「恨むなら、アホな両親を恨むんだな」
意識がなくなる前に聞こえた、とても冷たい声。
なんて勝手なことを言うのだろう。両親のことを悪く言わないでほしい。
そう反発する気持ちがあったけれど、ずいぶんとあとになってから、その冷たい声の主の言うことはもっともだと思った。
自分は両親から無条件に愛されている――両親から無償の愛を注がれている。そう無意識のうちに信じ、疑うことなく妄信していた。でもそれは、幻想にすぎなかった。両親にとっての自分は、無条件に愛し、無償の愛を注ぐような対象ではなかったのだ。
日常はある日突然崩れる。すべてが壊れてから、日常と呼ぶ同じ毎日が坦々と続くことは、奇跡という名の異常だったと気付かされる。
十七歳の田中・ミュウ・
授業と掃除を終えて、友人たちと並んで駅まで歩く。おしゃべりを続けながら下り電車に乗り、五駅目で降りて友人らに別れを告げる。コンビニでアイスを買おうかどうしようか迷うが、「太りたくない」という理由を自分に言い聞かせて、購入を断念する。人通りの多い駅前の商店街を歩き、川縁の道を歩いて住宅街に入る。小学生たちが遊ぶには遅い時間で、社会人たちが帰宅するにはまだ少し早い時間で、道行く人はほとんどいなかった。
昨日と何も変わらないはずの帰り道。
坦々と、自宅に向かって歩く――それだけだったのに。
背後で何か物音がしたと思った次の瞬間、何者かの手によって口をふさがれた。抵抗しようとして手足をばたつかせたが、鼻に何かを嗅がされ、あっという間に意識が薄れていく。段々とフェードアウトしていく視界の隅で、車のエンジン音を聞いた。それと、ひどく冷たくて無機質な男の声を。
「恨むなら、アホな両親を恨むんだな」
なぜ? どういうこと?
疑問が浮かんだけれど、その問いを投げかけることはできなかった。
◆◇◆◇◆
「なんだこれ。なんて読むんだ?」
「ほしなぎ? ほしな? あ、せいな?」
「いや、せなじゃないか?」
ああ、その台詞は久しぶりに聞いた。
小学生頃までは散々訊かれたが、ふりがなを振ったり、漢字を見せる前に音を聞かせたりして対策をとって以降、めったに訊かれなかったのに。
「星に凪と書いて、ティナというお名前ですよ」
「ティナ!? ティナちゃんかあ!」
「ああ、名前もかわいいねえ、ティナちゃん」
「でも、この漢字でティナなんて読めるわけねぇよ。親は阿呆なのか」
「ははっ、ここに来る
ヴヴヴヴという規則正しい電子音に交じって、何人かの男の声がする。
うっすらと目が覚めてきたが、まだ視界はぼんやりとしている。そこにいる彼らは、何かの書類を見て星凪の名前を知ったようだ。彼らはいったい誰で、ここはどこなのだろう。
「かわいいティナちゃん、お股のローターはどんな感じかな?」
下品な声が不敵に笑うと、星凪は自分の股間に押し当てられていた、ウズラの卵ほどの大きさのローターの存在に気が付いた。
「やっ、な、なんですか、これっ」
微弱な揺れで恥部を刺激しているローターを見て、星凪はかわいらしい悲鳴を上げた。しかし、それはまだ雌の啼き声にはなりきれておらず、雄たちを満足させるには至らない。
「説明しますね、ティナさん。あなたのお父様はたいそうな額の金を人から借りておきながら一切返さず、貸し主が返済を迫っても逃げ隠れるだけでした。あなたのお母様にも返済を求めましたが、彼女は自身の体で金を作ることを拒み、代わりに娘のあなたを差し出しました。つまり、あなたはご両親が抱えた多額の借金の返済のために、この組織へ売られたのです」
「う……うそっ」
帰宅途中に拉致された星凪は、睡眠薬を嗅がされて眠らされている間に、ある組織が所有する豪邸へと運び込まれた。そこで幾人かのスタッフによって制服を脱がされ、白いショーツとブラジャーに着替えさせられて、ショーが行われるこの部屋へと連れてこられたのだ。
法律で決まっているわけではないが、この国には目に見えない「身分の差」というものがある。多くの国民――つまり中間層は誰もが皆平等だが、一部の界隈では明確な上下の差がある。
星凪は知る由もないが、この豪邸の持ち主である組織は、身分がとてつもなく高い者たちによって作られている。上流階級の人間は、手に入らないもののほうが少ないため、普通の娯楽では往々にして満足できなくなってしまう。
そこで、普通ではないショーを開き、様々な方向にゆがんだ性的嗜好を持つ者たちに娯楽を提供する場として、この秘密の豪邸が作られた。この豪邸に来る者、あるいはここで行われるショーをネットで観賞する者たちは、往々にして大金を動かすことのできる富裕層たちだ。
この豪邸で行われるショーを取り仕切るのは、「ジョーカー」と呼ばれている男だ。その名のとおり、時に名を変え姿を変え、あらゆる相手を見事に欺くジョーカーは、一人ではなく複数人いるのではないかと噂されているが、その正体は不明だ。ジョーカーの正体を暴いたところでなんの意味もないので、その存在を不気味に思いながらも、多くの客たちはジョーカーが開催するショーを楽しんでいた。
星凪を取り囲んでいる男たちもまた、ジョーカーの存在などに興味はなかった。しかし、ここではジョーカーの存在が絶対で、彼の言葉すべてに従わなければ、この狂った宴を楽しむ権利を永久に失うことになる。
早くも股間を硬くしている男たちもいたが、今はまだ、ローターを星凪の股間に当てることしか許されていないので、男たちはごくり、ごくりと唾を飲みながらジョーカーの進行を待っていた。
「あらためまして皆様、こちらは田中・ミュウ・星凪さん、十七歳です」
星凪を背後から抱きかかえるジョーカーは、十二帖ほどの広さの部屋の中に立ち尽くす男たちに笑みを向けた。今日は「エース」と「セブン」がおらず、参加者の男たちは全部で七人だ。何度目かの参加になる者もいれば、今日が初参加という者もいる。
部屋にはドアが一つだけあり、窓はどこにもない。天井や壁には複数のカメラが設置されており、別室にいる「キング」たちや、「ジャック」と呼ばれるネット視聴者に様々な角度の映像が届くようになっている。
室内にある家具は、ワイドキングサイズよりさらに一回りは大きな特注ベッドが一つ。それと、香炉と卑猥なおもちゃを乗せた、キャスター付きの三段ワゴンが一つだけだった。ベッドの上には大小様々なクッションがいくつか転がっており、ベッドのシーツも含めてすべてが白い。
そのベッドにはいま、ジョーカーに背後から抱きしめられている星凪が座っている。しばらく前までは睡眠薬のせいで意識を失っていたが、先ほどから少しずつ覚醒してきて、自分の置かれたこの異常な状況を認識し始めていた。
「借金を返済できない、だらしないご両親の代わりに健気にもこの身を捧げることにした、献身的な少女です。今宵、皆さんの手練手管で、少女から大人のオンナへと成長させてあげてください」
芝居じみたジョーカーの台詞を、星凪は聞きたくなかった。耳をふさぎたかった。しかし、両腕はジョーカーにがっしりと掴まれて動かせず、しかもローターで秘部に甘い刺激を与えられているせいか、下半身には力が入らない。もっと強く抵抗すべきなのに、体が思うように動いてくれなかった。せめて意識だけでもはっきり持とうとするのだが、ワゴンの上の香炉からかすかにただよってくる匂いに頭がくらくらして、目の前はずっと
「さあ、まずは十七歳の若い肌を堪能しましょう」