画面中央に映し出されたのは、ピンクと水色のツインテールを揺らすエンジェルちゃん。……の、目の前に置かれた、禍々しい赤黒い光を放つカップ焼きそばが湯気を立てている。
「みんなやっほー! 悩める子羊には救済を、退屈な貴方には極上の娯楽をお届け! インターネット・エンジェルこと、エンジェルちゃんだよ!
はい……というわけで今夜は、前回の作戦会議でみんなのスパチャルーレットによって見事に引き当てられちゃった、あの恐怖のメイン企画!『激辛焼きそば完食チャレンジ』を、本当に、生配信でやっちゃいまーす!」
いつものお決まりの挨拶だが、心なしか声が引き攣っている。
画面全体には、ピの演出によって、燃え盛る地獄の炎のような情熱的なデジタルエフェクトがこれでもかと激しく渦巻いていた。
[地雷チェッカー]:ついにきたああああああああチャレンジ当日!!!
[ネットの亡霊]:登録者数、300人突破おめでとう!ってか焼きそばの色ヤバすぎだろww
[無課金勢の星]:これ、夢チューブでも色んな配信者が失神しかけてるやつじゃん
[Dクラスの男子]:おいマヨネーズとか生卵は用意したか? 味変しないと絶対無理だぞそれ
「ふふ、みんな画面越しにめちゃくちゃ心配してくれてるじゃん。マヨネーズとか生卵で辛さ薄めろってコメントがいっぱい届いてるけどさぁ……。
味変なんて、そんな甘っちょろいことするか! ちゃんとそのまま食べるよ!」
ふん、と鼻を鳴らして、いつものように自信満々に胸を張るエンジェルちゃん。
だが、その手元で割り箸を持つ指先が、わずかにプルプルと震えているのをリスナーは見逃さなかった。
「それじゃあ、みんな! エンジェルちゃんの激辛焼きそば完食チャレンジ、スタートだよ!
いただきまーす!」
意を決して、真っ赤に染まった麺を箸で一掴みし、思い切り口の中へと放り込む。
もぐもぐ、とふた噛みほどした、次の瞬間――。
「――っっっ!?!?!?!?」
エンジェルちゃんの動きがピタッと止まり、綺麗な両目が限界まで見開かれた。
みるみるうちに顔面が真っ赤に染まり、その瞳がほんのりと涙目になって潤んでいく。
「から、辛いいいいいぃぃぃーーーーーっっっ!!! 痛い! 喉が痛いよぉぉーーーっ!!(ガチ悶絶)」
[限界オタクの末路]:一口目で逝ったアアアアアアアアア!!!
[地雷チェッカー]:ガチの悶絶で草。エンジェルちゃん頑張れ!!
[孤高のソロプレイヤー]:涙目エンジェルちゃん可愛すぎるけどマジで辛そうww
[深夜の徘徊者]:ピ!!早く水!!水をあげてピ!!!
(※カメラの死角を完璧に把握しているピの手元によって、画面の端から、冷たい水の入ったコップ『だけ』がすっと差し出される)
エンジェルちゃんはそれをひったくるようにして一気に飲み干すが、口内の痛みが消えるはずもなく、はふはふと舌を出して涙を流しながら冷や汗をダラダラと流し始めた。
「はぁ、はぁ、な、何これ……っ。信じられないくらい痛い……! でも、私は……負けないんだから……っ!」
手が震え、あまりの痛みに意識が遠のきそうになりながらも、二口目、三口目と必死に麺を口に運んでいく。
普段の配信なら、ここで可愛く泣き言を言って甘えるはずの彼女が、明らかに限界を超えているのに無理やり口の中に焼きそばを詰め込んでいく姿に、チャット欄の空気も徐々に変わっていく。
[サボり魔]:おいおい、マジで無理すんなって!!
[Cクラスの生徒]:手がめちゃくちゃ震えてるじゃん。もう十分だよ!
[名無しの生徒]:ガチで顔色ヤバいって、一旦止めよう!?
(※ここで画面の外側から、文字が書かれた1枚の白いカンペがすっと滑り込んでくる。そこには、ピの綺麗な字で『どうする?ギブアップ?』とだけ書かれていた)
それをじわじわと潤んでいく目で捉えた瞬間、エンジェルちゃんは一瞬、目を見開いた。
ピからの真剣な制止の提案。だが――彼女は「インターネット・エンジェル」としてのプライドを、キャラクターを、絶対に捨てない。
涙目のまま、最高に傲慢で最高に可愛い、配信者としての凄まじい本気のプロ根性を画面の向こうへぶつける。
「ギブアップ……? 人様からお金もらっておいて、はい、ダメでした。すみません。なんて出来るわけないでしょ……!」
前髪の隙間から覗くその瞳には、エンジェルちゃんとしての狂気的なまでのプライドがギラギラと宿っていた。
カメラに向けて、カメラの向こうの全校生徒に向けて、完璧なアイドルのまま声を張り上げる。
「お前ら!エンジェルちゃんの勇姿をその目に焼き付けろ!!」
[キーボードの魔術師]:うおおおおおおおおおおおおお!!!!!
[無名のアカウント]:かっけえええええええええええええ!!!
[スイーツ男子]:ガチのプロ根性見た!!! 鳥肌立ったわ!!!
[裏垢男子]:(10,000pt)男気スパチャ!!! 漢(おとこ)すぎる!!!
【¥10,000】一生ついていくわ!!!
【¥10,000】根性世界一のインターネットエンジェル!!!
【¥10,000】絶対完食できる!!! 頑張れ!!!
画面が賞賛の赤スパチャで真っ赤に染まる中、エンジェルちゃんは「インターネット・エンジェル」としての意地だけで、残りの焼きそばを猛烈な勢いで口の中にかき込み、強引に咀嚼して飲み込んでいく。涙と冷や汗で顔はぐしゃぐしゃだが、その目は最後まで死んでいなかった。
ごくん、と最後のひと口を力強く飲み込み、空になった容器をカメラに向けて叩きつける。
「……はぁ、はぁ、かん、しょく……っ!」
[限界オタクの末路]:おおおおおおおおおお完食キタアアアアア!!!
[地雷チェッカー]:本当に食べ切った!!凄い!!凄すぎる!!!
[Bクラスの観測者]:伝説の配信になったわ……マジで尊敬する
[ネットの亡霊]:最高のエンジェルだよ!!!
チャット欄が過去最大の賞賛とお祭り騒ぎで埋め尽くされる中。
……ぷつり、と、エンジェルちゃんの中で張り詰めていた糸が完全に切れた。
「……あ」
容器を叩きつけた姿勢のまま、ガクリと、デスクへ上半身を倒れ込ませてしまう。ツインテールが机の上に広がり、完全に力尽き、ピクリとも動かなくなった彼女の姿に、コメント欄の熱狂がピタッと止まった。
[ネットの亡霊]:え、ちょっと待って!? 大丈夫!?
[名無しの生徒]:エンジェルちゃん!? ピ、早く介抱してあげて!!
[深夜の徘徊者]:ガチで限界迎えてるじゃん!!
静まり返る画面。だが、彼女はまだ「インターネット・エンジェル」を終わらせない。
デスクに突っ伏した状態のまま、なんとか力を振り絞って、ゆっくりとカメラの方へ顔を持ち上げる。
ハァ、ハァ、と苦しそうに息を弾ませ、じわじわと涙が滲む目元を潤ませながらも――彼女の口元は、プルプルと小さく震えながら、必死に、本当に必死に、いつもの愛らしい『笑顔』を作っていた。
最後までファンに心配をかけまいとする、プロの意地のスマイル。
掠れそうになる声をなんとか整えて、カメラの向こうのリスナーへ、いつものおねだりするようなトーンを少しだけ残してポツリポツリと語りかける。
「……大事なお知らせが、あります……っ」
画面をじっと見つめるリスナー達。
「……エンジェルちゃん、しばらく配信はお休み、します。……でもね? 復活できそうになったら、また絶対に、みんなに報告するから……待ってて、ね……? ――以上、ですっ!」
辛さに耐えながら、最後まで完璧な「インターネット・エンジェルの笑顔」を画面に届けきった瞬間。
プロデューサーであるピの手によって、優しく、そして素早く。
ブツッ、と電子音が鳴り、画面は真っ暗なシャットダウン画面へと切り替わった。
配信は終了しました
◇
配信の翌日、校内の購買やケヤキモールの売店から、ある特定のカップ焼きそばが忽然と姿を消した。
あの日、画面の向こうでエンジェルちゃんが命を懸けて成し遂げた『激務』。彼女がどれほどの覚悟で挑み、どれほどのプロ根性を見せたのか。それを身近で体感したいと考えたリスナー達が、こぞって同じ焼きそばを買い求めたのだ。
結果、その日の校内のあちこちからは、凄惨な悲鳴と悶絶する声が響き渡ることになった。
一口食べただけで涙目を通り越して失神しかける生徒や、あまりの痛みに水道にダッシュする生徒。
身をもってその「地獄」を味わった生徒たちは、腫れ上がった唇で、畏怖を込めてこう確信した。
(エンジェルちゃん、マジでとんでもないプロだわ……。一生ついていこう……)
エンジェルちゃんが文字通り身を削って残した伝説は、こうして全校生徒の胃袋と記憶に、消えない傷跡(リスペクト)として刻まれたのだった。
綾小路は正直、完食することは出来ないと思っていたので、見事成し遂げたルヰを見直してます。