達也くんアフター(※充希がいないバージョン) 作:minnie_remon
―達也―
「単刀直入に申します。出産の希望を持ちながらパートナーが不在という女性のために、小野さんには精子提供者になって頂きたいのです」
そう言われ、返すべき言葉が見つからなかった。そもそも簡単に返答できるような内容の話じゃないのは確かだけど。
それよりも何よりも、自分は今、既に女性に種付けを行っているから…
総理にお願いされていること、俺、もう既にやっちゃってるから…
だがそんな事情を知る由もない総理は、構わず続ける。
「子どもを欲する女性に精子を提供するドナーの認定制度を開始しようと考えています。小野さんにはぜひとも、精子ドナー第1号になって頂きたいのです」
達也さんほど適任の人物はいない、ぜひ引き受けて頂けないか、と総理が畳みかけてくる。
「は、はあ…」
俺は適当な相槌を打つだけで精一杯。ただ心の中では早くも「どう断ろうか」ということを考え始めていた。女性への種付けはとてもやりがいを感じてるからこれからもやめるつもりはないけど、活動そのものを公にされるのはさすがにノーサンキューだ。
「ですけど、そんなことをしても根本的な少子化対策にはならないと思うんですけど」
丁重に断るべく、話を否定的に進めるべくそう言ってみる。
「もちろんこれだけでは根本的な解決とはなりません。ですが我々の本気を示すという意味において、異次元の少子化対策の象徴という意味においても、絶対に必要不可欠な政策なのです」
「そ、そうなんですね…」
熱意を込めた目で訴えかけるような総理に、少しばかり気圧されつつも。
「話は何となく分かりましたけど、制度としてはどのぐらいの規模を予定してるんですか?」
「規模とは?」
「具体的には、何人ぐらいの男性をその精子ドナーに認定するイメージなんですか?」
「将来的には規模を大きくしていきたいとは考えていますが、まずは数人という規模から始めるしかないと考えています」
「たった数人で?」
「もちろん最初から大きな規模でスタートさせたいというのが本音ですが現実的にそれは難しい所もありますし、何より精子ドナーの選定は最大限慎重に行わなければなりませんから」
徐々に軌道に乗せていきたい、総理はそう言って。
「小野さんには十分な報酬はもちろん、最大限のサポートを約束致します。もちろん小野さんの望まない不利益は一切生じないことも約束致します。小野さんの精子提供によって出産に到った場合でも、小野さんが戸籍上においてその子の父親となることもありません」
最大のサポートを約束する。もちろん子どもが産まれてきた場合にも、俺自身の養育の義務は生じない。そもそも遺伝上は俺の子どもであっても法律上は俺の子どもにはならないから、子どもに対する何かしらの義務など生じる余地も無い、総理はそう強調する。
「…なるほど」
と一応話を聞くけれど、俺としては依頼を受けるつもりは全く無かった。だって俺、何度も言うけどもう既にその世界に足を踏み入れてるから。これからも粛々と、誰にも目立たないように種付けをやっていきたいから。
「でも、精子ドナーに認定されたら、それは世間に公表されるんですよね?」
一応総確認してみると。
「その方向で考えています。制度の理解を国民から得るためにも、最低限のドナー情報開示は必要不可欠だと考えています」
ほら、やっぱり。じゃあ無理に決まってる。
「うーん…世間に公表はさすがに…」
「確かに、世論からは強いハレーションが起こることも想定されます。ですが小野さんなら、批判の声を打ち消すことができる筈なのです」
いやいやそれは無理だよ、と俺は思う。
さすがにそんなの公表したら、俺は今の人気や好感度は一瞬で失うだろう。
「申し訳ありませんけど、僕には無理ですよ」
それが俺の正式回答。だって依頼を受けたって、それは俺が今まさに現在進行形でやってることを単に世間に公開するだけの話だ。となると俺にはデメリットしか無い。種付けは世間にバレないようにこっそりやってこそだ。
「政府として、あらゆる面において惜しみないサポートを約束致します。もちろん小野さんの現在の地位や立場を損なわないよう最大限努力致します。ですから何卒、お力をお貸し願えないでしょうか…!」
「いや、すみませんが僕は遠慮させて下さい。僕より適任はいくらでもいますよ」
総理が何度頼んで来ようが、キッパリと断る。こういう場合は変に含みを持たさず、ハッキリと態度を示した方がいい。必死にに頼み込む総理に対して首を横に振り続けるのは申し訳ない気もしたけど、でも無理なものは無理だ。
そのように、何度か断っていると。
「そうですか…そこまで言われるのであれば仕方ありませんね…」
ついに総理は残念そうに呟いた。よし、やっと諦めてくれたみたいだ。
そうホッと胸を撫で下ろしていると…
「ところで、つかぬことをお伺いしますが、昨日のこの時間はどこで何をされてましたか?」
突然、そんなことを聞いてくる総理。
「はい?」
答える義務もない質問だし、何より答えることの出来ない質問だった。
何故かというと、昨日のこの時間はまさに女性に種付けしていたから…
「いやまあ、特に何もしてないですけど…」
だから適当にはぐらかそうとした所。
「なるほど。小野さんにとっては女性と子づくりに励むことは、特別でも何でもないんですね」
「…へ?」
今、何て…?
「伊達内閣では改革の一環として、NPO団体の情報開示を積極的に行っております。最近は非営利を謳いながら活動実績に乏しく、公金を吸い上げることだけを目的としたような不届きな団体が本当に多いですから」
「は、はあ…」
さーっと、血の気が引いていくのを感じる。
「小野さんが所属されている団体にはしっかりとした活動実績があるのに、税金は全く投入されていません。本当に素晴らしい、まさにNPOの見本のような存在です」
「え、えっと…つまり…」
それは即ち、俺の種付け活動をご存じでいらっしゃるってことですか…?
なんてワザワザ確認するまでもなく。
「伊達内閣で推進しようと思っていた少子化対策を、小野さんが何年も前から独自になされていることを知った時は本当に驚き、同時に感動いたしました。ああ、この方は日本の将来を思って下さっているんだなと」
「い、いや…あの…」
と、何も言えねえ状態の俺に総理はどんどん攻め立てて来る。
「小野さんがこれまで行ってきた活動は、広く世間に周知されるべきと私は考えます。なので今すぐ…そうですね、明日にでも官房長官の定例記者会見にて公表することにしましょうか」
「あ、明日公表っ!?」
「スピード感が伊達内閣の信条ですから。小野さんがこれまで取り組まれてきた精子提供活動の実績、既に生まれた子どもの人数…それらを全て世間に広く知ってもらいましょう」
「いやいやいやいやっ、それは絶対ダメですって!!」
そんなことされたら俺の人気は一瞬にして地に堕ちて、物凄いバッシングの嵐に晒されるのは目に見えていて…
すると総理は、妖しい笑みを浮かべながらゆっくりと顔を近づけて。
「小野達也さん、貴方が取り得る選択肢は2つです」
細い指を2本立てて。
「ひとつ、伊達内閣が認定する精子ドナーとなるか。もうひとつ、これまでの行いを全て公表され、今の地位を失うか」
「どっちにしても、バッシングの嵐になると思うんですけど…」
「ご安心ください。精子ドナーに就任して下さった際には、小野さんの名誉を貶めないよう全力を尽くすことを伊達内閣としてお約束致します」
「いやでも、全力を尽くすったって…」
「協力して頂けないんですね。では仕方ありません…」
そう言って、総理がすっと立ち上がる。
「まっ…ままま待って下さいっ…」
帰ろうとする総理を、俺は慌てて呼び止めて。
「あの…ぜひ、協力させて下さい…」
諦めてそう告げると、総理はニッコリと微笑んだ。