これってアウト?~アイテムボックスに女の子入れたら全員怒るのに誰も出ていかないんだが~ 作:塩味ななと
【観測ログ:境界領域における思考残渣の検知】
警告:これより展開される記録は、ダンジョン創造者の視点によって抽出された断片である。
未定義のスキル発現および、観測者への干渉を伴う思考残渣が含まれている可能性がある。
情報の整合性を保つため、不純な介入を試みる者は、直ちに当該データの処理の破棄(スキップ)を推奨する。
◇ ◇ ◇
あらすじ
「バイバイ東京、いい思い出はほとんどゲームだった」
最愛の彼女に裏切られ、どん底に突き落とされた俺に残されたのは、発現したばかりの『アイテムボックス』というスキルだけ。
新幹線に揺られ、向かう先は未知の魔境・仙台。
過去を「生ゴミ」として捨て去り、泥臭く、けれど全力で、新しいリアルな思い出を作るための戦いが今、幕を開ける――!
◇ ◇ ◇
当時の俺は彼女と見ていた。二人でダンジョンデビューするって約束。俺は覚えてる。だが・・・卒業直前に・・・彼女が浮気して・・・浮気の相手が・・・結構ちゅおい探索者で・・・俺のスキル発現が起こる前に・・・俺はフラれた・・・_| ̄|○
そして俺は・・・風の噂で・・・元カノが入ったPTが・・・ハーレムPTであることを知った・・・ありえなくね?すでに他の女に囲まれてる男のところに行くなんて・・・すべてが信じられなくなって・・・故郷を捨ててここに来た。バイバイ東京、いい思い出なんていっぱいあったような気がするけど、ほとんどゲームだった。つまり、俺は、リアルな思い出をここで作る。
今日から俺は、ここで生きる。やってやるぜ!
窓の外を流れる景色が、高速で後ろへと溶けていく。
卒業式を経て、五人の彼女ができて、そして元カノになった。感傷に浸りたい気持ちはあるが、そんなものはもはや過去の遺物だ。俺は前に進むぜ。
新幹線の座席に深く身を沈め、スマホの画面を見つめる。
まだ探索者になっていない今、情報収集が肝心だ。ギリギリのタイミングでいい情報と出会える確率補正が効いているはず――これはゲームでいうところの天井システムに近い、つまり「勝ち確」の状態だ!
誰もが知る『某々チャンネル』を開く。高校卒業直前に彼女に浮気され、破局。そのどん底で俺にもスキルが発現した。この力で、一体どこまで稼げるんだろうか?
指先を動かし、震えるような期待感を込めて書き込む。
「アイテムボックス持ちだが稼げる方法知ってる? 彼女に浮気され別れた。稼ぎたいから知ってたら教えて」
投稿した直後、通知の振動が掌を叩いた。猛烈な勢いでコメントが流れ落ちていく。
『 アイテムボックスならポーター契約して稼げるぞ。 』
『 デビューおめでとう!探索者はいつ死ぬかわからないから即日支払いだぞ。 』
『 大型ダンジョンなら単発短期長期があって……登録は大型ダンジョン行けばできる。 』
『 綺麗なおねーさんいるから声かけて教えてもらったらすぐだぞ。 』
『 アイテムボックスはポーター募集もあるし、攻撃スキルもあるならすぐPTが決まるよ、絶対に機関の育成プログラムに参加しないほうが良いよ。 』
『 ロビーの受付女子はハイクオリティだけど育成プログラムに参加すると塩対応だよ。受付女子のクオリティが高すぎて探索者女子がマジでイマイチにしか見えない。 』
『 登録時の説明だけは受けておけよ、役に立つぞ 』
『 探索管理アプリ&マニュアルインストール忘れるなよ 』
『 説明を中略するアホが……なわけだから注意しろ 』
『 スキルトラブルあるから騙されるなよ 』
『 ダンジョンwiki嫁、優秀だぞ 』
『 あの文字数読めるやつはここに来ない 』
『 お前もな……真似するなよ 』
『 ダンジョンwiki嫁。ここはダンジョンよりも魔境 』
『 ここに命の危険はない模様。ダンジョンよりまし 』
『 ここで得た知識で動くとダンジョン内が魔境となる 』
『 うまい! 』
画面を埋め尽くす文字の濁流。スレッドはすでに元の話題を忘れて盛り上がっているが、それでも投げかけられた言葉には、どこか泥臭い優しさが混じっていた。先輩勇者たちは、案外いい奴ら。
「そっか、結構稼げそうだな。アイテムボックスで行く」
独り言をいいつつ、「サンキュー枚ヒーローず」とコメントを残すと、スマホをそっと閉じた。
ふと思い出すのは『六花理論』。スキルは他者に教えないこと。これは鉄板のトラブル回避術。スカウト狙いならワンチャンあるが……いや、確か『狭雪理論』だったような?
枚ヒーローずも同じことを言っていたはずだ。間違いない、これで行こう。
窓の外、景色が加速して流れていく。
ふと、家に残してきた書き置きが脳裏をよぎる。
『つよつよスキル発現狙ってサイコロチャレンジしてくる。ダンジョンで稼ぐから心配しないで。』
『いっぱい稼げたら仕送りするね』
『稼いだらお土産持って帰ってきますたま~に』
『お土産リクエストはメールでおねがいね』
そんな、どこか暢気な言葉たち。
そういえば、いつだったか六花に「おにーちゃんは家出ていかないよね?一緒だよね?」なんて不安げに言われたこともあった。
だが、稼がないとやりたいことはできないんだ。
……それに、稼ぐための「活動」は、家ではできないんだ。
◇ ◇ ◇
意識が完全な覚醒へと引き戻される直前、鼓膜を突き抜けるような澄んだ音が響いた。
――チリリーン。
脳内に直接響く電子音と共に、網膜に淡い光のUI(ユーザーインターフェース)が浮かび上がる。
《ステータス更新されました》
視界の端で、文字列が高速で展開されていく。
発現称号:《卒ゲーマー》《脂肪を捨てたもの》《面食いを捨てたもの》……
発現スキル:《アイテムボックス》……
「やっぱり、俺にはアイテムボックス、だよなぁ」
重たい瞼の裏で、情報の断片が脳に突き刺さる。脂肪を捨てたもの? ダイエットの成果か? 思考は混濁し、意識の輪郭がぼやけていく。
「次は、センダイ」
車内アナウンスが静寂を破った。
「せんだい、アナウンス、アイテムボックス、覚えたぞ……」
まだおぼろげな視界のまま、手元の端末へ指を伸ばす。画面に触れた指先に、妙なヌルつきを感じた。よだれか? 意識が朦朧とする中、偏差値40程度の脳みそが、必死に現状を解析しようと試みる。
事実はこうだ。
「アイテムボックスが発現する夢を、新幹線の居眠りで見た」
「夢オチはないでしょ!」
思わず叫んでしまった。隣の席のおっさんが「びくぅっ!」と椅子を鳴らして跳ね起きる。俺自身も心臓が跳ね上がったが、それ以上に目がしばしばとし、口角から垂れたよだれがスマホに触れている事実に気づいて絶望した。慌てて端末を拭き、黙り込む。
窓の外ではスピードが落ち始めているが、駅まではまだ距離がある。隣のおっさんも仙台で降りるのか、窓の外を伺うように視線を彷徨わせた後、再び深く腰を下ろした。
俺は周囲に気を使いながら、こっそりとステータス欄を表示できるか、指先で何度も画面を叩いて試行錯誤した。
◇ ◇ ◇
茜台駅――『茜台』と書いて「センダイ」と読むホームに到着した。
「はじめまして、仙台( ー`дー´)キリッ」
階段を駆け上がり、ダンジョンへの最短ルートである西口へと足を進める。目に入る案内板の文字が、妙に視界に引っかかる。
「あれれ? 仙台言うから降りたけど、字が読めない。茜台……ふりがながセンダイになってる。って漢字は仙台じゃなかったっけ(。´・ω・)?」
端末で確認した時の違和感を思い出す。電池パックがパンパンに膨らんだ愛すべき端末を取り出しながら、思考が停止する。
「俺は何をしようとしたんだっけ……?」
頭が悪くなったのか? いや、六花と違って俺は元々頭が悪いのだ。悪くなっても誤差だ。つまり正常。そう自分に言い聞かせた瞬間、スマホが激しく震えた。六花からのテレビ電話だ。
「おにいちゃん? どこにいるの? デートでしょ!」
画面越しに、六花の怒鳴り声が響く。
「証書貰ったの? どうやって学校行ったの? 制服は私のクローゼットの中だよ! 開けたの(-_-メ)許さないよ?」
「私服だよ。制服ダンジョンは……」
言葉が詰まる。
「私服でー!? ありえない。卒業式だよ! めっちゃあり得ない。制服なかったらいかないでしょ!」
画面の中で、六花が猛烈にプンスコと頬を膨らませている。
「私服も評判よかったよ」
「関係ない! 早く帰ってきて! 昨日の勝負、まだ決着ついてないよ? 私の天穿峰春闘(てんせんほうしゅーと)が火を吹くよ。おにいちゃんのお尻を『赤子の肉のほうがよほど引き締まっているぞッ!(もみもみ)』の刑だからね!」
スペスペに心酔しているのか、彼女はゲームの秘終撃のセリフをぶつけてくる。
画面いっぱいにズームされた怒った顔。昨日の記憶が蘇る。俺の連勝、リアル妨害としての「もみもみ」、そしておならをしたせいでケツが割れそうになったあの屈辱。
くっさいのは仕方ないよね?六花がにんにく入れまくったでしょ?つまり必然だよ。そんなんゆーたら怒られる。
……ごまかし路線で行こう。
「六花? ちょうど六花のことも考えてたんだよね」
「そうなの? シンクロニシティ(≧◇≦)」
一瞬で機嫌を直した。だが、スペスペの再戦要望は、止まることを知らなかった。
「そうだっけ? 六花の勝ちだったじゃん?」
画面越しにワイワイとキャッキャとしたやり取りを繰り広げる。だが、ふと六花が動きを止めた。
「ん? 何の音? あ、新幹線? どこにいるの?」
「仙台、いや茜台?よくわかんないけど」
「センダイ!? なにそれー!」
端末から飛び出してきそうな勢いの怒声に、思わず肩が跳ねる。
「ダンジョンってさ、スキルの発現に偏りがあるんだよ……」
必死に理由を説明してみたが、彼女の耳には届いていない。
「所持スキルは人に教えちゃダメなんだからねー! 狭雪(さゆき)が言ってたけどー!」
六花が熱っぽく語り始めたのは、『狭雪』という名の超天才Vチューバーの話だった。最近仲良くなったというその人物は、学生時代にIQ測定不能な数値を叩き出したという伝説を持つらしい。同学にへんてこな名前で狭雪以上に頭の良い日本の秘宝とか異人とかがいたとかなんとか。
「ガチンコやばいよねー。頭いいのにVチューバーやってる意味がわからないけど」
そうこぼすと、画面の中の六花は即座にブチ切れた。
「おにいちゃんのほうが意味わかんないよー!」
「同類? もしかして俺も……」日本の秘宝か異人になれるかもと一瞬期待する。
「低いほうじゃないかな?」なれなかった。
相当怒っている。ここから始まったのは、終わりの見えない説教の嵐だった。
「というわけで、茜台で頑張るよ」
一通りの説教を食らいきったところで、ようやく電話を切ることができた。
……思った以上に六花との会話に熱中してしまい、予定時間を大幅に過ぎている。焦燥感とともに、駅から徒歩十分ほどの場所にある『仙台大規模ダンジョン』へと急いだ。正確には、そのポータルの隣にそびえ立つ管理機関のビルだ。
To Be Continued