達也くんアフター(※充希がいないバージョン) 作:minnie_remon
精子ドナーに認定されてからというもの、達也を見る周囲の目は確実に変わった。何が変わったのかと具体的に説明するのは難しいけど、例えばジムでも…以前から一目置かれているような雰囲気はあったが…今では一目どころか二目も三目も置かれているような雰囲気だ。
とはいえ気にしていても仕方ないと、達也はこれまで通りにトレーニングをこなすことを心がける。スパーリングもこれまで通り適当に若手を指名して、「認定精子ドナー」の強さを見せつけるようにみっちりと稽古をつけてやる。人気の方は相変わらずで、恒例の公開スパーリングでは女性ファンが大挙押し掛けるのは全く変わらなかった。
そしてトレーニングを終え、いつも通りシャワーを浴びてしっかりと汗を流してから、美桜が待つ車へ。
助手席のドアを開けると、瞬間的に心地よい香りがふわっと鼻腔をくすぐる。
「あ、お疲れさまですっ」
運転席でスマホをポチポチといじっていた美桜が、今日はサッとスマホをしまう。程無くして、ゆっくりと車が動き出す。
達也は持っていたカバンを開け、事前に美桜から渡されていた資料を取り出した。
そこに記されているのは、一人の女性の詳細なプロフィールである。氏名、生年月日、経歴、職業、婚姻の有無、顔写真、さらには身長体重からスリーサイズまで…
今日これから精子提供を行う女性の詳細なデータである。
「さすが達也さん、今日もきちんと予習ですね?」
運転席の美桜が一瞬だけちらっと達也の方を見て言った。
「まあ一応ね」
相手女性の情報はしっかりと頭に入れておきたい。格闘技の試合でもそうだが、やっぱり達也はしっかりと予習をしてから本番に臨むタイプなのである。
「達也さんって、何だかんだ言って、精子提供に前向きですよね」
「引き受けた以上は前向きにやるしかないから」
というような言い方ではあるが、達也の本心としては提供そのものには到って前向きだった。
ただ、できれば政府の関与無しで自由にやりたいというだけで…
「そう言えば、結城翔太さんの件は聞きました?」
「結城翔太…?」
美桜の口から出たその名前、どこかで聞いたことあるようなと思っていると。
「知りません?『東大王』っていう番組でエースと言われている」
「ああ…何か聞いたことはあるな」
美桜が言う『東大王』とは東都大学の学生が超難問のクイズに挑むという…まあ要はクイズが趣味の東都大生がその知識量を見せつけるという番組だ。結城翔太という男はその番組内で正答率が最も高く、「日本一の知識量を持つ男」ともてはやされている。加えて高身長で見た目もなかなかに良く、お茶の間の女性からの人気も高い。
「ここだけの話、政府は達也さんに続く精子ドナー第2号として結城さんを候補に考えてて、実際に結城さんもオファーには前向きで、ドナー就任はほとんど内定してたみたいなんですけど」
美桜が続ける。
「残念ながら精液検査の結果が悪くて、ドナー不合格になっちゃったんですって」
「マジか…」
他人事ではあるけど、可哀相だなと達也は思わずにはいられなかった。精液検査の数値がどの程度だったのかまでは分からないけど、生殖能力に疑問符がつけられるというのは男として最もつらく屈辱的なことなんじゃないだろうかと…
実際の所、東大王のエースこと結城翔太が精液検査で出た数値は1回の射精における総精子数約3万というものだった。WHOが定める基準では、1回の射精における総精子数3900万というのが男性不妊であるかどうかの基準とされている。WHO基準の1/1000以下の精子数では話にならず、ドナー不合格はやむを得なかった。
ちなみに達也が精子ドナー認定前に受けた精液検査では、精液量13.8ml、精子濃度3億5000万/ml、総精子数48億3000万という凄まじい数値を叩き出して見せた。WHO基準の約120倍以上、翔太との比較では約16万倍の精子数である。さらに精子の運動率や正常形態率といった受精力に影響する項目も軒並み抜群に高かった。しかも達也は検査後に「緊張していつもより精液が出なかった」と言ったというからとてつもない話だ。
もっともそれだけ受精能力超抜群の精液を持つ達也でも、年齢30代後半以上の女性を一発で妊娠させるのは難しく、平均して3回前後の精子提供を要するというケースがほとんどだった。まあ30代後半や40代の女性を3回前後の種付けで妊娠させるというのは本当に凄いことではあるのだが、とはいえ達也をもってしても「30代前半まで」とされる妊娠適齢期を過ぎた女性を妊娠させるのはそう簡単ではないという現実があった。
「それにしてもあの東大王って番組、個人的には全然面白いと思わないんだけど、結構続いてるよなあ」
ぽつりと達也が言った。
「あら、達也さんはお好きじゃないんですね」
「だって素人がただクイズ解いてるだけじゃん。ワザワザテレビでやる事じゃないだろ」
まるで素人のユーチューブみたいな内容だ、と達也は続けて。
「というか最近の東大生ブームも正直気に食わない。いくら何でもメディアに出すぎだろ」
達也の言う通り、最近は素人の東大生がバラエティ番組によく起用されていた。達也は面白くないと言ったが「東大王」はなかなかの高視聴率で、また素人の東大生はギャラも安くて制作サイドも起用しやすいという要素も重なり、結果「東大生ブーム」なるものが起きていた。
「確かに東大生がよくテレビに出るようになりましたよね」
「俺は好きじゃないな。東大生ってだけでチヤホヤされて調子乗ってるように見える。だいいち東都大行く奴なんて、どうせ決まって金持ちの家の生まれで、幼稚園か小学校の頃からお受験して、SOPIXとか何とかいう高い塾行ってるような上流階級の連中だろ」
「ま、まあそういう面も無いとは言えないかもしれませんけど…」
「俺は金持ちの家でも何でもなかったけど、自分の力だけで西都大に行ったからな。そういう人間こそもっと賞賛されるべきだ」
「達也さんはキッチリと賞賛されてるじゃないですかぁ…」
「というかさ、そういえば美桜ちゃんってどこの大学出身だったっけ?」
「わ、私ですか…?」
美桜はちょっとだけ答えづらそうな表情をしてから。
「えっと…東都大ですけど…」
「………」
「まあ、確かにSOPIXにも行ってましたけど…」
「何か…ゴメン…」