とある性教の雌女昇格(メスメライザー) 作:無ければ作れ(Invenire404)
1.九月八日『葦の髄から天井を覗く』 - To look at heaven through a keyhole.
九月に入り、客足は半減している。
というのも、スキルアウトと言ってもただの「能力無し」から「さぼっているだけ」、「武装集団」まで様々いる。
そんな彼らの内の、完全にアウトローにまでなっていない面々が軒並み夏休みを明けたことで、わざわざ第一〇学区まで来る、がそれなりに難しくなったのだ。第七に隣接しているとはいえ、僻地だからね……。
また、『
「確かに二時間も三時間も無観客でヨガっているだけではミサカの羞恥心も満たされない。と、ミサカは既に染まり切った言葉で肯定を返します」
「別に見られるために買ったわけじゃないけどな、お前さん。……とはいえ客がいない以上『
「電源を落とすと言うのであれば、文字通りミサカの意識をオフにすればよかったのでは? と、ミサカは与えられたアイスキャンディーをペロペロ舐めながら首を傾げます」
「お前さんは備品だが、同時に生き物なんでな。それに、『フレキシブル・フェロフルイド』を動かす練習も欠かしていない。ならボーナスじゃないが、褒美くらいやったって誰も文句は言わんだろ」
「展示用アダルトグッズを労う理由が一切わかりませんが、アイスは美味しいので納得することにしましょう、と、ミサカはこれを取り上げられないための理解を示します」
「取り上げねーっつの」
展示用アダルトグッズ、ね。
いやまさにその通りだし、その通りの扱いをしているんだけど……いつセロリが「アァァァンドウクゥゥゥン!!!」ってやってくるかわからんし、ポーズだけでもね。
「けれど、少し意外でした。と、ミサカは」
「子供らが帰ったのが、だろ。
「はい。俗世への興味を失い、断捨離を行い、性行為に興ずることのみを人生の主題とする……。最近の彼らからはそのような気概を感じていました。と、ミサカは自身が覗かれている時の深淵になったつもりで観察記録をお話します」
そう……俺の作る
信仰心の増幅。俗世への興味消滅。他者との繋がりの
囚われ続けた存在はやがて巣の一部となり、拡大と共に自身の知り合いや友人を思い出し、それらを同じ場所に引き込もうとする。
今はまさにその期間だ。「他者と生殖器で繋がる幸福感」は最早「人生に必要」、「生きるのに必要」というレベルにまで育っていて、忘れることはできない。けれど巣以外で性交をすることには
こうなればもう手を加える必要は無くなる。体制側や自治組織に破壊されるまで際限なく大きくなり続けるし、性知識は和紙に墨を落したかのように広がっていく。
「安心していい。みんなまた戻ってくる。お前さんの痴態もより多くの人に見られるだろうよ」
「嬉しいです。と、ミサカは感情の最大限にまで感情を込めた声で万感の思いを伝えます」
「そりゃなんとも感情豊かなことだな」
さて。
学園都市では
なんでってそりゃ、俺の追っかけことローマ正教が日本近辺に入ってくるから。壊されるのもそれで良し、みたいには言ったけど、自分から壊してくださいと頼みにいくのはまた違う、ってな。
けれど。これもまた、とはいえ。
見て見ぬふりをするつもりも無い。
ダミー解読マスターについては申し訳ないけどどうでもいい。俺は性欲に突き動かされているわけでもないし、ローマ正教という下ネタ受け付けないーズの元一員に『アルモニ屋』はキツいだろうし、解読してほしい魔導書も無いし。
が……
勿論自ら巣を壊してくれと言いにいくわけではない、というのは再三言うんだけど、「学園都市には俺が潜伏している」というのは知っていてほしいというか。
簡単に言えば俺はローマ正教のお偉いさんから蛇蝎の如く嫌われているのである。「関わると面倒なことにしかならない」と思われているし、「いざ捕まえようとするととんでもない被害が出る」とも思われている。
ローマ正教もまた俺を血眼になって探しているだろうけど、その理由は「捕まえるため」というよりは「任務・作戦実行地域に俺がいると面倒臭いので位置を把握しておきたい」という面が大きく、だからダミー解読マスターの一件で影をチラつかせておけば、ローマ正教関連の面倒事の一切を未然に防げるかもしれない。
そう、神の右席の奴らもまた一応ローマ正教徒である。……まぁ按摩と弁当の目的を考えると「計画を変える」ことには繋がらないかもしれんが、一瞬ためらうくらいのソレにはなるだろう。
「……」
「ん、食べ終わったか。二本目はやらんぞ。腹を下されても面倒だ」
「いえ。当たりもはずれも書いていない不良品に静かな悲しみを覚えていただけです。と、ミサカはしゃぶりつくした木の棒をゴミ箱へと放り投げながら落胆します」
「……いやあの、箱で買うアイスだから、当たりもはずれもありませんよ」
毎度思うんだけど、
俺の操る『霊磁性流体』は航空・宇宙開発事業に組み込まれるほどとあって、非常に優れた操作範囲・操作性を有する。
とはいえそれはあくまで操作の話。中にカメラなりなんなりが入っているわけではないので『千里眼』に類する魔術の併用が不可欠だ。音に関しては流体がどれほど震えたか、で逆算できるからなんとかなるけどね。
……数百キロメートル離れてても自由自在に動けて戦闘能力も高い、とかいう
これにて作り上げるはそう、鳥である。
鳥は凄いぞ。飛べる。その索敵範囲たるや。
感覚を同調する呪符を頭部となる部分に貼っておけば疑似使い魔にもなる。剥がされたらそこを千里眼で見ればいいだけだし。
第一〇学区の外縁に立って、その透明な鳥たちを空へと放していく。
鳩か烏か、マジシャンにでもなった気分だ。
これで探すのはローマ正教……ではなく、天草式十字凄教の方。
なんでって、ローマ正教は『霊磁性流体』のこと知らんので。これ学園都市に来てから完成させることに成功した物質だし。
じゃあ天草式十字凄教は知ってんのかよって言われたら勿論そんなことはないんだけど、魚を直で手掴みするよりルアーにただ乗りした方が色々効率が良いのさ。
自身に隠蔽や防御系をありったけ仕込んで、ダミーやフェイクも入れて、と。
同調開始。
☆☆☆
天草式十字凄教教皇代理、建宮斎字はそれを発見し、溜息を吐いた。
水のような何かで作られた烏。ただし水の気配は感じられない。軽く
「……妙に視線を感じると思ったら……式神がいたとは。まさか、こっちの行動は全部筒抜けだとか言わないのよな」
「行動自体は筒抜けだが、それが悪と出るわけではない。なんせ俺はローマ正教の敵対者なのでな」
「ほう。そこまで時間があるわけでもないからパパっと話を進めるが──ローマ正教がこの国で好き勝手やるのは御免だから、奴らを追い出すために、我らと協力体制を築きたい……そんなところか」
「話が早いのは素晴らしい。オルソラ=アクィナスのことは好きにしろ。『法の書』程度のものには価値を見出していないのでな」
「世界じゅうの勢力がこぞって解読者たる彼女を狙いに来ている中で、まさかそんな言葉が聞けるとは思わなかったのよなぁ。……それで? 我らはお前さんを何と呼べば良い?」
「
合成音声らしき声。
烏の頭に貼られた呪符の紋様は、少なくとも天草式で読み解ける類のものではない。
「なんとも大層な名前じゃねえのよ。……建宮斎字だ。天草式十字凄教教皇代理を務めている」
「ふむ。持ち掛けた身で言うのもなんだが、あっさり信用しすぎじゃないか? そも、ローマ正教と敵対している時点で流れ者だというのはわかるだろうに」
「隠密性が売りの我ら天草式十字凄教をこうもあっさりと見つけられちゃあ立つ瀬ってモンが無ぇのよ。それと、別に信用したわけじゃねえのよな。そっちこそこの程度で信用されたと思い込むとは、相当な楽観主義に聞こえるのよ」
建宮の挑発を含むその声に、流体の式神はふむ、とわざとらしく首を傾げた。
妙に人間臭い式神だ。まるでこれそのものが生きているかのように振る舞う。
「そうだな、そうかもしれん。確かに……とんとん拍子を信じすぎたか。面白い」
「それで? お前さんは我らにどんな協力をしてくれるんだ?」
「ローマ正教の武装詳細をやろう。これを使って対策を立てるなり罠に嵌めるなりすると良い」
「どうしてそんなものを持っているのかについては、聞かない方が良いのよな」
「無論だ。俺達が敵対しても得られる旨味は無いだろう。……それと、オルソラ=アクィナスを追う第三の勢力がいる」
「なに?」
「イギリス清教の神父とシスター、そして学園都市の学生」
「……前者は
「そうだ。生憎とそいつの能力は俺にもよくわからん。ただ、貫通系なのは間違いない。なんせ彼の『歩く教会』にまで攻撃を通すほどだ」
「オイオイオイ……法王級の威力じゃねえのよそいつは。いや……威力じゃなく、防御の貫通こそが肝か? つまり選択すべきは防御ではなく回避。そういうことよな」
「わかる限りではな」
どれほど出し渋られるのかと思えば、大盤振る舞いもいいところだった。
信用はできない。九割が本当で一割が嘘で、その一割がクリティカルなものであるかもしれない。
そういう疑惑は忍ばせつつも、有用な情報がボロボロと落ちていく。
「……これだけの情報があれば、我らの助けなんざ要らなかったように思うのよな」
「それがそうでもない。生憎と俺は一人でな、常に孤立無援だ。此度の敵が252名のシスターで構成される戦闘部隊とあらば、その数に劣れど、50人近い戦闘員を持つ天草式十字凄教を頼るのもおかしな話ではない。……あと、先程はさも敵対者であるかのように話したが、イギリス清教の三人……二人と学園都市の学生はオルソラ=アクィナスの味方になり得る。積極的には敵対することのないようにな」
「はっ、お前さんは我らの保護者か何かか、っての。……と。……ようやく奴さんを救出できたみたいなのよな」
天草式十字凄教、その仲間たちが運んでくるは──。
口にガムテープを張られ、ロープでぐるぐる巻きにされた、オルソラ=アクィナス。
「……まるで悪者だが」
「そういうつもりはねぇのよ! ……あー、オルソラ=アクィナス。手荒な真似をまずは謝るのよ」
言いながらガムテープを剥がし、縄を解く建宮。
彼女は……逃げる、という素振りを見せなかった。
オルソラ=アクィナス。『法の書』の解読法を見つけたとされる人物。
「ああ……天草式十字凄教の方でございますか?」
「建宮斎字。天草式十字凄教教皇代理をやっている者なのよ」
「……オルソラ=アクィナスにございます。此度は
「現地協力者だ。あんたには何の頓着もないそうだが、ローマ正教の敵対者らしい。今は一時的に協力してくれている関係にあるのよな」
「とても……とても古い、恐らく神聖ローマ帝国時代の呪符を使っておられるようでございますね。……その敵対者のお名前を伺ってもよろしいのでございましょうか」
何か、警戒する雰囲気を感じ取る建宮。
彼は直感的に『
「あー、名前はなんだったか。すまねえのよな、外国の名前にはとんと疎くて」
「ジョン・ボニオ・ド・マイノデュックという。無名の流れ者だ」
「マイノデュック様……。誠に失礼で申し訳ありませんが、存じ上げませんね……」
それは式神の向こうにいる者も感じ取ったのだろう。先程名乗った名前ではなく、そして長く覚え難そうな名前を名乗る。
「1700年代にローマ正教から追放された身の子孫でな。いやはやまったく、ローマ正教の狭量にはほとほと呆れかえる。『法の書』程度の叡知の解読に、そこまで躍起になる理由がどこにある。というわけで、ローマ正教の過激派がここ日本で我が物顔をするとあるのならば、日本を拠点とする魔術師集団に手を貸すのもおかしな話ではないんだよ」
「とはいえ、オルソラ=アクィナス。あなたが彼を信用できないというのならば、我らは彼から貰った情報の恩赦を彼に支払った後で、彼との手を切るつもりでいるのよな」
「それは……」
「……さて、建宮斎字。彼女との交渉はお前さんらの分野。俺は少し、ローマ正教の攪乱のための陣を敷くつもりだが、構わないか?」
「我らの術式を壊さないのであれば」
「お待ちになってください。攪乱とは、具体的に何をなさるのでございましょうか」
一瞬だけ建宮の持つフランベルジュを見るオルソラ。
武装、そして暴力による和睦。彼女にはそれが受け入れ難いようだった。
「この近辺には木々が多い。完全な土地開発をしきらない日本の利点というやつだ。これを用い、
「それは……アエネアスとシビュラの冥界下りにて記述のあった、"正しい導き手と聖なる印が無ければ森からは出られない"とされる森ですか?」
「その通り。正しき導き手は勿論お前さんだ。聖なる印は、天草式十字凄教のその赤い十字架にするか。この近辺の木々を森に見立て、"木々の近くでは必ず不正解の道を引く"という効果を付与する。お前さんらがいれば正しい道に行ける。どうだ、わかりやすいだろう」
「追われているというからどんな奇天烈な、あるいは過激な魔術が出てくるかと思えば、存外和やかな魔術じゃねえのよ。人払いとしても役に立ちそうだし、我らにもご教授願いたいところなのよな」
「一つだけ欠点がある。それは、術者がこの森の中にいなくてはならない、ということだ。残念ながら今俺はその範囲にいないし、使い魔では起点足り得ない。よって建宮斎字。お前にこれを預けよう」
「いやいや。教えてほしいとは言ったが無茶を言うものよな。これからローマ正教を迎え撃つって場面でぶっつけ本番の魔術は流石に荷が勝るのよ」
「問題ない。
使い魔がそう言うや否や、どこからかもう一羽の流体の鳥が飛んできて、建宮の肩に止まった。
それはどろりと崩れ、枝のような形に変わる。
これから組まれる魔術。そのスイッチを先に作っておく、ということだ。
「ああ、だから、お前さんがここから出ればその時点でそいつは力を失う。無論その時は全てが解決した後だと願っているが」
「怖いくらい至れり尽くせりなのよな。そこまでしてローマ正教の右往左往する姿を見たいというのか?」
「少し違う。──この世には武力ではどうにもならないこともあるのだと突き付けたいだけだ。武力が無ければ……言葉だけではどうにもならないと考える連中にな」
言葉を吐き捨て、流体の鳥はバッサバッサと翼をはためかせ、飛び去っていく。
黒い鳥は凶兆、白い鳥は吉兆というのがどこの国でも大抵の迷信であるが──透明な鳥は何の前触れなのかわかんねぇのよな、と。
建宮は胸中で溜息を吐きつつ、改めてオルソラに向き直るのだった。
さて……事態は思いのほかスムーズに進んでいく。
イギリス清教の増援、そして学園都市の学生。敵部隊……アニェーゼ部隊がルチアと共に行動しているのを発見した建宮は、
しかし。
「……事情はわかった。けど、敵がローマ正教となると、僕らが動くのは厳しいかも知れない」
「なんでだよ。こんな……こんな簡単に他人の命が摘み取られるようなこと、あっていいわけないだろ」
「戦争になりかねないんだよ。イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教は十字教旧教三大宗派。同じ宗教だけど、勝手もルールも何もかもが違う。可能性としては、イギリスという国と、イタリアという国自体が戦争することにまでなりかねない」
「そんな……」
そこまでの大事にあちらがしてくるとは思えないけどね、と。
赤髪長身の神父、ステイル=マグヌスは言外に吐き捨てる。これは目の前の少年を諦めさせるための誇張表現だ。
「……先程会ったばかりの
「そんな言葉が聞きたいんじゃねえよ。……そうじゃねえだろ。……なんで、助けてくれ、なんて言葉も言わねえんだあんた。命が狙われているってだけで、そう願ったって良いはずだ。どこに属しているとか、どこと敵対するべきじゃないとか……そうじゃなくて、行きたい所に行って、救いだと思うものに手を伸ばしたっていいはずだ!」
「とうま……」
上条の言葉を耳心地の良さそうに聞いている建宮。とことん救えないね、と呆れかえっているステイル。
そして──オルソラと上条の頭上に、いつの間にかいた、透明な鳥。
「っ、なんだ、魔術か!?」
「使い魔……水属性を感じない流水! そんなものこの世には存在するはずが……」
「上条当麻。これをその女にかけてやれ。それでだいたい解決するから」
警戒する面々を余所に、鳥はマイペースに話を始める。
これ。そう発する鳥の嘴には、ロザリオが一つかけられていた。
咄嗟に自身のポケットを確認する上条。……どうやら落したのではなく、似たデザインであるだけらしかった。
「あんた……誰なんだよ。それがわからねえと……」
「俺の正体が不透明だと、オルソラ=アクィナスを救えないのか?」
「……何か害のあることをさせようとしているんだったら」
「害は無いと思うよ。それ、本当にただのロザリオだし」
「はぁ。……そうだね。加えて言うなら、それは僕が君に渡したもの。害があるとすれば、僕が仕込んでいたということになる。まぁそんなに気になるならチェーンもロザリオ本体もすべてをその右手で触れたら良いさ」
「な……なんだよお前ら、急に。……というか、オルソラは? これをかけてほしいって思うのか?」
「……。……はい。切に、望みます」
そうまで言われては。
そこまで言うのなら。
上条は……自身が持っていたロザリオを、彼女にかける。
右手で持っても何も起きないそれを。
「これで……いいのか?」
「……はい。ありがとうございます。……心から感謝いたします」
「これで……オルソラ、あんたは、助けを求めることができるんだな」
「……。……いえ、
「たとえ彼女が助けを求めずとも、今この時より彼女は僕らが救うべき対象になった。天草式十字凄教と協力し……そして、遺憾ながら君とも協力し、たとえ彼女が自ら死を望んだとしても、その淵から救い出しに行ける。……満足かい、上条当麻」
急変したステイルの態度に目を白黒させている上条。その頭の上に、先程の透明な鳥が止まる。
予想された趾足の痛み、というのは無い。しかしこの感触は、どこかで覚えが。
「ああ……満足だ。……でもなんでこんな簡単なことを言ってくれなかったんだ? というかあんたは誰なんだ。どうして俺達の事情を……」
「まぁ、彼らはイギリス清教の教徒。天草式十字凄教も今はそうだろう? つまり、マナー違反なんだよ、上条当麻」
「マナー違反?」
「これは即ち改宗を迫る行為に他ならない。お前にわかりやすく言うのなら、競合他社とはいえ、その会社の上司や社長の前で堂々とヘッドハンティングはちょっとなぁ、って話」
「……成程、実にわかりやすい」
「それで? お前さん、名乗らずを通すつもりみたいだが、もしや結構なお尋ね者だったりするのか?」
流されかけていた話を建宮が引き戻す。
「そうだと言ったら、どうするんだ?」
「ここで手を切る。今なおローマ正教をここに近付けさせていない素晴らしい結界についても、ローマ正教の武装についての詳細なデータも、金銭に替えられる価値だとは言わねえのよな。だからあんたの望む通りの謝礼をして、手を切らせてもらう。我らはあくまで救いの手を差し伸べるためにここにいるのよ」
「ふむ。まぁお察しの通り結構なお尋ね者だ。実は。オルソラ=アクィナスが先程から何も言わないあたり、何か察しているのかな」
「……ローマ正教の敵対者で、使い魔や千里眼などを用い、防御力に優れずとも高度な隠蔽結界を使う者に……心当たりがあるのでございます」
「結構なお尋ね者というのを明かすということは、ここで手を切るという宣言と受け取るのよ。……
「え……それ、確か」
その後のインデックスとの学習において知ったのは。
「三百年前とかの大犯罪者……だっけ」
「大犯罪者て。いや逃亡後重ねた罪は積もりに積もってるかもしれないけど、大犯罪者なんて呼ばれるほどひどいことはしてないつもりだぞ」
「……
「幸福、ねえ。なんとも言い難い響きだが」
「しかし、そうか、手を切るか。まぁオルソラ=アクィナスがお前達に守られ、ローマ正教のやつらが歯噛みしてくれるのならばそれでいい。冥途の土産に200人ほどこちらで相手をしてやるから、残りの52人はお前達で対処するといい」
上条の頭の上から飛び立とうとする流体の鳥。
それを……上条は、左手で抑えつける。右手じゃマズいと判断したのだろう。
「待てよ……その200人、どうする気だ」
「安心しろ、殺すとかしないから。つか多分俺の前科に殺人って無いんじゃないかな」
「殺さなきゃいいって話じゃねえ。……この感触。やっぱりあの時……俺が土御門を止めようとした時、纏わりついてきた奴だな」
「おっと、もしや流体ソムリエか?」
「なんだよ流体ソムリエって。……一つ聞かせろ。あんたのそのやり方で、悲しむ奴は増えんのか」
「増やしてもいいんだが、今回はお前さんが関わっているからな、やめておく。かるーいので済ませるさ。なぜなら上条当麻。お前さんは覚えちゃいねえだろうが、何を隠そうこの俺は昔お前さんに救われてんのさ。──借りは返すよ、高校生」
その言葉に二の句が継げなくなる上条。
なんせ彼は、少し前のある時点から昔の記憶を全て失くしている。
その中で助けた誰かだと言われても、思い出すことはできない。……高校生、という呼び名に、失くしていない……今の自分になってからの記憶がどこか引っかかるけれど、少なくともこんな合成音声みたいな声を聞いた覚えがないから、やはり思い出せなかった。
「君は……三百年生きているのかもしれない怪人の事情にまで首を突っ込んでいたのか。ほとほと呆れるね……」
「とうま、前も言ったけど
「へぇ、そういうチェッカーとしても使えるのかこの少年。いいねぇ、とことん我ら好みの馬鹿の匂いがするのよな」
「素晴らしい方なのですね……」
「いやいやいや別に俺はそういうんじゃないって……」
「この結界の外で待ち伏せしてる奴らは散らしておいてやる。たかだか52人にお前らが負けたとしても、尻拭いはしてやれないからそのつもりでな。オルソラ=アクィナスの言う通り、防御性能系の結界は適性が無くてほとんど使えねえんだわ。そんでもって攻撃的な魔術も」
ぬるり、と上条の手を抜けて空へ飛び立っていく流体の鳥。
やがてその姿が遠くの空へと消えていって。
「……そんじゃ、作戦を練るとしますか。オルソラ=アクィナスの希望通り、なるたけ武装交渉の無い和睦を目指して、な」
対話が始まった。
☆☆☆
さぁて。
攻撃性のある魔術をあんまり使えない人間が行うvs200人がどういうことなのか。
──そんなの、禁欲者ばっかりのローマ正教へ贈る、俺からの『