(※新しく立ち上げられた、誰にも存在を教えていない真っ新な裏アカウントの配信画面。
いつものパステルピンクと水色のポップな世界観は完全に消え去り、画面を支配しているのは冷徹な黒と、毒々しい赤の陰鬱なデジタルエフェクト。
画面中央に映し出されたのは、白髪ベースの髪に黒と赤のメッシュが混ざり合い、複雑にうねるツインテール。
シックな黒いセーラー服に、鮮烈な赤のビッグリボンを纏った、まったく新しい姿の『エンジェルちゃん』だった。彼女は、氷のように冷徹で見下すような、けれど息を呑むほどに美しい瞳で、静かにカメラを見つめている)
[ネットの亡霊]:え? 誰だこの配信? 通知来て開いたら……え、エンジェルちゃん!?
[地雷チェッカー]:待って世界観変わりすぎてて心臓止まった。闇堕ち!?
[無課金勢の星]:衣装の色が黒と赤になってる……何これ、どういうこと!?
[Cクラスの生徒]:アカウントもいつものと違う新垢じゃん、どうしたの!?
[名無しの生徒]:おい、これ本物? 偽物じゃなくて?
[通りすがりの一般人]:何この部屋、いつもと全然違う。背景暗すぎだろ
「……暗い闇の底から、底辺の貴方に絶望をお届け……。インターネット・エンジェルならぬ、インターネット・ダークエンジェル、降臨……」
耳に届くのは、確かにいつもの彼女の声。しかし、その声音からはあざとい甘さが完全に削ぎ落とされ、背筋が凍るほど低く、冷ややかなトーンが静かに響く。計算し尽くされた照明の陰影が、彼女の美しさをまるでおぞましい堕天使のように引き立てていた。
「……これは、私の裏アカ」
画面の向こうのリスナーに向けてそう告げると、彼女はふっと視線を落とし、自嘲気味に小さく息を吐いた。ほんの一瞬の、けれど重苦しい沈黙。
そして、今度はカメラをじっと見つめ、心の奥底にある本音を漏らすようにぽつりと呟く。
「……エンジェルちゃん、疲れちゃった。毎日毎日、画面を開くたびに届く、大量のアンチコメント。最近じゃ、悪質なコラ画像で、えっちな画像までたくさん拡散されるし……」
冷ややかな瞳のまま、画面の向こうの全校生徒に向けて、静かな怒りを孕んだ声を落としていく。
「あんた達は、エンジェルちゃんが何をされても傷つかないと思ってるの? いつも画面の向こうで笑ってるから、優しい天使さまとでも思ってた?――私だって、みんなと同じただの1人の人間だよ。……すごく苦しいし、傷ついた」
その切実な言葉に対しても、匿名性を盾にしたチャット欄の悪意は止まらない。面白がるアンチたちのコメントが、恐ろしいスピードで画面を流れていく。
[Cクラスのヤンキー]:コラ画像スレ普通にエロくて抜けるわwwざまぁww
[ネットのゴミ箱]:有名税だろwそれくらいで病むなら配信やめろや
[フラワー]:@Cクラスのヤンキー @ネットのゴミ箱 お前らみたいな社会のゴミがエンジェルちゃんと同じ空気を吸ってると思うだけで吐き気がする。その汚い指で二度とエンジェルちゃんの名前を打ち込むな。今すぐ指をへし折って消えろ
[地雷チェッカー]:フラワーさんキレッキレで草。でもマジでそれな!
[限界オタクの末路]:フラワーさんの殺気が画面越しに伝わってきて震える。でもアンチは全員消えてくれ!!
[名無しの煽り魔]:@フラワー ガチ恋信者ピキってて草。ネットに上げた画像がどうなろうが自由だろw
[フラワー]:@名無しの煽り魔 自由なわけないだろ犯罪者が。調子に乗ってられるのも今のうちだからな。お前らの席、もう学校になくなるから。エンジェルちゃんの尊厳を傷つけた罪、その身と人生で一生かけて償え
[裏垢男子]:お、おい……フラワーさんガチのトーンじゃん……
[ネットの亡霊]:フラワーさん怖えよ!!ww でもアンチへの煽り文句としては100点満点だわ、もっとやれ!!
チャット欄の隅で、[フラワー]というアカウントが、凄まじい熱量と激しい殺気でアンチにレスバを仕掛け、画面が瞬く間に炎上していく。
そんなコメント欄の醜い泥沼劇を、ダークエンジェルちゃんは冷ややかに見据え、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「……でも、人間誰しも、一度くらい間違えることはあるよね。だからチャンスをあげる」
カメラを真っ直ぐに見据えるその瞳にギラリと、狂気的なまでのプライドと冷徹な迫力が宿る。
「今すぐ、アンチもエロ画像も全部削除して。じゃなきゃ、学校にいって訴える。……言っとくけど、私はプライベートポイントに困ってないの。あんた達を全員叩き潰すだけのポイントなら、いくらでもあるんだから!」
絶対的な財力を持つ強者としての、冷たい宣告。この学校において、ポイントは文字通り「力」そのものだ。
「あんた達が誰なのか特定だってしてる。嘘だと思うなら……」
[名無しの煽り魔]:はいはいハッタリ乙wwwそんなすぐ特定できるわけねぇだろ
[Cクラスのヤンキー]:ビビらせようと必死で草。ポイント持ってるアピールとかマジ痛いわー
冷笑を浮かべるアンチ達のコメントを遮るように、彼女が静かに、妖しく目を細めた。
「――今から全員に、メールを送ってあげる」
(※画面外から、ピピッ……と、静かだが無機質な電子音が響く。それは文字通り、破滅の引き金が引かれた音だった)
その直後、コメント欄の空気が一変した。
[Cクラスのヤンキー]:……え?
[ネットのゴミ箱]:おい、今スマホ鳴ったんだけど……
[名無しの煽り魔]:は? マジで言ってる? 嘘だろ、なんで俺の本名とクラスが……
[Cクラスのヤンキー]:待って無理マジで無理、なんでバレてんの!? 悪かった、消す、今すぐ全部消すから許して!!!
([Cクラスのヤンキー] が退出しました)
([名無しの煽り魔] が退出しました)
([ネットのゴミ箱] が退出しました)
[Aクラスの観測者]:おい掲示板のコラ画像スレが、リアルタイムでどんどん消えていってるぞ!?
[ネットの亡霊]:マジだ!! 投稿が数秒で一斉に削除されてる!!
[地雷チェッカー]:すごすぎる……エンジェルちゃんガチで特定してたんだ……!
[フラワー]:当然の報い。ザマァみろ。エンジェルちゃんを怒らせたらどうなるか思い知れ。震えて眠れゴミクズども
一瞬にしてネットの悪意が消滅し、本名特定に絶望したアンチ達が恐怖のあまり悲鳴すら残さずログアウトしていく。画面の前の生徒達は、目の前で起きたあまりにも圧倒的な「力」の行使に、ただただ唖然と息を呑んでいた。
静まり返ったチャット欄を、ダークエンジェルちゃんは冷たい瞳のまま見つめている。悪意が完全に駆逐された画面を愛おしむように、ふっと唇の端を釣り上げて満足げに微笑むと――彼女は小さく、深い溜息を吐いた。
「……ふぅ」
張り詰めていた冷徹な空気がふわりと緩み、彼女の声音にいつもの愛らしい『エンジェルちゃん』の調子が戻ってくる。
「……みんなごめんね。心配かけたね。エンジェルちゃんはもう大丈夫。次からはいつものアカウントで活動するよ」
少しだけ首を傾げ、カメラに向かっていつものように悪戯っぽく微笑む。画面の向こうのリスナーを優しく包み込む、大好きな天使の姿そのものだ。
「このアカウントはね、またエンジェルちゃんが限界を迎えちゃった時……こうやってストレスを発散するために、このまま残しておくね♡」
「それじゃあ、今回はここまで。またね〜!」
最後にいつものあざとい笑顔を完璧に届けると、彼女の手元が動く。
ブツッ、と電子音が響き、画面は真っ暗なシャットダウン画面へと切り替わった。
配信は終了しました