【魔女は復讐の夜に】絶望は復讐の夜に焚べられて【ダクソ2】 作:仮面巨人
一夜明けても、雨はまるで収まることを知らなかった。
むしろ益々勢いが増しているような気がする。
村を抜けて街へと向かう森の道を歩きながら、アラディアは歩いていた。
そう、歩いていた。
手に持った剣を一度も振るうことなく、無造作に。
「……凄いわね」
そう呟くアラディアの眼前に広がるのは、点々と続く死体の山だった。
人間の死体ではない。
悪魔堕ち。
子鬼たちや案山子憑き、かつて村を捨てた後に森に潜んで堕ちたのだろう者たち、それの死体が道なりに転がっている。
どれもこれも両断され、貫かれ、矢で射たれ、あるいは凄まじい火で焼かれたように炭となり、あるものは手足だけ残して叩き潰されていた。
これだけならどんな恐ろしい悪魔憑きが潜んでいるのかと警戒するところだが、何故かアラディアにはそれをなしたのがわかった。
ファーナムだ。
あの騎士然とした甲冑の男、彼が成したものだと何故かわかった。
どうやら彼も目的地は同じらしい。
だから同じルートを歩いているアラディアはやるべきこともなく、ただ片手に持った魔女の大剣を揺らしながら歩くしかなかった。
「何者なの?」
死体の道の一つに、かつて自分が死闘の果てに倒した大鬼が、それも二体も並んで転がっているのを見て、アラディアはため息を付くしかなかった。
自分が同じことが出来るかといえば無理だ。
アラディアは魔女だ。
百年以上前、突如として攻め込んできた悪魔共に、教会と共に悪魔と戦ったのが魔女である。
人外の存在にして、人間とは比べ物にならない生命力と力を宿すおぞましき悪魔と戦える種族。
育ての親も古き魔女であり、彼女に剣を始めとした武具の使い方を叩き込み、魔女のみが使えるとされる魔法も授けた。
【イデア】と呼ばれるあらゆる存在がその内に秘める活力。
その力を操り、自分の肉体を強化し、魔法を扱う超人である。
だから、その大人でさえ振り回すのに苦労しそうな大剣を、その細く美しい手で自由自在に振り回すことが出来る。
国によって指名手配されていた凶悪な手配犯が率いる盗賊団も、アラディアは単身で滅ぼしたほどだ。
しかし、悪魔は強い。
本当に恐ろしく手強い。
ただの子鬼でさえ、
復讐のために磨き上げたアラディアの剣腕でさえも苦戦し、慎重に1体ずつ隙を突いて、あるいは銃で怯ませて叩いていかねばならなかったぐらいだ。
大鬼との戦いは本当に死闘だった。
こんな調子で本当に街まで、そして教会に辿り着けるのか。
そんな不安に駆られていたところに、この光景である。
楽出来ることに罪悪感を感じつつも、これをなしたファーナムに本当に何者なのか。
疑問が浮かぶも、その当人はいない。
「と、上ね」
死体の並んだ道から外れた方角、伸びる巨木の上から気配。
アラディアはスカートに覆われていない足を剥き出しにしゃがみ込み、跳ねた、
跳躍。
高く跳ぶ、常人ではありえない距離を飛び上がる。
これが魔女の能力。
空を渡るかのごとく、空中にて二歩歩き、風のごとく駆け抜ける。
魔女狩りから逃げ、あるいは立ち向かう魔女たちのその姿から、さながら夜を渡る。
”夜渡り”とある時代では教会から呼ばれた特徴。
飛び上がり、手を伸びした先にある太い木の枝に手をかけて、滑るように、踊るように跳び上がっていく。
その速度は――潜んでいたものたちの予想を越えていたらしい。
「じゃあね」
待ち構えていた案山子憑きの背後に飛び降りて、回るように足を叩きつけた。
キック。
落下していくそれから既に視線を剥がし、アラディアは左手を振り上げた。
イデアから具現化――魔女の銃。
炸裂音と共に、魔力を篭めた
子鬼の
その体幹が崩れたところを、右手の大剣から燃えるように細い刃が出現する。
それは今にも朽ち果ててしまいそうな細剣。
されども朽ちようとする時こそ力を発揮するのかもしれない。
矢のように踏み込んだアラディアの手から閃いた突きは、子鬼の腹を突き、さらに喉を突いて破った。
「グGYA――ぁあああああ」
悲鳴を上げて、激痛の生じる箇所をとっさに手で抑えようとする。
それが彼の死因だった。
何があっても気にしなければいけない足元を踏み外して、落ちた。
「ふぅ」
殴っても、斬っても中々死なない悪魔堕ち。
それに対してもっとも簡単で斃す方法はなんだろうか。
魔女ならどんな高さから落ちても大体死なないし、受け身が取れるが、それ以外はそうでもない。
子鬼の潜んでいた激しく上下に歪んだ洞窟で、アラディアは学んでいたのだ。
叩き落として、叩き落として、それでも死ななければチクチク殴れば相手は死ぬと。
少なくとも階子を使ったり、跳び上がって追ってくることはここらへんの悪魔堕ちは出来ない。
死亡確認に吸い寄せられるイデアを吸収しながら、アラディアは息を整えて、また跳んだ。
他の悪魔堕ちたちへ同じ末路を与えるために。
● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ――
「
使い込まれてみすぼらしくなった細剣。
見た目はボロボロだが、よく見れば手入れがされており、使い込み具合からきちんとした剣技の使い手だったことがわかる。
だが、職を亡くし盗賊へと身を落とすことなど、この時代ではよくある話である。
それが裏切りだろうと、正義を貫いた結果だろうと。
● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ―― ● ――
「上の道は、彼は来ていないようね」
落として殺した悪魔憑きの死体と砕いたコンテナの残骸の中、隠されていた宝箱。
そこから奇妙な形をした骨の剣を見つけた。
魔女特有の跳躍力で渡った先にある通路に隠されていたから、ファーナムが気付かなかったのだろう武器を回収し、イデアに変換。
胸に納めるように仕舞い込む。
魔女はイデアを操る。
それは存在を構築する粒子そのものを使うことであり、自分のイデアを浸透させることによって、その変換の対象に出来る。
魔女の剣も、先程の朽ち細剣も、討ち倒した大鬼から手に入れた揺らめきの大剣も、アラディアの内にあり、必要ならいつでも取り出せる。
使える道具や武器であれば一つでも多く集める。
それは復讐を成し遂げる確かな道だ。
アラディアは周囲に潜むものがいないか見渡したあと、馴染んできたスカートの裾を翻して跳び上がる。
高い木々の上に張り巡らされた橋とロープに、溜め込まれて腐った物資の数々。
おそらく悪魔堕ちしたものから逃れようと造り上げたのだろう頭上の避難所。
しかし、そこで誰かが悪魔に堕ちたのだ。
腐り果てた食料や、噛み砕かれた骨の欠片、至る所に染み込んで雨でもなお洗い流せない惨劇の跡から彼女が想像出来るのはそれだけだ。
「ん?」
探索の帰り道、動かなったリフトの仕掛け。
それが動いた形跡があった。
異変があればわかるようにマークをしていたものが外れている。
「まさか」
慎重にレフトのレバーを動かして見る。
ロープの滑車音と共にリフトが降りてきた。
誰かが使ったのだ。
誰が?
悪魔堕ちではありえない、彼らにそんな知能が残っていない。
そもそも上へと引き上げないために上げていたのだろうリフトだ。
心当たりは1人しかいなかった。
細剣から使い慣れた魔女の剣に武器を切り替え、リフトで上昇していく。
かつて人が出入りのために使っていたのだろう
雨は強くなっていた。
そんな雨音でも消せない音が響いていた。
誰かが戦っている音だ。
「ッ」
雨に濡れた前髪を掻き上げて、アラディアは走った。
雨に濡れ、泥に塗れたスカートが、上布が肌に張り付くのも構わず駆ける。
雨の中で立ち込める霧を切り裂くように飛び込んで。
彼女は見た。
――巨大な
それは八つの手を生やしていた。
見上げるほどの体躯に比べて、身体は細く、まるで固く黒ずんだ木々のよう。
常人であれば見るだけで怯え竦み、逃げ出すことしか出来ないだろう異形。
しかし、甲冑の騎士は戦っていた。
片手に中盾を、右手には変哲もないありふれたロングソードを握って、転がりまわっていた。
そう、転がっていた。
上から悪魔の手が振り下ろされるのをバックステップで躱し、横薙ぎに振るわれる丸太のような一撃を、前転する飛び込みで躱す。
そして、カサカサという足音が聞こえてきそうなほどに素早く小刻みな動きで八つ手の悪魔の背後に回り込み、その尻を両手持ちで
「GIYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
ケツをブスブスと両手で握ったロングソードで
その度に火花が、火が噴き出す。
斬ったものを焼く魔法が掛かっているのだろうロングソードに、臀部を焼かれた悪魔が咆哮を上げる。
「GIYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
その怒りに振り回された無数の手を、甲冑の騎士はまた転がりながら、あるいはカサカサと後ろに回り込みながら、刺した。
刺して、刺して、刺した。
「GIYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
怒りに震える悪魔が手を振り回し、甲冑の騎士はまた転がりながら、あるいはカサカサと後ろに回り込みながら、刺した。
刺して、刺して、刺した。
悪魔が地面を、木々を叩いて、落としてくる落石の時には全速力で逃げた。
それがなくなったら早足で距離を詰めて、また躱して、飛び込んで、後ろから刺す。
あるいはメイスに持ち替えて、足を殴った。
その繰り返しだった。
騎士道の欠片もない戦い方だった。
「うわぁ」
アラディアは別段騎士に憧れているとか、戦いに正道ありなんていうつもりはない。
そんな人間が復讐を志すわけがない。
それでも、多少の幻想は抱いていた。
あんなかっこいい獅子を思わせる甲冑を纏った男はさぞかし立派な戦い方で悪魔堕ちたちを屠ってきたのだろうと。
しかし、現実は非情だった。
明らかに手慣れた、いや、ローリング自体には必死さを感じるが、あまりにも慣れきった後ろへと回っての躊躇のない攻撃の連打。
敵に回したくないと思わせる強さだった。
「あっ」
消耗したのだろう、よろよろとふらつく八つ手の悪魔が振り回した手。
それを今まで構えてなかった左手の盾で、
「ふんっ!」
それで姿勢が崩れて、落ちてきた悪魔の頭に――燃える剣先がめり込んだ。
「GAAAAAAAAAA!」
血しぶきが、炎と共に噴き上がる。
悪魔が絶叫を上げながら後ろへと崩れ落ちて、最後の断末魔のように手足をばたつかせる。
地面が揺れる。
甲冑の騎士は慌てることなく距離を取り、アラディアは気付いた。
「危ない!」
上から落ちてくる落石に気づいていない。
アラディアは跳んで、彼の頭上で岩を弾くように剣を振るった。
――その叩いた岩が放物線を描いて、暴れていた悪魔の顔面に直撃した。
「あ」
「あ」
いい音がした。
それが最後のトドメになったのだろう、悪魔の巨体が崩れ落ちる。
グズリと泥のように溶けて、そこから淡い白い光が噴き出した。
イデアだ。
それを呆然とアラディアは流れ込んでくるものを感じながら、最後に残った巨大なイデアを見た。
「あ、あの」
横取りしてしまったような、いや、事実その通りなのだが。
でも、イデアを使う技術などないだろう、だからしょうがないのだ。
そんな言い訳が頭の中で浮かべながら、アラディアは甲冑の騎士――ファーナムに声をかけようとして。
気付いた。
彼は、
「……
何かを呟いて、一瞬確かに
「いるか? 今の自分には必要ない」
そういって八つ手のイデアを、彼は少しだけ推しそうに、いや、かなり本当に惜しそうにアラディアに差し出した。
「あなた……何者なの」
「ファーナムだ」
「そうじゃない!」
そうじゃない。
「今、イデアを見た! 触れてた! どういうこと!? これは普通の人間には感じられないはずなのに! なんで」
「
「ソウル?」
聞き覚えのない言葉。
アラディアの困惑も置いて、彼は言った。
「俺は不死だ」
と。
今更この程度のソウル砕いても、レベルアップも出来ないしなぁ。
と、巨人王のソウルを二桁以上砕いたことがある彼は思っていた。