地面に描かれた直径5メートルほどの円陣へと誘導される。
その中で幸翔は上級生と向かい合う。高3相当の男と対峙する事で幸翔の幼さが今一度、強調される。男の身長は170そこそこと特筆するほどの長躯でもなかったが、それでもなお、その身長差は優に40センチメートルはあり、文字通りに大人と子供だった。
「これより3年生『
立合の決闘委員が手にする『
幸翔の知る天然ダンジョンと比してなお瘴気濃度は薄かったが、これにより普通科の生徒にもスキルが使用可能となる。
「両者所定の位置につきましたね? 最終確認です。準備はよろしいですか。装備の点検など怠りの有りませんよう」
「はーい! 大丈夫です」
「了解っすわー。覆面でどこの誰だかとんと見当もつかない見知らぬ委員様」
左右両手の中指にそれぞれ嵌めた指輪の具合を確かめながら、相手の匿名を幸いに、おちょくるように笑って答えた。
「わぁっ。それで殴られたら痛そう」
チンピラ男の指輪についての素朴な感想。
指輪はどちらも肉厚く武骨な造りで、右手の指輪のトップには
俗に言う
「正解。そりゃもう痛いぞー。怖いなら、やめるのは今の内だぞー」
「やめないよ」
「そもそも受諾済みなので無理です」
しょうもないやりとりに、むべもなく切り捨てる立会人。どうしても辞めたくなった場合は、決闘開始後に降参しなさいと続けた。
二人の様子に、準備は終わった物と見做した立会人が、決闘の開始を宣言する。
「では、始め……!」
そして、決闘が始まった。
まず砂が舞った。
開始と同時に『
「目つぶし! ……でも!」
対して幸翔の翳した手から衝撃波が迸り、飛来した砂を吹き散らす。衝撃波はそのまま直進して男に襲いかかるが、これを男は拳打で以て消し飛ばした。
お互いに牽制の初撃はノーダメージで終わった。
「あはは。やっぱり【ザン】くらいじゃ効かないか」
「舐めてもらっちゃ困るな。あんなもんダンジョン低層を吹いてるそよ風にだって劣るぜ」
男は嘯くとボクシング風のステップを踏み始める。
「が、ちぃと見誤ったな。今のは魔法だよなあ。前衛物理職かと思ってたんだが、テメェあの怪力で魔法職なのかよ。どんな倍率のバフ使えるんだか」
喋りながら摺り足で近づきジャブを放つ。次いで間髪容れず再度のジャブ。攻撃は途切れず、最初のジャブのニ連打に続けて、右ストレートからの左フックのコンビネーション。
その拳撃は鋭くも滑らかであり、ただレベルアップによる身体能力の拡張に甘えた大振りなパンチとはまったく異なる、修練を積み重ねた人間の動きだった。
対する幸翔もまた人間離れした身体能力を発揮して、ヒョイヒョイと飛び回っては打撃を回避して、時折に迎撃の魔法を織り交ぜる。こちらは純粋に異常に身軽だった。
「1年生、避ける避ける。前世はダビデか牛若丸か! 3年生の攻撃がいまだ一つも当たりません!」
立会人とは別の決闘委員会の人間たちが実況と解説のような事を始める。
「『
「そうですね。『
「なるほど。レア職業は毎年のように新しい物が見つかっていますから、ありえる話ですね。ですがそうなると、あの狭い空間の中だと術士は不利なのではないでしょうか」
「わかりませんよ。名前からして
「それは確かに! 期待が高まりますね。おぉっと。解説委員大当たり。早速『
「地獄の獄卒、
幸翔に呼び出された直立二足の赤い馬が、
「はっ! 拳闘試合がお望みってか? 上等だ。来いやウマムスコ! ぶっ飛ばしてやんよ」
サングラスの丸いレンズの奥で、目に爛々と物騒な光を灯した『
流麗な足捌きから繰り出されるプロボクサー裸足の打撃の嵐。
馬怪の攻撃は全て空振り、男の攻撃は全てクリーンヒットした。
ジュニアでの規定の2分1ラウンドにも満たない速戦即決。
「俺様、お前、タコ殴り! ってなあ!」
馬頭の悪魔は全身至る所を殴打され、最後は顎下から振り抜かれたアッパーカットで、その特徴的な頭部を刈り飛ばされて
男が全身から湯気を昇らせ、乱れた気息を整える。
そこへ隙と見て、再び衝撃の魔法が放たれる。今度は先ほどよりも威力の高い魔法だった。それが複数。一本調子ではなくタイミングを変えて撃ち出される。
「があぁぁぁぁ……!」
男は吼えると拳を乱打する。
金切り音が響いた。
拳打と衝撃魔法とがぶつかりあい、決闘に臨む両者を再度引き離した。
絶技であった。乱舞する無数の見えざる衝撃波を、男は全て拳で叩き落として見せた。
「おーいてー。さっきより明らか威力が上がってるじゃねーか」
「またまた。全部撃ち落とされちゃったから、無傷なんでしょ」
「ばーか。こっちは素手でやってんだぞ。痛いもんは痛いに決まってんだろうが」
へらへら笑いながら言うものだから、傍目には言葉ほど堪えている様には見えなかった。
「そっか。ボクシングだもんね。本当はグローブ着けてやるんだ」
「いんや。普段使ってるのは魔法金属の籠手だな。敵の攻撃弾く盾の代わりにもなるんだぜ。だから無いと痛い目を見る」
「今みたいに?」
「今みたいにだ」
幸翔の確認に重々しく頷く。そして二人はワハハと笑った。
「なんて言って怪我もしてないじゃん。オロバスだって軽くあしらわれちゃったし」
「あの花嫁攫ってそうな馬野郎、オロバスってのか。まっ。こんくらいはな。オドだかプラーナだかを一点に籠めれば肉が鉄より堅くなる。真面目にダンジョンに潜ってる3年生なら誰だってできるさね。3年ならだぜ? 逆になーんで1年坊主がこんな芸当ができんのよって俺は聞きたいね」
普通、一年生が使用する魔法なんて弾く必要すらない。だが、弾き飛ばさないと殺られると直感した。手に感じた圧力は自身の勘の正しさを肯定していた。
それにさっきの
「え? うーん。半年間真面目にレベリングしてたから?」
「本当にふざけたガキだな。半年てお前。まだダンジョンで若返りの薬を見つけたOBでしたーって言われたほうが信憑性があるわ」
「もう! ホントなんだから仕方ないでしょ!」
年齢と経歴の偽装を疑う上級生に幸翔はプンプンと怒る。
「気の抜ける怒り方しやがって。この喧嘩にゃどうでもいい話ではあるけどよ。……本当にパイセンじゃないんだろうな」
「違うよ!」
「はん。そんじゃまぁ、生意気な後輩に先輩様の意地とボクシングの真髄を見せてやるとしますか……ねっとぉ!」
気の抜けたトークタイムの最中。
ショートワープめいた歩法で一瞬で距離を詰める。会話の途中の意識の間隙を縫う不意打ち。他の武術体系で言う縮地と無拍子の合わせ技である。
そして放たれるフックからのストレートパンチ! と見せ掛けて、拳の中に隠していたマジックアイテムを起動する。
右手の指輪がニュルリと溶ける。
「死ねやぁっクソダボがぁっ!」
拳闘のステップを踏み、ジャブを繰り返して、正統派のボクシングスタイルで戦うと印象付けを行い、トドメに真髄を見せてやる云々と真面目ぶって宣言した直後の不意打ちであった。
指輪が形を変えて手の中に出現した警棒を思わす金属棒を、喧嘩屋は思い切り幸翔の脳天目掛けて振り下ろした。
融通無碍に形を変える魔法金属。時に籠手となり、時に金棒となる男の切り札。
男の攻撃は、完全に油断していた幸翔の頭頂部にクリーンヒットする。
観衆は男の子の頭がザクロの様に天辺から割れる光景を幻視した。さもなくても、脳挫傷は確実な攻撃に、円陣の外で喝采と罵声と悲鳴が上がった。
立会人は粛々と蘇生の準備に取り掛かった。
「卑怯っ! これは卑怯だっ!」
実況役の委員が興奮もあらわに煽るように叫んだ。
「突然の凶器攻撃。どう見られますか、解説の委員」
「お忘れですか。これはボクシングの試合ではなく『
今回の決闘は、チンピラ男が幸翔にふっかけた形となるので、決闘の内容を決める権利は幸翔にあった。その際、彼の「でも。あんまり詳しくないから」という理由で、一番基本のルールとされるバーリトゥードが選択されていた。
武器の使用、スキルの使用、急所への攻撃。一対一を守る限りは真に全てが許される、外の世界ではあり得ない、本物のバーリトゥード。それがこの学園における決闘のスタンダードだった。
「なにより彼のクラスは『
「言われてみれば確かに! これは手札を伏せて事を運んだ喧嘩巧者を称賛するべき場面でしたね。それはそうとして頭を打ち据えられた1年生の安否が気遣われます」
「……どうなってやがる」
一人、打撃を加えた当人だけが違和感を覚えていた。
化勁を修めた『
甚だしい気持ちの悪さに背筋がピリつく。
受け流されたのではない。堅くて通らなかったのでもない。何かしら理不尽な力でダメージを無理矢理半減させられた。そんな感覚だった。
「あー。ビックリしたあ……!」
目を白黒させながら幸翔が言った。言葉の通りに驚いてこそいる様子だったが、脳天への即死間違いなしと思われた攻撃を受けたにもかかわらず、全然ケロッとしていた。さわさわ頭を撫でているのが、いっそ空々しかった。
「どういうカラクリよ」
「パッシブスキルで耐性を付けておくのは基本でしょ」
「それはゲームかなんかの話だろ。確かにゲームみたいな学園だがよ。俺らがやってるのはゲームじゃないんだわ。んで? パッシブつったか。なんだそのぶっ壊れスキル」
無条件での恒常的なダメージ半減。
「タンク連中が泣いて欲しがりそうなスキルを後衛の術士が平然と持ってくんなよ」
幸翔的には一人のメガテニストとして、耐性止まりで無効も吸収もできない現状には不満があったので、相手の大仰な反応に面食らってしまった。
「ぶっ壊れてるの?」
「壊れもいい所だよ」
がなりたて。ガシガシと頭を搔きむしる。
「マジかよ。やってらんねえぜ」
天を仰ぐ。
この男、人格はカスだが、実力は確かな物があった。
学園における一人前のダンジョン攻略者とされる第三段階のクラスホルダーだ。それも成りたてではなくレベル30に迫らんとするBランク倶楽部の堂々たるエース。
累計レベル80の壁を突破した本物だ。
彼が就く『
その上で、子供を躊躇なく殴れる精神性と、言動に反してその実は子供相手と侮らない狡猾さを併せ持っていた。
最初に腕を掴まれた時の力の強さと序盤の攻防で見て取った幸翔の身体能力。両者を勘案して勝てると踏んだ。だからこそ踏み込んで、伏せていたカードで勝負を決めに行ったのだが。
「やっべ。勝てねーわ。これ」
不意打ちの初撃にだけ乗る特大バフ――『盗賊』系のバックスタブの派生スキル――も積んでのアレなので、ここから通常の攻撃で削り切れる自信がなかった。
「なら降参する?」
「ばーろー。勝てないからって投げ出すような逃げ腰で、喧嘩屋稼業が勤まるかよ。勝てないなら勝てないで、最後までテメーをボコしてやんよ」
嘯くと男は拳闘スタイルからガラリと変わった半棒術の構えを取る。あるいはこちらが本領か。
「そっか。じゃあ。ボクもちょっとだけ本気を出すね」
「……お手柔らかに頼むわ」
「あははっ! やーだねっ!」
男の言葉に幸翔はアッカンベーすると一つのスキルを起動した。
【サモン:ピクシー】
覚醒初日からの相棒。メガテニストの友。サマナーの呼び掛けに応じて、蝶とも蜻蛉ともつかない翅を生やした愛らしい小妖精が呼び出される。
「ピクシー! おねがい!」
「前後も仔細もわっかんないけど、つまりアレをやってってことよね! まっかせて!」
ふわふわした幸翔の指示に、妖精ピクシーはキャハっと笑うと、契約者と相対する武器を構えた男を狙い定め、究極の魔法を解き放った。
【メギドラオン】
天から光の柱が落ち大爆発が巻き起こる。
そして後には何も残らなかった。
「むぅ……! MAG薄すぎ。これだといい所メギド以上メギドラ未満のプチ爆発じゃん」
自身が齎した大破壊に、なお火力不足と不満たらたらの妖精の姿があった。
「ありがとうピクシー。十分な働きだったよ」
「ふふん。それほどでもあるわ。……それよか、あたしの体、透け始めてない?」
「顕現に必要な分まで全部、さっきのメギドラオンに吸い取られちゃったのかもね」
更に言うと、円陣ごと決闘空間と外を隔てる結界は吹き飛んでいて、残された僅かな瘴気も、大気中に霧散し始めていた。
「えー。あたしの出番これだけー?」
「ダンジョンの中には十分な
「絶対、ぜったいだかんね、サマナー!」
そう言い残すと妖精は煙の様に消え去った。
「……なにあれ」
「まったく分からん。分かるのは三段階職のチンピラ風情に使っちゃダメな魔法だって事くらいだな」
惨劇を目撃したばかりの実況と解説が、擬態も忘れて素の言葉でやりとりを交わしていた。
共に五年生である。それも第四段階に至った古強者。魔法スキルの類は散々見てきた。威力だけなら超える物もあった。だが、あれは甚だ異質だった。
魔法キチの『
「妖精ちゃん、あれで不完全みたいな事言ってたぜ?」
「完全に発動するとどうなるのかは、ちょっと考えたくもないな」
「もう少し威力が強かったり、ポーションの準備が遅れていたら、危なかったかもしれない」
立会役の決闘委員が話に混ざる。
「おつおつー」
「お疲れ様」
「本当だよ。
今まで蘇生作業に大わらわであった為、疲労困憊の様相であった。
不完全メギドラオンに消し飛ばされた三年生の蘇生はギリギリで間に合った。
幸翔が頭を殴られた時、遠からぬ決闘の終着を察した立会人が、その場で開封しておいた蘇生用の
「やっぱ。『あっち側』なんかね」
「それ以外にないだろ」
まっとうな『術士』にしてはぶっ飛び過ぎている。精神面も性能面も共に明白な
大体が派手に周囲を巻き込んで大惨事の中に滅んで行く。恐ろしくも迷惑な連中であった。
「やれやれ。参ったね。ウチの跳ね返りが挑戦する方だってのは端から解っちゃあいたが、あそこまでハズレてるとは」
当人は自分が挑戦する側に振られた理由を、一年生に有利になる様に取り計らっていると思っていた様だが、なんのことはない、ただ最上級生の目から見た幸翔が真正の怪物でしかなかったからだ。
規格外の中の規格外。
カテゴライズするべきは、自分たち学生の席ではなく、Aランク倶楽部が総力を挙げて攻略する高難易度レイドのボスの列だろう。
「酷い部長さんもいたもんだ。ぶん殴ってでも止めてやればいいのに」
「言って聞かせて聞くタマじゃないよ。あのアホは」
声で自分の倶楽部の部長だと分かってて野次を飛ばしてくるようなゴロツキである。
とは言うものの、ここまでの大惨事になるとは思っていなかったのも確かである。自分の見通しも甘かった。
「ありゃあ
「違いない」
「翠さんも難儀な相手に惚れてしまったな」
見れば、小さな決闘勝利者の胸に飛び込んで、感極まった様子で人目も憚らずにキスを交わしている。
彼女だって規格外存在の恐ろしさは知っている筈なのだが、恋心とは人を強くも弱くもする。
承知の上で苦難の道を歩くと決めたのだろう。
決闘委員会の男たちは、今や残り少なくなった、マトモに物が考えられるだけの自我を残す同級生の前途に思いを馳せた。
「あと、学内の安全の為にもさっさとパートナー契約を結んでくれ」
メガテンと言えばピクシー。
ピクシーと言えばメギドラオン。