筋肉だるま(41)、異世界で神の遣わした大英雄と勘違いされる〜頭脳戦は嫁に丸投げして棒一本で天下無双をキメてみた〜 作:シンギョウ ガク
※イグナシオ視点
ボストール城内の謁見の間は、ハゲタカの盗賊団の構成員たちが吐くため息で重苦しい空気に包まれていた。
玉座に座るイグナシオ自身も部下たちの発する空気に呑まれため息が出ていた。
まさか、ジャレル家の甘やかされ続けて育ったクソ生意気な令嬢が、どこの馬の骨とも分からない男と奴隷契約みたいな結婚をするなどとは、イグナシオ自身も思ってもみなかった。
「と、頭領。どうしやしょう」
「バストール近辺やトレッドの村長たちがこっちの要求に従わないやつが増えてます」
「デックのやつが、ジャレル家の再興は絶対にさせないって宣言したのが効いてるらしい」
「それと、正式にリイド帝国にデリー地方の領有を認められるとか、言ってるな。そっちも地味にデカい」
「デックが正式な領主だと認められたら、オレらは……帝国から見たら討伐対象になっちまうってわけか?」
「そういうことだ……」
部下たちは話し合うそぶりをみせながら、チラチラと玉座に座り考え込んでいるイグナシオの顔色を窺っていた。
ハゲタカの盗賊団は日に日に退潮傾向を拡大させている。
つい先日も、金を持ち逃げして、国外へ脱出しようとした者が数名処刑されていた。
ハゲタカの盗賊団は、すでに泥船なのではないかという不安が、部下たちの間に広がり始めている。
その空気を敏感に感じ取っているのは、頭領であるイグナシオ自身だ。
何とかしなければマズいというので頭がいっぱいだが、良案が出てこないでいる。
だから、さきほどからずっとため息しか出ないのであった。
「頭領! 客人です! 客人! すげー人から使者がきた!」
謁見の間の重苦しい空気を払うように、慌てた様子の部下が駆け込んできた。
「客人だと? 誰だ?」
「あ、あの! フレン皇子の使者だと名乗ってます!」
「「「フレン皇子の使者!?」」」
予想の斜め上をいく使者の来訪に、部下たちが色めき立った。
今の皇帝と継母から嫌われ、廃嫡間近と言われているルシウス皇太子の後釜を目され、皇帝に一番近い男として帝国臣民に知らない者はいない人物だった。
「フレン皇子の使者が私たちみたいな者に何の用だ?」
慎重な性格のイグナシオは、努めて冷静な態度を崩さずに部下に来訪の目的を問うていた。
叛徒でしかない自分たちに皇帝に一番近いという男が使者を送ってくるわけがないという考えが、イグナシオの頭の片隅にあったためだ。
「売爵っす。爵位を買ってくれだそうです! 爵位を買えば、このデリー地方の統治できるよう皇帝に掛け合ってくれるそうっす! す、すごくないっすか?」
部下の言葉を聞き、イグナシオは目を細めて腕を組むと、考え込み始めた。
「頭領! 爵位買っちまえば! オレらが統治しても問題ないって言えるじゃないっすか! デックはまだ正式に認められてないわけだし!」
「そうっすよ! それにフレン皇子がデックじゃなく、うちに話を持ってきたのは、オレたちに統治させたいってことっしょ!」
「皇帝に一番近い男からのお墨付きがあれば、離れた村長たちもこっちに戻ってくるはず!」
「そうなったら、デックは丸裸っすよ!」
部下たちは予期せぬ大物からの使者がもたらした話に、大いに乗り気を示しているが、考え込んでいるイグナシオは、心中でうますぎる話に警戒を強めていた。
そして、騒ぎ続ける部下たちに静まるように手で制した。
「偽物だ。そいつはきっと偽の使者だ。私たちみたいな者に皇子などが使者を寄こすか! ここに連れて来て斬れ!」
「頭領! 本物だったらどうするんっすかっ!」
「フレン皇子の使者を斬ったら、本当にリイド帝国に住む場所がなくなっちまう! は、話だけでも聞いたら――」
「そうっす! 聞くだけ聞いてから判断すれば――」
イグナシオの判断に従ってきた部下たちも、さすがに今回ばかりは従えないとばかりに口々に再考を促してくる。
予想外に大きくなった部下からの反発の声に、部下の離反の気配に焦りもあったイグナシオは自ら下した判断に迷いを生じていた。
「…………いいだろう。話だけは聞くとしよう。それでいいか?」
謁見の間に集まっていた部下たちは、頷きながら同意を示していた。
これまで判断を部下に任せたことがなかったイグナシオだが、追い詰められつつある中、自分の意見を押し通すことができなかった。
「お初にお目にかかります。私はフレン皇子の家臣リヒト・マイヤーと申します」
部下が連れてきたのは、甲冑を着込んだ騎士だった。
胸当てには、近衛騎士のみが許される帝国の紋章が彫金されていた。
洗練された近衛騎士の立ち振る舞いに、部下たちの声も出ずにいる。
「儀礼的な挨拶はいい。顔を見せろ」
「失礼しました」
兜を外した騎士は、黒目黒髪の中世的な顔立ちをした若者だった。
「ふん。ではとっとと本題に入れ。先に言っておくが部下からの進言の手前、面会はしたが私はお前を偽物だと疑っている」
「盗賊ごとき自分に皇子ともあろう方が使者を送るわけないと思われておられますか?」
「ああ、そうだ」
「それはあまりに自己を過小評価しすぎではありませんか? イグナシオ殿は、弁舌と知略とで一介の平民から、ジャレル家が支配していたデリー地方を自力で手中に収められた英傑。その話を聞いた我が主君フレン様も貴殿の能力を評価されております。ゆえに今回の話をお持ちしたのです」
使者としてきたリヒトの声は、聞くものを魅了するような爽やかさに満ちたものだった。
部下たちは自分たちが指導者と仰ぐ、イグナシオのことを持ち上げてくれたリヒトに対し、好感を抱いている者が多数見受けられた。
「フレン皇子はかねてよりこのデリー地方は有能な者に任せたいとおっしゃり続けております。そう、有能な者にです」
「それが私だと?」
「ええ、そうです。爵位を買ってもらえたら、部下たちもフレン皇子の家臣として取り立てるという内証もこの通り頂いております」
リヒトが懐から出した書簡をイグナシオへと捧げ渡した。
書簡を受け取ったイグナシオは、帝国の紋章が付いた蜜蝋の封を外し、中身に視線を走らせていく。
20万ディナ金貨を納めれば、爵位を与え、デリー地方の統治を任せ、部下たちも直臣として取り立てるという内容だった。
20万ディナ金貨はハゲタカの盗賊団に払えない額ではないが、払ってしまえばこれまでの蓄えた資金が枯渇する額だ。
「斬れ! やはり偽物だ! たかだか20万ディナ金貨程度で爵位を与え、この地を任せるわけがなかろうっ!」
イグナシオの怒号に、リヒトは表情一つ変えず言葉を続ける。
「20万ディナ金貨という販売金額は、我が主君がイグナシオ殿のこと評価しているからこそ、その金額なのです」
「と、頭領! マジで、斬るんすか?」
「ものすごいいい話だと思うんですがっ!」
「はみ出し者だったオレたちが、皇帝に一番近い男と言われているフレン殿の直臣になれる機会っすよ!」
疑い続けているイグナシオよりも、部下たちの方が目の前にぶら下げられた美味しい餌に対し、激しい反応を示していた。
「騙されるな! こいつは偽物だ! 私たちみたいな身分の者を直臣などにするわけがないだろうっ! こんなあからさまな嘘すら見破れないおつむだから、お前らは牛馬よりみじめにこき使われてジャレル家に搾取され続けてきたんだ! 目を覚ませ!」
イグナシオが発した一言が、謁見の間に集っていた部下たちとの間に深い、深い亀裂を生み出してしまった。
自らの失言で部下たちの空気が変化したのを敏感に察し、焦ったイグナシオは、空気を悪くした原因であるリヒトを斬ろうと自らの腰に下げた剣を引き抜いた。
「使者である私が無事に帰らなければ、フレン皇子に敵対することになりますよ。帝国軍に賊軍として討伐されてもよろしいのですか?」
「頭領! さすがにまずいっす!」
「斬るのだけはやめましょう!」
「斬る! 斬らねばならん! 止めるな!」
剣を抜いたイグナシオを部下たちが必死に押さえている間に、別の部下に手引きされ、リヒトは謁見の間から立ち去って行った。
リヒトを斬れなかったイグナシオは激高し、部下の離反への焦りと部下の無能さへの苛立ちが重なり、きつめの叱責が口から飛び出していた。
「馬鹿者どもがっ! 偽の使者を斬らねばっ! 士気にかかわるだろうがっ! 少しは幹部の自覚を持て! いつも、いつも私に頼りおって!」
叱責された部下たちの中からは反論こそ出ないが、ムっとした空気が満ちていく。
それと同時に自分たちが得られるはずだった美味しいご褒美を取り上げられたうえ、正式に賊軍として討伐されるかもしれない可能性を作ったイグナシオへの不満がくすぶり始めたのであった。
その後、頭領の行った非礼をリヒトへ謝罪をしようと、一部の部下が場内をくまなく探したが、すでに城内にはいなかった。