戦国時代に転生した俺はくノ一に助けられ織田軍最強明智鉄砲頭に出世する 作:オッパイは正義マン
賤ヶ岳の戦いは、天正11年(1583年)に近江国賤ヶ岳(現在の滋賀県長浜市)周辺で起きた羽柴秀吉と柴田勝家の合戦。
本能寺の変後の織田家の主導権争いで勝利した秀吉は、この戦いに勝ったことで織田政権の実権を掌握し、天下人への道を大きく開く。
後継者や遺領の配分を決めるために開かれた清洲会議で、筆頭家老の柴田勝家と、信長の敵を討った羽柴秀吉が対立した。
織田旧家臣滝川一益は伊勢で挙兵し、秀吉と戦闘するも敗北。
賤ヶ岳にて両軍は戦いに備えていた。
黒田官兵衛の家臣団として着陣していた俺は
官兵衛「重成。羽柴軍としての初仕事だ。佐久間盛政を叩け。」
佐久間盛政は柴田軍から孤立していた。前に出過ぎて居たのだ。
黒田官兵衛は察知し、俺の部隊2500の兵で夜襲。
佐久間盛政「羽柴軍めが!わが隊を舐めるな!」
「盛政を討ち取るぞ!かかれ!」
騎馬鉄砲軍で盛政の部隊と電撃戦のもと、盛政の兵を葬り制圧。
福島正則、加藤清正、脇坂安治らの賤ヶ岳七本槍の活躍、前田利家への調略もあり柴田軍を撃ち破った。
これで羽柴秀吉への旧織田軍対抗勢力は衰えていた。
羽柴秀吉「やはり、ワシの目に狂いはなかった、官兵衛、お主もそうおもうじゃろう?」
官兵衛「我が家臣重成はあの光秀の元で働いておりました。当然の働きでございますよ。」
俺は頭を下げていた。主君光秀様の仇敵である秀吉であってもそうは言ってられない。それが戦国の世だ。
秀吉「褒美を取らす。黒田家の家臣軍5000の部隊としてこれからは励めよ。」
「は、ありがたき幸せ。」
俺は黒田官兵衛と話していた。
「俺なんかが、5000の兵を率いても良いんでしょうか。荷が重すぎると言うか。」
官兵衛「何を言う、佐久間盛政を討ったのだぞ。それ相応の褒美だ。重成には後々、我が嫡男長政の補佐を任せたいと思っている。」
長政、黒田長政か、関ケ原の戦いで徳川家康の居る東軍で活躍し、その後も徳川家を支えた外様大名。
「官兵衛様。俺はまだ秀吉様への忠義は完璧ではありません。そんな俺をこうも立ててよろしいのでしょうか。」
官兵衛「くどいぞ。重成、俺はお前を認めている。だからこそ側に置いておるのだ。それにお主の光秀殿への忠義は旧友竹中半兵衛に聞いておる。だから観念して黒田家と羽柴家に尽くせ。」
竹中半兵衛あの一度会った軍師か。官兵衛様と半兵衛は羽柴の両兵衛として名が轟いていた。
「分かりました。槇田重成は黒田家に支えることを誓いましょう。官兵衛様とともに羽柴家とともに。」
官兵衛「良く言った。期待しておるぞ。」
こうして俺は羽柴秀吉、後の天下人豊臣秀吉の黒田官兵衛を支える翼として活躍するのであった。