とある性教の雌女昇格(メスメライザー) 作:無ければ作れ(Invenire404)
時刻、午前六時きっかり。
起床する。起床して。
「……ナイワー」
御坂美琴は、はぁ、と大きなため息を吐いた。
上体を起こしたことではらりと額から落ちたもの。
それは、今学園都市で密やかに流行っているアイテム、『インディアンポーカー』なる存在。
他者の夢が封入されているというそれを額の上に乗せて眠ると、その夢をまるごと見ることができる、という性質があるという。
藁にも縋る思いだった。
食蜂操祈の口から判明し、しかし肝心の食蜂操祈は御坂をおびき出すために用いただけで、ほとんど何も知らないという始末だった事件──つまり、『
大覇星祭期間中、終了後である今をして、手掛かりゼロ。焦燥感に駆られる中で、先日帆風潤子から貰った人の夢を見ることのできるカード『インディアンポーカー』を思い出し、幸福な夢─尤も帆風にとって幸福なだけで御坂にとってはそうではなかったのだが─が見られるのならば、『ほとんど情報無の状態から状況を打破できる夢』のような、何か発想のとっかかりになるものもあるんじゃないか、と思い至ったのが昨日の昼頃の話。
それを帆風に話せば、丁度持ち合わせていた一枚が『途中まで暗中模索状態の悪夢だけど、突然全てに光明が差して解決まで辿り着けるシンデレラ曲線型の夢』というのを有していたために、それを譲ってもらい。
食蜂操祈はこの『インディアンポーカー』に対して非常に懐疑的であったものの、彼女も情報を見つけることができていないのもまた事実であり、また、どうにも面倒臭いことに、彼女は何かまだ御坂に対して負い目があるような言動を繰り返していたため、「そんなものに頼らなくちゃいけないくらい追い詰められていたのなら、もう少し手広くやってみるわぁ」などの言質を取り。
そうしてそれを額に貼り付けて眠ったのが昨日の夜。
夢の内容は──。
「まさか本当にシンデレラだとは。……そして王子様役が……あいつだとは。……ナイワー」
手掛かりになるもの、ではなく。
本当に自身が灰被り姫になっていて、つらい状況からカボチャの馬車でガラスの靴でハッピーエンドなメルヘンでファンシーな夢。白い歯を光らせて微笑んでくる
主人公のシンデレラは自分なのはまだいいとして、王子様役が
なにもかもがおかしくて、トンチキだった。酷く疲弊した。
「お姉様……お早いお目覚めですわね……」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いえ……どの道今日は早めに行く予定でしたから、大丈夫ですわ。……なにか、ありましたの?」
「そういう黒子こそ。……昨日から、方々に奔走しているみたいだけど」
「……申し訳ありませんの。風紀委員の守秘の都合上」
「ああ、いいっていいって。咎めてるわけじゃないし。……黒子だけは、どんなに隠し事をしていても、悪いことはしない、って信じられるし」
「おぉ……起き抜けになんという信頼……これはそのまましっぽり行く流れ……!」
「電撃と蹴り、どっちが目覚ましになるかしらね?」
「どちらも躱して愛を……と言いたいところですが、しゃっきりしていない状態で空間移動を使うのは些か恐怖がありますのでやめておきますわ」
こういう話で白井が自制の言葉を吐いたことに驚愕しつつも、言葉の端から見える疲労感に、お疲れ様、と胸中へ吐き出す御坂。
そうして、この長い一日が幕を開けたのである。
時刻七時半頃。
御坂は常盤台中学にて帆風に出会う。
「あら、御坂様。御機嫌よう、お早いですわね。もしかして、良い夢見ですっきりとしたお目覚めを?」
「その逆よ、逆。あんまりにもメルヘンすぎて没入感がなくてね……。さらっと目覚めちゃった」
「そうでしたか……。……それで、配役は如何でした?」
「配役? 私がシンデレラ役で、あとは特には……」
「あの夢が『暗中模索な状況を打破するカード』であるのは、自身が無意識下で当てはめている配役を見事に再現するから、なのですよ。ですから、王子様役には意中の人が入りますし、自らを虐める方々には自身が敵視していたり、あるいは恐れている方、もしくは悩みの種が当てはまります。そして、暗中模索の状況を打破してくれる配役は」
「……カボチャの馬車を作る、妖精」
「そうなりますわね」
改めて夢の内容を思い返す御坂。ついでに役割も考える。
・シンデレラ:受難者/選ばれる者:御坂美琴。
・義母:抑圧者/最も厄介な存在:モリヤ
・義姉たち:嘲笑者/悩みの種:
・妖精:助力者/超自然的介入者:食蜂操祈
・王子:選抜者/報酬:上条当麻
・召使い:証明者/王子の代弁者:一方通行。
義母と召使いはどうにも「足りない配役を補った」ように見えるけど、確かに正しいのかもしれない。
けれど、これでは。
「……いや、じゃあこの場合……モリヤさんとアレが……無意識じゃないのだとしたら」
御坂は──。
「……ありがと、帆風さん。ちょっと行ってくる」
「行ってくる、とは。確かにまだ授業まで時間はありますが……」
「まずは食蜂探しからね。それじゃ!」
「あ、御坂様……。……まぁ、思い詰めていた御顔が、少しばかり希望の色を取り戻したことを喜ばしく思っておきましょうか」
そう締め括る帆風であった。
午前8:30。
食蜂操祈に頼み込み、「代役」を立てて、御坂は今第一七学区にいた。
雑居ビル倒壊騒ぎがあったとかで、現場は騒然としている。『不明信号』に関する……正確には、彼女が「思い出したこと」についてを探りに来たのだが、情報が消されたか口封じか、先を越されてしまったらしい。
早々に見切りをつけて立ち去ろうとした御坂の目に、奇跡的に無事だったらしい端末が入る。
多少の引け目を覚えつつもその中身へアクセスすれば──。
" 『不明信号』について。
我々が『
あの憎き『
計画実行の際には襲撃も考えられる。準備をしろ。
さすれば『天上の果実』は我らに与えられん。"
「……なにこれ」
他のファイルは破損していて読み取れなかったが、これだけが読み取れた。
科学の生粋たる学園都市とは思えないオカルト染みた内容でありながら、どうにも心当たりのある言葉が載っている。
憎き生体ファイアウォール、というのが何かはわからないけれど、やはり捜査の「方向性」は間違っていないらしい。
「『天上の果実』……」
だから彼女は、それを聞いてみることにしたのだ。
☆☆☆
「あのねぇ。私、御坂さんとそこまで仲良くなったつもりないんだゾ☆」
「"良いから、不明信号の件だけは協力しなさいよ。そういう約束でしょ"」
「まったく……。……しっかし、学園都市でまず聞くことの無いオカルト力満載な言葉ばかりねぇ。……ま、丁度知り合いに詳しい人がいるから、それに当たってみるわぁ」
「"頼んだわ。私はこの端末がどこにメールを出していたのか探ってみることにするから"」
「はいはいキヲツケテネ~」
通信が切れる。
溜息を吐くは蜂蜜色の髪の少女、食蜂操祈だ。
今朝がたいきなり御坂美琴に「用事で出掛けるから誰かを代役にして」なんて無茶苦茶を言われ、言い合うのも面倒だったから了承したのが運の尽き。
常盤台中学という、御坂美琴がより多く"
目の前にいる帆風にだけはその誤認をさせていないから気楽でいられるものの、普段関わることの無い層から挨拶されるのはやはり気が滅入るというもので。
「……にこにこして、どうしたのかしらぁ?」
「いえ……御坂様と仲がよろしいのだな、と思いまして」
「はぁ……。……もう面倒臭いから否定しないけれどぉ。……というか、帆風さんあなた……体調でも悪いのかしらぁ?」
「いいえ、そんなことはありませんが……」
「というかよく見たら、周囲みんな……顔が赤い、ような」
オカルトに強い知り合いこと安東にメールを出しつつ、そこでようやく食蜂は周囲を見た。
明らかに顔が赤い少女たち。それは風邪、というよりは。
「……『インディアンポーカー』。他人の夢を見る装置、だそうだけど……あれの使用を禁ずるから、他の子にも言っておいてちょうだいな」
「はい、わかりました」
「それで? どんな夢を見たら帆風さんまでが引き摺るようなことになるのかしらぁ?」
「それが、その。……えっと」
珍しく言い淀む帆風。
彼女の口から出たのは──。
☆☆☆
「"名誉棄損だしぃ、肖像権侵害だしぃ、色々訴えられるのよこっちはぁ!"」
「勘弁してくれ。こっち深夜1時だぞ今」
「"知らないわよぉそんなことは。……とにかく、私の痴態が出回ってるとか……なんとかしなさいよぉ!"」
なんでも食蜂操祈が機械姦に遭っているところを眺める、という夢が出回っているらしい。
マー確実に10039号の夢なんだが、気になるのは二点。
あいつがそんなものに触れあう機会がないって点と、話を聞くに、「通常までは普通の夢だったのに突然真っ暗な部屋で蜂蜜色の少女がそれはもうドエロイ目に遭っているシーンに切り替わる」という点。
俺の知っている『インディアンポーカー』の挙動と違う。
まるで途中から何かが混線しているかのような。
「"それで……メールの方は、何かわかったかしらぁ?"」
「中二病オタクが書いた、とかでないのなら、恐らく、『
「"ウイルスぅ~? コンピュータウイルスってことかしらぁ?"」
「似ているが、違う。ミサカネットワークに感染するウイルスだ。……ロゴス、という言葉についての知識は?」
「"ギリシャ語で言語、でしょう? 心理学用語にもたびたび出てくるけどぉ"」
「ギリシャ神話というのは無数の『息子は父親を超えていくものだ』という予言に準えて作られている。それを恐れてゼウスが雷の力を息子に継承しなかった、と見る学者もいるほどに。社会学者のR・K・マートンによって唱えられたこの『ロゴスの自己成就』という概念の概要はつまり、"人々の期待や思い込みが人々の行動を変化させ、結果として神託通りの現実を作り出す現象"だ」
「"予言を避けようとすればするほど予言が現実化する、ってハナシであっているかしらぁ?"」
「ああ。ピグマリオン効果、あるいはプラシーボ効果もこれに含まれる。元の話では、"銀行が潰れる"という話を聞いた人々が一斉に預金を引き出し、本当に銀行が破綻してしまった、というものだったな」
ギリシャ神話ではこの『ロゴスの自己成就』が顕著に出現する。
予言が下る、神託が下りると、人々も神々も恐慌状態に陥り、普段はしない行動や常軌を逸した行動をして、結果的にその通りのことを自ら引き起こしてしまう。
「"つまりぃ、『
「どこまでなぞっているかは知らんがな。予言の部分ではなく、妹達自らが自らを破滅させる、という部分だけかもしれない。どちらにせよ生体ファイアウォールが火を噴くというのもそれによる作用だろう。ギリシャ神話の次の文で北欧神話を出しているのがなんともその辺に詳しくない学園都市らしいが」
「"『天上の果実』、っていうのはどう考えてもあなたの管轄じゃなぁい?"」
「ちなみに『天上の果実』は十字教概念だ。もうごちゃごちゃだな。……で、確かにまぁ俺が口にする言葉だが、元はと言えば『胤河製薬』の言い回しから着想を得た言葉だ。つまり」
「"胤河製薬の取引先が『
「されたらされただ。あまり執着はない。……すまんな、こっちもちょっと連続殺人事件なんてものに出くわしていて、『不明信号』に関するシナリオ、というのを書けそうにない」
「"旅先でそれは気が滅入るわねぇ。……もしかしてあの人が関わっていたりぃ?"」
「上条がいたからこうなった、とは思えないがな。もっと根深いよ。俺達が来ても来なくても、事件は起きていただろう。……上条は自身のそれを不幸だと嘆くが、お前さんが思っているように、不幸や不遇にある者達のところへ、視界の外、思考の外から殻を突き破ってきてくれるのは、俺は"ヒーロー体質"にしか聞こえんがね」
「"珍しく同意するわぁ。……それじゃ、また何かオカルト的ワードが出たらメールするわぁ~"」
「流石にこっから六時間くらいは寝ているよ」
「"嘘ばっかり。
「……。……へえ。帰った時にも『インディアンポーカー』が流行っていたら、全裸で常盤台へGOしたあの映像を封入したものを流行らせてやろう」
「"ちょっとぉ、からかったんじゃなくて核心を突いた時にまでそういうことするのやめてくれるかしらぁ? ……それじゃ"」
「ああ。気を付けろよ」
暗号化したインターネット通信を切る。
……どうやら常盤台中学のみならず、今学園都市では淫らな夢を封入した『インディアンポーカー』が大流行中らしい。
アッッッッッッツ。
っていうか、だからアレイスターは俺と上条当麻を追いやったんかなぁ、とは思っている。
その状況に俺がいたら無法すぎるし、上条当麻は下ネタ程度ならともかくがっつりエロは無理だろうし。
して……10039号は、果たしてどうやって『インディアンポーカー』を手に入れ、その夢を封入するに至ったのか。
あるいは……あの時雷神御坂に打ち込まれた方の脳波データだったりするか? ……いや、そうじゃね? そっちの方が可能性は高いな。
あれ自体は御坂美琴が10039号に共感する形で入力されたものだったけど、もし食蜂操祈の機械姦を『霊磁性流体』で感知している時の脳波データもコピられていたら……。
アリウール。
すべての発端は俺に10039号を売りつけた研究者であり、そいつは『
この『インディアンポーカー』というものもまた、カードの形をした『学習装置』なれば、そして……『魂の生成』と『魂の消去法』が主題なのであれば、俺がやった『極小版
結局大覇星祭中には出てこなかった『
……ここは、じゃあ。
☆☆☆
「ウイルス、だと?」
「ええ。打ち止めの脳内でも確認できたわ」
時刻は6:00。
風邪を引いたような反応を見せる
「ミサカネットワークに対し、微弱な信号源が四つ、悪意的な動きを見せようとしてはこの子に止められて、というのを繰り返していたみたいなの。大覇星祭前から度々ね」
「……どっかのバカが、ミサカネットワークをクラッキングしよォとしてやがるってことかァ?」
「ええ。ただその方法がわからない。ミサカネットワークはあくまで同じ能力者同士の脳波ネットワークであって、他の端末なんかからアクセスができるってわけじゃない。だから、可能性があるとすれば」
「……どっかのクソ研究者がこいつらを鹵獲し、そこから、ってわけか」
「ええ。だから聞いてみたのよ。残された
聞けば聞くほど……一方通行の青筋が浮き上がっていく。
芳川はそれに危うさを覚えていた。
最近の一方通行は「正義」に飢えている。酔っているのではなく、飢えている。
守る。己より弱いものを、殺すしか能が無いと思っていた能力を使って、守る。危機的状況を打破し、圧倒的な脅威を己が手で打ち砕き、自分で立ち上がることさえ難しい者達を──守る。守れる。守ることができるのだと。
何か……とんでもなく眩しい何かに視界の全てを灼かれてしまったように、自らを灼いた者の代弁者足ろうとするかのように。
良い傾向ではあるけれど、それは結局本末転倒だ。
あるいは「ソウイウ化け物」になってしまいかねない。
──けれど、芳川桔梗に一方通行を止める権利など。
その時。
芳川桔梗の通信端末がコールサインを鳴らす。
「……非通知?」
「こんな時間にかァ?」
「一応、出てみる……切られたわね」
「くだらねェ詐欺の電話番号使用状況確認にも思えるが……タイミングがタイミングだなァ。逆探知をかけてみろ」
「無理よ、切れてしまったもの」
「……研究者のクセに、どンだけ昔に生きてンだ? 現代じゃ通話履歴なンざ一瞬で残る。コーリングサインが鳴った段階で。常ォ識だろォが。余計なシステムが噛まれていよォが、テメェの目の前にスパコンがいること忘れてンのか? 貸せよ、俺がやる」
その存在は、暴虐の象徴として語られることがほとんどだ。
如何なる攻撃も通さない『ベクトル反射』。そしてベクトル操作を軸にした高機動力。
しかし、その最たる部分は──。
「……ンだこりゃ。こっちもまた旧時代の暗号化を……こンなもン、一瞬で……」
逆算。それによる、あらゆるプログラムの解体。
如何にわずかな痕跡であろうと逆算し、偽装も矛盾も瞬時に見抜き、なんなら天文学的な選択肢に対するプルートフォースさえも可能にし──。
「──見ィつけた。……芳川、ガキから目を離すンじゃねェぞ」
「はいはい。……あなたに言う事じゃないけれど、ちゃんと無事に帰ってきて。この子の泣き顔は見たくないでしょう?」
「あァ。──守ってやるさ、それくらいはよォ」
部屋を出ていく一方通行。
その顔は、怒りではなく、明らかに好戦的な笑みを──。