筋肉だるま(41)、異世界で神の遣わした大英雄と勘違いされる〜頭脳戦は嫁に丸投げして棒一本で天下無双をキメてみた〜 作:シンギョウ ガク
「くっ! 愚か者どもがっ! どこまで私に面倒をかけるのだっ!」
バストール城の城壁に立つイグナシオが、歯を食いしばり、拳を壁に打ち付けている。
彼の視線の先には、ハゲタカの盗賊団を裏切って投降をした幹部連中の首が槍に刺されて目立つ場所に突き立てられていた。
その近くにはデカデカと『次はお前たちだ!』と書かれた看板まで置かれている。
「と、頭領。どうしやすか?」
「どうもこうもあるか! とっとと、撤去して来い! 士気が落ちる!」
「へ、へい!」
苛立ちを隠さなくなったイグナシオは、古参の部下を叱責すると、城壁から降り、自室に戻っていく。
最近は、1人で部屋に籠っていることも多く、緊急時以外で部下たちの前に姿を現さなくなりつつあった。
部屋に戻ったイグナシオは、テーブルの上にあった水差しを手に取り、なおも収まらない怒りをぶつけていた。
叩きつけて割れた水差しの破片が、辺りに散乱する。
「もう、ここまでか……」
イグナシオがここまで荒れているのには理由があった。
内部からも裏切りが起き、古参の部下たちも密かに様子を窺い始めているのを薄々と感じていたからだ。
いつか、古参連中からも裏切るやつが出てくるかもしれない。
自分以外、誰一人として信用できない。
その悪夢が振り払えないことが、イグナシオを弱気にさせていたのだ。
弱気になった彼の脳裏には『20万枚あるディナ金貨だけ持って国外へとんずらすれば安泰』という誘惑がチラついて離れずにいる。
そして、さっきの首だけになった幹部たちの姿を見て、誘惑にすぎなかった案を実現させるさせる方へ一気に傾いていた。
「逃げるしかあるまい……。問題は、部下たちに見つからずにどうやって持ち出すかだが……」
考え込んでいると、ドアがノックされた。
「頭領、ちょっとお話が……」
ノックの主は、護衛業の最初期からイグナシオのもとで働いてきた男のものだった。
イグナシオから見た男の評価は、能力はさえないが、一番付き合いが長く、信頼もできる人物だ。
「マルコかどうした?」
静かに歩み寄って来たマルコが、周囲を気にする様子を見せると、耳打ちをしてくる。
『逃げ時じゃねえでしょうか?』
古株中の古株のマルコにささやかれた言葉に、核心を突かれたイグナシオは思わず否定することを忘れ、質問の内容を聞き返してしまった。
『どうしてそう思う?』
『頭領の顔を見てれば分かりますって。何年の付き合いだと思ってるんすか。金かっぱらってとんずらする気でしょ。オレも一口噛ませてくださいよ』
『ふー、お前には隠せないか。いいだろう。口の堅いやつをあと2~3人集めろ。馬車2台にディナ金貨を積めるだけ積んでおけ。最後の決戦をしかけると部下たちを煽って、進軍中に金を持って姿を消すつもりだ。アルべイド王国辺りに逃げれば追ってこないだろうさ』
『おぉ、さすが頭領。抜け目ないな。金を積む人選は任せてくれ』
『任せた。すぐやれ』
逃亡の覚悟を決めたイグナシオは、マルコの肩を叩くと、部屋から送り出してやった。
マルコが動き出したのを見計らい、イグナシオはバストール城内に残っている部下たちを呼び集めるよう指示を出していく。
ほどなくして謁見の間にほとんどの部下が集まってきていた。
「皆、今日のアレは見たか?」
イグナシオの問いに、部下たちは蒼い顔をして頷き返すのがやっとだった。
「あの晒し首は、デック側は盗賊行為に加担した者を絶対に許さないという確固たる意思表示だ。したがって、我々はやつに勝つしか生き残る道がない。これくらいは理解できるな?」
イグナシオは噛んで含めるように、部下たちに現状の把握をさせる。
自分が逃げ出すための生贄たちには、デック側の追撃を引き止めるだけのやる気を出してもらわないと困るので、イグナシオの声にも力が入っている。
「我々は劣勢ではある。ただ、皆が一丸となってデック側に立ち向かえば、まだ逆転する目はあるっ! そう、デック側の最大の弱点はデック
ノボーを討てばいいのだっ! デックさえ戦場で討ち取れれば、やつの軍勢は瓦解するっ! 瓦解した軍など烏合の衆だっ! 我らが勝つのは容易! そうだろうっ!」
イグナシオの熱気のこもった弁舌に呑まれた部下たちが、賛同を示す歓声をあげた。
「皆、武器を取れ! 戦場でデック・ノボーを討ち取り、ハゲタカの盗賊団こそがこのデリー地方の所有者であることを知らしめるのだっ!」
「「「「「おぉ!! そうだ!」」」」」」
「明日、デック・ノボーが住むイスカールに向けて進軍を開始する! 各自準備に入れっ! 遅れるなよっ!」
「「「「「おぉ!」」」」」
部下たちは、抱えていた不安を振り払うため、イグナシオの下知に従い、いくさの準備を始めるため謁見の間から駆け出していった。
その様子を見送ったイグナシオは、自室に戻ると、逃亡するための準備を急いで進めることになった。