これってアウト?~アイテムボックスに女の子入れたら全員怒るのに誰も出ていかないんだが~ 作:塩味ななと
あらすじ
ダンジョンが現実となった世界で、旧作ドラマに執着する無職の俺。
そんな俺の前に現れたのは、完成された可愛さを持つ妹・六花だった!
食事中の至近距離、ふとした瞬間の体温――。
停滞していた日常が、猛烈な勢いで動き出す!?
◇ ◇ ◇
【観測ログ:断絶された記憶の再構成】
警告:本記録は「思考残渣」の集積体である。
観測者(システム)は、記述された感情の揺らぎを単なるデータとして処理してはならない。
情報の破棄(スキップ)を推奨するが、それを行うならば、この物語が持つ「腐った過去」の匂いさえも失われることを覚悟せよ。
◇ ◇ ◇
『ぼー(´゜_゜`)』としている一人の男性。
リビングのソファーに寝転びながら、おにいちゃんは配信ドラマをぼんやり眺めていた。
映し出されてているのは配信ドラマ:ダンバサダーオブアビス。 独特の世界観、作り込まれたダンジョン内部。それが高評価を受けた。
当時はSNSもメディアもほとんどがダンジョンとダンバサダーオブアビス話題で染め上げられていた。
この作品は『世界にダンジョンが発生するまでは』話題の中心だった、編集でカットされたシーンでさえ酷似、続編の企画が立ち消え、原作者である味噌味ななとの存在を示すのは名前だけ、その後の消息が謎、という裏側も話題となった。
しかし、世界にダンジョンができ、社会に受け入れられた今、残っているのは表の情報ばかり。
そして、ダンバサダーオブアビスの評価は表面的には 【 ダンジョンの説明として優秀なドラマ。ほぼ多くの設定がこの世界のダンジョンに応用されていた。日本政府はドラマよりも優秀だった 】 である、に落ち着いている。
都市伝説界隈では整合性が取れる状態で別の話が存在し信じる人と信じない人たちが混在している。
キッチンから生まれるいい匂いが男の鼻を刺激し、リビングの天井に視線が映るが再び同じ姿勢に戻る。
『ダンバサダーオブアビス』のダイジェスト版が、テレビの中で激しく明滅している。
ソファーに身を沈め、その光を眺めているが、視界はどこまでも焦点が合っていない。
かつて高校生だった頃、このドラマには元カノがいた。
ドラマを見る時間も、彼女と過ごす時間も、すべてが不可分なセットだった。視聴前後のルーティーン、そして約束事のようなコスプレタイム。あの熱狂的な記憶とは裏腹に、今の俺はただ、空っぽのまま画面を追っている。
キッチンから漂ってくる、食欲をダイレクトに突き刺すような香ばしい匂い。
明日には高校の卒業式を迎えるが、元カノの浮気を知って以来、学校へは足が向かない。単位だけは足りているが、卒業証書を受け取れば、待っているのは「無職」という現実だ。
「ぼー(´゜_゜`)」
リビングに響く調理の音と、ニンニクの強烈な香りが、麻痺しかけた感覚を揺さぶる。
「カレーだ」
反射的にキッチンへ視線を向けた。テレビの中では『ダンバサダー』が相変わらず騒がしく流れている。
「カレーチャーハンφ( ̄0 ̄)」
キッチンから、弾けるような可愛い声が響いた。
「うん、グリーンピースいらないから」
「大丈夫、私の方に入れるから」
カチャカチャ、と小気味よい音が続く。皿に盛り付ける動作の端々に、グリーンピースを丁寧に避けているような、手間のかかったリズムが混じっていた。
「おまたせ、はいどうぞ。おにいちゃんのはこっちね╰( ̄ω ̄o)」
目の前に置かれたのは、一粒の緑も見当たらない、完璧にコントロールされたカレーチャーハンだ。
「(゜゜)うん、間違いない(ニンニクマシマシじゃん)」
視覚的な暴力とも言えるニンニクの香りが鼻腔を突く。
「また見てるー」
不意に、手元からリモコンが奪い去られた。
「うん、ダイジェスト版、サクサクテンポで脳がしばかれる」
「それさー、挑戦的にヒロインシーンほぼカットしてめっちゃ不評だったじゃん。ヒロイン不在で作るとか作った方の脳がしばかれてんだよ。」
六花が呆れたような声を出しながら、画面を指差す。
「脳がしびれてる」
「見る前から痺れっぱなしだよね。アホになるからもう捨てちゃいなよ。はい、おたべ」
そう言いながら、彼女は一瞬だけ、盗み見るように俺の顔を窺った。
直後、体温を感じさせるほどの距離感で、ぴたっと隣に座り込んでくる。
六花、十六歳。高校二年生。
血の繋がらない、自慢の妹だ。再婚による縁。幼い頃、父さんが母さんを支えていた記憶は俺の中にうっすらと残っているが、俺より小さな彼女には、その景色は見えていないはずだ。
「ジー(゜゜)」
思わず見惚れて、じっとその横顔を見つめてしまう。
やはり、可愛い。
俺とは確実に血がつながっていない。容姿の面でも、驚くほど似ていないのだ。
「六花は父さん似だ」と言われた時、「お父さんに似てるなんてありえない!」と祖母にキレていた彼女の姿が浮かぶ。それ以来、必死にメイクを練習して、今の完成された可愛さを手に入れたのだ。
「なに?食べさせてほしいの?」
隣でもぞもぞと落ち着かない俺の様子を、彼女は楽しそうに眺めている。その仕草すら、たまらなく可愛い。
「うん」
「おにいちゃん可愛い= ̄ω ̄=」
リビングのソファーで肩を並べ、配信ドラマ『ダンバサダーオブアビス』をバックグラウンドに流しながら、六花と一緒に食事を進める。
「ダンバサはもう古いよ、何が良いの?5年前だよ、オワコンだよ。ダンジョンがリアルに入れる時代になって誰も見てないよ、さっさと腐った過去は捨てちゃいなよ。つか、ここ全然盛り上がらないから」
彼女が選んだのは、物語がこれから最高潮を迎える直前のシーンだった。
……おかしい。不意に、股間が熱を帯びてむくむくと膨らんでいく。
だめだ。腐った過去に欲情している。別れた彼女がこのドラマに熱中していて、見るたびに肌を重ねていた。身体が、あの時の湿り気を覚えてしまっている。
「へー、ふーん、ほー、('Д')エロい匂いがする」
不意に視線が下へと落ちる。彼女は俺の股間をじっと見つめると、スプーンを構えた。
ピシッ、ピシッ、ピシッ――。
容赦のない軌道で、グリーンピースが俺の股間めがけてホールインワンされる。
熱は急速に引き、萎んでいく塊。……俺も、グリーンピースだけは苦手だ。
「もうさダンジョンがリアルにあるんだよ?そのドラマはダンジョンができる前のジャン?」
彼女は、グリーンピースまみれのニンニクマシマシカレーチャーハンを(´~`)モグモグと咀嚼しながら続ける。
「今はリアリティーないって叩かれて、続編も撮影前になくなったじゃん」
「ぼー(´゜_゜`)そうだよねー(´~`)モグモグ」
言葉を繰り返すたび、元カノとの思い出が濁流のように押し寄せてくる。このドラマを見ながら語り合った時間――その大半は、エッチな営みの記憶だった。
「ぼー(´゜_゜`)そうだよねー」
思考は止まらない。この作品は、世界にダンジョンが降臨する前に配信されたものだ。『これを見て、もしダンジョンができたら二人で探索しようね』なんて、あんなにラブラブな約束を交わしたのに。
現実のダンジョンは、ドラマとは少し違っていた。ドラマなら学生でもスキルを発現できるが、リアルでは高校を卒業しなければ発現しない。一時期、「闇バイトより稼げる」と中卒のヤンチャボーイたちが高卒だと偽って『ダンディオッサン団』に紛れ込んで活動していたが、彼らのスキルは発現しなかった。
つまり、俺も今はスキルなしだ。彼女にフラれて傷心したまま、ずっと家でぼーっとしているだけの、無力な存在。
「俺は、あの女の顔が出てきたら画面を切るつもり。まだ出てきてない」
「だからダイジェスト版はヒロインでないんだって。まだ頭しびれてる?」
六花が覗き込んでくる。至近距離にある彼女の瞳に、自分の姿が映る。
「おにいちゃん、目が死んでるよ。六花見たら治るかもだよ?」
「そう?ジー(゜゜)」
「ジー(゜゜)」
視線と視線がぶつかり合う。
To Be Continued