戦国時代に転生した俺はくノ一に助けられ織田軍最強明智鉄砲頭に出世する 作:オッパイは正義マン
俺は北方軍の部隊として配置された。
松井田城を前田勢、上杉勢とともに攻撃。
息子の重忠も奮戦していた。
「おおお!父の名に恥じぬ戦いを見せてやる!」
薙刀を自在に操り、戦場を駆け巡った。
前田勢・上杉勢ら北国勢と、途中で合流した信州勢を主力とする北方軍は碓氷峠を越えて関東平野・上野国に侵攻せんとした。
松井田城主であり北条氏累代の重臣であった大道寺政繁はこれを碓氷峠で迎え撃つも、与良が真田勢の先方の真田信幸隊に打ち取られ、主力も真田軍と激戦になり、総兵力で圧倒的に劣勢であったこともあり、松井田城に退却し籠城した。豊臣方は碓氷峠を越え、関東平野に侵入した。
松井田城
天正18年(1590年)3月28日から4月20日まで続いた。
松井田城攻撃軍の編成約35,000人
西部(追手)上杉景勝 約10,000人
東部(搦手)前田利家・前田利長 約18,000人
北部 約7,000人(松平康国・康勝 約4,000人、真田昌幸(信幸・信繁) 約3,000人)
大道寺政繁は城に籠り、攻撃軍と対峙した。
松井田城守備軍 約2,000人ーーーーーー
北方隊は松井田城攻略に取り掛かった。3月20日に総攻撃が行われたが、守る大道寺勢はこれを防いだ。北方隊は城を包囲し、周辺地域に放火し、城塞を削るように攻撃を続けたが、城方の必死の抵抗により攻城は遅々として進まなかった。
前田利家「中々落ちんな。」
上杉景勝「敵も攻勢に衰えがない。」
黒田官兵衛「だが、槇田重成親子は頑張ってくれておられる。我が倅も奮起しているわ。ははは。」
黒田長政「父の重成殿の武勇に引けを取らぬな!重忠殿!」
重忠「長政様には負けていられませぬ!おりゃあ!」
長政「良く言うわ!ふははは!」
重忠と黒田長政は年は離れていたが、兄弟のようなコンビネーションだった。
薙刀で薙ぎ払う様子を見て黒田長政は俺と重ねていたようだ。
「長政様は流石の戦いぶりですな。官兵衛様。」
黒田官兵衛「いやはやまだまだだ。精進させる必要がある。」
北方隊は松井田城は包囲したまま、周辺の城塞を攻略してまわった。一方の東海道方面では山中城が半日で落城したため、予想以上に小田原包囲が早まることとなり、北方軍は秀吉から松井田城攻略の督促を受けている。焦った北方軍は攻城の勢いを増した。
政繁「持ちこたえられんか。口惜しい。関東北条の意地見せられんだか、、」
守将の政繁は嫡子を脱出させ自らは激しく抵抗するも、連合軍の猛攻の前に廓をひとつ、またひとつと落とされ、水の手を断たれ、兵糧を焼かれ、総攻撃から一か月後の4月22日に終に降伏開城した。以降、政繁は北方隊の道案内をすることとなった。
昌幸「まだ忍城が抵抗しているらしい。三成殿は苦戦している。」
昌幸から報告があった通り、戦下手である三成は忍城攻略に手間取っていた。