筋肉だるま(41)、異世界で神の遣わした大英雄と勘違いされる〜頭脳戦は嫁に丸投げして棒一本で天下無双をキメてみた〜 作:シンギョウ ガク
※ギリアム視点
「ギリアム様! 大変です! ミリアム殿がついに!」
リイド帝国に送り込んだ諜報者のまとめ役をさせている家臣が、慌てた顔をして政務室に駆け込んできた。
手には書簡らしきものを携えているのが見える。
家臣が放ったミリアムという単語が、ズキリと胸の痛みを与えてくる。
未だ、彼女への思慕は立ち切れず、後継者を求める父母から送り込まれる女性を遠ざける遠因になっていた。
深い見識と鋭い知恵を持つ冷静冷徹な彼女が、武骨な男のモノになったとは、にわかに信じたくない自分がいる。
その思いから、ミリアム追討の手が鈍り、北部の政務に精励することを選んでしまう自分がいた。
「……ミリアムがどうした?」
「はっ! ついにデリー地方をまとめ上げてしまいました! たった数か月です! リイド帝国の辺境とはいえ、たったの数か月でデック・ノボーを要して掠め取ってしまいましたぞ!」
家臣の報告に「当然」だと思う自分がいた。
紅眼の魔女と呼ばれた彼女の知略をもってすれば、辺境の盗賊団討伐など身一つで成し遂げられるだろうし、その地を奪い統治者の座に座ることなど赤子の手を捻るくらいのものだろう。
だが――。
なにゆえに、デックなのだっ! 私ではない! 権力も、財力も、容姿も私の方がデックより上のはずなのに!
なぜだ! なぜだ! なぜだ!
報告を聞いているうちに、怒りのあまり心臓の鼓動が早まり、呼吸が荒くなる。
「ギリアム様……。大丈夫ですか? 顔色が……」
「問題ない。報告を続けよ」
内心の乱れを家臣に悟られないよう、報告を続けさせた。
「デック・ノボーは、旧領主であるジャレル家の令嬢アイリスを正室に迎え――」
家臣の発した信じられない言葉が、押さえていた怒りに再び火を点けた。
ミリアムを掌中に収めながら、別の女を正室に迎えただとっ!
デック・ノボーめっ! ミリアムをなんだと思っておるのだっ!
怒りの矛先は手にしていた羽ペンに向けられ、真っ二つに裂けていた。
「で、殿下? 本当に大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。どうも使いすぎておったようだな。このペンも。さぁ、続けよ」
「は、はい。デックはリイド帝国に対して、ハゲタカの盗賊団によって奪われた旧領主のジャレル家の領地回復を図っただけと喧伝し、実質的な統治を認めさせるよう動いております」
はっ! ミリアムの策か! 正室の持つ権利を使っての領有の正当化策! さすが、ミリアムだ! 上手い手を使う。
さっきまでの怒りは消え失せ、自らの配偶者を望む女性が示した鮮やかな手腕に関心をしていた。
「つまり、正室アイリスはお飾りということか?」
「はい、デックの正室ではありますが、小間使いのような扱いを受けております。その様子を見ている領民たちは、ジャレル家の統治の再来がないことを確信して、デックを熱烈に支持しております」
「で、あろうな……。リイド帝国のジャレル家の噂は、こちらにも聞こえていたほどだ」
ジャレル家の連中がきちんとデリー地方を統治しなかったせいで、アルべイド王国北部の叛乱分子が後顧の憂いなく刃向かってきたのだ。
「そして、こちらの書簡がミリアム殿からギリアム殿下に向けて送られてきたモノです」
家臣が手にしていた書簡を差し出してくる。
「ミリアムが? 私にか?」
「はい、例の裏切ったイリアという諜報者が直々に、我々の諜報者に手渡してきました。中身はまだ見ておりません」
受け取った書簡は厳重に封がされたままだった。
震える手で書簡の封を溶かし、羊皮紙を開いていく。
そこには見慣れたミリアムの文字が書き連ねられていた。
書簡を読み進めるにつれて、収まっていたはずの怒りが再燃していく。
内容は自らの身を捧げたデック・ノボーは、自分の期待に応えられる人材ではないと思うことが多くなり、私の元に戻りたいという後悔を示すモノだった。
読み終わった時、自分を認めてくれた嬉しさが半分、もう半分は彼女の策略ではないかと疑いで揺れていた。
「陛下、何が書かれておりましたか?」
「紅眼の魔女が私の元に戻りたいと……」
家臣の顔色が真っ青に染まる。
「そ、それは無理ですぞ! 陛下より、紅眼の魔女の追討を命じられております!」
「分かっている……。だが、帰順したがっている者を討つのは義に反する行為ではないか?」
「殿下! 罠です! 罠に違いありません! 相手はあの紅眼の魔女であり、脱走者ですぞ!」
どうしても自らの手元に彼女を置きたい自分の欲と、父から負託された紅眼の魔女の追討を果たさねばらなぬという義務との間でせめぎ合う。
しばらくの間、考え込んだあと、結論を口にした。
「直接会って、真意を確かめる! 国境まで向こうに出向いてもらい、会談の場を設置しよう。私をハメる気だと察したら、捕縛する。それで、どうだ?」
私の出した答えに、家臣は口ごもりながらも、承諾を示すように頷いた。
「では、返事の書簡をいますぐ記す。リイド帝国内の諜報者を通じて、ミリアムに渡るように手配してくれ」
「はっ! 早急に対応いたします!」
その場でしたためた書簡に封をすると、家臣に渡し、返事が来るのを心待ちにしながら政務に励むことにした。