ウォルター邸を後にし、カルサアの街へと出る。結局、現実が変容していることがわかっただけだった。そしてそれは、着々と進みつつある……。
ネルは、アルベルを見た。アルベルは、護身刀竜穿のことを聞くと、ショックを受けているようだった。自分の知る現実が変容したものだったのだ。しばらく口に手を当てて考え込んでいるようだった。
「俺は、いつのまに変わったのか」
「あんただけじゃない、すべてが変容しつつあるらしい」
「……クソッ」
アルベルは何もない地面を蹴った。ネルの存在が消えつつある今、アルベルの周りはどう変わっていくのだろう。そんなこと、考えたくもなかった。
「とにかく、お前の親父に──」
アルベルが何か言いかけたその時、一人の女性がいきなり近寄ってきて、アルベルと腕を組んだ。突然のことに、ネルもアルベルも度肝を抜く。女性は構わず、花のように笑った。
「もう、アルベル様。こんなところにいたのね。ずいぶん探したんだから」
女性は同世代のようで年が若く、ブロンドヘアーがよく似合っていた。黄色いワンピースを着ていて、アルベルに美しい笑顔を向けている。
アルベルが咄嗟に腕を払い除けることを躊躇ったのは、その女性のお腹が膨らんでいたからだ。
「誰だ、てめぇ……」
「もう、ひどいな。マリンダですぅ〜」
女性は口を膨らませ、無防備にアルベルを見上げている。その様子は確かに、お似合いの夫婦のようだとネルは思った。
ネルはきびすを返すと、思いっきり走り出した。
「あっ、待て!」
アルベルの制止も聞かず、ネルは街の出口へ向かって走り出した。身体中がぶるぶると震えている。胸がはち切れそうに痛かった。こんなひどいことってない。もうこんな悲しみなど懲り懲りだと思った。
アイレの丘へ出ると、土がつくのも構わず走り続けた。
「おい、待て!」
遠くからアルベルの声が追いかけてくる。
ネルは振り向きもせず、めちゃくちゃに走った。もう二度と顔も見たくないと思った。アルベルが後ろで何事か言っているが、何も聞きたくないと耳を塞いだ。
曲がりくねった道をくねくねと蛇行しながら走り続けた。もうどこを走っているのかもわからなくなった。そのうちにいきなり足を取られ、木の根のようなものに引っ掛けてしたたかに地面に身体を打ちつけた。
「くっ……」
身体中がとても痛かった。それ以上に心が痛かった。
ネルは身体をうつ伏せたまま、顔に土が着くのも構わず泣きはじめた。口の中に泥が入る。
やがてアルベルが追いついてきて、ネルを起こそうとすると、ネルはアルベルの身体を泣きながら殴りはじめた。アルベルの身体のバランスが崩れて倒れ込んでくる。
「おい、落ち着け! あれは……」
「知らないよ、馬鹿野郎! 馬鹿! 馬鹿!」
ネルが強い力でアルベルの胸を叩くのに、アルベルの身体はびくともしなかった。それがまた悔しくて、何度も何度も叩き続ける。そのうち、アルベルの手がネルの手首をつかんだ。
「聞け! あれに関しちゃ前からいる。現実が変容したんじゃない! 元々いるストーカーだ!」
「はぁ!?」
「俺も誰だか知らねェが、元々勝手につきまとっては腕を組んでくる距離感ゼロのクソ虫だ! 旦那がいるのにまだつきまとってきやがる」
そんなことを聞かされても、ネルの腹の虫は収まらなかった。
「そのうち私のこともそう言うんだろう!? あんたはそのうち、『お前は誰だ』とか言い出すんだ!」
「落ち着け! そんなわけないだろうが! そんな悲しい顔、すんな……」
気がつくと、アルベルの右手がネルの頬を撫でていた。ネルは手を止めて、アルベルを見る。胸が詰まりそうなほど、心配そうな苦しそうな顔をしていた。思わず手が止まる。
アルベルはゆっくりと、ネルの頬についた泥をぬぐった。
ネルは止まらない嗚咽に喉をひくつかせながら、震える声でさらに言う。
「でもあんたは、どうせ女を買って、避妊もせずに孕ませたりしてるんだろう?」
するとアルベルは眉を顰めた。
「どんな妄想だよ阿呆……俺は惚れた女は幸せにする主義だ」
アルベルはネルの乱れた髪をゆっくりと耳にかけた。それはとても愛のある仕草に思えた。
ネルは、ようやく泣き止む。そんなネルの涙の雫を、アルベルは丁寧に吸い取った。何度も優しいキスをするように。やがてふたりは、土の味のキスをした。それはとても深いキスだった。
やがてふたりは、起き上がった。
ネルは子供みたいに泣いたことが照れくさかったが、アルベルは今の現実を考えれば当然だろうと言った。
これからどうしようと、途方に暮れる。現実の変容をどうすればいいのかわからなかった。だが、アルベルは口を開いた。
「お前の親父を殺る……」
「はっ?」
ネルはつい、険のある声を出した。この男は何を物騒なことを言っているのだろう。
「なんてことを言うんだい」
「考えてもみろ。この現実は全部死んだお前の親父が生きていることから端を発してるじゃねぇか。すべての根源であるお前の親父が生きている限りどうしようもねぇ」
「そんな……それで、何もならなかったらどうするんだい」
「それはわからねぇよ」
父を殺す──ネルには考えてもみない選択肢だった。
「とにかく、そのうち帰ってくるんだろ? 生きてるんなら、会ってみるしかねぇじゃねぇか」
「それは……」
確かに、会ってみないことにはわからないことが多すぎる。だが父を手にかけるなんてことは、どうしても考えられなかった。
迷うネルの肩に、アルベルは手を置いた。
「なに、殺るのは俺だ。お前は見ていなくてもいい」
「そう言う問題じゃない……」
「一度失われた命が戻ってくると、厄介なことになるもんだ」
アルベルは知ったような口をきいて、立ち上がった。アルベルの差し出された手で、ネルも立ち上がる。
とにかく今は身体がボロボロに疲れているので、アリアスの宿屋へ泊まろうという話になった。
宿屋のベッドで、隣同士で眠る。アルベルはすぐに寝息を立てたが、ネルはなかなか寝つけなかった。
あくる朝、ネルは
「誰だ、お前は」
というアルベルの声で目が覚めた。
ふと隣を見ると、アルベルが不審な表情をしてこちらを見ている。ベッドサイドに立てかけた刀に手をやる寸前だった。
ネルは、「ああ」と思った。ついに来たのだ、恐れていたこの時が……。
ネルは思わず跳ね起きる。ベッドの上のアルベルと距離を取ると、
「私はネル・ゼルファー」
と言った。敵意がないことを示すためだ。
「フン。身のこなしが只者じゃねぇな。同業者か?」
「そんなところさ……」
ネルは手早くベッドの下に置いていた護身刀を出口に向けて蹴った。それと同時に出口に向かって駆け出す。
アルベルは素早く行く手の壁に刀を刺したが、ネルはそれを潜り抜ける。それから床の護身刀を拾って、扉を開けて駆け出した。寝起きの悪いアルベルは、それ以上追ってくることはなかった。
ネルは絶望的な気持ちのままアリアスを出て、シランドへ向けて歩き出した。ついにひとりになってしまった。世界が真っ暗になった気分だ。もうこれ以上、何を奪われるというのだろうか。シランドに自分の居場所はない。自分を覚えている人がひとりいなくなった。
もう、生に執着する意味もないのではないか。このまま流れに身を任せてみようかとも思った。最後に一目、生きている父に会いにいくのでも、いいのではないか。
そんな投げやりな気持ちになりながら、シランド城へ着いた。父は戻ってきているだろうか。
かつて自分の部屋だった扉を、トントンとノックしてみる。すると、まぎれもなく父の生真面目な声で、「はい」と聞こえた。ネルの心臓がいきなり跳ね上がる。ゴクリと唾を飲み込んだ。激しい動悸のするまま、ゆっくりとその扉を開ける。
父は書き物机に向かって書き物をしていた。その懐かしい横顔に、涙があふれそうになる。父がふと振り向いて、目を見開いた。
「ネル……」
「お父様……」
父の眼が、激しく揺れた。やがて立ち上がり、その大きな胸板にネルを抱いた。ネルの眼から熱い涙がこぼれ落ちる。
「会いたかった……」
父はネルの頭を何度も撫でながら、強く抱きしめた。まるで父の方が帰りを待っていたみたいだ。ネルは父の胸から離れ、父の顔を見上げた。父は最後に会った時よりも、少し歳をとっていた。目の掘りが深くなり、頬の皺が少し増えている。まるで長い間悲しみにとらわれていたみたいに、眉がずっと固定されたように八の字だった。
「生きていたんだね」
父が言うと、ネルは首を振った。
「お父様の方こそ、死んでいたじゃないか……」
父は、わけがわからないという顔で、優しく笑った。
「おいで」
父はネルを椅子の方へいざなうと、自分も隣の椅子に座った。
「何があったんだい?」
父は優しくネルに問いかける。ネルはぽつりぽつりと、今まであったことを話した。父がウォルターに討ち取られたこと、それから数年後、急に父が生きている現実に変容したこと、それと入れ替わりにネルが死んだことになったこと、現実の変容が今でも続いていることなどを。最後に腰の鞘から抜いて護身刀竜穿を見せると、父の顔はとても驚いた顔になった。それから父も腰の鞘からダガーを抜くと、それもまた護身刀竜穿だった。
シーハート24世の代からの貴重な国宝とまったく同じものが、ふたつとあるわけはない。
しかしふたつの現実が、どういうわけか混ざり合ってしまったのだ。
父は、しばらく考えているふうだったが、やがて朗らかに笑った。いきなり笑ったので、ネルは戸惑った。
「ボーイフレンド、できたのか」
笑いながらいきなりそんなことを言うので、ふざけているのかと思った。
「お父様、何を言っているんだい? こっちは真剣に話をしているんだよ」
「こっちも真剣さ。墓を一緒に暴いてくれた子が、ボーイフレンドじゃないのか?」
父が訊ねると、ネルは急に無言になるので、父はますます笑いながら、ぽんぽんとネルの頭を撫でる。こんな子供扱いは久しぶりだ。
「いい男か?」
やがて急に真剣な眼で訊ねるので、ネルは面食らった。ネルはあからさまに動揺しながら、小声で答える。
「……いいヤツ、ではあるよ……」
すると父はほっとしたようにネルをながめた。
「なんか、娘が恋をしてるとこういう気分なんだな……」
「どういう気分だっていうんだい!?」
しみじみとしている父に申し訳がないように、ネルは切り出した。
「元敵国の将と言ったら、笑うかい……?」
すると父はくすぐったそうに笑いはじめた。
「はははっ、笑わないさ」
「笑ってるじゃないか……」
父はひとしきり笑うと、急に真剣に語りはじめた。
「敵は時として一番理解し合える存在にもなり得る。そうだろう?」
「まぁ、そういうこともあるかもしれないけど……」
「互いに力を認め、尊敬し合っていれば尚更だ。信念が真摯であればあるほど、得てして敵同士は同じ正義で戦っているものだ。分かり合うことができれば、同じ正義で立ち上がれることもある」
ネルは、アルベルとの日々を反芻していた。決して尊重し合っていたとは言えない最初だが、共に戦うにつれ、仲間のうちでも一番信頼する実力の持ち主となったことは、偶然ではないのだろう。
「私の知っている人か?」
父の問いかけに、ネルがこくりと頷くと、父は満足そうに頷いた。
「だとしたら一人、心当たりがある。アルベル・ノックス君だろう?」
父の直球に、ネルはあからさまに目が泳いだ。
「なんてことを言うんだい、お父様!」
「じゃあシェルビーか?」
「気持ちの悪いことを言わないでおくれ……」
「アルベル君は、少し突っ張ったところがあるけど根は優しくて、一緒に旅をしている間、ネルが生きていたら合うんじゃないかと思っていたんだよ。生きているのなら、そりゃあ合うに決まってる」
「そうか。こっちの現実じゃ、お父様がフェイトたちと旅をしたんだったね」
父は頷くと、まるで乙女のように顔を両手で包み込んだ。
「そうか〜! ネルとアルベル君か〜!」
父の嬉しそうな様子に申し訳ないが、少し気持ち悪い。
ネルは先ほどのアルベルとの一幕を思い出して、少し寂しくなった。
「でももう彼は、私のことを忘れたよ。出会う前に私は死んでいたようだからね」
他人事のように語るネルに、父は
「小さい頃に会ってるといっても、もうおぼえてはいないようだね」
と寂しそうにつぶやいた。
しばらく沈黙が流れる。
やがて父は「さて」と立ち上がった。
「ネル、おいで。イリスの野に行こう」
イリスの野は、もう茜色に染まって日が暮れかけていた。
ネルは父の大きな背中を追いかけながら、何をするのだろうと思っていた。まさか戦うわけでもあるまい。
しかし父は、イリスの野の端の方まで行くと、急に立ち止まった。父の背中が、夕焼けに縁取られている。
「ネル、私を倒しなさい」
父の言った言葉が、ネルには信じられなかった。アルベルと同じことを言うではないか。
「お父様、それはできない──」
「いいから倒しなさい。私とネルは、同じ現実にはいられない。もちろん手加減はしない。その上で、私を倒しなさい」
父は、それだけ言うと、鞘から護身刀を抜いた。いきなり振り向いて、間髪を入れず技を繰り出してくる。
「肢閃刀!」
ネルはあからさまに衝撃波を浴び、後ろに尻もちをついた。父は続けざまに風陣を唱えようと、意識を集中させている。
「お父様!」
ネルは激しい風の力に巻き込まれ、意識ごと吹き飛びそうになる。
「お父……様……」
「ネル、やれ!」
父は今まで向けたことのない眼でネルを見ていた。愛する父を倒すなんてどうしてできよう。それでも父は、娘にそれをやらせようとしている。ネルは心の中で叫んだ。父を二度も失うなんて、断じて考えられない。
ネルは震える脚でなんとか立ち上がり、黒鷹旋を避けた。
「お父様、やめて!」
叫びながら、もう一度返ってくる黒鷹旋を後ろ手に避ける。するといつのまにか間合いを詰められていて、目の前で影祓いを繰り出された。
またもまともに転んでしまい、激しく尻もちをつく。避ける暇もない。
ネルは痛みと悲しみで、泣き出しそうな気持ちを堪えた。自分の生のために父を葬ることなどできない。どうしたら父にわかってもらえるのか。
「お父様、ごめんなさい、お父様……」
だが父は、幾度も技を繰り出し、ネルを圧倒した。
ネルは子供のように懇願し、逃げ惑うしかなかった。
木の上に登り、技を避けるネルに、父は黒鷹旋で木ごと断ち、逃げる隙を与えない。
汗があぶらのように張り付いていた。
このままではこの不甲斐ない自分が、父に我が子を手にかけさせてしまうのではないかと思った。
手がぶるぶると震える。ネルは鞘の護身刀を引き抜いた。
父は容赦なくサンダーフレアを唱え、その隙にネルと間合いを詰めた。
──殺る気だ。
父から強い殺気を感じた。ネルはびりびり痺れる身体に鞭を打って、背後までめいっぱい飛び退く。父の足を止めるために、黒鷹旋を打った。父もまた背後に飛び退く。二十メートルほどの距離がふたりを分つた。
その時、ネルは思った。「やれる」
ひとおもいに──
ネルは最終奥義を唱えはじめた。父が近づいてくる。
「裏桜花……炸光!」
イリスの野に桜の花びらが舞い散り、ネルの軌道が父をとらえた。まともに父とぶつかる。そのまま身体を翻し、激しい竜巻の中、父の身体は翻弄されていった。
いつのまにか、眠っていたようだ。
父の笑い声がきこえる。
──いやぁ、ネルとアルベル君か〜!
父は心底嬉しそうに笑っている。
──お似合いのふたりだと思っていたんだ。
父はとても優しい声で囁くように言った。
──幸せになるんだぞ。
父の笑い声は、いつまでも温かくネルを包み込んでいた。
──ル……!
──ネル……!
どこかから声がする。ネルは夢見心地でその声に向かって歩き出そうとした。でもどこなのかわからない。
声のする方を探っているうちに、いきなり耳元で声がした。
「ネル!」
はっとして目を開けると、アルベルが必死の形相でネルを抱えていた。
「アルベル……?」
ネルはまだ夢の中にいるようにアルベルを眺めていたが、今まであったことを思い出すと、
「お父様……!」
とアルベルの首にしがみつき、アルベルを面食らわせた。
「おい、寝ぼけてんのか? 俺はお前の親父じゃねぇぞ……」
アルベルは言ったが、まるで応えるように強くネルの背を抱いた。
ひとしきり抱き合うと、ネルは周りの様子が見えてきた。坂の下に軍人墓地が見える。朝の光に照らされて、白く整然と輝いている。後ろを向くと、蔦の木の下に、よく磨かれた白い墓石があった。
ネルがアルベルを見ると、アルベルは安心したように息をついた。
「もう大丈夫なんだな……」
しかしネルには、どうなったのかわからなかった。目の前のアルベルがどの現実にいるのかもわからない。
「あんたはどのアルベルだい……?」
直球で訊くと、苦笑まじりの笑いが返ってきた。
「お前がふたつの現実で彷徨っているのを間近で見ていた俺だ」
それをきくと、ネルはほっとした。ずっと一緒にいたアルベルに違いなかった。
「探したぞ。お前がここに倒れていると気づくまで、シランドまで行った。どいつもこいつもお前を探していたぞ」
「死んだ私を……?」
「いや、生きているお前だ。この現実じゃぁ、お前は死んでいない」
アルベルはチラリと墓に目をやった。よく磨かれた墓は、ネーベル・ゼルファーの墓に違いなかった。
ネルはアルベルの腕から離れ、ネーベルの墓に祈りを捧げた。また涙が出そうになるのを、必死にこらえた。
「ウォルターは無事かい?」
「あぁ、ムカつくことにピンピンしてやがる」
ネルは心底安堵した。戻りたかった現実に戻ってきたのだ。
ふたりは軍人墓地を出て、カルサアの噴水の前に座った。
朝の新しい風が、ふたりの間を心地良く吹き抜ける。
「……殺ったんだな、親父を」
「……ああ、そのようだね」
すべて終わったんだ。その気持ちが、充足感と虚無感を交互に味わわせてきた。
「それにしても、なんであんたは私を忘れたんだい? ひどいじゃないか」
するとアルベルは気まずい顔になって、すまなそうな顔をした。
「スマンな……自分でも、よくわからん」
「ふぅん」
「ただな……考えたんだが、ルシファーと戦った時のことをおぼえているか」
「忘れるわけないだろ」
「あの時、俺たちは世界が消えるわけないと信じた。たとえ消去されようとも、自分たちはここにいると信じた。消えてなんかないと信じた。いわば、あの時に俺たちが創造主となったんだ」
ネルは頷いた。
「そうだね」
「それが、ネーベル・ゼルファーの墓を訪ねた時のお前は、『ネーベル・ゼルファーが生きている』と言われた時、簡単に揺らいだ。その弱さが、違う現実を創っちまったんじゃねぇのか」
アルベルに言われて、ネルもそう思った。街の老人や、フォスターやアストールの言葉に簡単に心が揺らいでしまったのだ。父が生きていれば、どんなにいいだろうかと。だが、死者は甦らない。甦らせてはいけない。
ネルは強く頷いた。
「うん。ありがとう、アルベル。もう揺らがないよ。もうひとつの現実は懲り懲りだ」
するとアルベルは微笑んだ。そんなアルベルの右手に、左手を繋ぐ。
「でも、父は喜んでいたよ。私たちがこうなったことをね。あんたがお気に入りだそうだ」
「そうか……俺にとっちゃぁ話にしか聞かねえが、変わってるな、お前の親父」
ネルは父のうっとり笑う姿を思い出し、少し含み笑いをする。それから目の前のアルベルをじっと見つめた。
少しデートをしてから、シランドへ帰ろうかと考えた。
そんなネルの企みをさとったのか、アルベルは嬉しそうに少しニヤついた。