達也くんアフター(※充希がいないバージョン) 作:minnie_remon
伊達総理に退路を断たれる形になった達也だが、依頼を正式に受けるにあたってはどうしても譲れない条件が2つあった。
1つはこれまで行ってきた種付けに関しては絶対に公表しないという確約である。精子提供はあくまで伊達総理の依頼によって始めることであり、これまで個人的に行ってきた種付けに関しては秘密が保持されることが達也にとって何よりも重要な条件だった。まあ、これに関しては当然の条件だ。何せ今回、達也の過去の暴露を交渉カードとして持ち出したのは伊達総理自身である。なのでこの条件が守られなければそもそも取引が成り立たず、達也が依頼を受けるメリットは無くなってしまう。達也の過去が秘密のまま封印されるのは当然の話だった。
そして達也が望んだもう1点、それは達也の周囲の人物への説明は政府が責任を持って行うということである。
実は達也は、この点に一縷の望みの託していた。晴香(達也が所属しているジムの代表)が達也のイメージダウンを懸念してOKしないのではないか、あるいは里帆が強く反対してくれるんじゃないか…と。
だがこの点に関して政府の対応に抜かりは無く、晴香には党の幹事長が、そして里帆への説得には何と伊達総理自らが当たるという力の入れようだった。幹事長や総理から直々に説得されては、晴香も里帆も首を縦に振らざるを得ない。それどころか里帆なんて総理の熱心な説得に感化され、最終的には達也の精子ドナー就任にむしろ大賛成。そんな中で達也は里帆に対し「里帆が反対するのならこの話は立ち消えになるんだけど…」と一応言ってみたりもしたのだが、「何言ってるのよ、少子化対策に達也くんの力が必要とされてるんだよっ!」と背中を押されてしまう有様。かくして、達也が政府認定の精子ドナーに就任することが正式に内定したのだった。
数日後、異次元の少子化対策の具体的な中身が発表された。その中にはパートナー不在等の理由で出産の機会を得られない女性への精子提供を政府が一括管理する制度、いわゆる「認定ドナー制度」が盛り込まれていた。
そして、認定精子ドナーの第1号として達也が就任することも併せて発表された。
4月1日。異次元の少子化対策に関する諸法案が正式に施行された。
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「あ、おはようございます…」
達也がジムに入ると、他の選手たちが緊張気味に挨拶する。そしてあまり目を合わせようともせず、そそくさとその場を離れる。
達也自身ジムで特別視されていたのは元より十分に感じていたが、精子ドナーに認定されてからというもの、周囲からの反応はより特別なものになった。特に女子選手が達也と接する際のぎこちなさは露骨で、とても気軽に話しかけられるような雰囲気ではなかった。もちろん達也にとっては全く望ましい変化ではないが、もう後戻りはできない。達也はこれまで以上に1人寂しくトレーニングに取り組むしかなかった。
そして、変化はジムの中だけではなかった。その証拠に、ジムを出た達也が向かったのは普段利用している駅とは全く逆の方向だった。
2つほど角を曲がってさらに少し歩いた所に、濃いグレーの車が止まっている。窓は深く黒みがかっていて、中を覗き見ることはできない。細い裏路地に似つかわしくない、怪しげな空気の漂う車だ。
だが達也は、躊躇することなく助手席のドアを開けた。
「達也さん、お疲れさまでしたっ」
運転席に座る美桜(みお)が笑顔で達也を迎える。
美桜は達也が認定精子ドナーとして活動するにあたってこの春から達也のマネージャーを務めることになった人物だ。精子提供に関するスケジュールの管理をはじめとし、その他諸々のお手伝いを担当している。要は何でもやってくれる秘書のような存在である。
実は美桜は、達也の試合を全て録画するのはもちろん、これまで何度も達也の握手会に足を運んでいる生粋の「達也オタ」な女の子である。だから政府が達也のマネージャーを公募すると知って即応募したのだが、ただ応募数が凄まじく万単位に上っているという噂もあったから採用される自信なんて当然ゼロ。完全にダメ元、記念受験のつもりでの応募だった。ところがあれよあれよと面接を勝ち進んで何とまさかの採用決定。その報を聞いた瞬間、美桜はあまりの驚きと喜びで数秒ほど気を失ってしまったほどだった。
だが美桜がマネージャーの座をゲットできたのは、実は達也への愛が実を結んだ結果と言えなくもなかった。というのも書類審査から最終面接に到るまでの過程に関して達也は完全ノータッチだったのだが、誰を採用するかという最終判断に関してだけは、達也が最終面接の映像を確認して決定したのだ。達也は握手会に何度も来てくれた美桜のことを何となく覚えており、握手しながらのちょっとした会話も、とても明るくて話しやすい女の子というような好印象が残っていたのだ。今後マネージャーとは緊密に連絡を取り合うことになるのは分かりきっているから、ならば少しでも気が合いそうな人物の方がいいと考えたのである。まあ、普通に美桜が最終面接に残った女性の中で一番見た目が可愛いというのもあったのだが…というか本当はそれが決め手だったのかもしれないが…
いずれにしても、達也のマネージャーという夢のような地位をゲットした美桜が、採用決定と同時に勤めていた一流企業に辞表を提出したのは当然の行動だった。
「では出発しますね」
達也がシートベルトを締めたのを確認して美桜はアクセルを踏んだ。すると達也を気遣うように、ゆっくりと車が動き出す。
美桜というマネージャーがついて何かと便利になった達也だが、最もありがたいと感じるのはまさにこの車移動という手段を得たことである。達也は自動車免許を持っていないから普段の主要移動手段は電車ということになるが、電車移動は時間がかかる上に顔も差す。タクシーだと知らない運転手と2人きりというのはどうしても落ち着かない面がある。
「そういえば達也さん、募集一旦停止の話聞きました?」
「一旦停止?」
「達也さんの精子提供を希望する女性があまりにも多いから、募集を一旦停止するみたいですよ」
「…そうなんだ」
精子提供希望者向けの応募専用サイトには連日アクセスが殺到。サイト開設1週間で希望女性は1000人を超え、その後も新たな応募がどんどんと入ってきている状況だった。
「そりゃ女性からしたら、達也さんの子どもを産みたいに決まってますもんね。そもそも最初の政府の見通しが甘すぎ、達也さんをバカにしすぎなんですよ」
美桜が言う。達也さんを一体誰だと思っているのか、と。
認定精子ドナーとなることで世間からバッシングの嵐に晒されるのを怖れていた達也だが、蓋を開けてみると懸念は全くの杞憂に終わった。一部男性陣からは批判の声も無くはなかったが逆に女性からは歓迎の声一色。そうなったのは政府が発表に際して「小野さんには政府が無理を言って承諾して頂いた」というように達也の好感度を下げないよう腐心したことも効いたのだが、何といっても達也のそもそもの人気の凄まじさが大きかった。ハッキリ言って、多少スキャンダラスなことをしても許される…というかヘタすれば肯定されるのが達也なのである。
ただ、この状況に最も驚いているのは誰あろう達也本人だった。もちろん自分が女性からそれなりに人気があるという自覚はあったけど、まさかこんなに応募者が殺到するとは、と…
「日本中が達也さんの子どもだらけになったら、日本人の顔面偏差値とスポーツのレベルは格段に上がること間違い無しですねっ」
「…変なこと言わないように」
一応スポーツ推薦使わずに一般入試で西都大学に行ってるんだけど、そこは言ってくれないんだな…と内心ちょびっと不満な達也。まあ達也が格闘技で成し遂げてきた偉業を考えると、一般入試からの西都大学卒という本来なら自慢できる経歴ですら霞んでしまうのは仕方がないのだが。
そんな会話をしている内に、車はとあるホテルへと入っていく。
ここが今夜の…というか毎夜の達也の職場である。