうぜ……」
池と山内は、コソコソとそんな言葉を交わしながら私からスッと距離を置いた。さっきの独占欲全開のブチ切れっぷりを見て、すっかり『ヤバ目の女』として認識したらしい。
私としては、あのうるさい二人組が勝手に興味を無くして遠ざかってくれるのは好都合でしかなかったけれど。
しかし、彼らを除く他の男子たちの反応は違った。
「よっしゃあああ! 結城さんの飯のためなら、俺、森の奥まで行って美味いもん何でも探してくるわ!」
「俺に任せろ結城さん! 魚でも何でも、死ぬ気で捕まえてきてやるからな!」
残りの男子達が一転して俄然やる気を出し、森の探索や力仕事に猛烈に精を出し始めたのだ。
(……は? 一体なんなんだろう、あいつら)
私は手元にあるわずかな野菜を仕分けしながら、心底冷ややかな視線を彼らの背中に向けた。
まあ、急にモテ出した理由はなんとなく察しがついている。さっきまで豪華客船の中で、私を目撃したクラスメイトが結構いたからだ。
普段は地味に目立たないよう過ごしているけれど、あの時は大好きな地雷服で思いっきり着飾っていた。そのギャップに勝手に色めき立った連中が、全員お揃いの地味なジャージ姿になった今になっても、下心混じりの視線を向けてきているのだ。
それにしても、さっき砂浜であれだけ盛大に、私が清隆の腕を抱きしめて『私のだから』って宣言したのを見ていただろうに。クラスの全員が、私には清隆がいる(彼氏持ちの状態だ)と知っているはずだ。
それなのに、これみよがしに食材や重い資材を私の前に持ってきては、「俺、こんなに頼れる男だぜ」と言わんばかりのアピールをしてくる。
男のプライドか何か知らないけれど、本当に謎すぎる生態だ。
まあ、実際に彼らが必死になって探索を頑張ってくれるおかげで、ベースキャンプに野菜や魚がどんどん集まって助かっているのも事実。
だから、これ以上は余計な口を挟まずに黙っておいてあげることにした。
「結城さん、使えそうな山菜見つけたぞ!」と、また一人アピールしにきた男子の荷物を受け取っていると、背後から音もなく足音が近づいてきた。
「ルヰが料理担当なのか」
振り返ると、そこにはいつものポーカーフェイスの清隆が立っていた。手には、彼が拾ってきたであろう手頃な大きさの薪が数本握られている。
(あ……名前、で呼んだ)
不意に下の名前で呼ばれて、心臓が小さく跳ねる。
いつもなら周りの目を気にして『結城』って苗字で呼ぶはずなのに。……あぁ、そうか。さっき砂浜で、クラス全員に公表した形になった以上、清隆の中でもわざわざ呼び方を変えてカモフラージュする必要がなくなった、ということだろう。
相変わらず、そういうところの状況判断だけは無駄に早いんだから。
「……まあね。ただ魚や野菜を焼くだけの料理とか、毎日じゃ飽きるし」
ぶっきらぼうに、けれど確かなこだわりを口にすると、清隆は集まった食材を静かに見つめた後、ボソリと呟いた。
「なら、これからの食事は期待できそうだな」
不意に、いつも通りの抑揚のない声でそんなことを言われた。
お世辞を言うような奴じゃないからこそ、その淡々とした言葉がストレートに胸に刺さる。
「……っ、」
一瞬で顔がカッと熱くなるのが分かった。
他の男子に何を言われても心底どうでもいいのに、清隆にそう言われるだけで、どうしてこんなに心臓がうるさくなるんだろう。
「……期待、裏切らないように頑張るから。清隆も、ちゃんと残さず食べてよね」
さっきまでのぶっきらぼうな態度はどこへやら、私は完全に真っ赤になった顔を隠すように視線を斜め下に逸らしながら、蚊の鳴くような声で呟いた。
あんな風に平然と不意打ちを仕掛けてくる彼は、やっぱりどこか底が知れなくて、それに──ずるい。
やがて日も傾き始め、ベースキャンプの周囲が夕闇に包まれる頃、本格的な夕食の準備が始まった。
簡易的な調理場には、クラスのポイントで購入した貴重なお米とカレールー、そして男子達が森や川で必死になって集めてきたにんじん、芋、とうもろこし、そして数匹の魚が並んでいる。ちなみに、一緒に採れた山菜やキノコは、同じ具材が続いて飽きないように明日の分として取っておくことにした。
「ルヰちゃん、野菜洗うの、手伝うね……っ」
「うん、ありがと愛理。私はお米の準備するから、こっちの火加減だけ見ててくれる?」
「あ、結城さん! 私も何か手伝うよ。キノコをほぐしたりするのなら任せて!」
おずおずと手を差し伸べてくれる愛理に指示を出しつつ、横からいつも通りの笑顔で入ってきた櫛田にも手伝ってもらう。
私はまな板の前に立ち、カレーの具材となる野菜をトントンと手際よく刻み始めた。
普段から自炊をしておいて本当に良かったと思いながら、流れるような動作で包丁を動かしていく。
「結城さん、調子はどうかな? 何か足りないものがあれば──」
そこへ、クラス全体の様子を見て回っていた平田が、声をかけながら調理場にやってきた。
だが、彼は私と会話を交わしている途中で、急にピタリと言葉を止めた。
「…………」
平田は私の手元をじっと見つめたまま、完全に固まっている。
「……平田くん? どうしたの?」
思わず首を傾げて尋ねると、平田はハッと我に返ったように大慌てで肩を揺らした。
「あ、あはは……ごめん、結城さん。その……とっても包丁を使うのが上手だから、つい見惚れちゃって……」
平田はいつも通りの爽やかな笑顔を作ろうとしていたけれど、その表情はどこか引き攣っていて、明らかな戸惑いと動揺が隠しきれていなかった。
(包丁が上手なだけで、あんなに固まるものなのかな?)
少し不思議に思いながらも、私はそれ以上深くは追及せず、小さく肩をすくめた。
「そう? 普段から自炊慣れしてるからね」
そう言って、私は再びトントンと規則正しい音を立てて野菜を切り始めた。平田はしばらくの間、何かを確かめるような複雑な目で私の手元を見つめていたけれど、「そ、そっか。期待してるよ」と少し硬い声と言い残して、その場を去っていった。
(……? 一体どうしたんだろう)
少しだけ首を傾げたけれど、考えても仕方のないことだし、私はすぐに目の前の作業に意識を戻してその疑問を頭の隅へと追いやることにした。
限られた環境ではあったけれど、私は手際よく大鍋で特製の具だくさんカレーを仕上げていく。
さて、問題は男子達が釣ってきた数匹の魚だ。大鍋はカレーで埋まっている。
どうしようかと思案していると、少し離れた場所で、アウトドアの経験がある池が「このバショウの葉っぱで包んで火の傍に置いときゃ、勝手に美味い蒸し焼きになるんだぜ!」とクラスの連中にドヤ顔で自慢しながら、大きくて立派な葉を抱えて戻ってくるのが見えた。
学校が管理している島なだけあって、こういう実用的な植物もそれなりに見つけやすい場所に生えているらしい。
(……へえ、あれ使えるじゃん)
私に怯えてコソコソしている池には直接声をかけず、彼がベースキャンプにドサッと置いたバショウの葉をちゃっかり数枚拝借した。
綺麗に洗った大きな葉っぱの上に下処理した魚を置き、そこにバターを贅沢に忍ばせて、隙間がないようにしっかりと包み込む。
あとはそれを焚き火の赤々とした熾火の横に並べ、熱でじっくりと『魚のバター蒸し』を仕上げていった。
やがて全ての料理が完成し、クラス全員が集まって一斉に夕食タイムが始まった。
「うわ、美味そう……! 結城さんの手作りカレーとかマジで最高すぎるだろ」
「っていうか、この魚のバター蒸しもめちゃくちゃヤバい! 葉っぱの香りとバターが馴染んで、身がホロホロで超うめえ!」
男子達は一口食べた瞬間、顔をほころばせながら嬉しそうに平らげ始めた。可愛い女子の手料理という付加価値も相まって、彼らにとっては最高のディナーになっているようだ。
「よし! 初日でこんなに美味い飯が食えるなら、明日からもっと美味いもん食うために探索頑張るぞ!」
「おう! 明日はもっとデカい魚捕まえてこようぜ。結城さんなら絶対美味く調理してくれる!」
完全に胃袋を掴まれた男子達の間で、早くも明日へのモチベーションが爆発的に跳ね上がっていた。
平田もさっきの動揺を感じさせない笑顔に戻り、「結城さん、本当にすごいね。ありがとう、みんなのやる気が一気に上がったよ」と心からの感謝を告げにきた。
私は「どういたしまして」と適当に相槌を打ちながら、隣に座る『本命』の様子を伺った。
私は最初から、清隆の隣にぴったりと並んで一緒にカレーを食べていた。
自分の分を少し食べ進めたところで、そっと清隆の顔を覗き込む。
「どう……かな? いつもと違って調味料も調理器具も足りないから、ちゃんと美味しくなってるか、ちょっと心配だったんだけど」
小さく尋ねると、清隆はスプーンを止め、私を見て微かに目を細めた。
「いや、本当に美味い。これだけの悪条件でも普段通りの味が出せるのは、お前の腕があってこそだな。ただ焼くだけの料理にしなくて正解だった」
相変わらず表情は動かないけれど、その声には確かな温かさと、私の料理に対する絶対的な信頼が含まれていた。
「……よかった。清隆の胃袋は私が守ってあげなきゃだしね」
ほっと胸をなでおろしながら、私はふにゃりと嬉しそうに頬を緩めた。
周りの男子が見たら間違いなく二度見するような、清隆にだけ見せる柔らかくて甘い笑顔。
「美味しいって言ってもらえて嬉しい。明日からも、清隆のためにいっぱい美味しいの作るね」
そう言ってそっと彼に寄り添うと、容赦のない南国の夜風が吹く中、隣から伝わってくる清隆の体温が妙に温かくて、私はただただ幸せな気分に満たされていた。