筋肉だるま(41)、異世界で神の遣わした大英雄と勘違いされる〜頭脳戦は嫁に丸投げして棒一本で天下無双をキメてみた〜 作:シンギョウ ガク
「デック様、それではビッグ・ドボーというつづりになってしまいます。デック・ノボ―のつづりはこちらですね。はい、もう一度書いてください」
「そ、そうか? ちゃんと真似て書いたんだがな……」
「領主ともなれば、正式な署名も必要に……。はっ! デック様に対し、差しでがましい口をききましたっ! 申し訳ありません! どうか、どうか、無能で出しゃばりなわたしには首輪がやはり必要……」
あーはいはい。そういうのはナシです。
首輪プレイは、村長さんとの面会の時と、夜のベッドだけって言ったよね?
最近、ミリアムとかイリアまで首輪を下さいって要求してきてるんだから。
ダメですよ。ダメ! 絶対ダメ!
ただでさえ、「父ちゃんは女の人に首輪付けるの好きなんだね」って子供たちに言われて、「あれはお仕事として仕方なくやってることだから」と誤魔化しているわけだしさ。
「ヴェノ、アクアル、アスラ、ヴィラ、ヴォイド。こっち見ない。ちゃんと書き取りするように!」
「「「「「はーい」」」」」
「アイリスも仕事する!」
「は、はい。インクを付け直しましたので、もう一度書き取りをお願いいたします」
興味津々にこっちを見ていた子供たちが課題を再開すると、俺もアイリスがインクを付け直してくれた羽ペンを手に署名の練習を再開した。
先日、突発的な遭遇戦こそあったが、以降はハゲタカの盗賊団は積極的な動きを見せず、戦いの気配は全くなかった。
暇すぎる俺は、世話係のアイリスの指導で、子供たちと一緒に署名の自主練中である。
この世界の文字は、日本語とは違い、ものすごく分かりにくい。
俺には『ビ』も『デ』も同じような形に見えてしまう。
いや、まだ『ビ』と『デ』は微かに判別できるが、『ド』と『ノ』はどう見ても同じにしか見えない文字の形をしている。
なので、とうの昔に読書や書類などを読むのは諦め、みんなに音読してもらっており、せめて署名だけでもと頑張っている最中だった。
「ああぁ、惜しいです。ココの部分の筆の揺らぎがないと『デ』と読めます」
むふうんっ! クソ難しすぎるっ! 署名に微調整がいる文字きびしすぎんだろっ!
羽ペンを持ち見悶える俺の様子を見たアイリスが、書き取りの用紙を再度舐めるように確認し始めた。
「あ、はい。な、なんとか読めます。大丈夫。癖の強さを加味すればギリギリ読み取れる文字になってますよ。はい、ええ、わたしならデック様の芸術性の高い文字で3度イケます!」
忖度ありがてぇ……って、ダメじゃん! 領主だとちゃんとした署名ができないとマズいですよねっ!
それに文字でイケるってどういうこと!? オナニーのおかずにするってこと!?
わかんないよっ! その性癖っ! 貴族だけが楽しめる特殊性癖ですか!?!?
ド変態令嬢のアイリスの口から飛び出したトンデモ性癖に混乱している俺の前を見慣れない鎧姿のイリアが通り過ぎていこうとしていた。
「イリア? どうした? その格好?」
俺の声に振り返ったイリアが、見せびらかすように腰に手を当てた。
化粧がいつもとまったく違い、男っぽさを感じさせ、中性的な魅力を感じさせるものになっていた。
「似合いますか? リイド帝国の近衛騎士の格好。自分では似合ってると思ってるんですが?」
「イリア様、かっけー」
「オレも着たいー」
「近衛騎士ってなにー?」
「王様守る騎士だったはず」
「かっけー」
普段はあまり目立たない質素な服に身を包んでいることが多いしなぁ。
正直、普段のイリアの顔を知らない人からしたら、男性騎士と間違えてもおかしくなさそうな格好だ。
「一瞬、男かと思ったぞ」
「ええ、さっきまで男性してましたので」
「は?」
俺の頭にハテナが浮かび上がる。
「あら、帰ってたのね。イリア、首尾はどうだったかしら?」
声のした方へ視線を向けると、村長たちとの会合を終えたミリアムの姿があった。
「完璧でしたよ。イグナシオはミリアム姉様の言ってた通り、私の正体を見破ってましたが、部下たちはかなり信じ込んでました。皇帝に一番近い男からの直臣の誘いは、美味しい餌ですからねー」
ん? ん? どういうこと?
皇帝に一番近い男って誰? 何の話してるのさ?
「なら、ハゲタカの盗賊団の自壊も近いですね。イグナシオは今回の件で部下たちと利害関係の衝突が起きて、溝が拡がったでしょう。あとは毒が回るのを待つだけということです。デック様」
「え? ごめん、よく話が分からないんだが?」
「つまり、ハゲタカの盗賊団はミリアム姉様の策略にハマり、身内同士で争いを始めるってことですー」
「お、おぅ、そうか。何かよく分からんが、上手くいったということだな」
「ええ、そうです。仕上げの時が参りましたら、ハゲタカの盗賊団に対し、戦いを起こしますので、今しばらくお待ちください」
頭脳労働は俺の領分ではないので、すべてミリアムに任せてあるけど。
やっぱ高級軍人やってたことあるだけあって、人の心を読む力とか先を見通す力とかに関するミリアムの能力はすごいな。
まぁ、でも夜は性欲追求ドスケベモンスターなのだけども。
それを知ってるのは俺と、イリアとアイリスだけだ。
「デック様、なにかわたくしの顔についておりますか?」
「あ、いや? ミリアムのおかげで俺は楽をできているなぁと思ってな。今回のことが片が付いたら何か褒美を出した方がいいんだろうか?」
ミリアムがそっと俺の耳元に口を寄せ、囁いてくる。
『ご褒美は毎夜ごとにデック様からたくさん頂いております。お気遣いなく』
いや、いや、いや、アレは俺へのご褒美であって……。
ミリアムへのご褒美という感じでは……。
ご褒美をどうするか迷っていると、今度はイリアが耳元に口を寄せて囁いてきた。
『私は首輪をください。首輪。デック様専用牝穴を示す首輪ですー』
『わたくしもそれなら欲しいですね。そうしましょう。策が成功したあかつきにはデック様から首輪を頂くことにしましょう』
え? え? 首輪でいいの? って!
また俺が子供たちから「やっぱり父ちゃんは女の人に首輪するの好きなんだ」っていわれるやつじゃん。
「あー、うん、その件は。ま、まぁ、考えておこう。うん、そうだな。考えておく」
「はい、楽しみにしておきますね」
「楽しみだー」
あー、これはなし崩し的に首輪を贈らされる流れだな。
お願いされたら抗いきれない。
「やっとこれで、ミリアムお姉さまもイリアお姉さまもお仲間入りです。首輪の――むふう」
あらぬことを口走りかけたアイリスの口を手で塞ぐ。
子供たちの前ですよっ! 口に気を付けて! 父ちゃんの威厳台無しですからっ!
「ご褒美いいなー。おいらも欲しい」
「じゃあ、ヴォイドは私に付いてくる? 報告も終わったし、これから着替えて、またバストールに行って、噂をばら撒くから。子供の方が相手も油断するからねー」
「いいの!」
「デック様の許可があればねー」
ヴォイドが俺に許可を求める視線を送ってきた。
子供たちの内で最年少だが、普段から機転が利く利発な子だ。
だが、さすがに敵地潜入は危険なんじゃないだろうか……。
「危ないだろ?」
「いえ、接触するのは幹部とかじゃない末端の構成員たちとかですし、協力者からの支援体制もすでに固めているので、危険度は低いかとー。危ないと感じるなら私が責任をもって脱出させますよー」
言葉はほわほわ系なイリアだが、諜報者としての能力はミリアムがお墨付きを与えるほど高い。
そのイリアが責任を持つと言うなら、やりたいと言っているヴォイドに経験させてやるのも親の責任か……。
いつかは俺の元から自立して、一家を建てるわけだし。
身を助ける一芸を、今から身に付けさせてやるのも必要だな。
ヴェノとアスラが伝令の仕事を達成したこと、うらやましがってたし。
「それなら、やっていいぞ。ヴォイド、絶対にイリアの指示に従うようにな」
「やったー! 父ちゃん、ありがとー! ちゃんとやってくるー!」
「おぅ、期待してるぞ。ヴォイド。イリアもお守りを頼むな」
「お任せくださいー。ご褒美のためですー」
ヴォイドは書き取り用の羽ペンを置くと、着替えを終えて戻ったイリアとともにバストールに向かって旅立っていった。