筋肉だるま(41)、異世界で神の遣わした大英雄と勘違いされる〜頭脳戦は嫁に丸投げして棒一本で天下無双をキメてみた〜 作:シンギョウ ガク
※ギリアム視点
国王バルトラークⅡ世から委任された叛徒を鎮定した北部に関する政務を自室で処理しているギリアムの元に、側近の騎士が駆け込んできた。
「殿下、『紅眼の魔女』の件ですが、報告があります」
ギリアムは机の上の北部の統治状況の報告書を読みつつ、側近の騎士に近づくように手招きし、報告を求める。
「捜索をさせていた例の諜者が、『紅眼の魔女』を見つけましたが、そのまま裏切りました」
「まぁ、そうだろうな。アレは、ミリアムの女だったわけだし。裏切られるのは想定内だ。でも、おかげで居場所は掴めたであろう。どこだ?」
「リイド帝国でした! 完全に想定外でした。あの魔女が素直に地元へ戻るというのは、まったく考慮しておりませんでしたので」
「ミリアムが私たちに植え付けた冷酷無比の深慮遠謀の策士という虚像に幻惑され、裏を読みすぎたな」
「そのようです。『紅眼の魔女』めっ! どこまで、殿下の手を話ずらせるのだ!」
ギリアムの言葉に側近の騎士は、声を荒げ、悔しそうな顔を見せる。
側近の騎士はミリアムの幽閉により、今の地位を得たことをとても気にしていると同僚から噂され、それをとても気にしている男だった。
そのため、かなりミリアムに対し敵愾心を抱いていた、
そんな側近の騎士の様子を見たギリアムは、なだめるように落ち着いた声で語りかける。
「まぁ、そう怒るな。怒りは思考を曇らせる。それと、お前は優秀だから側近にしているのを忘れるな」
ギリアムの落ち着いた声に、側近の騎士は我に返ると、敬礼を返してくる。
「はっ! す、すみません! 気を付けます!」
「報告を続けろ」
「はっ! ミリアムは得体の知れない大男を同行者として連れているそうです。歳の頃は40歳くらいだそうです」
部下の騎士の報告に耳を傾けながら、積みあがった政務の書類を眺めていたギリアムの目が細まった。
「何者だ?」
「後詰として見張らせていた密偵たちによると、男の名前はデック・ノボーという名だそうです。どこの者かは分かっておりません。とにかく山のようにデカい男で、真っ黒な鎧と長大な棒を持ち、真っ黒な馬に乗っているそうです。例の諜報者に付けておいた先発隊はやつによって壊滅したそうです。ちなみにですが、ミリアムとは男女の関係だとのこと」
部下の報告を聞いたギリアムの表情が険しくなる。
ギリアムは誰にも打ち明けていないが、部下としてともに戦ったミリアムに好意を抱いていたのである。
冷酷無比な作戦指導をしたことで、他の部下から死罪にするべきという声が上がった時もかばうつもりで幽閉処分を下した。
今回の追跡捕捉の任を引き受けたのも、もう一度助命の機会を国王に得ようと思っての名乗り上げだった。
そして、ゆくゆくは彼女を説得し、自分の側室に迎えるつもりだったのだが、その目が完全に潰えたことにギリアムのプライドが深く、深く、傷ついた。
ギリアムの手にしていた羽ペンが、音を立てて2つに折れる。
「で、殿下……?」
「何でもない。報告を続けよ」
「はっ! ミリアムの目的は未だ不明ですが、リイド帝国の北を目指しているのではと現地の密偵からは報告が来ました」
「何を狙っておるのだ。ミリアムは……」
ミリアムに男ができたショックを引きずり、未だ思考が上手くまとまらないギリアムは、冴えない表情のままだった。
そんな様子を見た側近の騎士は、国王から受けた重大任務が上手くいかぬことに苦悩しているのだと誤解をしていた。
「殿下! お気をしっかりとお持ちください! 居場所を発見したのです! リイド帝国であれば今は帝位争いでゴタゴタしており、国境の監視は緩いです。大規模な捕縛部隊を展開してミリアムを捕まえることはできるはず。陛下から与えられた任務は必ず遂行できるはずです!」
部下からの的外れの提案を受け、自分の気持ちが顔に出ていたのを察したギリアムは、いったんミリアムのことを脇に置き表情を引き締め直す。
「それにはおよばぬ。リイド帝国に兵を踏み込ませるのは最後の手段とせよ。引き続き、動向の監視だ。動きがあれば私に逐一伝えよ」
「はっ! 承知しました!」
「下がっていいぞ」
敬礼を返した側近の騎士が部屋から立ち去ると、ギリアムはグッと拳を握って机を激しく殴りつける。
衝撃で倒れたインク壺が、机の上に置かれていた書類を黒く染めていく。
それすらも気にならないほど、ギリアムの心は乱れに乱れていた。
「ミリアム……なぜ、私ではないのだ……なぜ」
心にしまい込めなかった思いを口にしたギリアムの目には、暗い光が宿っているのが見え隠れしていた。