十回、二十回、五十回……
ループの数を数えるのをやめたのは、とうに百回を超えたあたりだった。
アルデバランの能力によって強制的に巻き戻される時間は、正確に「一分間」。その一分間の中であれば、ロム爺は完全に自由に行動することができた。
そのことに気づいたのは、五回目のループの時だ。
まさか敵───────アルデバランが有するであろう権能『時間遡行』をロム爺自身が体験して疑惑を確定にすることになろうとは思いもしなかった。
まさに恐るべし権能だった。
だが、どういう理由かその権能の所有権がロム爺に移っていた。
世界の流れを己が望むものに変える、まさに理を乱す権能にはそれ相応の対価が付き物だ。
よしんば対価などないとしても、人の身で、500人対3人というあの林の中の攻防で、不殺を貫くなど、どれほどの試行回数を要したことか。
無限の試行回数、時間を遡行し、過去を何度もやり直すことができたとしても、ただ記憶が戻るだけだ。
記憶の連続性こそが時間遡行の強みであり───────弱みでもある。
絶望的な状況を繰り返す度に精神が摩耗していく。
それこそがアルデバランの権能の所有権の移動などという不具合を発生させたに違いない。
この千載一遇の機会をロム爺はモノにした。
かつて亜人戦争にて、最も多くのルグニカ王国の権能持ちの命を奪ってきた大参謀バルガ・クロムウェル───────ロム爺は、突然の遡行現象に一時戸惑っていたが、法則さえ知ってしまえば、あとは沈着冷静にシャトランジ盤の如く詰ませれば良い。
時間ループが始まって、たった八回で───────
「───────チェックメイトじゃ……」
「───────シャッオラっ!!」
「───────ふん、他愛ないわね……」
「───────豚のように這い蹲ればいい……」
アルデバランが組み敷かれ、完全なる詰みとなった。
まさにロム爺の望むべき未来の到達。
「さて、何故このような凶状に及んだのかキリキリ白状せ「───────領域展開、マトリクス再定義」
「───────みんな! ここからだよっ! 気を抜かないでっ!」
「「───────おお!!」」
「───────な、なんじゃと…………?」
再び同じ掛け声と返事が耳朶を打った。
明晰なる思考は新たなる可能性に思い至る。
「───────ふむ……あれからまだ逆転する術があったのじゃろう…………しからば───────」
焦らず冷静に他の道筋でアルデバランを追い詰めたが───────
「───────領域展開、マトリクス再定義」
「───────みんな! ここからだよっ! 気を抜かないでっ!」
「「───────おお!!」」
結果は同じだった。
ならばと───────
ループ22回目にして、
「───────ここは儂に任せいっ!! 脳天割!! ……し、しまったぁッ!?」
「アルさんッ!?」
「爺さんやりすぎだっ!!」
ロム爺自身のみの立ち振る舞いで追い詰めるべく、開始の掛け声と参謀自らが同時にアルデバランへ突撃し、普段暴力慣れないため、力加減できず、巨漢の怪力が炸裂し、兜ごとその頭をかち割ってしまった。
脳漿が撒き散らされ、阿鼻叫喚である。
しかし、その物言わぬ肉塊が地面に転がった直後、死人の出ぬはずの空間にアルデバランの声だけが響くのだ。
「───────領域展開、マトリクス再定義」
「───────みんな! ここからだよっ! 気を抜かないでっ!」
「「───────おお!!」」
「───────ま、まさか…………」
ここにて、ロム爺はとある疑念に囚われる。
時間遡行の権能が移り、自身の思うがままの未来を選択し放題と楽観的に考えていたがそもそもこの権能の解除要件とはなにか?
アルデバスターズに囲まれた状態のアルデバランの場合は、局所的な戦術的勝利の積み重ねだ。
多数に劣勢に追い込まれた窮地から脱するにはもってこいの権能だ。
けれども、シャトランジ盤のように一手、二手戻したところで詰んでしまっていてはどうしようもない場面から脱却するには些か心許ない権能だ。
そして、アルデバランはまさにそんな詰みの状況であった。
権能を振りかざす限りアルデバランは詰みに到達しないが、永遠に同じ時間を繰り返す訳にはいかない。
むしろ、繰り返し度に精神が摩耗し、結局、諦めざるを得ないのだ。
なのに、無限の試行による戦術的勝利に打って付けで、戦力的勝利には向かない時間遡行が、優勢のアルデバスターズの司令塔のロム爺に付与された理由……
「───────儂が諦めるまで……続くのか……?」
突然、狭苦しい迷宮に囚われたかのようにロム爺は息苦しさを覚えた。
言い知れぬ焦燥感に駆られてしまい、
「───────待て! 話し合おう、小童!」
和解を申し入れた。
「ロム爺、どうしたんだ!?」
「今さら話を聞くとでも?」
「何かの作戦かぁ?」
だが、アルデバランは「話し合い? 悪ぃな爺さん、俺にそんな権限はねえんだよ……」と冷笑し、一分後には元通り。
「───────儂らの負けじゃ!!」
武器を捨てて地面に平伏し負けを認めた。
「ロム爺、何言ってやがるっ!!」
「爺さん、ついに呆けたか??」
「オレら追いッ詰めたろうがッ!!」
アルデバランは兜に包まれた頭をふるふると左右に振ると、
「───────そうなっちまったか……すまねぇ、爺さん……俺にはどうもできねぇ……」
謝られてしまった。
もちろん、脱するには至らない。
結局、勝っても、負けても、一分が経てば世界は強制的に巻き戻る。
逃亡も試みた。
フェルトの手を掴み、戦場から全力で脱出しようとした。
だが、一分の猶予が尽きた瞬間に、再び元の位置へと引き戻される。
何をしても無駄だった。
どうあがいても、この一分間の檻から出られない。
五百回を超える頃、ロム爺の精神は急速に摩耗し、ひび割れていった。
ついには懐に忍ばせた小刀で自身の喉を掻き切った。
鮮血が噴き出し、視界が失われる。
「ロム爺ッ!!!!」
フェルトの慟哭が響き渡る。
───────フェルト、すまぬ……
死の恐怖よりもフェルトを置いていく激しい後悔が胸を締め付ける。
けれども、それすらも一分後には───────
「───────領域展開、マトリクス再定義」
「───────みんな! ここからだよっ! 気を抜かないでっ!」
「「───────おお!!」」
リセットされ、五体満足でペトラの掛け声の前に戻され、心には諦観と虚無が蔓延る。
「───────ぁ……ああ…………」
外傷こそリセットされるものの、脳に蓄積される「死の記憶」と「徒労感」は、確実に老兵の魂を蝕んでいく。
ある周回。
開始の瞬間、ロム爺は棍棒を放り投げ、その場に大の字に寝転がった。そして、天を仰ぎながら、大声で笑い、歌い始めた。戦意の欠片もない、貧民街の酒場で歌うような、ひどく不調法な歌だった。
「───────ロ、ロム爺!? 急に何してんだよ!」
フェルトが驚愕の声を上げる。
ラチンスたちが困惑し、アルデバランさえも一瞬だけ動きを止めた。
───────これならば、戦意喪失認定されるやもしれぬ……
そんな打算も脳裏に浮かんだが、駄目だった……
ある周回。
「───────フ、フガフガフガッ……!!」
ループ開始早々、ロム爺は構わずに踊り狂った。
巨体を揺らし、ステップを踏み、手拍子を叩く。
狂気に染まった老人の奇行。
やがて、その不条理な熱量に巻き込まれるように、トンチンカンの三人が、そしてペトラが、わけも分からぬまま一緒に歌い、踊り始めた。戦場は一瞬にして、奇妙で不気味な祝祭の場へと変貌した。
───────これなら、因果が狂うかもしれない。
ロム爺の微かな期待は、アルデバランの無慈悲な一言によって消し飛ばされる。
「すまねぇ、爺さん……───────領域展開、マトリクス再定義」
また、戻された。
アルデバランの『領域の加害者』は、僅かな理性さえも見逃さない。
「───────領域展開、マトリクス再定義」
「───────みんな! ここからだよっ! 気を抜かないでっ!」
「「───────おお!!」」
「…………ぃ、ぃや……じゃぁ~…………ぐずっ…………」
───────泣く、叫ぶ、喚く、その場にへたり込んでひたすら水を飲み干す、敵の前で堂々と小便を漏らす、懐の石ころを取り出して一人でゲームを始める───────
───────思いつく限りの戦意の喪失を試したが、世界はびくともしなかった。
「───────領域展開、マトリクス再定義」
「───────みんな! ここからだよっ! 気を抜かないでっ!」
「「───────おお!!」」
ただ、一分が過ぎれば、全てが綺麗に消い去るだけだった。
【ここまでの試行回数】
794回:狂気の発露
ロム爺は何回以内でアルデバランから敵意なし/精神崩壊判定を受けて『領域』から出たと思う?
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①6回
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②100回
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③1000回
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④1万回
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⑤10万回
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⑥100万回
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⑦1000万回
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⑧1億回
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⑨1兆回
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⑩1京回
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⑪1垓回
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⑫1 回
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⑬1阿僧祇回
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⑭1那由他回
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⑮1無量大数回
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⑯1摩婆羅回
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⑰1不可説不可説転回
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⑱1グーゴルプレックス回
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⑲1グラハム数回
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⑳…オド・ラグナメモリ不足…権能停止…