達也くんアフター(※充希がいないバージョン) 作:minnie_remon
提供部屋のドアの前に立つ達也。最近毎日ここに来てるよな…そんなことを思い、少しだけ心の中で苦笑いしながら。
コンコンとノックしてから、ゆっくりと扉を開ける。
「あ…」
部屋の中にいた女性がそれに気づき、慌てて立ち上がる。
「ご無沙汰してます。お久しぶりですね、亜美さん」
村岡亜美。遡ること4年9か月前、達也が初めて種付けした女性である。
「その節は、本当にありがとうございました。その、あれ以来、私…」
「まあ、とりあえず掛けて下さい」
「あっ…そ、そうですよね」
恥ずかしそうに亜美がベッドに腰掛け、達也もその隣に座る。
「ところで、タクト君は元気にしてますか?」
突然、達也がそう話を切り出した。畏まった挨拶のやり取りを省きたかったというのもあるのだが、実際にタクト君の現在が気になっているというのも事実だった。何せタクト君は、達也の種付けによって初めて生まれた記念すべき最初の子ども、言わば達也の「長男」だ。
「もうすぐ4歳という所ですよね」
「はい、おかげ様で大きな病気もなく元気に育ってくれてます」
「本当ですか、それは良かったです」
タクト君に限らず、既に100人を超える達也の子どもたちは先天的障がいや病気を持って生まれてきた子は未だに皆無である。
「達也さんのおかげで、私の人生は幸せに満ちたものになりました。タクトを立派な人間に育てることが、私が達也さんにできる唯一の恩返しだと思っていますから…」
「いやいや、僕は別に恩返ししてもらうようなことはしてませんよ」
タクト君を立派な人間に育てて頂きたいとは強く思うけど。
「でも、タクト君まだ4歳にもなってないんでしょう。この段階で2人目というのは、育児面とか含めて亜美さんの負担は大丈夫なのですか?」
「それはそうなのですけど…育児の方は母も面倒を見てくれているので何とかやっていけると思いますし…それにその…達也さんからの提供希望者が殺到していると聞きましたから、とりあえず少しでも早く応募しなければと思って」
「あー…」
確かに、現在の状況的に希望者が提供時期をリクエストするのは不可能。被提供者として選ばれるだけで超幸運と言える。
「申し訳ありません。現在は精子ドナーは自分1人だけなんですが、近い内に多くのドナーが認定されていくことになっていますので」
「でも、私は達也さん以外の男性から提供を受けるつもりはありません」
「…なるほど」
「あっ、そのっ、違うんですっ…!そういう意味では決してなくてっ…」
「ええ、心配しないでください。亜美さんの言いたいことは分かってますから。タクト君のことを考えても、父親は同じ方がいいに決まってますもんね」
顔を赤くして俯く亜美さんをフォローしながら、自分自身気が引き締まるのを感じた。
亜美さんに子宝を授けることができるのは、俺しかいないのだと。
「じゃあ、早速始めましょうか」
達也がそう告げると亜美は一瞬だけ緊張したような面持ちを見せた後、小さく「お願いします」と呟いた。
………………………………………
亜美が達也に種付けを受けるのはこれが2度目である。1度目は遡ること4年9か月前、この時は達也の記念すべき初めての種付けでもあった。
正直に言うと、達也はこの時の種付けをあまり覚えていない。もちろん断片的に覚えてはいるが、それ以降に経験した数百回の種付けの中にほとんど埋もれてしまった。
しかし一方の亜美は、あの日のことを今も克明に覚えていた。それこそ昨日のことのようにハッキリと思い出せる、確かな記憶として心のど真ん中に残り続けていた。亜美にとって、4年9か月前のあの日は人生が変わった瞬間である。亜美はあの日、自らの胎内に達也の子を宿し、一人の女から『母』になった。
亜美と達也の年齢は12歳も離れている。4年9か月前、達也はまだ20歳になったばかりだった。既に32歳となっていた亜美は、まだ未成年を卒業したばかりの若者に種付けを依頼して良いものか悩みに悩んだ。最終的に種付けをお願いすることを決断してからも、ずっと自問の日々を送り続けた。自分の決断は果たして正しかったのだろうか…と。
だが達也と初めて対面して、その人柄に触れ、亜美の迷いは晴れていった。まだ若いのに、何と立派で素晴らしい男性なんだろう…初めて触れる小野達也という男性に、亜美は女としての自分が惹かれていくのを確かに感じた。この人の子どもなら産んでもいい…いや、この人の子どもを産みたい…そう思い到るのにさしたる時間はかからなかった。
そして達也の子種を授かってから今日までの日々は、自分自身の決断が間違いではなかったことを実感し続ける日々だった。
タクトと名付けた我が子は、文字通り目に入れても痛くないぐらいに可愛い。どんなにツラい時でもタクトの笑顔に触れれば心から癒されるし、タクトを思えばどんな苦しいことだって耐えられる。タクトはまさに、亜美の人生に降り立った天使だった。
加えて、そんな天使を授けてくれた父親の活躍が、亜美にこれ以上ない勇気を与えてくれた。
達也は圧倒的な強さで、格闘技の世界で快進撃を続けた。当時まだほぼ無名だった若者は、無敵の強さと優しく謙虚な人間性と優れたルックスで、いつしか日本中のヒーローとなった。達也の活躍は非現実的と思える程に輝かしかった。
タクトは、あの達也さんの子どもなのだ…タクトの中には、私と達也さんの血が混ざりあっているんだ…その事実は亜美に無限の喜びを与えて余りあるものだった。私は達也さんの子どもを産んだんだ…非現実的な現実は亜美の誇りとして、彼女の心を支え続けている。
亜美にとって達也は、もはや単に我が子を授けてくれた男性には留まらない。誇りであり、心の支えであり…言うなれば神に等しい存在だった。自分の人生は、達也さんという優秀な男性の血を受け継ぐタクトを産み育てるためにあるのではないかとさえ思えた。
そして今日、神様は再び人間の前に降り立った。達也さんは自らの優秀な遺伝子をを後世に残すという使命を下界の女性に託すために、私の前に降臨されたのだ…亜美はそんな夢想に駆られる。私は神様に大役を仰せつかった…神様は…達也様は、自らの優秀な遺伝子を託す相手として私を選んでくださったんだ…と。