「まのこい天秤」エマ√の後日談です
本編1話〜8話、エマ√1話〜5話を読んでいることが前提の話になります
ニ月の生徒会室は、暖房の効いた空気と紙の匂いで満ちていた。
窓の外には、まだ冬の色が残っている。校庭の木々は枝ばかりで、空も薄い灰色をしていた。けれど、生徒会室の中だけは妙に忙しない。
長机の上には、卒業式関連の資料がいくつも広げられていた。来賓名簿、三年生の出席確認票、在校生代表の席配置、式場に並べる椅子の配置図、備品のチェックリスト。花台、マイク、紅白幕、案内板。聞いただけでは何となく分かるが、実際に書類として並べられると、どれがどれだか分からなくなってくる。
その資料の山を前にして、生徒会長である二階堂ヒロはいつも通り背筋を伸ばしていた。
俺と桜羽エマは、その向かい側に並んで座っている。
「大鐘は名簿と出席確認票の照合を。エマは、配置図の番号確認を頼む」
「了解」
「はーい、ヒロちゃん」
二階堂から手渡された書類を受け取り、俺はすぐに後悔した。
名前番号出欠欄備考また名前また番号。
……生徒会に入ったのは、間違いだったかもしれない。そんな考えが一瞬、頭をよぎる。
晴れて付き合うことになった俺とエマは、エマの提案により、二人で生徒会に入ることになった。
俺はもともと、二階堂から生徒会入りを打診されていた。
一方でエマにとっては、二階堂と一緒に過ごす時間を取り戻すという意味があった。
エマと二階堂は、ずっと幼なじみのような存在だった。けれど、エマの魔法の問題があってから、二階堂はエマを遠ざけるようになった。エマを傷つけないために。エマが誰かを傷つけてしまう未来を避けるために。
けれど、その問題はもう解決している。
少なくとも、エマが誰か一緒にいることを、二階堂が恐れる理由はなくなった。
だから、エマは笑って言った。
ヒロちゃんと一緒にいられるし、ヒカリくんとも一緒にいられる。だったら、生徒会に入ればいいよね、と。
その時のエマはとても楽しそうで、俺も悪くないと思った。思ったのだが。
「大鐘、またミスだ」
「はい」
この結果である。二階堂が俺の確認した名簿を指で示す。見ると、確かに一行ずれていた。三年生の名前と出席番号が、途中からずれている。
俺はペンを持ち直し、修正する。自分が、事務作業にここまで向いていないとは思わなかった。
文化祭の罰で少しだけ作業を手伝った時は、特に問題がなかった。あの時は目の前の仕事を片づけるだけだったし、量もそこまで多くなかった。
だが、こうして継続的に、似たような書類を何枚も見比べるとなると話が違う。
「勉強もそうだけど、ヒカリくんは苦手なことが分かりやすいよね」
隣で配置図を確認していたエマが、楽しそうに言った。
「そうか?」
「うん。得意なことの時は目がきゅってなるけど、苦手なことの時は目がふわってなる」
「ふわって何だ」
「ふわって」
エマは両手で、何かが空中に溶けていくような仕草をした。
とても可愛かったので、頬を撫でておいた。「えへへ」と、だらしなく笑うエマがとても可愛かった。
それを見た二階堂は、小さくため息をついた。
「大鐘。しっかり確認するように」
「はい」
「難しい作業ではない」
俺は黙って書類へ視線を戻した。二階堂はもう一度、深いため息をつく。そして、小さな声で呟いた。
「キャッチャーマスクから覗いたあの理知的な眼は、全てブラフだったのか……」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言った」
容赦がない。エマは隣でくすくす笑っている。
「ヒロちゃん、ヒカリくんはすごいんだよ」
「それはわかるが、この書類の上では一切発揮されていない」
「じゃあ、ボクが助けてあげる」
「エマは自分の作業を終わらせてからだ」
「もう終わったよ」
二階堂が目を細めて、エマの手元の配置図を確認する。
そこには赤ペンで丁寧に印が入っていた。番号の重複には丸、空席になる場所には斜線、確認済みの欄には小さなチェック。俺の書類とは違い、見事に整っている。
二階堂は一瞬だけ黙った。
「……よくできている」
「えへへ」
エマは嬉しそうに笑った。そして、そのまま俺の方へ椅子を寄せてくる。
「じゃあ、ヒカリくんを手伝うね」
「助かる」
エマは俺の名簿を覗き込む。肩が触れるくらい近い。というか、完全に触れている。
「まず、ここから一緒に見よっか」
「ああ」
「それじゃ、手繋ごっか?」
「わかった」
「それはおかしいだろう」
二階堂の声が、即座に飛んできた。
エマは、きょとんとした顔で二階堂を見た。本当に、どこがおかしいのか分かっていないような顔だった。
「今は仕事中だ。正しくない」
「むぅ……ヒロちゃんのケチ」
「好きに言うといい」
二階堂は腕を組み、涼しい顔で言い切った。
エマは少しだけ頬を膨らませる。けれど、すぐに楽しそうに笑って、俺の方へ向き直った。
前までであれば、こうして二人が軽く言い合うこともなかったのだろう。
二階堂はエマを遠ざけ、エマはその距離を寂しがりながら、何も知らないふりをして笑っていた。
互いに大事に思っているのに、近づけなかった。
今は違う。二階堂はエマを叱る。エマは二階堂に甘える。そのやり取りが、当たり前のように生徒会室にある。それだけで、この場所にいる意味があるような気がした。
「ヒカリくん、ここはね」
エマは俺の書類を覗き込みながら、自分の椅子をぴったりとこちらへ寄せてきた。
肩どころか、腕まで触れている。というか、ほとんど隙間がない。
「この名簿の並びと、こっちの確認票の並びが少し違うんだ。だから番号だけ追うんじゃなくて、名前の最初の音も一緒に見るといいよ」
「なるほど」
「それで、この行は飛ばして、こっちと合わせる」
エマの指が、紙の上をすっと滑る。
説明は分かりやすかった。俺がさっきまで何度も引っかかっていた箇所が、急に整理されて見える。
ただし、エマは説明しながら、空いている方の手で俺の腹をつついている。妙にくすぐったい。
「……エマ」
「なあに?」
俺は少しだけ身を固くした。むずむずする。
だがここで変に反応すると、二階堂が怒る。なので、できるだけ平然としておくことにした。
エマは俺の反応を見て、面白そうに目を細める。
「ヒカリくん、我慢してる?」
「してない」
エマは笑いながらも、説明はちゃんと続けている。
「ここは来賓の席だから、こっちの出席確認票じゃなくて、別紙の方を見るの。ほら、こっち」
「ああ。おっ、分かりやすくなった」
「でしょ?」
エマは得意そうに胸を張った。悔しいが、本当に分かりやすい。さっきまでただの数字と名前の列に見えていたものが、少しずつ頭の中で形になっていく。
「助かった」
「うん」
エマは満足そうに頷いた。そして、何も言わずに頭をこちらへ差し出してくる。柔らかな髪が、ふわりと揺れた。
これは、撫でろということだろう。
俺は二階堂の視線を少し気にしながら、エマの頭に手を置いた。軽く撫でると、エマは気持ちよさそうに目を細めた。
「ん……」
猫みたいだった。白く柔らかい髪が指の間をすり抜ける。エマは少しだけ肩の力を抜き、俺の手に頭を預けてくる。さっきまで書類を説明していた時のしっかりした顔とは違い、今は完全に甘えるための顔だった。
けれど、その表情には不安がない。
構ってほしくて、視線が欲しくて、わざと隙を作る。
エマは、そういう寂しがりやの女の子だった。
ただ今は、その甘え方が、少しだけ真っ直ぐになった。
俺が見ていると知っている。俺が離れないと信じ切っている。だから、安心して全力で構われようとしてくる。
……自分で言うのも何だが。
俺はもう一度、エマの頭を撫でた。
「よくできました」
「えへへ」
エマは嬉しそうに笑う。その向かいで、二階堂が書類を手にしたまま固まっていた。
「何を見せられているんだ、私は……」
心底からの呟きだった。
エマは俺に撫でられたまま、ニコニコと二階堂を見る。
「生徒会の円滑な作業風景?」
「どこがだ」
二階堂は深く息を吐いた。それでも、エマの頭から俺の手をどけろとは言わなかった。
二階堂は、まだ少し納得のいかない顔をしていた。
けれど、エマを強く叱ることはしない。いや、できないのかもしれない。
俺一人相手であれば、もっと鋭い。けれど今は、エマが俺に甘えるたびに、眉間にしわを寄せながらも最後の一線では黙っている。
その様子が、少し面白かった。あの二階堂ヒロが、エマに対してだけは妙に弱い。
もちろん、理由は分かっている。
遠ざけてしまった時間がある。守ろうとして、傷つけた時間がある。
だから今、エマがこうして笑っていることを、二階堂は簡単には否定できないのだろう。
「ヒロちゃん」
エマが、俺に頭を撫でられたまま顔を上げた。
「卒業式って、寂しい?」
二階堂の手が、資料の上で止まる。
「……急だな」
「うん。今、思ったから」
エマは机の上に広げられた配置図を見つめていた。
たくさんの人が集まって、そして誰かがこの学校を去っていく日のための配置。
「人が、いなくなっちゃうんだよね」
「卒業だからな」
「そっか」
エマは短く答えた。その声は、いつもの甘えるようなものとは少し違っていた。
ふわふわしているのに、どこか遠くを見ているような声。
「ボク、前だったら嫌だったかも」
エマは小さく笑った。
「誰かがいなくなるのも、場所が変わるのも、今が終わっちゃうのも。全部、ちょっと怖かったと思う」
俺は、エマの頭に置いていた手を止めた。
二階堂も何も言わない。エマは続ける。
「でも今は、ちょっとだけ分かるよ。離れることと、終わることは違うんだよね」
その横顔は、穏やかだった。
「また会う約束をすればいいし、次に何をするか決めればいい。そうしたら、今が終わっても、続いていくんだよね」
「……そうだな」
俺が答えると、エマは嬉しそうに笑った。
二階堂はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
「その考え方ができるなら、卒業式の準備をする意味も分かるだろう」
「うん」
エマはくすくす笑いながら、赤ペンを持ち直した。
俺も名簿へ視線を戻す。卒業式の準備。終わりのための作業。
けれど、エマにとってはもう、ただ怖いものではないらしい。
そのことが、少しだけ嬉しかった。
生徒会の業務が終わったのは、夕方に差しかかる少し前だった。
土曜日だというのに、卒業式の準備で半日近く書類と向き合わされる。しかも、俺はその書類仕事にまるで向いていない。何度も二階堂にミスを指摘され、エマに助けられ、ようやく解放された頃には、頭の中が数字でいっぱいになっていた。
その後、エマと2人で早めの夕食を済ませた。そして一度女子寮へ戻ったエマが、材料の入った袋を抱えて俺の部屋にやってきた。
俺はベッド脇の床に座り、机の上を片づけながらため息をつく。
「土曜日に生徒会業務って、冷静に考えるとおかしくないか」
「おかしいね」
エマはあっさり同意した。
彼女は制服ではなく、部屋着に着替えていた。淡い色のゆったりしたニットに、膝下までの柔らかそうなスカート。いつもの制服姿よりずっと力が抜けていて、肩に落ちる髪も少しだけ無防備に見える。
そのくせ、表情はいつものようにふわりと笑っている。
……正直、かなり目に悪い。いや、悪いというか。良すぎるというか。
俺は目のやり場に困り、わざとらしく机の上の教科書を揃えた。
「ヒカリくん、こっち見ないの?」
「片づけてる」
「片づけながらでも見られるよ」
「器用じゃないんだ」
「さっき書類でも証明してたもんね」
そう言うと、エマは楽しそうに笑って、俺の隣にちょこんと座った。
距離が近い。生徒会室では二階堂の目があったせいで、多少は遠慮していた。いや、あれで遠慮していたのかは疑問だが、少なくとも今は明らかに遠慮がない。
エマは俺の肩に頭をこてんと預けてきた。
「ヒカリくん、お疲れさま」
「疲れた」
「うん。頑張ってたね」
「かなり頑張った」
「偉い偉い」
エマの手が、俺の頭に伸びてくる。
ぽん、ぽん、と軽く撫でられた。普段なら少し照れくさい。けれど今日は、本当に疲れていたせいか、その優しさが妙にありがたかった。
「……もう少し甘やかしてくれ」
「いいよ」
即答だった。エマは嬉しそうに目を細め、俺の頭をもう少し丁寧に撫でる。
「ヒカリくんは、今日もいっぱい働きました。苦手な書類も頑張りました。ヒロちゃんに怒られても逃げませんでした」
「子供扱いされてる気がする」
「甘やかしてって言ったの、ヒカリくんだよ?」
「そうだった」
「じゃあ、続けるね」
エマは俺の髪を撫でながら、くすくす笑った。
「偉いね。かっこいいね。ボクの彼氏は頑張り屋さんだね」
「……それは恥ずかしい」
エマは少しだけ頬を膨らませた。その仕草も、部屋着の柔らかな雰囲気と合わさって、妙に甘い。
俺は咳払いを一つして、机の上に置かれた袋へ視線を向けた。
「それで、今日はチョコを作るんだったな」
「うん」
エマはぱっと顔を明るくした。
今日は二月十四日。バレンタインデー。二階堂からは生徒会メンバーとして義理チョコをもらったが、エマのチョコはまだだった。
エマは、完成品を渡すのではなく、二人で作りたいと言ってきた。
「材料、持ってきたよ」
エマは袋の中から、板チョコ、生クリーム、ココアパウダー、小さな型、ラッピング用の箱とリボンを取り出していく。必要なものは一通り揃っているようだった。
「本格的だな」
「大丈夫、ボクがしっかり教えるから」
エマはチョコの袋を持ったまま、こちらを見上げた。
「そのかわり、途中でいっぱい構ってね」
「作業の邪魔にならない範囲でな」
「範囲はボクが決めるね」
「不安しかない」
「大丈夫。今はヒロちゃんがいないから」
「それが一番不安なんだが」
エマはニコニコと笑うだけだった。
俺たちは机の上をきれいに空け、材料と道具を並べていく。小さなボウル。ゴムベラ。湯せん用の器。ラッピング用の箱。エマは手際よく配置を決め、俺は言われるがままに動いた。
「ヒカリくん、手洗ってきて」
「ああ」
「戻ってきたら、まずチョコを細かくするところから」
「了解」
洗面所で手を洗い、部屋へ戻る。
エマは袖を少しまくり、ボウルの前で待っていた。
柔らかな部屋着の袖口から覗く白い手首。楽しそうに揺れる髪。こちらを見て、ふわりと笑う表情。
この少女は、俺の恋人だ。
それを意識した瞬間、また少しだけ心臓が跳ねた。
「ヒカリくん?」
「……何でもない」
「嘘だ」
エマは楽しそうに笑う。そして、板チョコを一枚、俺の手に乗せた。
「じゃあ、作ろっか」
その声は、甘いチョコよりも少しだけ柔らかかった。
チョコ作りは、思っていたより難しかった。
いや、作業そのものはそこまで複雑ではない。板チョコを細かく刻み、湯せんで溶かし、生クリームを混ぜ、型に流す。エマの説明も分かりやすく、手順だけなら俺でも何とか追える。
問題は、エマだった。
「ヒカリくん、チョコはもっと細かくね」
「ああ」
「こうだよ」
エマは俺の後ろに回り、包丁を持つ手に自分の手を重ねてくる。
柔らかい部屋着の袖が腕に触れる。背中にエマの体温が近づく。耳元で、ふわりと甘い声がした。
「ゆっくり。急がなくていいから」
「……分かった」
「ヒカリくん、包丁よりボクのこと意識してる?」
「してない」
「嘘」
エマは楽しそうに笑う。否定したい。否定したいが、正直に言えばかなり意識している。
どうにかチョコを刻み終えると、次は湯せんだった。ボウルの中でチョコが少しずつ艶を持って溶けていく。エマはゴムベラを持ち、俺の隣でニコニコとそれを見守っていた。
「ヒカリくん、もう少し優しく混ぜて」
「優しく?」
「ボクの頭を撫でる時くらい」
「例えが近すぎる」
「近い方が分かりやすいでしょ?」
俺は反論しようとして、やめた。エマが楽しそうだったから。
俺が慎重にチョコを混ぜていると、エマは横から俺の腕にくっついてきた。
「エマ、作業がしづらい」
「じゃあ、ボクが支えるね」
「何を?」
「ヒカリくんの心」
言っていることはそれらしいのに、完全に甘えたいだけなのが分かる。
それでも、エマはちゃんと手元を見ていた。
火加減、湯せんの温度、チョコの固さ。俺が混ぜすぎそうになると止め、足りない時は教えてくれる。
その上で、全力でいちゃついてくる。だから困る。
「ヒカリくん、指にチョコついてるよ」
見ると、確かに指先に少しだけ溶けたチョコがついていた。キッチンペーパーを手に取る。
「もったいないよ」
エマは俺の手を取った。
そして、一瞬のためらいもなく指先についたチョコを舐め取った。
「……今ついてない指まで舐めなかったか」
「えへへ」
エマは顔を上げ、いたずらっぽく笑った。
危うくゴムベラを落としそうになった。エマは満足そうに目を細める。
「……作業を続けるぞ」
「照れ隠しだ」
その後も、エマの攻勢は続いた。ラッピング用の箱を取ろうとして、エマが棚の方へ手を伸ばした時だった。
「あ、届くかな」
「俺が取る」
「大丈夫──」
言いかけたエマの足元が、少しだけ滑った。俺は反射的に手を伸ばし、彼女の身体を受け止める。
「わっ」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
俺が息を吐くと、エマは俺の胸元に額を預けたまま、小さく笑った。
「ヒカリくん、もうちょっとくっつきたい」
「チョコ、固まるぞ」
「ボクも固まってるから」
「うまいこと言ったつもりか」
エマは悪びれもせずに頷いた。俺は困って、けれど離せなかった。
腕の中のエマは、昔のような危うさをまとっていない。触れたら奪ってしまうとか、そういう緊張ではない。
ただ、好きな相手が安心して甘えている。それだけなのに、俺はさっきから何度も惑わされている。
味見をする時にスプーンを持っていると、「あーん」と言い、俺が固まると「冗談だよ」と笑う。けれど、少し残念そうな顔をするので、結局こちらが折れる。
チョコを食べた彼女は、ゆっくりと目を細める。
「甘いね」
「だろうな」
「でも、もっと甘くできるよ」
エマは俺の肩にこてんと頭を預けた。
「ヒカリくんが、ボクのこと好きって言ってくれたら」
俺は黙った。エマは、待っている。
前みたいに、不安だから確かめようとしているわけではない。
ただ、構ってほしくて。甘やかされたくて。俺に見ていてほしくて、そう言っている。
そういうところは、たぶんこれからも変わらない。
寂しがりで、甘えたがりで、少しずるくて。けれど、ちゃんと自分の足で立とうとしている。
そんなエマが、俺は好きなのだ。
「好きだよ」
短く言うと、エマはぱっと顔を上げた。
「もう一回」
「一回だけだ」
エマはくすくす笑い、俺の手を取った。
「じゃあ、続きはチョコが固まってから」
「続きがあるのか」
「あるよ。今日はバレンタインだから」
そう言って、エマは俺の指に自分の指を絡める。
チョコ作りは、まだ終わっていない。
けれど、このままでは完成する頃には、俺の方が先に甘さで限界を迎えそうだった。
どうにか、チョコは完成した。
型に流し込まれた小さなチョコたちは、机の上にきれいに並んでいる。丸いもの、四角いもの、少しだけ形の崩れたもの。ココアパウダーを振ったものもあれば、細かな飾りを乗せたものもある。
後は冷やすだけ。
本来なら、そこで一息つくところだった。
うまくできたなとか、初めてにしては悪くないとか、そういう感想を言うべき場面だった。
だが、正直に言って俺はそれどころではなかった。
「ヒカリくん」
「……何だ」
「疲れた?」
「少し」
「ほんとに、少し?」
エマが、俺を覗き込んでくる。
部屋着の袖をまくったまま、少しだけチョコの香りが残っている。髪は作業中に何度も揺れて、いつもより少し乱れていた。その無防備さが、さっきからずっと俺の平常心を削っている。
俺は視線を逸らした。
「チョコ作りって、結構大変なんだな」
「うん。大変だったね」
「主に精神的に」
「どうして?」
分かっているくせに。
エマは楽しそうに首を傾げる。その顔を見ただけで、さっきまでのあれこれが頭に蘇る。
手を重ねられたこと。抱きしめたまま、しばらく離れなかったこと。指についたチョコを、エマが平然と持っていったこと。
そのたびに俺は動揺して、エマは嬉しそうに笑った。エマなりに、全力で甘えてきた。
「ヒカリくん、さっきから目を合わせてくれない」
「照れてる」
答えると、エマはぱちぱちと瞬きをした。それから、ふにゃりと嬉しそうに笑う。
エマは満足げに頷いた。
そして、冷やす前のチョコの中から、形の整ったものを一つつまみ上げる。
「本当は、冷やしてからの方がおいしいんだけど」
「つまみ食いか?」
「ううん」
エマは小さく首を振った。それから、そのチョコを口元へ運ぶ。
ぱくり、と。ひとつだけ、チョコを咥えた。
白い指先が唇から離れる。
エマはそのまま、何も言わずに俺を見た。
甘いチョコの香りが、部屋に残っている。
エマの瞳は、閉じられていた。
俺が逃げないことを信じている安心が、全身から溢れていた
俺は固まった。完全に固まった。
エマは、口元にチョコを咥えたまま、ほんの少しだけ首を傾げる。
まるで、次にどうするのかを俺に任せるみたいに。
「……」
「……んっ」
口の中に、チョコの甘さが広がった。
最初に感じたのは驚きだった。でもすぐに、甘さが押し寄せてくる。エマの唇は柔らかく、ほんの少しだけ震えている。でも、ちゃんと俺に触れている。
目を開ければ、至近距離でエマの長い睫毛が伏せられている。頬はほんのり染まり、肩に触れる手も小さく握られていた。
チョコの塊がゆっくりと口の中に落ちてくる。
熱で少し溶けていて、舌の上でとろりと広がる。濃厚な甘みとカカオの香り。けれどそれ以上に──エマの香りが近すぎて。
これはもう、ちょっとした口移しなんかじゃない。完全にキスだ。
エマはそっと目を開けた。
まつ毛が触れ合いそうな距離。彼女は少しだけ恥ずかしそうに眉をひそめながら、それでも俺を見つめてくる。
「……おいしい?」
「……チョコより甘すぎる」
答えながらも、俺はもう理性が飛んでいた。
耐えきれなかった。
その唇が、その距離が、その温度が、すべて愛おしくて。
俺は咄嗟にエマの肩を掴む。そのまま引き寄せると、もう一度唇を重ねた。
「……ん…っ」
エマの小さな声が漏れる。けれど抵抗はない。むしろ腕を回してきた。
甘い。本当に甘い。さっきよりもずっと深いキス。チョコの香りが交換されていく。エマの息遣いが直接伝わる。彼女の髪が頬に当たり、その柔らかな感触にも溺れそうになる。
エマはさらに抱きついてくる。
部屋着のニット越しに感じる体温。腰に回された手の力が少し強くなる。彼女の背中を支えるように抱き締め返すと、エマは嬉しそうに喉の奥でくぐもった声を立てた。
──このまま。
このままもっと深く。
もっと確実に。
そう思った瞬間だった。不意にエマが顔を離した。
「……えへへ」
小さな笑い声。
彼女は顔を真っ赤にしながらも、どこか余裕のある表情で俺を見上げている。
そして、チョコが固まりかけて少し乾いた口元をぺろっと舐めた。
その仕草が、また俺の脈拍を狂わせる。
「……今の、すごくドキドキしたね」
「……エマのせいだ」
「そうなの?」
からかうような口調。けれど瞳は潤んでいて、それがまた計算なのか素直な反応なのか分からない。
とにかく、もう一度キスがしたい。あれくらいでは満足ができない。そう思い、強く抱きしめようとすると、エマはするりと俺の腕から抜け出した。
「チョコ、冷やさなくちゃね?」
「え?このタイミングで?」
思わず呆けた声が出た。エマはふふっと吹き出す。
「だって、冷蔵庫に入れないと固まらないから」
「それは……そうだけど」
俺はお預けをくらった気分になった。というか、完全に焦らされている。
エマは、わざとらしくゆったりとした動作で、足音も静かに、完成したチョコを皿ごと手に取る。
背筋をピンと伸ばして、まるで緊張した舞踏会の貴婦人みたいな歩き方だ。
「じゃあ……冷蔵庫に、入れてくるね?」
声が甘ったるい。
振り返らずにそう言った横顔には、明らかに「待っててね」と書いてある。
わざとだ。絶対にわざとだ。
冷蔵庫のドアが開く。
金属的な冷気が微かに漂う。エマは皿を中にそっと置き、ラップもかけている。丁寧に、丁寧に。
一瞬のためらいもなく、すぐに閉められるはずの扉が──ゆっくりと、ゆっくりとスライドする。
カチッ……という無機質なロック音。
その音が響いた瞬間──俺はエマの背後にいた。
「ひゃっ!」
冷蔵庫に押し付けられるように立たせられたエマの身体を、後ろから覆い被さるように抱きすくめる。
さっきまで柔らかく包まれていた部屋着の背中が熱い。
「ヒカリく──」
言いかけた言葉を塞ぐように、俺はエマの顎を掴んで振り向かせた。
そして。
唇を奪った。
「ん……んんっ!?」
エマの目が大きく見開かれる。
でも抵抗はない。むしろすぐに俺の手に自分の手を重ねてくる。
さっきのキスとは全然違う。
深く。強く。貪るように。まるで「ずっと待ってた」と言わんばかりに。
歯列をなぞる。エマの肩がビクリと震えた。甘い香りがまだ唇に残っていて、それが余計に興奮を掻き立てる。
俺はさらに力を込めて抱きしめた。腕の中のエマが小さく息を呑む音が聞こえる。
エマの指が俺の手をギュッと握りしめる。
「ぁ……ヒカ……リ…く……」
切れ切れに呼ぶ声が蕩けていく。もう理性なんて働いてない。
口の中を探り尽くすような激しいキス。
息継ぎも許さないほどの情熱。
エマの瞳は潤んでいて、頬は真っ赤で、それでも必死に応えようとしている。
唇と唇の間で熱い息が交錯する。
エマの頬が真っ赤に染まっている。汗ばんだ額には前髪が数本張り付いていた。
突然、俺の口内で何かが触れた。
ぬるりとした温かな感触──
「……んっ!?」
エマの肩が跳ね上がる。
自分でも、気づいたらしい。自分が舌を出してしまっていたことに。
慌てて身体を引こうとするが、俺の腕はすでに背中に回されている。
「エマ」
名前を呼んだ瞬間──
彼女が逃げようとした舌が、再び俺の中へ滑り込んだ。
「あ……っ」
今度こそ明らかな喘ぎ声。
エマ自身も驚いたようだった。すぐに引っ込めようとする。
「ダメだ」
低く呟きながら、俺はエマの頭を押さえつけた。
逃げる舌を追い詰めるように絡める。
吸い上げ、擦り合わせる。
エマの喉の奥から微かな嗚咽のような音が漏れた。
「待って……っ…だってこれ……こんな……あっ……」
彼女の声は震えている。全身が小刻みに震えている。
「……どうした?」
問いかけながらも、逃げられないように腰を抱き寄せる。
エマは俯き、顔を手で覆おうとした。
「だって……ボク…変で……っ」
指の隙間から覗く瞳が潤んでいた。
「舌……自分で出したわけじゃなくて……身体が勝手に……だからっ……」
言い訳のように早口で言い募るエマの耳が真っ赤になっている。
「気持ちよかったのか?」
「〜〜っ!!」
わざと耳元で囁くと、彼女の全身がビクッと硬直した。
声にならない叫び。
否定も肯定もできない様子が愛おしくて仕方ない。
「恥ずかしがることないだろ」
今度はそっとキスをする。
啄むように優しく。しかし次第に深く。
「だって……こんな……ボク…っ」
抗議の声すら飲み込まれていく。
エマの舌は短い。普通に喋ったり食べたりするときには全く意識することもないほどだ。
だからこそ、無意識に求めて出てくるその行為が余計に扇情的だった。
促すように唇を開きかけると、エマは目を固く閉じる。
「ん……っ……ふぅ……っ」
控えめながらも確かに差し出される小さな舌。それを迎え入れるように俺も舌を伸ばした。
絡み合う粘膜の感触。エマの身体が弓なりに仰け反る。
「ぁ……ん…っ……ヒカリ……くん……」
途切れ途切れの呼びかけ。
冷蔵庫の冷たいドアに背中が当たっているのに
俺たちの体温だけが燃え上がっていくようだった。
エマの細い指が俺のシャツをきつく掴む。
「も……だめ……これ以上……」
訴えるように見つめる瞳は涙で滲んでいた。
まだ離せない。衝動が暴走する。
「嘘つきだな」
低く笑いながら俺はエマの腰をさらに強く引き寄せた。
彼女の足がガクンと折れそうになるのを支えながら
今度はゆっくりと侵入させる。エマの唇の端から透明な唾液が垂れていく。
「ん……んむ……っ…!」
苦しげな呼吸とともに漏れる嬌声。
それでも応えようと懸命に舌を動かす健気さ。
エマの短い舌が震えながら俺に巻きついてくるたびに全身の血が沸騰するような快感が駆け巡る。
冷蔵庫の微かな稼働音が響く空間で
俺たちは互いの境界を溶かし合っていた。
このまま時間が止まればいいと思えるほどに。
もう何分経ったのか分からない。
時間の概念が溶けたような世界で、俺たちはただ唇を重ね続けていた。
エマの足はがくがくと震え、とうとう膝が折れかけた。
慌てて抱き留めた彼女の体は、湯上がりのように熱くなっている。
「……っふ……」
ようやく唇を離した瞬間、エマは大きく息を吸い込んだ。
二人の間に銀色の糸が一瞬だけつながり、すぐに切れる。
長いキスの余韻が漂う。
冷蔵庫の冷気とはまったく別の熱気が部屋に満ちていた。
エマはぐったりと俺にもたれかかった。
「も……もう……」
掠れた声が響く。
俯いた顔から覗く耳は真っ赤だ。
「こんなに……ボク、初めてだったのに」
震える指で口元を隠しながら、エマが唇を尖らせる。
「俺だってそうだ」
「……ヒカリくんのえっち」
ぼそりと呟かれた一言に俺は思わず目を見開いた。
予想外の非難に戸惑う。誘ったのはどう考えてもエマの方だ。
「だって……っ!」
エマは顔を上げ、怒りと羞恥が混ざった表情で睨みつけてくる。
「舌……絡めるの……すごかったしっ……!それに……その……ボクの……」
そこで言葉を詰まらせ、拳を握りしめる。
「舌?」
「わざわざ言わないでっ」
エマが小さく抗議する。耳まで真っ赤になりながら。
「そもそもっ……ボクは無意識に出しちゃったのに……ヒカリくんがあんなに……その……」
語尾がどんどん消えていくそのモジモジした姿を見て、俺は完全にスイッチが入った。もう抑えが効く気がしない。
「エマ」
低い声で呼びかけると、エマの体がびくりと跳ねる。彼女はもう逃げる気配すら見せず、俺のシャツの裾をぎゅっと握りしめていた。
「ベッドに行こう」
有無を言わせぬ響きに、エマは顔を伏せたままこくんと頷いた。その仕草が愛らしくて余計に胸が高鳴る。
細い肩を抱き寄せ、ベッドへと導く。
エマは抵抗しない。むしろ俺に体重を預けてくる。完全に受け入れ体制だ。
「ちょ、ちょっと待って……」
ベッドの縁に辿り着いた瞬間、エマが小さく呟いた。また焦らす気か?とそう思った矢先だった。
「ヒカリくん……目閉じてて」
予想外の要求に眉をひそめる。が、逆らう選択肢はない。
「……わかった」
素直に瞼を下ろすと同時に
「……っ」
衣擦れの音が耳朶を叩いた。
シュルッ……パサッ……
微かな布地の擦れる音。
息遣いさえも聞こえるほどの静寂の中で、その音だけが妙に鮮明だ。
想像が加速して鼓動が早鐘を打つ。
数秒の沈黙。
「……いいよ」
エマの声がかかる。期待と不安が入り混じる中でそっと目を開けた。
「……?」
思わず首を傾げた。
エマは何も脱いでいない。部屋着のニットもスカートもそのままだ。
しかし彼女は少し頬を染めたまま俺を見上げている。
「……なんでまだ」
言いかけたその瞬間だった。
「手、貸して?」
エマが俺の右手を取り、自分の胸元へ導いた。
「──!」
柔らかな膨らみに掌が沈み込む。ニット越しの温もり
「これ……」
指先が伝える感触に息を飲む。
下着がない。
乳房の形が布地越しに浮かび上がっている。
エマは笑みを浮かべて俺の反応を見ている。
「……」
沈黙した俺を見て、エマは悪戯っぽく微笑んだ。
「ヒカリくん……着てる方が好きなんだよね?」
「なんで知って……」
「ヒカリくんの本、見ちゃった」
完全に知られていた。いつ見られたんだ。
衣服のラインで浮かび上がる身体の曲線。肌が露わになる寸前の儚さ。
俺が密かに焦がれていた性癖を、エマは理解していたのだ。
「いっぱい、汚してもいいからね」
エマが恍惚とした表情で俺の背に腕を回す。
俺は強くエマを抱きしめた。
薄暗い灯りの中で、二人の影が溶け合うまであとわずかだった。
ベッドの上で、エマを自分の足の間に座らせるように移動させた。背後から抱きすくめるような姿勢。彼女の髪が俺の頬をくすぐる。
俺の指はすでに彼女のニットの裾から潜り込んでいた。
衣服の内側から腹部を撫でていく。指先に伝わる柔らかな肉感。
「ん……っ」
エマが身をよじるたびに布地が波打ち、皮膚の起伏が鮮明になる。
「……お腹、柔らかい」
思ったままの言葉を零した。これは失礼だったかもしれない。
「もうっ……どこ触ってるの」
エマが不満げに唇を尖らせた。しかし本気の拒否ではないことはすぐにわかる。彼女の手は俺のシャツを握りしめている。
「ダメか?」
問いかけながらも手を止めない。下腹部へ滑らせる。
「ひゃ……っ!?」
エマが短く喘ぐ。
腹筋のない柔らかな部分を揉みしだく感触は新鮮だった。
普段は露出されることのない場所への愛撫。
「もぉ……ヒカリくんのへんたい……」
罵倒する声は蕩けている。後ろから、耳朶を舐めながら囁く。
「今さらだろ」
彼女の耳が朱に染まるのが見えた。
再び腹部から下へと指を這わせる。
ニットの丈は長めだが、太腿が僅かに覗いている。そこに触れる。
「っ」
エマが息を詰めた。
スカートの布越しでもわかる滑らかな感触。
しなやかな太腿に指を沈ませると、弾力と共に甘い香りが立ち上る。
「ここも……柔らかい」
繰り返すように呟く。触っていてとても気持ちがいい。手のひらに吸い付き、力をいれて揉むと変形してすぐ戻る。癖になりそうだ。
「太ももなんて触って楽しいの……?」
「楽しい」
困惑した声に即答する。
内腿の付け根あたりを重点的に撫で回す。
「やぁ……んっ……」
エマの腰がくねる。太腿同士が擦れ合う音が布越しに聞こえた。
「スカートって、このためにあったんだな……」
バカみたいな独り言を呟きながら、さらに揉みしだく。
伝わる体温。彼女の緊張と期待がそこに詰まっている気がした。
「も……すとっ……ってば……」
弱々しい抗議が聞こえてきた。しかし止めたくない。
「んっ……!」
キスを落とすと、彼女の全身から力が抜けた。
唇を重ねながら指の動きを大胆にする。
内腿の一番柔らかい部分を執拗に捏ねる。
「ふ……ぅ…んっ……」
キスの合間に漏れる吐息。
エマの指が、俺の頬を撫でた。
「……まだ、触りたい?」
ようやく唇を離した時、エマが虚ろな目で尋ねてきた。
「当たり前だろ」
「もう……ヒカリくんのえっち……」
長いこと太腿を弄んでいた指がようやく離れる。
「……」
ようやく太ももを解放された指が、今度はニットの下部からそっと持ち上がる。滑るように背中を通り過ぎ、脇腹を通って──
「……っ!」
エマの肩がぴくりと跳ねた。
「……あ」
小さく漏れる声。
俺の指はすでに、彼女の柔らかな膨らみの上にあった。
下着のない直肌。ニット越しではなく、直接触れる柔らかさ。
「……柔らかいな」
思わず言葉が零れた。
「もう……当たり前だよ」
エマの抗議は甘い。恥ずかしそうに目を伏せた彼女は、しかし俺の手を払い除けようとはしなかった。
「……んっ」
軽く握る。
布地の隙間から忍び込んだ指が、彼女の小さくも確かな胸の輪郭をゆっくりと辿っていく。掌全体で包むには収まりきってしまうサイズ。しかしそれが逆に、肌の繊細な凹凸や弾力の微細な違いを伝えてくる。
「……やっぱり、小さいよね」
自嘲気味に呟く彼女を宥めるように、人差し指の腹でそっと頂を撫でた。
「っ!」
彼女の体が僅かに震える。
「……多分、小さい方が興奮する」
本心を告げると、エマは耳まで赤くして俯いた。
胸があると服を脱ぐ前からわかっている女の子の胸より、触れて初めて感じられる胸の方が扇情的に感じる。初めて触るのにそんな気がした。
「……ばか」
可愛い。
掌全体を使ってゆっくりと揉みほぐす。小さくても十分な質量と柔らかさがそこにあり、指の間に溢れるような豊かな感触があるわけではないが──その代わりに形を確かめられるような密着感があった。まるで砂糖菓子を崩さないように壊さないようにそっと砕いていくような繊細な喜び。
「やっ……待って……!」
指先が乳首に触れた瞬間、エマの声が一段と高くなる。
「ここも柔らかい」
「言わないでぇ……」
掌に伝わる彼女の心臓の鼓動。速くて強い。俺の掌を通じてその緊張と期待が流れ込んでくる。
「ひかりく……ん…」
縋るように見上げる瞳。その無防備さに糸がぷつりと音を立てて切れた。
もっと触れたい。
ニットを少しだけ引き上げて、右胸が外気に晒される。
「やっ……はずかしい……」
両手で隠そうとする彼女を制し、そっとその手を退ける。
ほんのり桃色に染まった薄紅の肌。小さな頂きが呼吸のたびに上下する。
「綺麗だ」
「嘘……」
「嘘じゃない」
掌を下から掬い上げるようにして優しく包み込む。指の関節で頂を挟み込むように刺激すると、
「んんっ!」
エマの背が反り返った。その反応を見てさらに大胆になる。
左胸は掌全体で覆い隠すようにして揉み上げ、右胸は指先でそっとつまみ上げる。
「やっ……待っ……んっ!」
息が上がって言葉にならない。エマは必死にシーツを握りしめている。
「痛くないか?」
「ん……だいじょうぶ……っけど……」
「けど?」
「ヒカリくんのさわりかた……えっち……」
問い返す前に、エマの唇が動いた。
「なんか……ゾワゾワする……」
その瞬間、胸の奥底で何かが爆ぜる音がした。
もっと気持ち良くさせてやりたい。
本能に従って、唇を近づける。
「っ!?」
彼女の目が見開かれる。制止する暇を与えず、頂に舌を這わせた。
「ああっ!」
電流が走ったように体が跳ねる。熱い。汗の味と甘酸っぱい肌の匂い。舌先で転がし、吸い上げると、
「ひっ……ぅん……っ!」
切なげな喘ぎ。シーツを握る指が白くなっている。
「や……っ……あんっ……だ、め……」
拒絶の言葉と裏腹に腰が僅かに浮いている。全身の神経が一点に集中しているのがわかった。
本当に嫌なのだろうか。
胸から唇を離し、彼女の顔を覗き込む。
「エマ」
涙で濡れた瞳。赤く腫れぼったい唇。乱れた吐息。それは──
「やめてほしいのか?」
「……わかんな……い…」
困ったように首を振る。可愛い。可愛い。可愛すぎる。
ならば続ける。
もう片方の頂に指を添え、今度は同時に責め立てる。
「ああっ!? んんっ……! まっ……て…!」
反応が過敏だ。耳元で囁く。
「気持ちいいか?」
「わ……かんない……ゾワゾワする……!ヘンに……!」
未知の感覚に戸惑いながらも体は反応している。そのアンバランスさが堪らない。
舌と指で交互に攻め立てながら彼女の腰のあたりを撫で上げると、
「やっ……!」
一際高い声が上がり、体が弛緩する。
顔を上げると、エマは焦点の定まらない目でぼんやりと天井を見つめていた。
「エマ?」
「……いまの……なに……?」
自分でもよくわからないらしい。未成熟な性感が花開いた瞬間だったのかもしれない。
優しく髪を撫でる。
「気持ち良かったなら成功だ」
「……ばか」
ほんのりと微笑む彼女が愛おしくて。もう一度唇を重ねた。服の下の小さな胸。それがどんな大きさであろうと関係ない。そこにあるのは確かに彼女の女の部分であり、俺が求めてやまないものだった。
彼女の髪が頬をくすぐる。いよいよと思った瞬間、彼女の柔らかな太ももの間に指を伸ばそうとして──動きが止まる。
爪は短く整えている。野球をしていた頃から常に意識してきた習慣だ。グラブを扱うにもボールを握るにも、そして他人を傷つけないためにも、長い爪は不要だった。
だが、指先の固さはどうだ。
鍛錬と怪我を繰り返した指関節。剥がれたタコの跡は今も指の腹に微かな隆起となって残っている。
この固さが彼女の最も繊細な部分を傷つけはしないか、その恐怖が思考を支配した。
「……ヒカリくん?」
「……エマ」
声を落とすと、彼女はまだ霞がかかったような表情で俺を見上げた。額に汗が光っている。その汗の珠を拭いながら言葉を選ぶ。
「次は、もっと大事なところだ」
率直すぎたのか、エマの目が丸くなった。
「え……?」
混乱と戸惑いが瞳の中で渦巻いている。
「怖いか?」
尋ねるとエマは俯き加減に首を振った。
「怖いわけじゃないけど……その……」
躊躇いがちな言葉尻。だがそれは恐怖と言うより羞恥だ。
彼女の指がシーツをギュッと掴む。
「自分でもあんまり触れたことないから……」
予期せぬ告白に胸が熱くなる。無垢である事実がどれほど尊いことか。守りたいと思いながらも手放すことができない矛盾が疼いた。
「大丈夫だ」
肩を抱き寄せるとエマの体が微かに震えた。けれど逃げはしない。むしろ自ら身を預けてくるその仕草に救われた気さえした。
「……ヒカリくん……」
彼女の手が俺の腕を掴んだ。まだ不安はある。それを解きほぐすように続ける。
「手、貸してくれ。俺の指じゃ硬すぎるかもしれないから」
「えっ……!?」
そう言って彼女の右手を取り上げると、エマの驚きの声が喉奥で詰まった。まさか自分の手を使われるとは思わなかったのだろう。抵抗しようとする指を絡めて封じ込む。
「嫌か?」
「……そういうわけじゃ……」
羞恥の色が濃く浮かぶ顔。視線が泳いでいる。
「でも……っ」
なおも口ごもる彼女の耳元で囁く。
「お前のペースでいい。ゆっくり慣れていけばいい」
「……」
長い沈黙。エマは逡巡しているようだった。数秒後、震える吐息とともに返ってきた言葉は──
「……ヒカリくんが……そう言うなら」
了承だった。
「ありがとう」
感謝の言葉を添えて頬に口づけると彼女は小さく頷いた。
同意を得た安堵と同時に罪悪感のようなものが胸を刺す。
しかし止まれない。目の前の少女を守りたい一方で、暴きたくて仕方がないこの矛盾が欲だった。
「ここに指を」
彼女の右手をそっと導く。スカートの下の、柔らかな膨らみの中心へ。
「や……まって……!」
エマが慌てるのも当然だった。自ら触れるより他人に触れさせられる方が遥かに羞恥が強い。
「怖くない。大丈夫」
言い聞かせながら親指で秘裂を探す。湿り気がエマの指を通して感じられた。
「んっ……!」
エマの吐息が変わる。指が沈むたびに小さく波打つ腹部。
「動かしてみろ」
「ど、どうやって……」
「円を描く感じで……そう、優しく」
指示を与える度に彼女の指は拙く蠢く。まるで未知の生き物を扱う学者のように慎重だ。
「痛くないか?」
「平気だけど……」
言いかけて唇を噛む。異物感と違和感が拮抗しているのだろう。
「ここはどうだ?」
指先が陰核を見つけた瞬間だった。
「ひゃっ!?」
鋭い悲鳴が室内に響いた。反射的に手を引こうとするエマ。だが逃がさない。その手を抑えつける。
「もう少し我慢してくれ」
「だめ……それ……!変に……なっちゃう……!」
拒絶の声と裏腹に腰が浮いている。快楽の種火が燻り始めた証拠だ。
「気持ちいいんじゃないか?」
問いかけに彼女は激しく首を振った。
「わかんな……い…でも……ゾワゾワする……!」
まさに先ほどの感覚。芽生えつつある官能が思考を麻痺させているようだ。
「なら続けよう」
再び彼女の手を取り、ゆっくりと螺旋状に回すよう操作する。
「やっ……やだ……ヒカリくん……!」
訴える声は最早懇願に近かった。それでも止めない。唇を奪って気を紛らわせる。
「んんっ……!んーっ!」
キスをすると途端に抵抗が弱まる。舌が無意識に出てしまうのも変わらない。
口づけの最中も下肢からは水音が絶えない。蜜が滴り始めている証拠だった。二人分の欲望が溶け合っていく感覚。
「ぷは……っ…ら……もう……!」
離れた唇から漏れる言葉はもはや意味を成していない。瞳には涙の膜。頬には朱色が昇り、耳まで真っ赤になっていた。
「エマ」
呼びかけながら今度は親指と中指で両側から包み込むよう圧迫する。
「あああっ!?」
エマの背筋が弓なりに反った。シーツを掴む爪が白くなるほど力んでいる。
「や……め…て……だめ……」
譫言のような繰り返し。しかし制止は空しく床に落ちていく。律動的な摩擦を与え続ければ自然と限界は訪れる。
「ん……っ…あ……ああ……!」
ついに堪えきれなくなったエマの口から甲高い悲鳴が迸った。全身が痙攣するように跳ねる。その波が治まるまでの数秒間──彼女は息もできないほど硬直していた。
「……ぁ……」
絶頂の余韻に浸りきった肉体がふっと脱力する。エマは放心したように虚空を見つめている。荒い呼吸音だけが部屋を満たしていく。
「大丈夫か?」
額に張り付いた髪を払うと彼女は弱々しく微笑んだ。
「……ひかりくん……すごかった……」
まだ舌足らずな発音が幼さと色気を同時に醸し出す。
「よく頑張ったな」
褒めるとエマは頬を染めて俯いた。羞恥と誇らしさがない交ぜになった複雑な表情だ。
しばらく息を整えていたエマが、ゆっくりと体を起こす。
潤んだ瞳で俺を見つめながら、彼女は覚悟を決めたように小さく息を吸った。
「次は……ボクがしてあげるから」
宣言するなりエマはベッドの上でくるりと半回転。
俺の足の間に跪くような格好になる。
「えっ……おい……!」
制止する間もなく、彼女の手が俺のベルトにかかった。
カチャカチャという金属音。
慣れない手つきでバックルを外し、ジッパーを下げていくエマの顔はやけに真剣だ。
「……えいっ」
妙に勢いのある掛け声と共に、ズボンとパンツが同時にずり下ろされた。
「──っ」
晒け出される勃起したモノにエマの目が釘付けになる。
「……こ、これが……」
感嘆とも呆れともつかぬ呟き。
「そんな見るなよ」
「だって……」
エマが恐る恐る指を伸ばす。
先端に触れた瞬間、びくっと全身が震えた。
「あ……ごめん! 痛かった?」
「いや……そうじゃないけど」
むしろ、自分のものとは思えない快感が一瞬走った。
エマは、見慣れない機械の操作を確認するように触るのを再開した。
「……暖かい」
エマがぽつりと零した。
「しかもすごい硬い……鉄みたい」
興味津々といった様子で指先でそっと撫で回す。
そのたどたどしい感触に思わず奥歯を噛みしめた。
「……」
エマの動きが一瞬止まる。
指で弄んでいる最中に生じた微かな間。
「……どうした?」
「……ちょっとだけ」
快感に切なくなっているのを隠すように俺が聞くと、囁くような声が返ってきた。
エマが身を屈める。
俺の太腿にそっと手を添えながら。
「んっ」
先端に濡れた感触が走った。予想外の刺激に腰が跳ねる。
その様子を見たエマは、ペロリと舌を出したまま、満足げに俺を見上げている。まるで牛乳を舐め終えた猫のような無邪気な表情。
「もうちょっと……」
エマの舌先が亀頭の鈴口をくすぐるように動く。濡れた感触がピリピリと神経を逆撫でし、腰の奥にじんわりとした快感が広がった。
「っ……」
「きもちいい?」
「あ、ああ……」
息が漏れる。だが、その刺激はあまりにも弱すぎた。
チロチロと舐める程度では到底達せない。
生殺しに等しい状況に、逆に神経が研ぎ澄まされる。
足りない。もっと強い刺激が欲しい。舌全体で覆うような、そういった深い接触を。
「エマ……」
「なぁに?」
彼女は口元を離し、小首をかしげて見上げた。その仕草があまりにも無垢で、危うい蠱惑に満ちている。
「もう少し強く……」
正直に言うと、エマの大きな瞳が好奇心に輝いた。
「そっか。じゃあどうしたらいいの?ボク……わからないこと多いから」
いたずらっぽく笑う声に棘はない。純粋な思いが透けて見える。その無防備さに苛立ちよりも愛しさが湧いた。
「……咥えてほしい」
自分でも驚くほど掠れた声だった。羞恥が喉を締め付ける。言ってしまった。これで彼女はどう反応するのか。
「え?」
一瞬の戸惑い。だが次の瞬間には納得したように頷き、
「うん、ヒカリくんが望むなら」
エマはそう言って口元を離すと、四つん這いのまま俺を見上げた。
「そうだっ」と目を輝かせるエマ。その瞳には揺るぎない決意と、どこか挑発的な色が宿っている。
「ボクが逃げちゃわないように……頭、抑えてほしいな」
「……!」
予想外の申し出に思考が止まる。頭を押さえる?鬼畜じゃないか。無理やり感が半端ない。そんな非道な真似をして良いのか?
しかし。
視界に映るのは、エマの瑞々しい唇と、期待と怯えが入り混じった潤んだ瞳。
そして何より、下腹部から送られてくる疼くような飢餓感。
もう我慢ができない
理性の最後の糸が切れる音がした。
「……わかった」
俺は両手を伸ばす。指先がエマの柔らかな髪を梳き、その後頭部へ滑り落ちる。触れた瞬間、エマの肩がぴくりと震えた。
「ん……っ」
確認するように俺の腕を見上げる彼女。俺は頷き返す。
そして──
エマはゆっくりと顔を沈めた。
「あ……っ!!」
熱い粘膜が先端を包み込む感触。次の瞬間、亀頭全体が滑らかな舌の海に沈んだ。
腰骨が砕けるような衝撃が走った。
熱い。柔らかい。湿った粘膜に包まれる未知の感触。
エマの口の中は想像以上に狭く、それでいて柔らかい。
「んっ……ふぅ……」
彼女の唇はしっかりと俺のモノを包んだまま。
「……気持ちいい」
「そお?」
目を細めるエマ。しかし、そこでピタリと動きを止めた。舌先も、唇も微動だにしていない。
まるで石像のように静止している。
エマはしっかりと咥え込みながらも、動かない。その温かな口腔内で脈打つ肉棒はもどかしさに焦れ始める。
(動いてくれ……早く……)
だがエマは動かない。目だけで見上げる。潤んだ瞳が俺を射抜く。
まるで『自分で動かせ』と言わんばかりに。
俺は、その無言の命令に逆らえなかった。
口内の灼熱感。舌の絡みつく感触。唇の圧迫。
これら全てを思い通りに操れるという妄想。
指先に力が入る。
「んん……っ」
わずかに揺らしただけでエマの喉奥から甘い声が漏れる。
最初は優しさの名残があった。
ゆっくりと引いて、ゆっくりと押し戻す。エマの息遣いを確かめるように慎重に。
「ん……ふ…っ……」
漏れる吐息がくぐもって聞こえる。喉奥に触れた瞬間、彼女の肩がびくんと震えるのがわかった。
「んんっ、ん!」
この甘やかな抵抗が逆に火をつける。
これ以上はいけないと理性が警告する。しかし本能が支配を求める。
もう一度──今度は少し深く押し込む。
「んん゛っ!?」
喉の奥底で詰まったような苦悶の声。目に涙を溜めながらも抵抗しない従順さ。それでも彼女は反抗しない。むしろ期待に潤んだ瞳を細める。その表情が全てを許可するように思えた。
制御が利かなくなる。
もう一度。今度はもっと深く。
そして次はさらに強く。速度も増していく。
「んっ……!んんん……!!」
エマの体が震える。その反応が更なる燃料となる。
腰が浮きかけた瞬間、彼女の左手が俺の太腿に添えられ固定した。
無言の了解。
まるで操り人形のように彼女の頭を揺さぶる。
肉棒が彼女の熱い粘膜を擦り上げるたびに快感が背筋を走り抜ける。
淫靡な音と吐息だけが部屋に満ちる。
理性の箍が外れたのはいつからだったろう。
それでもなお足りない。嗜虐心と愛情が混沌となって溢れ出す。
ただ本能のままに彼女の喉を犯す。
エマの口元から涎が垂れ落ちてニットの胸元を汚す。
その光景にさらに昂る。
何度も何度も押し込み、引き抜く。
エマの髪を掴む手が滑るほど強く握りしめた時、彼女の喉奥がきゅっと締まった。
「──!?」
電撃のような快感。それが最後の一押しとなった。
深く押し込んだ瞬間、意識が白く飛んだ。
「……っ!!」
射精は凄まじかった。
熱い奔流がエマの喉奥に注ぎ込まれていく。
彼女は小さく咳き込みながらも飲み干していく。
唇から溢れた白濁が顎を伝って鎖骨へ落ちる。
「……ん……っ……」
エマの喉仏が上下する。精液を嚥下するその動きに合わせて、俺の腰が跳ねた。全てを受け止め終えた彼女は、ゆっくりと唇を離す。
「っ……ふぅ……」
濡れた唇から糸を引きながら吐息を漏らす。
その表情は恍惚に歪んでいた。頬は染まり、潤んだ瞳は虚空を見つめている。
口元に残った白濁を舌で舐め取り、恍惚とした笑みを浮かべた瞬間。
「…………」
完全に理性が砕け散る音がした。
衝動のままに彼女の腕を掴み、ひょいと抱え上げる。
「きゃっ!」
羽毛のように軽い体躯をベッドの中央に置き、女の子座りの格好にさせた。開いた脚、無防備な姿勢。そのすべてが俺を狂わせる。
「エマ……」
声が震える。興奮と罪悪感と支配欲がない交ぜになった感情が渦巻く。
「あっ……」
彼女は自ら口を開いた。紅潮した顔で首を傾け、舌を覗かせる。無言の許容。いやむしろ請願。
(全部……受け止めてもらうからな……)
勃起したままの肉棒を無遠慮に唇へ押し当てた。まだ残滓でぬめった先端が彼女の粘膜と擦れ合う。それだけで痺れるような快感が走る。
「んんっ……!」
エマの眉が寄り、鼻腔から甘い呻きが漏れる。しかし抵抗はない。むしろ受け入れるように唇が開く。
両手で彼女の頭を固定し、一気に喉奥まで押し込んだ。
「────っ!!」
エマの全身が弓なりに反る。喉仏が押し潰されそうな深さ。しかしその苦しみは瞬時に蕩けた表情へ変わる。瞳孔が拡がり、頬に涙が伝う。それは痛みではなく、極限の陶酔。
「んっ……!ふぅっ……!」
前後に揺さぶるたび、口腔内の熱が肉棒を包み込む。エマの舌が反射的に竿を押し返そうとするが、逆に快感を倍増させる。
(くそっ……なんだこれ……)
腰が勝手に動く。律動が加速する。唾液と精液が混ざり合った液体が彼女の顎を伝い落ちていく。
「んんっ……!んっ……!」
苦しげな喘ぎに混じる甘い響き。支配されている事実に、エマの体が悦んでいるのが見て取れる。俺の太腿に添えられた彼女の手が小さく震える。逃げようとはしない。むしろ引き寄せている。
腰の動きを更に深く、強くする。喉奥を穿つたびにエマの体がビクビクと痙攣する。
「んんっ……!!」
二度目の射精は激しかった。灼熱の奔流が彼女の喉へ直接叩きつけられる。エマは涙を流しながらも喉を鳴らして飲み干していく。溢れた分が口端から溢れ出し鎖骨へ伝う。
「っ……!!」
余韻に浸る間もなくエマの体が跳ねる。どうやら浅い絶頂を迎えたらしい。シーツにシミが広がり、太腿が小刻みに震えている。
「ん……ふぅ……」
ようやく解放された彼女はぐったりともたれかかる。しかしその顔には恍惚の痕跡が色濃く残っていた。乱れた呼吸を整えながらも、うっとりとした目で俺を見上げる。
「……ヒカリくん……すごかったね……」
掠れた声には、確かに満足感が滲んでいた。
「……ごめん。無理させた」
我に返った俺は慌てて傍らのウェットティッシュを掴む。アルコール臭いそれを何枚か引き抜き、エマの口元をそっと拭った。
「ううん……」
エマはくすぐったそうに目を細めながら、まだ熱っぽい眼差しを向けてくる。
「むしろ……嬉しかったよ」
意外な言葉に手が止まる。彼女はウェットティッシュ越しに俺の指先をぎゅっと握った。
「何でも受け止めてくれるヒカリくんが……ボクに全部ぶつけようとしてくれたのが」
その瞳には恐怖も憎悪もない。純粋な信頼と、深い愛情だけが浮かんでいる。
「気持ちが伝わってくるみたいで……だから嬉しかった」
最後の一枚を畳みながら、言葉が詰まる。支配欲と自己嫌悪が入り混じった複雑な感情が一気に解けていく。エマは全てを受け入れてくれていた。その事実が胸を締め付ける。
「エマ……」
次の瞬間、思わずエマの体を強く抱きしめていた。華奢な背中がすっぽり腕の中に収まる。首筋に顔を埋めると、甘い汗の匂いが鼻腔を満たした。
「……エマ」
もう一度名前を呼ぶ。抱きしめた腕の中で、彼女の体は小さく震えていた。汗ばんだ首筋に鼻先を埋めると、ほのかな甘い香りがした。先ほどまでの激しさとは違う、穏やかな熱が胸に広がる。
「……どうしたの?」
エマの声はまだ掠れていた。けれどその響きには柔らかな温もりがある。抱擁の中で彼女は安心しきっているようだった。
「……最後までしよう」
ようやく口にした言葉は思った以上に単純で飾り気がなかった。
心臓が早鐘を打つ。ここまで来て拒まれたらと思うと背筋が凍る。しかし同時に、この熱を収める方法など他にないことも明白だった。
エマの体が腕の中で硬直するのがわかった。しばらくの沈黙。やがて彼女はゆっくりと俺の胸を押し返し、真正面から俺を見上げた。潤んだ大きな瞳。紅潮した頬。小さな唇がかすかに震えている。
「……最後って……」
言いかけて彼女は言葉を詰まらせた。視線を泳がせ、また俺に戻す。
「その……そういうことだよね……?」
戸惑いと期待が入り混じった表情。彼女もまた、この先を予感していたのだろう。
俺はただ黙って頷いた。もう後戻りはできないし、したくもない。
「……いいよ」
エマの声は小さく、だが確かな意思を感じさせた。
「ヒカリくんなら……いいよ」
そして彼女は少し目を伏せて、消え入りそうな声で続けた。
「……ボクを、ヒカリくんだけの女の子にしてほしい」
その言葉が俺の全身を貫いた。
所有ではなく、受け入れ。
彼女が捧げようとしているのは肉体だけでなく、その存在そのものだった。
胸の奥で熱いものが込み上げてきて言葉にならない。ただ必死で彼女の体を抱きしめ直した。大切に。けれど強く。
「……んっ」
唇を重ねる。それは深く交わるものではなく、確かめるような柔らかな口づけだった。
エマは俺の背中に腕を回し、縋るようにしがみついてくる。その仕草の一つ一つに覚悟と信頼が感じられた。
彼女が着ているのはニットとスカート。
今まで着衣のままで進めてしまったが、ひどく汚れてしまっている。ニットが肌に張り付いている。気持ちが良いものではないだろう。
ためらいがちに手を掛けると、彼女は察したように小さく頷いた。
ニットを脱がし、スカートに手を伸ばすと、「んっ……」とエマが小さく身じろぎした。
「……恥ずかしい?」
訊ねると彼女は目を瞑ったまま首を横に振った。
「怖くないか?」
再び首を振る。その仕草に愛おしさがこみ上げる。
音もなくスカートが滑り落ちた。彼女は生まれたままの姿になる。淡く光る肌。控えめな胸の膨らみ。腰から臀部にかけてのなだらかなライン。息を呑む美しさだった。
「綺麗だ……」
「恥ずかしいよ……」
照れ隠しのように言うけれど、彼女の耳は真っ赤だった。
「恥ずかしくない。エマはいつも綺麗だ」
耳元で囁くと彼女は小さく震え、俺の胸に顔を埋めた。まるで猫が温もりを求めるような仕草。
慎重に、慎重に指で彼女の中心に触れて確認する。動かしはしない。もう充分に湿っていた。先ほどの前戯の名残か、新たな高ぶりか。
「っ……ん…!」
短い吐息と共に彼女の腰が微かに動く。痛くないように慎重に襞を開き、蜜の溢れる源流へと進む。
「大丈夫か?」
「……うん」
頷く彼女の頬を伝う汗。目尻に浮かぶ涙。その全てに唇を落としながら準備を整えていく。
十分に濡れている。けれど初めてだ。
「痛かったらすぐに言えよ」
念を押すとエマは目を細めて微笑んだ。
「……うん。でも……大丈夫だと思う」
それは自信ではなく信頼による言葉だった。
俺も覚悟を決める。彼女の脚の間に体を割り入れた。肉棒の先端を濡れた入り口にあてがう。
熱。そして柔らかさ。
「……うん」
腰を沈める。
抵抗。
それ以上の潤い。
「あっ……!」
エマが息を詰まらせる。
先端が潜り込んだ瞬間、強い締め付けが襲ってきた。
「いっ……」
顔を歪める彼女を見て慌てて動きを止める。
「大丈夫か?」
「……うん。ちょっとだけ……でも……」
彼女は俺の頬に手を添え、微笑んだ。
「続けてほしいな。ヒカリくんと一緒だから……」
その瞳に涙が光っていた。それでも彼女は俺を求めている。
俺はゆっくりと呼吸を整え、彼女の手を握った。指を絡めて。
「一緒にいくぞ」
「うん……」
少しずつ。
少しずつ。
押し込んでいく。
そのたびにエマは息を飲み込み、握った手に力を込めた。顔が真っ青になりかけたので一旦完全に動きを止める。
「ゆっくり息を吐いて」
指示すると彼女は苦しげながらも従った。「ふー……」「ふぅぅ……」と。その間、俺は彼女の頬や首筋に何度もキスを落とし続けた。安心させたくて、痛みを和らげたくて。
汗で張り付いた前髪を避けてやりながら唇を重ねる。舌を絡める深いキス。唾液の交換が自然と進むうちに彼女の緊張がほどけていくのを感じた。
「ん……ふぅ……っ」
口を離したときには彼女の唇は赤く腫れぼったくなり、瞳はとろんとしていた。
「落ち着いたか?」
「……うん」
呼吸はまだ荒いけれど顔色が戻っている。
「続き……」
エマの声。甘く求める響き。
俺は再び腰を沈めた。まだ深いところまでは行けない。途中で止まり、エマの反応を見る。痛そうにしていないか。苦しそうにしていないか。
「もう少し奥……いい?」
「……うん」
慎重に。
襞をかき分け、滑り込んでいく感触。
熱い粘膜に包まれる快感と同時にエマの苦しむ姿を見る辛さもあった。しかし彼女の瞳が俺を信じていることを伝え続けている限り止める選択肢はない。
ようやく全てが収まった。
エマの一番奥。
熱く、狭く、濡れている。
「全部……入った?」
「ああ」
「嬉しい……」
彼女が微笑む。涙を浮かべながら。
「ヒカリくん……ボクのお腹の中にいるんだね……」
その言葉が脳天を殴るような衝撃で突き刺さる。
愛おしさが爆発しそうだ。
俺は彼女を強く抱きしめながらも激しく動かないよう自制した。彼女が慣れるまではただこうしている。結合部の熱と圧迫感を感じ合いながら。
しばらくするとエマの腰が微かに動き始めた。
「ん……っ…なんか……変な感じ……」
不思議そうに目を細める。
「痛くないか?」
「少し……だけど……それより……」
言葉を選んでいるような間。
「あったかい……気持ちいいかも……」
その告白がトリガーだった。
俺はゆっくりと抽送を始めた。深く引き抜き、また浅く差し込む。慎重な動き。エマの体が慣れるまで。
「あっ……!んっ……!」
彼女の声が徐々に甘さを帯びてくる。
「ここ……いいのか?」
「わかんないけど……ゾワゾワして……あっ!そこっ!」
偶然か故意か一点に触れると彼女の背中が大きく反った。蜜がさらに溢れ出し滑りが良くなる。
「あ……んっ……!やっ……!だめ……!」
「だめって言われてもな……」
苦笑しながらもその反応を見逃さない。
「気持ち良くなってきたか?」
「言わ、ないでぇ……!」
涙目で睨まれるが全く威嚇になっていない。むしろ煽られているようで腰がさらに深く入る。
「エマ」
名前を呼ぶと彼女は蕩けた瞳で見上げてきた。
「手、繋ごう」
求めると彼女は素直に手を差し出す。指を絡める。恋人繋ぎ。
「これで……動いてもいいか?」
「うん……来て……」
許可を得て抽送を本格化させる。速度を上げると寝室に湿った破裂音が響いた。
「あっ!あんっ!ひっ……!かりっ……くん!」
断続的な喘ぎが鼓膜を震わせる。エマの体が波打つたびに結合部からの快感が倍増していく。
「んっ……あっ……!すごっ……いぃ!」
「エマ……!」
名前を呼びながら夢中で突き上げる。もう優しさより欲望が先行していた。けれどエマはそれを受け入れるように背中に爪を立ててくる。
「やっ……!だめ……!止まっ……ないで……!」
矛盾する言葉。制止するようで求めている。その矛盾が却って昂らせる。
「止めない」
断言してさらに奥を抉るとエマの声が裏返った。
「あああっ!!」
絶頂の兆しが感じられる。
俺も限界が近かった。
「一緒にいくぞ……!」
「うん……!いっ……しょ……!」
絡めた指に力を込めてラストスパートに入る。肌がぶつかる音と水音が混じり合う。
「んっ……あっ……!も……っ…だめ……っ!」
「くっ……出すぞ……!」
刹那、視界が真っ白になる。
大量の精液が彼女の中へ解き放たれる。同時なのかわずかに遅れてなのかエマの全身が激しく痙攣した。
「あああぁぁぁぁっ!!」
膣内が激しく収縮する。搾り取られるような快感。そのまま彼女を強く抱きしめながら射精を続けた。
長い長い放出だった。
すべて終わったあと、俺たちはぐったりと重なり合っていた。エマの胸が荒く上下し、俺の額からは汗が滴る。
「大丈夫か……?」
訊ねると彼女はまだ虚ろな瞳で笑みを浮かべた。
「すごかった……ヒカリくんと……一つになれたんだね……」
その言葉に胸が締め付けられる。
「ああ。俺だけのエマだ」
耳元で囁くと彼女は嬉しそうに頷いた。
「ボクも……ヒカリくんだけの女の子になったよ……」
その幸福そうな笑顔を見ていると射精直後の虚脱感よりも深い充足感が満ちてくる。
「まだ抜かないほうがいいのか」
冗談めかして言うとエマは頬を染めた。
「……うん。もう少しだけ……繋がっていたい」
要望通りに繋がったまま横たわる。二人の体温が溶け合っていく。
しばらくしてようやく体を離すと彼女の股間から白濁した液体が糸を引いた。エマはそれを見て小さく悲鳴を上げたあと恥ずかしそうに目を逸らした。
「たくさん出たね……」
「まぁ……我慢してたからな」
お互いに照れくさい。けれど幸せだった。
シーツで軽く拭い合うとエマはベッドの上で伸びをした。
「疲れちゃった」
「動いていいぞ」
彼女を抱き寄せて枕に頭を乗せる。
「こう?」
「そう」
横向きに向かい合う形。彼女の体温と吐息が間近に感じられる。
「あったかいね」
「ああ」
会話は少なくても心地よい沈黙が流れていた。セックス直後の倦怠感と幸福感。これ以上ない満ち足りたひとときだった。
ふとエマが俺の肩に顔を埋めて囁いた。
「あのね……」
「ん?」
「これからも……たまにこういうこと……したいな」
照れくさそうに言うその言葉に思わず噴き出す。
「俺は毎日したい」
正直に言うと彼女は赤面して俺の胸を軽く叩いた。
「ばかっ、えっち……」
「冗談じゃないんだが」
言いながら唇を奪うとエマは諦めたように受け入れてくれる。
「しょうがないなぁ……ヒカリくんは……」
そう言いながらも、彼女の目は笑っていた。
夜が深まっていた。月明かりが薄いカーテンを通して窓辺を照らしている。隣で眠るヒカリの規則正しい寝息が静けさの中に浮かび上がる。彼の胸が穏やかに上下している。
エマはベッドの隅でそっと身を起こした。先ほどの出来事がまだ現実とは思えない。汗ばんだ肌。触れ合った熱。奥まで満たされた感覚。すべてが甘い記憶として焼き付いている。
彼女は眠るヒカリの顔をじっと見つめた。あんなに強くて凛々しいのに、今は無防備で柔らかな表情を浮かべている。
指先で彼の前髪をそっと払うと、睫毛が微かに震えた。
「……起きてる?」
答えはない。本当に眠っているようだ。
エマは膝を抱えて呟いた。
「ねえ、ヒカリくん」
答えはない。
「今日のこと……ずっと忘れないよ」
月明かりに照らされた横顔が微かに微笑んだ。
「ヒカリくんがくれたもの全部……ボクの宝物にするから」
彼女はベッドの端に腰かけたまま、指で彼の手首をなぞった。
「ボクも、全部あげるから。ずっと、ボクだけを見ててね」
エマ主導のエマ受けが夢という感じです。体で勝たせてもらって心で負ける。そういうスタンス。
エッチな話は、描写を濃くして喘ぎ声や擬音はできるだけ使わないようにするというこだわりがあったりします
エッチだなと思ってくれたらエッチだったと感想ほしいです。本当に励みになります