あの報せを聞いた時、世界でたったひとりになった気がした。
突然すべてが真っ暗な空間になって、光もなく、すべての手触りが崩れ去り、一体自分が何の上に立っているのかもわからない。耳鳴りだけがうるさく響き、他のものの一切の音が失われたように、なにものの気配も感じなかった。
喉が涸れていて、声を出すどころか呼吸もままならない。
心臓が破れそうなほど鳴り、くらくらと眩暈がして、立っていられないんじゃないかと思ったその時、たくさんの手が、ネルの背中を支えていた。
いきなり突風が吹いて、砂埃が舞った。
乾いた砂がにわかに巻き上げられる。
ネルは、眼に砂が入らないように一瞬だけ瞼を閉じる。
足元で砂利がギシギシと音を立てた。この街はいつも乾燥している。
かつては景気の良い鉱夫で栄えていた、鉱石が有名なこの街も、今では衰えつつある鉱脈とともにどこか寂しげな様相を見せている。とはいえ戦争中よりずいぶんと復興して、今は聖王国シーハーツとの物流も活性化し、今は元気な住民たちの話し声や子供たちの笑う声であふれている。戦争前の豊かな時代の雰囲気に戻るのも夢ではないだろうと思われた。
カルサアの軍人墓地は、この街を統括する風雷の基地のさらに北はずれにあった。整然と等間隔に並ぶ、よく磨かれた墓石の列をかなり通り過ぎ、少し坂になった小道を登ると、蔦の生えた大きな木が見えてくる。その麓に、その石はあった。
陽だまりの中で、白く輝いているその石は、名前も刻まれておらず、墓石の形もしていない。しかし確かに、これは墓だとわかるのだった。よく磨かれていて、つやつやしている。ネルはその墓がいつも敬意を持って管理されていることを感じ取るのだった。
墓石の前にひざまずき、手に持っていた花を置く。
その時、わずかに砂利の音がして、斜め後ろに人の視線を感じたが、ネルは構うことなく、瞼を閉じて首を垂れ、アペリスの祈りを捧げた。
その時ばかりは風の音も止んで、静かな時間だった。
長く穏やかな祈りを捧げると、ネルはそっと瞼を開け、墓石の前に置いたばかりの花を持って立ち上がった。
傍らの大きな木を見上げる。枝が大きく広がり、葉が戯れるようにこすれている。来てよかった。良いところに眠っているとネルは心から思った。
きびすを返して振り向くと、十メートルほど後ろの細い木の下で、漆黒の将アルベル・ノックスが佇んでいる。
「あんた、良い趣味してるね。人のプライベートな時間を堂々と立ち見だなんてさ」
ネルが睨みをきかせると、アルベルは肩をすくめた。
「お前こそ、ここで何してる。そこはジジイしか来やがらねえ場所だぞ」
ネルはもう一度、墓を振り返ると、元来た小道を下り始めた。アルベルの横で立ち止まる。
「そのウォルター老から聞いたのさ。ここは私の父の墓でね」
「ほう……」
「まさか故郷に戻すわけにはいかないからね。でも、綺麗にされてて安心したよ。落書きでもされてたらどうしようかと思った」
「フン……」
そのまま通り過ぎようとして、いきなりアルベルが手首をつかんで来た。はっとして振り向くと、ぐいっとアルベルの方へ引き寄せられる。そのままネルは顎をつかまれ、アルベルの舌が口内に入ってきた。ネルはそっと瞼を閉じる。
いつからだろう。アルベルと関係を持つようになったのは。
星の旅が始まってすぐのことだった。最初敵対していた関係をずるずると引きずっていたふたりは、宇宙に飛び出してからというもの、初めて見るものだらけの世界のあまりの大きさに慄き、今までいた自分たちの世界への考え方を改めざるを得なくなった。小さな世界で敵対していたネルとアルベルは、同じ目線で世界を見、経験した。そして今までどれだけちっぽけな世界で戦っていたのか、恥じるようになったのだ。変わりゆくものは変わり、変わらぬものは変わらぬまま、すべてが流動していく中で、いつしか身を寄せ合うようになった。いつか癖のようにしていた口喧嘩も忘れて、同じように驚き、同じように怒り、そして同じように愛した。すべてはあっという間のことだった。ふたりは広い世界を通じて、互いの正体を知ったのだ。それまで知っていると思っていたことがうそのように。
故郷に戻ってからも、断続的に関係は続いている。シーハーツとアーリグリフの友好関係が深まるにつれて、任務で会うことも多くなった。そんな時、任務が終わってからどこかの部屋で一緒に過ごしたり、酒を飲んだりもする。ネルは酒に馴染みがなくあまり飲める口ではないが、アルベルは弱い酒もよく知っていて勧められるうちに酒を飲むことが面白くなり始めてもいた。
それもすべては秘密の関係だ。誰にも知られることもなく、たとえばこんな墓場でのキスみたいに、いつだってそれは人目のないところでおこなわれる。
アルベルのガントレットが、ネルの背中を撫でた。刃先が当たらないように注意しているのか、いつもふわりとしか当たらない。
アルベルが唇を咥えるように愛撫した。同時にアルベルの右手が優しく首筋をなぞり、言いようのない快感がネルの全身を駆け抜ける。
アルベルのキスはいつだって咥え込むように大胆だ。それなのに感触は優しくて、ネルは彼の意外性にいつも驚いてしまう。こんな人間だと、思っていなかったはずなのに……。
いつしかアルベルはネルの輪郭を愛撫し、首筋へと唇を這わせていた。ネルはアルベルの胸元を軽く叩く。
「ダメ。痕がつく」
「はっ。いいだろ、べつに」
アルベルが構わずネルの首筋に吸いつこうとするので、ネルは慌てて胸を押した。
「良くない! この前ファリンに見つかってえらい尋問されたんだからね。一体どうやってしらばっくれればいいのさ」
「適当にはぐらかしゃいいだろ。プライベートだとか何とか言って」
「そんなの余計怪しまれるだろ」
「怪しませときゃいい……」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、アルベルはこれ見よがしに首筋に何度も口づける。ネルは思わず「あっ……」と声が出て、余計に恥ずかしさが増すことになった。父の墓の前で何をやっているのだろう。
「来い」
アルベルはいきなりネルの手を引くと、墓地を横切りはじめた。軍人墓地を出ると、そのまま東の小道を突っ切る。ネルは人に見られないかひやひやした。アルベルの手をほどこうと思ったが、それより歩く速度が速いので、ついていく方に集中してしまう。それでも行き先はわかっていた。そのまま北東のはずれに進むと小さな、本当に小さな家というより小屋のようなものが見えてくる。アルベルの個人宅だ。
ふたりは高ぶった感情のまま、なだれ込むように家に入った。そのまま玄関を入って横の壁に押しつけられる。アルベルは左手を壁につけ、右手はネルの両手をつかんで固定し、ネルは頭上でクロスを作るような格好になる。
アルベルはネルを見て、ふっと笑った。
「なに笑ってんだい? 馬鹿にしてるなら、怒るよ」
ネルはその体勢のまま、アルベルを見上げるが、アルベルは何も言わず、ネルの脇を舐めた。生温かい感触がねっとりとそこを縦断する。
「……あんたっ!」
ネルは恥ずかしさで顔が熱くなるが、アルベルは手を離してくれない。また脇を舐めながら、艶かしい流し目でネルを焦らすように見ていた。
ネルは思わず腿をぎゅっと閉じる。そこが濡れているなんて知られたくない。
そのままアルベルの顔が近づいてくる。アルベルはゆっくりと眼を閉じ、優しく唇にキスをした。まるで大丈夫だと言っているみたいに。
ネルは思わず、手で縛られている手を動かして、アルベルの手を触る。するとアルベルが両手に指を絡めてきた。
キスの感触を感じながら、ネルは息を吐いた。身体の内なる部分に突き上げてくる衝動がある。
アルベルはそれをわかっているみたいに、服の上からそこに自身の固いものをぶつけた。ネルがはっとして眼を開くと、アルベルは薄い眼でネルを見つめ、苦しそうに息をする。
ネルがアルベルの首にしがみつくのと、アルベルのガントレットが床に落ちるのはほぼ同時だった。
アルベルの固いもので、ネルの敏感な場所がぎゅうっと持ち上がる。
ふたりは激しい勢いでキスを重ねた。息を切らしながら、右に左に溺れるように相手を蹂躙し、またされた。
壁を背にし、激しいキスをしながら、ネルはアルベルの右手が下着を分け入ってくるのを許した。そこはもうぐちょぐちょに濡れていて、アルベルがゆっくりとかき混ぜると、ぴちゃぴちゃと音が鳴った。
キスが深まるにつれ、アルベルの指が激しく動いた。ネルの奥をとらえるように入り込む指に、ネルは思わず声にならない声をあげ、喉を仰け反らせた。
その喉にアルベルが吸いつきながら、指が激しく責め立てる。まるで指だけでネルを持ち上げるみたいに、ネルは思わずつま先立ちになった。足がよろよろしてふらつきそうな身体を、アルベルの左腕がやわらかに支える。
ネルははぁはぁと息を上げた。
下着の隙間から、アルベルの固いものが入ってくる。下着が破れても構わないと思った。もっと欲しい。ネルは大きく声を上げた。
激しく背中を打ちつけられて、まだそこが痛む。ダガーを外すのを忘れていた。
ネルはいつのまにかベッドに寝かされていた。情事の後、しばらく気を失っていたようだ。
隣を見ると、アルベルが腕枕をしたまま、すうすうと寝息を立てている。こうして見ると、まるで子供のようだ。
身体を見ると、きちんと服を着ている。服を着たままセックスをしたのは初めてだった。
ネルは、アルベルの長い髪を指でなぞった。意外とふわふわしていて、猫っ毛だ。
それからぼんやりと天井を見た。屋根の骨組みがそのまま見える。ネルは迷路を辿るように骨組みを眺めた。
こうしているのも何度目だろうか。この家に訪れるのも、五度目か六度目だ。最初は酒を飲んでおしゃべりするくらいのものだったのに、今ではセックスの衝動を抑えきれないために駆け込むようになってしまった。
何をやっているんだろうと、自己嫌悪に陥る。それくらいアルベルはネルの欲情のスイッチを心得ていた。こんなはずではなかったのに。
ネルはぼーっと迷路を眺めた後、おもむろに身を起こした。そろそろ国へ帰らなくては。
ベッドから立ちあがろうとすると、服の腰を引っ張られて、思わずひっくり返るところだった。後ろを見ると、アルベルが寝たまま黒装束を引っ張っている。
「あんた、起きてたのかい?」
「今起きたところだ……」
アルベルは寝ぼけ眼のまま、引っ張る手を離さない。
「どこへ行く」
謎にどすの効いた声を発するが、寝たままなので迫力がない。
「もう帰るよ。あまり遅くなってもいけないからね」
アルベルは頭を振りながら起き上がると、「俺も行く」と眼をこすった。
「いいよ、寝てな。見送るタイプでもないだろ」
「いや、いい」
何に対して「いい」のかわからないが、結局ベッドから起き上がるまで腰の手を離さなかったので、ネルも逃げられなかった。
入ってきた時とは打って変わって、静かに玄関を出る。
アルベルが先を歩くので、ネルは少し後ろを歩いた。街でふたりで歩く時に課した暗黙のルールだ。一緒にいるのをバレないようにする。
住宅街を抜けて街の中心部へ行くと、にぎやかな人の声が帰ってきた。子供たちが駆け回り、鉱夫がベクレル山道へ出かけていく足音がする。そのまま東へ突っ切って、アイレの丘まで行こうとした時、一人の老人がネルに向かって頭を下げた。
アルベルにではなく、ネルに対してだったので少々意外に思った。見かけない顔だが、自分を知っているのだろうか。
戦争が終わり、人の行き来も盛んな両国では、シーハーツの国民がアーリグリフに、アーリグリフの国民がシーハーツにいることも珍しくない。とするとシーハーツの国民なのだろうか。
不思議に思い立ち止まっていると、老人が近づいてきた。よく見ると、胸にはアペリス教のエンブレムが象られたネックレスをぶら下げている。ということはアペリス教信者か。
「ネル様」
と、老人はネルの名を呼び、今度は敬礼をした。
「先の戦争が終わり、安堵しました。私も処刑されるのを待っていたところでしたが、アペリス様の導きにより救われました」
老人は真っ白になった顎髭をたくわえ、人の良さそうな笑顔をネルに向けた。
「偏にネル様のご活躍の賜物です。本当に何と感謝して良いものか」
「いや……」
ネルは首を振った。戦争におけるネルの活躍など、微々たる物に過ぎないとネルは思っていた。
そんなネルの様子を見てとると、老人はそんなことは無いというようにゆるゆると首を振った。
「ネーベル様は、帰られましたか?」
老人がだしぬけにそんなことを訊くので、ネルはついギクリとして、老人の顔を見直してしまった。老人は温かい笑顔で、ネルを見守っている。惚けているのだろうか。
「ネーベル様の帰りも、きっと近いですね。それでは」
老人は微笑みながら去っていった。
ついさっき墓参りを終えた分、ドキリとした。あの老人は、何故今更父のことを言ったのだろうか。それも生きているみたいに……。
ふいにアルベルが近づいてきた。
「デイサービスの仕事でも始めたのか」
「うるさいね」
「ネーベルって誰だ、お前の父親か?」
アルベルには、父親のことをあまり話したことがなかった。いや、他の誰にも。
「ああ、そうだよ」
ネルはアルベルに向かって頷いた。
「ネーベル・ゼルファー。元クリムゾン・ブレイドの隠密で、私の実の父親さ」
ネルはアイレの丘へ向かって歩き出した。
「いつからだろうね……国内には、ネーベル・ゼルファーは生きているという声も根強いんだよ。生存は絶望的、でも厳密には長年行方不明状態だったから、いつかひょっこり帰ってくるという声も多くあった」
ネルはうつむいて首を振る。
「……でも、ちゃんとあそこで眠ってた」
隣を歩くアルベルが、疑い深い声を出す。
「本当にお前の父親か?」
「そりゃ……確かめようはないけど、手を下したウォルターが言うんだから本当だろうさ」
「一番信用ならねえジジイじゃねえか」
アルベルが軽く言うので、ネルはアルベルの身体を小突きながら、蔦の木のしたの白い墓を思い出していた。
アルベルは結局国境まで送ってくれた。それ以降は部下がいて人目につきやすいので帰らせた。
ネルがシランド城へ帰ったのは夕方になってからだった。
今日は墓参りのために午後からは休暇を取っていたが、自室に帰ると部下からの報告書が山になっていたので仕事にかかる。
時折、部下が訪ねてきては息抜きのようにおしゃべりをした。
「タイネーブの入った後はぁ、なんだかぁ変な匂いがするんですぅ〜」
「わっ、ファリン! なんてことをバラすの!? それもネル様の前で!」
「だってぇ〜」
部下の馬鹿な話にお腹を抱えて笑えるのも、平和な証拠だ。
「こらファリン。タイネーブも女の子なんだから、そんなことバラしてやらないの」
「でもぉ、本当に! におうんですぅ〜」
「タイネーブが臭い話はわかったから」
「ちょ、ちょっとネル様! 誤解しないでください! 私はちゃんと毎日お風呂に入ってますし、変なものだって食べてません!」
「え〜うそだぁ。この前ぇ、カレーにあんこ載せて食べてましたぁ」
「えぇ……」
「辛かったんです! 中和されるんですよ!」
「あとぉ〜、パムパム虫の足アイスにぃ、キムチを載せて食べてましたぁ」
「変わった嗜好の持ち主だね……」
「ネル様、違うんです! 美味しいんです!」
にぎやかな部下のやりとりに茶々を入れながら、報告書に目を通し、判子を押していく。アーリグリフ方面もグリーテン方面も、至って平穏の様相を呈していた。気になるのは国内の動きだが、これも今は優秀な部下が対処してくれている。星の船やエクスキューショナー対処作戦を経験してからというもの、部下全体の動きのレベルが上がってきているのを感じる。
ネルは、明日の全体稽古にもますます力を入れようと身が引き締まるのだった。
いつのまにか小突き合いに発展していたタイネーブとファリンに、ネルは労いの声をかける。
「ふたりとも、最近ますます成績が上がってるね。ウィスダムの鷹の目事件が解決したのもあんたたちのおかげさ。これからも期待してる」
ふたりは互いを小突く手を止めると、わかりやすく照れて頭に手を当てた。
「いやぁ〜、タイネーブが一緒に来てくれたおかげですぅ〜」
「いや〜、ファリンの咄嗟の判断が無ければやられてました」
にやつきながら自分の頭を撫で回すふたりに、ネルは微笑んだ。信頼し合っているふたりがいれば、ネルも頑張れる。
その時、トントンとノックの音がして、アストールが入ってきた。
アストールはネルに、タイネーブとファリンはアストールに敬礼する。
「アストール。帰ってきたんだね」
「はい。久しぶりにゆっくりできました」
アストールは戦争以降初めての長期休暇を取っていた。ゲート大陸各地の温泉を巡って旅をしてきたのだという。
手には何種類もの饅頭の箱を抱えていた。
「みなさんで召し上がってください」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「ありがとですぅ〜」
ネルは手近に置かれた栗饅頭の包みを手に取る。タイネーブとファリンが、飲み物を用意しに食堂へ出た。
「でも、ずいぶん遠くまで行ったんじゃないかい? ゲート大陸の西端から東端の方まで行ったんだろう?」
アストールはきらりと眼鏡を光らせて、自慢そうに微笑んだ。
「ずっと夢だったんですよ。だからルートは完璧でした。野を越え山を越え、モンスターを退治しながら入る温泉は格別ですよ!」
と腕にも自信があるようだ。
「途中、ルプルという小さな宿場町に寄ったんですが、誰に会ったと思います?」
アストールはいきなりクイズを出すが、ルプルという地名に心当たりは無いので首を振る。
「誰なんだい?」
「フォスター様です」
その名前に、ネルは目を丸くした。それは父の直属の部下だったからだ。父を死に至らしめた作戦の参加者でもあり、父ネーベルとウォルター老との戦いで父に先に逃がされた部下の一人でもあった。その作戦以来、心を病んで引退し、今は旅に出たと聞いた。父の最後を知るわずかな人間の一人に、ネルの心はついざわついてしまう。
「現在、どうしているんだい?」
「小さな宿屋を営みながら、奥さんと共に道具屋もして、冒険譚を書いているようでした。お元気そうでしたよ」
ネルの小さい頃から、よく組み手の相手をしてくれる気さくな人だった。上手くねじ伏せたら──今思えばただの真似だったと思うが、子供相手に真剣に向き合ってくれた──頭を撫でて飴玉をくれる、優しい“おじちゃん”だった。父を亡くし、ネルがクリムゾン・ブレイドの地位に就く時は誰よりも祝ってくれた。あれからどうしているのかと思っていたが、ルプルという定住の地を見つけて地に足をつけ、結婚もしていたらしい。ネルは彼が元気だということを嬉しく思った。
「フォスター様とは一晩中思い出話に花が咲きました」
アストールは胡麻饅頭を頬張りながら楽しそうに話をする。
「フォスター様はネーベル様の一番の部下でしたからねぇ。今でもネーベル様は生きているんじゃないかと、そう思って暮らしているようです」
その言葉に、ネルはドキリとした。ネーベルは生きている。今日不思議と何度も耳にする言葉だ。
「僕も時々思うんです、ネーベル様は本当は生きているんじゃないかって……」
ネルは栗饅頭でカラカラになった喉をひくりと鳴らした。
「は? なに馬鹿なことを言ってんだい、あんたまで……」
「そうですよね、すみません」
アストールは頭を掻いたが、ネルはじっと、そんな彼から目が離せなくなった。