※この作品はR-18です。

淫欲の堕とし仔   作:一ノ瀬 崇

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淫欲の堕とし仔

 きもちいい。

 それが最初に得たのは悦楽の感情だった。

 まだふわふわとした自意識の欠片が悦びで満たされていく。

 もっと。

 もっとほしい。

 その浅ましい欲望に導かれるままに意識を伸ばし、自分の手足の感覚を手に入れた。

 末端から生まれた刺激はやがて全身へ至り、自身の肉体を感知させる。

 

 

「……♡ ……♡ ……ぁ゙♡」

 

 

 快楽が呼び水となって、発声という能力が芽生えた。

 本来であれば成体への庇護の呼び掛け、或いは不安や不快の発露として行われる原初の発声。

 しかしそれは、全身を優しく包む快楽への感謝として発せられた。

 

 

「……ぁ゙っ♡ あ♡ あぁ゙♡ っ♡ あぁっ♡」

 

 

 きもちいい。

 それを改めて自覚した瞬間、頭の奥で何かが弾けた。

 流れていく光の筋のように知識が迸り、人の幼体として振る舞えるだけの知性を手に入れた。

 次第にハッキリとしていく意識の中で、それは自らの意思で言葉を紡いだ。

 

 

「あっ♡ いい♡ きもちぃ♡ もっと♡ もっとしてぇ♡ きもちいいよぉ♡ それっ♡ すきぃ♡」

 

 

 しかし口から溢れたのは知性とは程遠い、さらなる悦楽を求めて媚びる嬌声だった。

 意識が鮮明になった事で己の股を出入りする肉の蔓への愛おしさが生まれる。

 自身の四肢が肉の海に取り込まれ、幼い肢体を絶え間なく刺激されていると気付いたのはその時だった。

 平坦な胸から僅かに勃ち上がる桃色の乳頭には小さな管のようなものが取り付き、円状に生え揃った肉の歯が削り取るように、しかし決して傷付ける事の無いように優しく繊細な力加減で乳頭を咀嚼している。

 

 

「ふぁ♡ あぁっ♡ おっぱい♡ おっぱいもすきぃ♡ のんで♡ いっぱいのんでぇ♡ あぁん♡ いいっ♡」

 

 

 幼子の乳頭からは蜂蜜色の液体が滲み出ていた。

 本来なら出るはずの無い母乳。

 絶えず雌としての快楽を与えられた結果か、はたまたそれが人ではないが故の事象か。

 溢れ出る母乳を肉に吸われながら身体を震わせ小さく絶頂する。

 

 

「すごぃ♡ おっぱいもおまたも、きもちいいよぉ♡♡ あっ♡ くる♡ なんかきちゃう♡ すごいっ♡ これすごいよおっ♡♡ あ、あぁ♡ あっあっあっ♡♡ くるっ♡ あぁぁ〜〜〜〜っ♡♡♡♡」

 

 

 未熟な身体を限界まで仰け反らせて絶頂に身を委ねる。

 歓喜の汁をぷしゅりぷしゅりと撒き散らしながら震えていたそれを、再び肉の蔓が責め立てた。

 

 

「あぁんっ♡ いいっ♡ またきもちいいのしてくれるの♡ うれしい♡ すき♡ だいすき♡ いっぱいして♡ おまたきもちいいのぉ♡ ずぽずぽ♡ すきぃ♡♡ あんっ♡ あぁんっ♡ あっあっ♡ んぁっ♡」

 

 

 肉の蔓が前後する度に幼い秘裂からねっとりとした蜜が溢れる。

 押し拡げられた膣壁はやわやわと蠢きながら侵入者である肉の蔓を悦びとともに迎え入れる。

 

 

「────! ────」

「んっ♡ あっ♡ ……あぇ?」

 

 

 与えられる快楽に身を任せ幸せを全身で享受していたそれに外界からの干渉がようやく届いた。

 ここで初めて、それは自分の目を動かし視界から得た情報を頭に送る。

 ある程度の規則性をもって積み上げられた石の壁。

 柱には松明が掲げられており、周囲を穏やかに照らしている。

 日の光はほぼ無い。

 松明が無ければ薄ぼんやりと部屋の輪郭が分かる程度だろう。

 

 

「────、──―!」

「────!? ────」

 

 

 その部屋の中で、二つの影が蠢いていた。

 遠くには他の影もあるようで、慌ただしく動き回っている様子が見て取れる。

 なんだろう、とそれが意識を向けた。

 影は人間だった。

 灰色のローブに身を包んだ老年と言って差し支えない年頃の男が二人。

 他にも中年の女や壮年の男も居るようだが、共通して灰色のローブを身に着けている。

 そしてそれらの顔は皆驚愕に歪んでいた。

 見開かれた瞳には恐怖、不安、疑念、困惑、興味──そして若干の好色と畏怖に似た色が宿っていた。

 

 

「んぁっ♡ あぁぁ♡ ふかいぃっ♡ おくまできてるよぉっ♡ ぉ♡ おぉ゙っ♡ んぉ♡ ぉっ♡ きもちぃ♡ きもちぃよぉ♡♡ おまたいいっ♡ またきちゃうぅ♡ ぅっ♡ ぅあぁ〜〜っ♡♡」

 

 

 外に向けられた意識を快楽が引き戻した。

 人とは違う秘裂の奥を肉の蔓が擦り上げ、暴力的なまでの快感を叩き付ける。

 それは一瞬で外への興味を無くした。

 あるのは与えられる快楽へのさらなる欲求と心からの感謝。

 不意に、一本の蔓がそれの視界を覆うように掛けられた。

 頭の隅々まできもちいいで埋め尽くされていたそれには特段気にするべき事では無かったが。

 直後、肉が動く。

 頭足類の触腕に似た長い管を伸ばし、手前に居た人間の頭を喰らう。

 それの乳頭を愛撫していたものとは違い、その内側には白く尖った歯が規則正しく整列していた。

 頭を失った身体が血を噴き出しながら揺れる。

 傾き倒れ伏す前にその全身は肉の管の中へと呑み込まれていった。

 悲鳴が上がる。

 だが、それの耳には届かない。

 

 

「あはぁっ♡ いいのぉ♡ きもちいい♡ おまたきもちいいよぉ♡ おっぱいもすきぃ♡ おっぱいでちゃうぅっ♡ すって♡ おっぱいもっとすってぇ♡ あんっ♡ おまたもおっぱいもいいっ♡ くる♡ くるっ♡ またきもちぃのきちゃうぅぅっ♡♡」

 

 

 それが与えられた快楽を享受している間にも、側では阿鼻叫喚の光景が繰り広げられていた。

 逃げ出そうとした先を肉の管に阻まれ、成す術無く貪られていく。

 抵抗しようと彼らが身構えるよりも早く肉の管は彼らの身体へ噛み付いた。

 頭、右腕、脇腹、左足。

 喰われた箇所から血が噴き出し床を赤く彩っていく。

 濃い血の臭いと赤黒いぬめりに犯されて、室内は地獄さながらの様相を呈していた。

 その中で唯一動くものと言えば、未だに悦楽に浸り腰を振るそれくらいだった。

 

 

「あぅ♡ あぅっ♡ あっ♡ あんっ♡ うぅっ♡ ……んぇ?」

 

 

 周囲に静寂が戻った所でおもむろに肉の蔓が秘裂から引き抜かれた。

 ひくひくと淫らに窄まりながら愛蜜を吐き出す。

 ぽっかりと空いてしまった喪失を埋める為に、それは両手を動かし指先で秘裂を拡げて見せた。

 一呼吸ごとに狭まる膣道を外気に晒しながら媚びる。

 

 

「もっとぉ、もっとぉ♡ おまたほじって♡ ずぽずぽして♡ おまたさみしいよぉ♡ ここ、ここっ♡ いっぱい、ずぷずぷってぇ♡ きもちいいの、ほしいよぉ♡ してぇ♡ いっぱいしてぇ♡」

 

 

 何処までも浅ましく淫らな要求。

 仮にそれが人の子であったなら、両親は卒倒するであろう淫語を口にする。

 そんな果てのない性欲に、肉は応えた。

 幾つもの管や肉塊が集まり、人の姿を取っていく。

 寝台代わりにそれを支えるだけの肉壁を残して、肉は先程喰らった中で最も若い雄の姿を真似てみせた。

 股間の怒張はそれまで注挿されていた管よりも太く大きい。

 

 

「あっ……♡ すごい……♡ ふとくて、おっきぃ……♡」

 

 

 幼子の形をした人ならざるモノと、人の姿を真似た肉の群体。

 その二つが交合を始めた。

 人であったなら激痛を訴え泣き叫ぶであろう剛直が、申し訳程度の抵抗を押し退けて卑しい穴へと埋没する。

 突然の訪問者を膣肉は感涙を以て歓待した。

 

 

「うぁぁっ♡♡ すごぉい♡ いぃっ♡ いいのぉ♡ おっきぃよぉっ♡♡ おまたいっぱいになってるぅ♡ あっ♡ くるっ♡ もうきちゃうっ♡ んぅぅぅぅっ♡♡♡」

 

 

 肉の槍が一往復する前に全身を痙攣させる。

 これまでよりも強い刺激に意識を持って行かれる最中に、さらなる衝撃が全身を貫いた。

 

 

「あぁぁ……♡ あ、あ? ぴゃ♡ ゃぁぁぁあああっ♡♡♡ なにこれぇ♡ なにこれぇっ♡♡ あついぃ♡ あちゅいよぉぉっ♡♡♡ なにこれぇ♡ しあわせ♡ しあわせぇ♡ きもちいいっ♡ しあわせぇっ♡ きもちいいっ♡♡ うれしいっ♡ すごいぃぃっ♡♡♡」

 

 

 産まれたばかりのそれは与えられた幸福を──少ない語彙ながらも──魂全てで表現した。

 人を喰らった肉は魂を咀嚼し記憶や知識を自らの血肉としていた。

 それを悦ばせるのに不必要なものは切り捨てそれへの奉仕の為に、貪欲に学んだ。

 新たに得た知識の中には性交に関するものもある。

 肉は学んだ。

 性交の際に精液を注がれて悦ぶものが居ると。

 肉は試した。

 それが悦んでくれるかもしれないと。

 結果は劇的であった。

 それは舌をだらしなく伸ばし身体をピンと硬直させ嬉し涙を流して悦んでいる。

 

 

「あぁ……ぁぁ? おまん、こ? おまんこ、おまんこっ♡ おちんちんっ♡ めすちんちん♡ せーえきっ♡ しゃせぇっ♡ しきゅう♡ なかだしっ♡ こうびっ♡ にんしんっ♡」

 

 

 肉の精を受けて、それも新たな知識を得た。

 きもちいい場所、きもちよくしてくれるもの、きもちいい事の名前、それらに纏わる一般的な名称と意味。

 精を受けた身体は雌としての悦びを得る為に新たな変化を始めた。

 蜜壺の奥、人で言う子宮にあたる器官。

 肉へ奉仕し快楽を得る為だけに作られた淫らな胎。

 本来であれば命を育み次代へと繋ぐ神秘の極致にして神聖なる揺りかご。

 しかし、それが作り上げたのはただただ純粋に己の悦びを追求する為のもの。

 

 

「おまんこっ♡ おまんこきもちいいのぉ♡ いいっ♡ いいよぉ♡ あっあっ♡ あぁんっ♡ すごぉい♡ おちんちんっ♡ おちんちんふとぉい♡ おまんこひろがって、あぁっ♡♡ もっとついてっ♡ もっとついてぇっ♡ おまんこくるっ♡ またくるぅ♡ だして♡ おまんこのおくにあついせーえきっ♡ いっぱいだしてぇっ♡♡ びゅー、びゅーって♡ しきゅうにそそいでぇ♡ あっ♡ くるっ♡ おまんこきちゃうっ♡♡ ああぁぁぁぁぁぁあああっ♡♡♡♡」

 

 

 一際大きく身体が跳ねた。

 同時に肉も精を吐き出す。

 人のそれとは違い粘度が高く、指で摘めば全体が持ち上がるほどに濃厚な精が蜜壺の奥へと流し込まれた。

 幼子特有のなだらかに丸みを帯びた腹が妊婦のように膨れ上がる。

 剛直を引き抜くと、ぽっかり開いた膣肉が満足そうに痙攣しながら閉じていく。

 数秒後には穢れを知らない純真無垢な一本の筋があるばかり。

 

 

「はぁ……♡ はぁ……♡ ……っぁ♡ はぁ……♡ ふぅ……♡ ふにゅ……♡ ぅ……っ♡」

 

 

 荒かった息が徐々に穏やかになっていく。

 人の幼子であれば脳が快楽で焼き切れ一生男の剛直を求め続ける廃人と化していたであろう。

 だが、それは人に非ず。

 あくまで人の幼子の姿をしたナニカなのだ。

 肉は姿を解き、再びそれを寝かせる揺りかごとなる。

 人の消えた石造りの空間で、またそれが目覚めるまで。

 

 

 

 

 ──そうして微睡みが部屋全体を支配してしばらく。

 俄に空気が動き始めた。

 

 

「────、────」

「──? ────」

 

 

 やって来たのは灰色のローブを身に着けた人間が五人と、藍色のローブとフードを纏った人間が一人。

 連絡が途絶えた事で様子を見に来たのだろう。

 石段を鳴らして降りてきた彼らは最奥に鎮座する肉の寝台に気付き驚愕に顔を歪める。

 彼らの目は寝台に横たわるそれを見て大きく見開かれる。

 どういう事だと戸惑いを露わにする灰色ローブの者たちとは違い、藍色ローブの者はフードの奥で口の端を邪悪に歪ませた。

 周りの有象無象とは違い、この者はそれがただの幼子では無い事に気付いたようだ。

 もっとも、それがどのような存在が正しく認識出来たならば一瞬で正気を失い魂が腐り落ちていただろうが。

 

 

「──、────!」

「──、────……!」

 

 

 藍色ローブの者が指示を出し、灰色ローブの五人が前に出て手元で印を組む。

 眼球に類する器官は無いが──肉はその様子を興味深げに眺めていた。

 発する言葉の意味、組み上がる印の効果、流れる力の方向、力が作用する法則、齎される結果と現象。

 一つ一つを、肉は学んだ。

 そうして最初に肉が得たのは人で言えば、不思議、という感情だった。

 彼らがやりたい事は分かるが、余りにも無駄が多過ぎる。

 例えるなら大海原に潜って一つまみの砂を拾い上げ、広大な原生林から一本の枯れ枝を探し出し、その二つを手のひらで擦り合わせて火種を作ろうとしている。

 故に、肉は手本を見せた。

 一瞬で組み上げられた印は六人の動きを縛り、声すら上げられぬほどに強く戒める。

 ぴたりと動かなくなった身体とは裏腹に、彼らの思考は混乱を極めていた。

 肉は満足そうに一つ頷き、触腕を伸ばす。

 自身だけなら捨て置いたが、それに危害を加えようとするのなら慈悲は要らない。

 悲鳴を上げる事も叶わぬまま、一人一人身体を喰われていく。

 再び、部屋に静寂が戻る。

 

 

「ふにゅぅ……えへへ……♪」

 

 

 楽しげに寝息を立てるそれ以外に声を上げる者は居ない。

 愛おしげにそれの頬を撫で、肉は静かに佇む。

 幸い、時間を潰す方法は先程の人間が齎してくれた。

 肉は印を組み、その場から動かずに部屋の外を見た。

 ゆっくりと知覚出来る範囲を広げ、空の果て、海の底、陸の終わりを見届けた。

 途中で気を引かれたものに対しては新たな印を組み、その知識を吸い上げていく。

 幾つかの生命体から知性が喪われたが、些末な事だった。

 やがて見るべきものが無くなった事を知った肉は、その目を宇宙に伸ばした。

 星々の煌めきの間に広がる無明の闇。

 広大な世界に肉は己の知的好奇心が刺激された事を知覚した。

 

 

「んみゅ……にゅふ……♪」

 

 

 寝ぼけたそれが甘えるように触腕の先を咥える。

 触腕が喉に届いて苦しくならないように調整しながら、肉は蔓を伸ばしてそれに握らせた。

 小さな手が蔓を握る。

 愛おしさと歓喜に肉は震えた。

 そうして触れ合いを楽しみながら、肉は宇宙を隅々まで探索していく。

 恒星、惑星、衛星、彗星、果ては光を呑み込む深淵まで覗き込み、その全てを記録し蓄える。

 やがて宇宙の端と呼ばれる場所まで到達した。

 だが肉は知っている。

 空の果てに宇宙が有ったように、宇宙の果てにもまた何かが有る。

 肉の目はその先を覗こうと、印を組んだ。

 つぷり、と何か膜のようなものを通り抜けた感覚が有った。

 肉は見た。

 新たな宇宙、新たな次元、新たな世界を。

 知らないものがまだ大量にある。

 喜びを湛えながら、肉は貪欲に知識を蒐集していった。

 そうして、幾ばくかの時間が流れた。

 

 

「……んにゅ、ん、んん〜……っ♪」

 

 

 それが両手を伸ばして身体を反らす。

 注ぎ込まれていた白濁は不可思議にも消え失せて、ぽっこりと妊婦のように膨らんでいたはずの腹は弛みも皺も無い滑らかな幼子の腹へと戻っていた。

 無論、股に走る一本の筋も閉じてぴたりと柔肌を寄せている。

 他人が見たとして、その膣穴が巨根を受け入れて歓喜に打ち震えていたとは想像も出来ないだろう。

 

 

「はわぁ……」

 

 

 まだ眠たそうに欠伸をする。

 左手で瞼を擦り、ゆっくりと瞳が露わになった。

 それの瞳は深い、深い朱を湛えていた。

 乾き切った血のような朱。

 多少なりとも真実を見抜く才能の有る者が覗き込めば、瞬時に発狂するだろう。

 その瞳に瞬く星々が、現実に存在しているものだと気付いて。

 覗き込んで影響を受けぬ者は才無き者か、それと同じように外に在るモノだけだ。

 それよりも遥かに下等ではあるものの同じく外に在るモノである肉は、その瞳を見て綺麗だ、と感想を抱いた。

 

 

「んぇ……? あ、おはよぉ~」

 

 

 それは自身を支えている肉に気付いた。

 にぱー、と邪気の欠片も無い笑みを浮かべて朝の挨拶を肉に掛ける。

 対して、肉は恭しく蔓を折り曲げて見せた。

 最上級の礼、のつもりである。

 

 

「あわわ。ごていねいに、ありがとーございます」

 

 

 ぺこり、とそれが頭を下げる。

 丁寧な返答を受けた事で自分も丁寧に返さねば、と思ったが故の行動であったが、肉は大いに狼狽えた。

 奉仕すべき天上の存在であるそれから声を掛けられただけでも望外の喜びであるのに、あまつさえ頭を下げられてしまう等と。

 どうか頭を上げていただきたい。

 自分は貴女に奉仕するべく存在するモノなのです。

 貴女が傅(かしず)く必要等ありません。

 と、必死になってうねうねと触腕を振る。

 所がそれは肉の丁寧かつ謙(へりくだ)り畏まった態度にますますしっかりしなくては、と腰を低くした為にお互い頭を交互に下げる珍妙な絵面が完成した。

 最終的に肉の請願に折れた形でそれが頭を上げて、ようやく喜劇染みたやり取りが終わった。

 内心、肉は寿命が縮まったと震えていた。

 もっとも肉に寿命等無いのだが。

 

 

「そっかぁ、わたしのおせわをしてくれるんだね。ありがとー」

 

 

 ぽやぽやとした顔で礼を告げるそれに、肉は当然の事でございますので礼は不要です、と触腕の先をぷるぷる振ってみせた。

 存外、器用な肉である。

 

 

「ううん、それでもうれしかったから。だから、ありがとー。これから、よろしくね」

 

 

 なんと優しく慈悲深いお方だろうか、と肉は感動に震えた。

 元より因果の終わりまで供をするつもりであったが、決意を新たに最期の瞬間まで仕えようと誓った。

 これだけでも精神が焼き切れそうなほどの喜びを齎されていた肉だったが、続くそれの言葉には魂が消し飛ばされる思いをした。

 

 

「あ、せっかくだからおなまえつけてあげるね! ん〜……そうだ! ニグちゃん! あなたはきょうからニグちゃんです! えへへ、きにいってもらえるといいな」

 

 

 あろうことか。

 肉は名前を下賜(かし)された。

 瞬間、肉の存在としての位階が跳ね上がる。

 しかもただ名前を賜っただけではない、それは『気に入ってもらえると良い』と口にした。

 この時、肉は寵愛を受けた。

 世界──星一つ等という小さな規模のものではなく、ありとあらゆるものを内包する意味での世界──に存在してもいい特別な個体である、と。

 それが認めた。

 おおよその意識というものが霧散していく中で、僅かに残ったものが肉の蔓を何度も折り曲げて礼の形を作った。

 

 

「わわっ、いえいえこちらこそ。よろこんでもらえて、うれしいです」

 

 

 またぺこぺことお互いの頭を下げ合う儀式が執り行われた。

 田舎の農村に住む幼子のように、それは素直で心優しく、純粋であった。

 肉──ニグはその美しき心に触れて感極まっていた。

 だが同時に、その危険性にも気付いた。

 今のそれは存在をそのままに顕現している。

 言葉一つに意味が宿り、事象を自在に創り上げる事が可能なのだ。

 何が起きたとしても別段肉体的な影響は無いのだが、不意の事象でそれが悲しむような事が有ってはならない。

 なので存在をこの星の生命体として収まる程度に絞って顕現する事を提案し、まずは自ら存在を絞って顕現して見せた。

 それの乳首と秘裂を隠すだけの小さな朱い前貼り、白を基調として朱の線が裾を走る貫頭衣、足元を保護し優しく包むサンダル、逆さ吊りの彼岸花を象った首飾り。

 

 

「わぁ……っ♪ すごい、すごい!」

 

 

 身体中のあちこちを眺めて歓声を上げる。

 大層気に入った様子のそれを見て、ニグは自分を褒め称えたい気持ちでいっぱいになった。

 喜んでいただけて大変光栄です、と伝えようとしてはたと気付く。

 変化した事で触腕と蔓が無い。

 新たに顕現し直すべきかと悩んだ所で、それが首を傾げた。

 

 

「う? ニグちゃん、なにかこまってる?」

 

 

 おお、なんと言う慧智か。

 矮小な存在に過ぎない自分を気に掛け、さらにその心を勘案してくださるとは。

 そのような事を思いそれへの忠心を輝かせたニグは自分の間抜けさに唖然とする事となった。

 位階が上がりそれに近くなった事で、ニグは主たるそれと感応出来るようになった事に思い至った。

 本来であれば存在の大きさが障壁となり感応は酷く困難なものとなる。

 それから意思を受け取るには存在が大き過ぎ、ニグから意思を届けるには存在が小さ過ぎる。

 例えるならそれは星一つ分の水と瓶、ニグは一雫の朝露と小指の先くらいの瓶。

 それらを互いに注ぎ合って、七分目まできっちり瓶を満たせと言うようなものだ。

 

 

「ニグちゃん、おちこまないで? いっぱいおはなしできるから、うれしいよ」

 

 

 おお、なんと言う慈愛か。

 矮小な存在に過ぎない自分を気に掛け、さらにその心を勘案してくださるとは。

 

 

「ふふっ、それはさっききいたよ? ニグちゃん、おもしろいね♪」

 

 

 主が喜んでおられる。

 それだけで我が身は歓喜に打ち震えております。

 触腕があればうねうねと激しく揺れていたであろうニグへ、それはくすりと微笑む。

 おお、なんと言う美貌か。

 世の宗教画は全て主の微笑む姿に描き直すべきだろう。

 

 

「えへへ、うれしいけどてれちゃう♪ ありがとー、ニグちゃん」

 

 

 そこからしばらくは照れるそれと、その様子を高らかに仰々しく褒め称えるニグのやり取りが続いた。

 ようやく互いが満足した所で話が進む。

 再度ニグは顕現し直し、貫頭衣の刺繍に肉の蔓と触腕を忍ばせる形で収まった。

 それもニグがしたように顕現してみせ、この星の人の幼子と変わらぬ程度まで存在を絞った。

 この時を以て、常人よりも感覚の鋭い、或る種の才を持つ者達の夢から悪夢は消え去った。

 しばしの安らぎが彼等に齎される。

 

 

「どうかな? できてる?」

 

 

 完璧でございます。

 親指を立てるが如く伸ばした触腕を力強くピンと張る。

 ニグの評価にそれは嬉しそうに目尻を下げた。

 

 

「ニグちゃんがいってくれるならあんしん♪」

 

 

 全幅の信頼を寄せるそれに、ニグは歓喜に触腕をうねらせながらも自身が背負う事となった責任の重さを感じた。

 自分の判断一つで、主の無欠さが損なわれる。

 無論、矮小な自分の影響等ほんの僅かという言葉ですら過大なものだ。

 だが、例え塵よりも小さな瑕疵だとしても敬愛する主を傷付ける事は赦されない。

 全ては主の為に、我が身を以て尽くす。

 

 

「う? ニグちゃん、なんだかやるきだね。いいとおもう、えっと、えっと……あっ! かっこいい! うん、ニグちゃん、かっこいいよ!」

 

 

 その瞬間、ニグの意識は溶解した。

 感極まって変化が解け肉の寝台へと戻ってしまった。

 霧散する意識を受けて、慌てたそれが手のひらで何かを握り込む。

 その瞬間、ニグの意識は凝固した。

 以前よりも遥かに存在が強化されている。

 何が起きたのか飲み込めずに狼狽えるニグを見て、それはほっと安心したように息を吐いた。

 

 

「よかったぁ。もう、ニグちゃんってばてれやさんなんだから」

 

 

 それが行なったのは存在の引き上げ。

 位階をさらに高める事で、それからの干渉にも或る程度は耐えられるように設計し直されたのだ。

 事態を把握したニグはひたすらに平伏して手を煩わせた事への謝罪と深き慈悲への感謝を述べた。

 

 

「いいのいいの。ほら、ニグちゃん。ぎゅーっ」

 

 

 止まらない感謝の言葉を止める為に、それは寝転がり肉の布団を抱き締めた。

 ニグと自らが名付けた存在への好意を込めて。

 その瞬間、ニグの意識は破裂した。

 

 

「あっ」

 

 

 ニグの崩壊と再構築はそれから数度繰り返された。

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