とある性教の雌女昇格(メスメライザー) 作:無ければ作れ(Invenire404)
八月の二十七、二十八は『アルモニ屋』自体が休店日になっている。正確には月の終わり四、五日を毎度毎度お休みにさせてもらっている、というべきか。
この世界はどーにも月末にイベントが集中しがちだからニャー。……その代わりそこ以外は休みなしなのでむしろ凄い方だろう。あ、従業員はちゃんと休ませてるよ。10039号にも休日がありますからねウチは。
というわけで用意したりますは学園都市でも普通に飛んでいる野鳥。種は知らん。
これの首に金属の十字架・テグス・プラスチックビーズを組み合わせた超簡易ロザリオをかければ、聖なるガチョウ(偽)が完成する。
そして前日に埋めておいた頭蓋骨─無論人体模型の─を掘りだせば──あらびっくり、ここがカピトリヌスの丘と誤認されるのである。
簡易版・
一撃しか保たんとはいえ結構いい出来だろう。
──果たして、先日俺が使ったものなんか比較にならないレベルの、地球全土に行き渡るほどの『
結界はこれで壊れてしまう……けれど、よし、魂におかしなところは無いな。
……俺は霊魂を玉突きにされてしまうとちょーっとばかしマズいので、これを防ぐのはマストだった。
だとして……どっかに行くつもりもないし、お休み期間の月末をゆーったり楽しませてもらおうかねー。
「『
……。
……おお、まだいたんだ。いやそうか、いるか。ここから調査に乗り出すんだから。
げ、ってことはあの聖人もまだいるんだわな。……えーと聖人崩しはー、っと。
「誰かと思えば、
「ふん、こちらの情報も筒抜けか。……政府組織や為政者ではなく、最下層と中流階級を狙い撃ちにして信者に仕立て上げ、その国の情報全てを抜き出すやり方。それはここまでの近代都市でも通用するというわけか」
仮に居たとしても十中八九魔神だからこんなせせこましいことしてないと思うよソイツ。
つーかイギリス清教に追われる理由がねーわ。ローマ正教ならまぁ……しこたまやらかしてるから追ってくるのはわかるけど。
とはいえ「いいや俺はソイツじゃない! 本当の俺は──!」なんて言いにいく話でもないので、実際にいるのかもしれないエルモリ君に罪を被ってもらうとしよう。
ってなわけで『フレキシブル・フェロフルイド』を使い、一瞬にして別人の顔を形成。顔に被せる。
「何用か、なんて聞くまでもないか。今通り過ぎていった魔術のことだろう」
「気付いているなら話は早い。お前は下手人か?」
「もう少し感知を鍛えろ陰陽師。確かに巨大故中心は見え難いが、学園都市の外に置かれているだろう」
「……。……成程。百五十年もの間逃げ続けるだけはある、か」
さーてこのままどっか行ってくれたらありがたい……が。
「まさか協力しろなどとは言うまい。これ以上こちらに関わるようなら俺も相手をするぞ、陰陽師」
「俺が
「今戦争をするのか後で戦争をするのか、という話だ。──無論、こちらの用意する兵はこの街で得た信徒となることを理解しておけ。──さて、どれほどの人数に俺の調べが響いているか、お前は把握しているのかな」
後は「知り過ぎているが故の深読み」が発生してくれたらそれでいい。
「……この街で何をしようとしているのかだけ聞いておく。それ次第だ」
「今も昔も変わらん。神智学の教えを広め、人類を進化させる。グレート・ホワイト・ブラザーフッドの教えをな」
「GWB……アレイスターにメッセージを送ったとされるカルトの超人集団。まさか実在していると?」
「さぁな。これ以上はそのアレイスターにでも聞けばいい。奴は笑い飛ばすに終わるだろうが」
神智学協会自体はまぁ……俺とブレイドの理論を源流にして、方々多岐にわたってドデカくなったオカルティズムサークルだろ。
GWBはそこを含む、近代魔術、及び近代魔術結社のあらゆるところにコンタクトを取っているとされる超自然的人物の集団である。いわゆるマハトマたちの集まりってやつ。
俺はそこまで高尚な存在であるつもりがないからニャー。
「……見逃す代わりに、お前の見解を聞かせてくれ」
「いや……協力しろなどとは言うまい、と。そう言ったつもりなのだが」
「アンタはなんとか難を逃れたようだが、そのアンタとて、このまま天使が下界にいたままでも困るだろう?」
困るか困らないかで言えば別に困らん。……が、コイツに恩を売っておくのはアリ寄りのアリ、か? 見逃す代わりに、とか言ってるけど、見逃さざるを得ないだろうし。
必要悪の教会、というかイギリス清教は恩も借りも踏み倒す奴が今トップにいるのでどうでもいいけど、この多重スパイ君は有能だし。
「……。……まず、この魔術を発動させたやつは、とんでもない莫迦か、素人だろうな」
「この規模で、か?」
「この規模だからだ。……この魔術の内容は"セフィロトにおける天使の位置を物質世界に移動させ、自らが天使にならんとする"というもの。即ち術式対象者は少なければ少ないほど良い。それは理解できるか、陰陽師」
「……そうか、誰を人間から弾き飛ばすかが明示されていないのならば、誰が天使になるかわからない……あまり意味を為さない術式になる。加えてこの地球全体規模となると」
「そう、意味が無い。必ず自分が弾き飛ばされる自信があるなら別だ。ま、それがつまりとんでもない莫迦なわけだが」
俺みたいに二名に絞る……つまり「天使と人間」が入れ替わるようにした方がこの術式のメリットは上がる。
勿論二人だと「誰が術者か」が丸わかりすぎるし多分天使側の攻撃……視線が届くようになっちゃうからもう少しバラけさせるんだろう。
これの理想は多分、信者……選別者を数十人用意し、それを「天使候補者」として育て上げ、そのグループ+天使で『
候補者らからはできるだけ特徴を削った方がいいし、個性も要らんからその辺殺すのがベストかな。三沢塾の偽聖歌隊とかベストマッチだったんじゃね。
ところがどっこいこの魔術は世界全体を発動対象にしている。術者がなるとは限らないのは勿論として、自らの敵対者や魔術結社の頂点など「力を持つべきではないもの」に天使の位置を明け渡すことになりかねない。
……勿論これは俺が「発動者は上条刀夜である」というのを知っているから導きだせる欠陥であり、スパイ陰陽師君の不勉強とかでは決してない。感知を鍛えろとか言ったけど、この短時間では魔神や聖人ですら難しいんじゃないかな。
「加えて……たとえばボマード壺というむかーしから使われている霊装がある。知っているか?」
「いや……。音の響きからして、中東のものか?」
「おお、素晴らしい耳だな。いや言語習得度合いか。そう、ボマード壺はエジプトのあたりで使われている霊装だ。一般人でも使うレベルに神秘性の無いものだが。……その効果は大気中の香り成分の判別。霊装とまでなっているものはそれが拡大解釈され、かなりざっくりではあるが、魔術領域内、結界内など魔力の満ちる場所における魔力が、どこの勢力の術式を通じて精製されたものなのか判別ができる。これはその簡易版」
取り出すのはインク壺。本物のボマード壺じゃあないが、同じことができるものとして使う。
「今この場に満ちている魔力をボマードに転写すると……あら不思議。マーブルに変化しました、と」
「マーブルだと、どこなんだ?」
「どこでもあるし、どこでもない。……おっと怖い顔をするなよ。つまりごちゃまぜってことさ。多少ローマ正教の色が強く出ているからローマ正教に関係するヤツか、単純にそのごちゃまぜの中でローマ正教系の教えが多かっただけか。この時点でもう"自分が天使になれると信じ切っているとんでもない莫迦"より、"どこの宗教かもわからないままにとりあえず力のあるものを並べてみた素人"って方がしっくりくるだろう?」
「……ならばお前は、この規模の魔術が全くの偶然で発動したと……そう言いたいのか?」
「その通り。目的が明確でなく、使っている精製魔力がてんでバラバラで、学園都市の外で発動している。中であれば最も怪しいのはアレイスターだったかな。あるいは潜伏魔術師になるか。どちらにせよ、学園都市という名の結界の外で発動させる意味もまたまーったく無い。結論、この大魔術を発動させたのはとんでもなく豪運のド素人。さらに言うと、魔術発動のために凄まじい魔力が必要なはずだから、能力開発を受けていない外部の人間であるのも確実。そんでもって素人であることを加味すると、十年単位で捧げられてきた祈りであろうことは確実」
「祈り……」
「その判別まではできない。が、魔術に関係のない素人の祈りで、そこまで長く同じ願いであり続けるものなんて、『安全祈願』か『心願成就』くらいのものだろう」
息子の不幸をどうにかしてやりたい、という祈願。なんでもいいからお願いします。代われることなら代わってあげたい。
そういう願いに豪運が手を貸すことで形作られる、その幸運ごと不幸に変えられてしまった悲しく憐れな末路の魔術。……ま、引っ越ししたのが運の尽きなんだろう。上条当麻のその性質は引っ越し前の家なら抑え込めていたと言える。ある意味で全てが内側に向かう結界のようなものになっていた儀式場のあらゆる供物が、別の場所へ行って、別の置き方をされてしまった。
「フォーマライズドというやつさ。知らずに込めた祈願という魔力が偶さか意味のある位置に並べられ、魔術が発動してしまった。……どうだい、陰陽師。GWBの教えを受ける気になったか?」
「……その手には乗らん。……だが、とても参考にはなったから、礼を言う」
「見逃す代わりではなく、貸しとして認識しておこう。
「それは……早いとこチャラにしないと、何を要求されるかわかったものじゃないな……。……まぁ、安心しておけ。少なくとも聖人が駆り出されるようなことにはならないし、報告も……多少はぼかしてやるさ。……さて、んじゃ俺は、これを引き起こしたっつーどこぞの素人さんの顔でも拝んでくるかニャー」
信じられねー。スーパー多重スパイの言葉のどこに重みがあんだよ。
……『アルモニ屋』の強化と、周辺への警戒と……まぁ、最悪『
去っていくぜよが本当に去ったことを確認し──『アルモニ屋』の四隅に盛り塩をする。
陰陽師だし効くべや。あんまそっち詳しくないんだけども。
☆☆☆
ということがあったんだニャー、と。
彼、土御門元春は、幻想殺し、上条当麻。聖人、神裂火織。ロシア成教『
「だから俺達はカミやんを疑わなかった。カミやんが魔術を使えるワケねーし、下手人は十年間学園都市の外で魔法陣を構築し続けていたどこかの素人さん。学園都市の学生は軒並み候補者から外れる」
「問一。
「俺だって別に一から十まで信じてるわけじゃないけどなー、あいつの言ったこと色んな方面から検証していくと、全てぴったり当てはまるんだわ。確証バイアスの可能性もあるから神裂ねーちんにも天草式の方法で似た術式を通して検証してもらったけど、全部ドンピシャ。あとは術者か儀式場たる魔法陣を見つけるだけの段階」
「……それで、ミーシャの言う通り、お前らがここに来た理由は?」
「どうも術者は儀式場から離れちまってるようでな。その力の中心地がこの辺なんだニャー。そちらさんも、だからさっきカミやんを狙ってたんだろう?」
「第一の解答ですが、それは正しい。同時にこの少年が術者ではないというのは理解した。誤った解のもと刃を向けたことを謝罪する」
素直に謝られて面食らう上条当麻。
そして、その上で。
「カミやん。カミやんの周囲に、十年以上誰かを想っているヤツはいなかったかニャ? 誰かが亡くなったとか、怪我や病気で十年以上入院しているとか」
「んー。……思い浮かばないけどな」
そもそも記憶がないけれど、とは。
流石に言い出せない上条であるから、話を逸らす。
「それって誰が術者でも発動しちまうモンなのか? 供物がどうのってのは、誰にでも制御できるものなのか?」
「普通はあり得ません。魔術というのは複雑なものですから、素人が触って起動するものではありません。……が、
「そのフォーマライズド、ってのは?」
「
上条の脳裏に大舞台で一人スポットライトを浴びてキザったらしい愛の台詞を叫ぶステイル=マグヌスの姿が浮かぶ。
「素人が魔術を使うっていうのは、脚本も覚えてない演技も練習していないずぶの素人がいきなり舞台に立って、その時に適当にやった演技が世界に無数とある脚本の一つに完全合致してしまった、というコト。欲しい小道具がたまたま手元にあり、適当に発した言葉が都合よく登場人物の台詞だった」
「いやいやどんな確率だよ……」
「だから通常魔術師じゃないやつが魔術を発動するのは難しい。……けど、事前に台詞が録音されてあったらどうだ」
「……適切なタイミングで再生ボタンを押せば、少なくとも台詞は合致できる?」
「そう。それが
「……そうなったら……究極、
「そういうこと。ま、フツーの魔術師は自分で発声して自分で演技した方が早いからこれをやることは無いが、素人に使わせるのならこれほど適した魔術も無い」
「私見一。ただし
「いいや、可能性はもう一つある。供物となる霊装を魔術師が用意した場合だ。つまり、魔術師が自らの霊装を素人に譲った場合ぜよ」
ミーシャは……一瞬、思考するように首を傾けたあと。
「問一。つまるところ、此度の件は魔術師が自身の所在を悟られぬよう非魔術師に魔術を使わせた、ということですか?」
「そうじゃなくて、持ち寄ったんじゃねえかと俺は睨んでいる。使われている力がマーブルになっちまうくらいごちゃまぜだったからニャー」
「持ち寄った……?」
「Aという素人に、Bという魔術師がまず術式の基礎になるようなものを渡した。それ単体では何の意味も無いもの。素人じゃ有効活用も見いだせないようなもの。……恐らく、その日を生き抜くために物乞いみたいな感じで"売値のつきそうなもの"を渡した、とか」
「成程……。その後Cという魔術師が何らかを強く祈願し続ける……十年も願っているその方に、お守りや縁結びといった霊装を恵んだり、はたまたDという魔術師が何かしらの行為のお礼に……と言った感じで、弱い力、小さな力の霊装が蓄積され続け……」
「それがたまたま、今回の事に至った、って? そいつはどんなに幸運……いや、この場合は不幸、なのか?」
沈黙が下りる。どの思惑で黙っているのか。どういう意図を脳裏に忍ばせているのか。
沈黙を破ったのは、ミーシャだった。
「報告一。これ以上ここに居ても意味がないため、私は儀式場及び術者を探しにいく」
「探しに行って、どうするつもりかニャー? 全部が全部今の話通りなら、お相手は素人。魔術のマの字もわからない一般人の可能性が高いんだぜぃ?」
「第一の解答、儀式場の破壊、及び術者を殺害する。無知は罪を軽くすることができない」
言い放ち、そうして三人に背を向けるミーシャ。
けれど、それが許せない人間がここにいた。
「おい待てよ! 目の前でこれから殺人をしますって言われて、はいそうですか、って見逃せるわけないだろ!」
「第一の解答、少年、あなたには関係の無い誰かが死ぬだけ」
「関係ないワケあるか! ここでお前を止めなかったことで起きる悲劇だろうが!」
「──つまり、ミーシャ=クロイツェフ。私達があなたより早く儀式場及び術者を見つけ、この術式を解体できたら、あなたは大人しくロシア成教に帰るということですか?」
「……神裂」
「第一の解答、再発の危険性が無いとわかったのならばそうするだろう」
「そういうことだニャーカミやん。こいつに殺人を犯させたくなかったら今から血眼で犯人を見つけ出すしかない」
「ここで殺し合いを、というのも得策ではありません。……そちらも、私と戦う羽目になるのは避けたいのでは?」
「第一の解答、聖人を相手にするのは確かに避けたい所。私見一、しかし、たかだか聖人如きに止められるつもりはない」
一触即発の空気が流れる。
先程沈黙を破ったのはミーシャだった。だが、この……殺気になるかなりきらないかのところでギリギリを保っている空気を壊せるのは。
「まーまー、カミやん、ねーちんも。こうしている間にも今、日本に向けて、ミーシャ以外のもっとヤベー魔術師がわんさか向かってきてるかもしれないってこと忘れてるぜぃ」
「……そいつらに好き勝手させないためにも、早いとこ儀式場ってやつを見つけなきゃいけねえな」
「その通り。つかこいつはこれでも手段を選んでる方ぜよ。マジで見境ない奴なら街ごと消し飛ばしてたっておかしくないからニャー」
ごくりと唾をのむ上条。
ことの重要性、重大さをよく理解した様子であった。
「では、土御門。私は少し別行動を取ります。あなたたちには出せない速度で調査をしてきましょう」
「頼んだぜい神裂のねーちん。カミやんは当然として、俺も今はほっとんど魔術を使えないに等しい。つまり儀式場探しは
「いやいやどんだけ……」
「私見一、聖人であればそれくらいは可能でしょう。報告一。それでは失礼する」
去っていくミーシャを見て……土御門は神裂にアイコンタクトを取る。
頷く神裂。彼女が高い跳躍力を以ていなくなって。
「うっし、んじゃあ行くぜぃカミやん」
「ああ、だけど、家族に挨拶をしてくるよ。久しぶりに会った友達と遊んでくる、ってさ」
「あいよ」
──こうして。
行われたのは、少しばかりのショートカット。神裂火織と上条当麻の仲が少しだけ縮まらなくて、火野神作という殺人鬼は当然のようにスルーされて。
やがて彼らは、結局、
結末としてはほとんど同じ末路を……土御門元春という偉大なる陰陽師の犠牲一つで儀式場の破壊に成功する。
上条当麻を戦闘不能にしてから、ではなく、秘密裡に行われたそれは、どんな因果か、あるいは鋭い観察眼か、土御門の様子に気付いた上条によってあわや
「……」
「どうしたのですか、土御門」
「……いや。奴はどこまで読んでいたのか、と思ってニャー」
突然土御門の髪の中から出てきて、上条に纏わりついて彼の動きを止めた、あの液体らしきものは。
☆☆☆
そこにいた。
サカサマのニンゲン。
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える──そんな存在。
「
言葉は誰に対して紡がれたものか。はたまた独り言か。
気泡が浮かぶ。
「君の理論の悉くを拝借したことについては感謝をしているよ。ゆえに
表情など存在しないのに──声が、笑ったかのように。
「なんせ君も、私と同じく失敗者であるのだから」
はたして、その言葉は、如何なる意味であるのかと。
けれど……気泡が投げかけを、その悉くを覆い隠してしまった。
また、ヒーローが、この街に帰ってくる──。