筋肉だるま(41)、異世界で神の遣わした大英雄と勘違いされる〜頭脳戦は嫁に丸投げして棒一本で天下無双をキメてみた〜 作:シンギョウ ガク
数日後、ルシウスとリリーゼが暇乞いの挨拶をするため、皇帝陛下に拝謁することが許可された。
その際、ジャレル家の領地継承者であるアイリスとその配偶者の俺も拝謁の栄誉を賜ることになったのだが……。
ミリアムとイリアからきな臭い話も聞いていた。
どうやら、皇帝陛下殿は拝謁の場でルシウスとリリーゼを亡き者にしようと画策しているらしく、その犯人として俺とアイリスを利用しようとしているそうだ。
ネチネチ元嫁を虐めるだけでは飽き足らず、命まで狙うどうしようもないクズ男だった。
最悪な男である。
同じ男として、皇帝のケツの穴が小さすぎて本当に情けない想いでいっぱいだ。
なので、俺は全力でルシウスたちを守るため、アイリスとともに謁見の間にやってきていた。
「ルシウス様とリリーゼ様がまいられたな……。もう、落ち目で誰も支援はしないかと思ったが……」
「まさか、潰れたと思ったジャレル家の継承者が支援を申し出るとはな……」
「だが、サビアス家の目はもうない。次期皇帝はフレン様だ」
「ああ、そうだな。ジャレル家の令嬢は相当人を見る目がないらしい」
「おい、アレ。見たか……。どんなやつかと思ったが……。ぷぷっ。まるで大きな山猿だな」
「おい、言うな。アレでも猖獗を極めたデリー地方の盗賊団を殲滅し、ジャレル家の領地を奪還した戦巧者だぞ。ぷぷぷ。あ、くそ、我慢できない」
「お前だって笑ってるだろ……。でも、笑うなって方が無理がある。どう見ても貴族には見えない田舎者丸出しの粗野な男だ」
「アイリス嬢も困窮したとはいえ、あんな男に嫁ぐとはな……。しょせん、ジャレル家もその程度の家ということだ」
ルシウスとリリーゼの背後で膝を突いて頭を下げると、謁見の間に集っている宮廷貴族たちから陰口のようなささやきが漏れ聞こえてきた。
俺のことを笑うのは許せるが、アイリスのことを笑うのは許せない!
こぶしを握った俺に手を添えたのはアイリス自身だった。
『デック様、わたしのことは問題ありません。お怒りを鎮めてください。彼らは取るに足らない小者でございます』
そこには、いつもと違う凛とした顔をしたアイリスがいた。
俺の嫁になってくれた時から、貴族であることを誇らず、俺や領民たちのために骨身を惜しまず動き、細かい目配りをしてくれるいい嫁だ。
悪口を言ってるやつらは、そんなアイリスの本性を知らなすぎる。
それが俺には悔しかった。
だが、暴れてしまえば、彼女に迷惑をかけるのでグっと我慢をしてこらえる。
『今は我慢する』
『それでこそ、わたしの選んだ旦那様です。暴れるのはもう少し後ですので、お待ちくださいませ』
そう、暴れるのは今じゃない。
「陛下がまいられるぞ。口を慎め」
玉座の下にいた老齢の貴族が、そう口を開くと静寂が広がっていく。
しばらくすると玉座の奥の扉が開き、靴音がしたかと思うと、衣擦れの音がした。
「ルシウス、ようやく任地へまいるか。準備に手間取ったようだな」
このしわがれた声が、皇帝か……。
なんとも覇気の欠片もない声だな。
こんなんで国が統治できるのかよ。
いや、できてなかったから俺がデリー地方を領有できたんだったな。
リリーゼとルシウスに対する対応で、俺の皇帝への好感度がマイナスを振り切っている、
できれば顔を会わせたくもないが、アイリスの正当な領地継承とともに、俺が彼女の配偶者として貴族入りしなければ付け入る隙を与えてしまうことになるので、仕方なく、本当に仕方なく目通りをしている。
「はっ! 準備に手間取りましたこと、平にご容赦を! 母上も帯同しての旅ということもあり荷造りが遅れ--」
「言い訳はいい! 早く任地へ参れ!」
「はっ! その前にジャレル家の継承者として名乗りを上げておられるアイリス・ジャレルを陛下にお引き合わせいたしたく」
「余計なことを……。アイリス・ジャレル、面をあげよ」
名を呼ばれたアイリスが顔を上げる。
「陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極でございます。アイリス・ジャレルと申します。こたびは我が伴侶とともに、独力で取り戻した領地に関して相続をお認め頂きたく、まかり越しました」
「隣のが、そなたの伴侶か?」
「はい、デック・ノボー様です。わたしが領地を取り戻せたのも、この方の尽力のおかげです」
「ふむ、デック・ノボーとやら、面を上げろ」
皇帝から顔を上げろと言われたので、顔を上げた。
視線の先には、不機嫌そうな表情を隠さない同年代の男の顔があった。
視線が合うと、皇帝イヴァンの顔が歪む。
「ぷっ! なんだ、その恰好は! 大きな山猿が宮廷衣装を着ておるのか! アイリス・ジャレル。冗談もほどほどにせよ。誇り高きリイド帝国の貴族に山猿を加えよと申すか! おぬしも大貴族であるジャレル家の令嬢。もう少しマシな配偶者はおらんかったのか。それとも父とともに領地を捨てて逃げたことで、他の貴族たちに相手にされなかったのか?」
はい、殺す! 絶対許さない! 俺はいいが、アイリスを愚弄するのは皇帝だろうが許さない!
あと、俺だってこんな道化みたいな格好はしたくて、してねえ!
あんたらが勝手に決めた衣装だろうが! あー、マジ、もうブチ切れそうだわ!
「なんだ? その目は? 余に対し何か言いたいことがあるのか? 山猿よ?」
「あります! 申し上げてよろしいでしょうか!」
戦場で発するようなデカい声を出した。
周囲にいた貴族たちは俺の大声に度肝を抜かれ、皇帝も目を見開いていた。
「申し上げてよろしいでしょうか!!」
念を押すようにさらにでかい声で威圧する。
先ほどまで半笑いだった皇帝は、ブルった表情を見せ、無言で頷いた。
「では、申し上げます! 目通りの前、陛下を狙う刺客がこの謁見の間に紛れているとの報告を部下より受けておりますが、その不届き者を成敗してもよろしいでしょうか!!」
「な、何を申しておる!? ここは宮廷だぞ! そのような者がいるわけが――」
「本当にそうでしょうか? 我が部下が、陛下を狙う刺客に対し、すでに目星をつけております! 合図一つで切り捨てられますが? 本当にいいのですか? 本当に!!」
この場に仕込まれているのは、皇帝を殺すためでなく、俺たちを殺すための刺客だ。
ミリアムたちはそれを逆手にとって、危機を脱する策としている。
そして、同時に皇帝への密かな宣戦布告でもあった。
「おるわけがなかろう! 愚か者め!」
「では、私が愚かか試させてもらいます!!」
俺は懐に隠していた木の串を取り出すと、ルシウスの近くにいた刺客用の短刀を持ってた一人に向け投げた。
「ぎゃ!?」
手に木串が貫通した男が、短刀を取り落とす。
すかさず、ルシウスが手にして鞘から引き抜いて見せた。
「ち、父上! これは毒が! 毒が塗られてます! し、刺客だ! 父上をお守りせよ! 刺客であるぞ! 近衛兵!」
ルシウスもずっと男を演じてきたこともあり、演技力は抜群にいい。
本当に刺客が皇帝暗殺を謀る刺客が居たみたいなリアリティがあった。
実際のところは、俺たちを殺すための刺客だったわけだが。
ルシウスの言葉を聞いて、謁見の間にいた貴族たちが、刺客の存在に気づき途端に騒ぎ始めた。
逃げ出そうとする者と、刺客を見つけようとする近衛兵との間で混乱が広がっていく。
その混乱を突き、ミリアムとイリア、そしてゼノが入れ替わるように謁見の間に入り込んできた。
「私の身柄はいい! デック・ノボー! 父上をお助けしろ!」
「はっ! ルシウス様の下知に従います!」
俺はみんなにルシウスたちの安全確保を任せると、元皇太子からの支持を受けた態で、一気に玉座を駆け上る。
「陛下! 命が狙われております!! 私が警護いたしましょう!!」
わざとらしく大きな声で護衛を申し出ると、突発的な事態で硬直したままの皇帝の身柄を玉座から引きずり下ろし、床に押さえ付けた。
腹が立っているので扱いはかなり雑にしといた。
「陛下の安全はデック・ノボーが確保した! 皆、刺客を討つのだ! 討て! 陛下をお守りしろ!!」
皇帝と第二皇子に近しい貴族たちは、自分たちが思い描いたのと違う刺客騒ぎによって、顔色が青く染まっていた。
「余、余に触るな下郎!」
「うるさい!! 黙ってろ!! 死にたいのか!!」
「ひぐっ!」
頭を上げて抗議してきた皇帝の頭を床に押さえつけてやる。
こいつは絶対に許すつもりはないが、今は殺すと面倒なことになるので、生かしておいたやる。
その間にも刺客はミリアム、ゼノ、イリア、そしてルシウスによって次々に切り伏せられていった。
「やめよ! やめよ! やめぬか!」
頭を俺に押さえつけられながらその様子を見ていた皇帝が、わめきたてるようにやめるよう騒ぎ始めた。
まぁ、俺たちを殺すつもりが、逆に刺客を討ち取られ、下手したら自分が殺されかねない状況に巻き込まれていることにビビっているのだろう。
「何故ですか! 陛下の命を狙っている刺客どもですぞ!」
「玉座を血で汚すなどあってはならぬ! 剣を引かせろ! デック・ノボー!」
「どうやら、遅かったようです」
ルシウスによって最後の1人が切り伏せられ、刺客は全員が倒れ伏していた。
「馬鹿者が……。何をしておるのだ……」
「陛下の身の安全を確保しておりました!!!!!!」
「ひぐっ!」
ぐりぐりと床に皇帝の頭を押し付けてやる。
クズ男が自分からルシウスたちに謝罪するとは思えないので、俺が半ば無理やりに謝罪の体勢を作ってやった。
「父上! デック・ノボーのおかげで父上の身の安全を図れました! なにとぞ、彼をアイリス・ジャレルの配偶者と認め、リイド帝国の貴族に列して頂けませんでしょうか? それこそが帝国再建のためにも!」
母リリーゼの身柄を俺が守ると言ったことで、父に対する遠慮を一切なくしたルシウスは、堂々とした態度でそう言い放った。
「まずは除け! 山猿! 刺客は倒したのであろう!」
「おっと、失礼した!」
床に押しつけていたイヴァンを解放してやると、玉座の下に降りて膝を突いた。
乱れた衣服を整えたイヴァンが、憎々し気な視線をこちらに向けている。
自分が仕込んだ刺客が討たれ、ルシウスと俺を褒めねばならぬ状況に置かれたことに対する表情が浮かんでいるんだろう。
刺客がいたのは事実だし、俺やルシウスが倒したのも事実なので、叱責するわけにはいかないしな。
帝国皇帝としては信賞必罰の姿勢を見せないと、貴族たちに離反されかねない。
かといって、ルシウスと俺を殺すための刺客だったと言うのは外聞がとても悪い。
後継者はフレンに決まったが、貴族たちの内心までは推し量れてないだろうしな。
ってところがミリアムの見立てだった。
「山猿。いや、デック・ノボー」
「はっ!」
「デリー地方の叛乱平定ならびに、こたびの勲功により、そちをアイリス・ジャレルの配偶者と認め帝国貴族に列する。アイリス・ジャレル」
「はい」
「そちのジャレル家の領地相続も認める。ただし、ハルドーに赴任するルシウスの面倒をそちの家でみよ。支援を申し出てるのだ。それでよいな」
「承知いたしました。ルシウス様と御母堂様の身柄は我が家がお引き受けいたします」
「うむ、頼む。そして、ルシウス」
「はい!」
「そちにはデリー地方、アヴァル地方の防衛を任ずる! デック・ノボーの助けを借り、アルべイド王国の侵攻に備えよ!」
「承知いたしました!」
「では、急いで任地へまいれ!」
半ばふてくされた感じで、そう言い放ったイヴァンは、そのまま奥の私室に通じる扉を開けて去っていった。
「今の陛下の話だと、ルシウス様は東部の防衛責任者に任じられたのか?」
「だろうな。デリー地方は、ジャレル家の領地だが、アヴァル地方は小貴族ばかりだぞ。可哀想に廃嫡されたルシウス様の傘下に組み入れられるとはな……」
「まぁ、アルべイド王国も大規模な叛乱を鎮定したばかりだし、攻め込む余力はないだろうさ。お飾りだろ。どうせ」
「それにしても山猿がリイド帝国貴族か……。陛下も酔狂なことをされる。明らかに場違いな男だと思うが……」
貴族たちの陰口が飛んでくるが、ガン無視して、用事を済ませた俺たちはとっとと宮廷から退散した。
間を置かず、準備を終えていた離宮のメイドたちを連れ、日が暮れる前に帝都の門を出るとイスカールへ帰還する旅路についた。
明日より不定期投稿になります。