とある性教の雌女昇格(メスメライザー) 作:無ければ作れ(Invenire404)
──その出会いは、偶然か、はたまただれかの作為か。
ぶつかった。「オイオイオイオイどこの馬鹿だこんな白昼堂々……!?」とか言っていた金髪アロハグラサンと、「頼られることは喜ばしいのですが、やはり役に立つことの方がしてみた、あっ」なんて直前で一応ギリギリ気付いた自由を謳歌中のダッチワイフ。
偶さか、道端で。第六学区に向かう道の途中で。
「っと……すまない、ケガはないか?」
「あ、いえ。こちらも前方不注意で、申し訳ありませんでした。と、
「──モリヤ、だと?」
一瞬空気が凍る。
モリヤ。モリヤといえば──パツキンアロハグラサンの脳裏に新しいのは『
150年以上前からイギリス清教における大罪人として追われ続ける者。アレイスター・クロウリーに接触に関するにメッセージを贈ったとされる
前に会った時は、第一〇学区で何か細工をしていた。男性の姿だった。後日確認しにいけば、背丈こそ同じだったが、顔も声も違う中年がのほほんと楽器屋を営んでいた。
しかし今アロハグラサンの目の前にいるのはどうみたって女子中学生である。西洋人形のような整った顔立ちからして外国の生徒。第一四学区に通う者だろう。
なお、手配書にある『
「はい。……どこかで出会ったことがありましたか? ああ、この顔を見たことがあるという意味であれば無意味な記憶です。と、モリヤは」
「──いや、わかった。俺とアンタは会ったことが無い。それでいい。……前回の恩義もある。あの後……正直滅茶苦茶に助かったんでな、普通に礼をしたいと考えていた」
「はぁ。……勝手に恩義を覚えていてくださっているのなら、それは良かったです。と、モリヤは預かり知らぬところで役に立ったことを理解します」
アロハグラサンは既にイギリス清教……最大主教ローラ=スチュアートに『
この存在が150年間罪人であり続けているのは、本人が顔や肉体を変えているのもあるが、刺激した場合の被害の多さも考えてイギリス清教も手を出しあぐねている、ということだろう。
パツキンアロハグラサン陰陽師はあくまで多角・多重スパイ。イギリス清教の益になることを追求する存在ではない。なれば、被害を考えて放置、というのは妥当な話だ。
「アンタは……この状況に関わっている、という様子では、なさそうだな」
「はぁ。まぁ、そうですね。関わろうとしたら除外された、というべきでしょう。まったく、揃いも揃って私を仲間外れにするのは良くないように思います。と、モリヤは自身が関われない理由を理解した上で文句を述べます」
「……凄いな。こうして対面していて……前のアンタとの共通点が一つも無い。旧約聖書のアブラハム、東方三博士の内の一人、メルキオル、アーサー王、トマス・モアの中身であったという話は……本当なのか」
「おや? 私とあなたは出会ったことが無いのでは? と、モリヤは」
「っと、すまん。職業病だ。すぐ相手を探ってしまう。……そう、それで」
バチィ! と……雲を割るような力の奔流がアロハグラサンの肌を焼く。
魔力。それも個人が発するデカさを優に超えた──これは。
「──じゃあ、そいつを礼にしよう。アンタが関わるとより厄介になると踏んで、アンタの仲間か弟子がアンタを除外した。……高名なアセンデットマスターといえど、超能力者の弟子は扱ったことが無いんだろう。心配か?」
「心配……そうですね。確かに、助けに行きたいと思う心は、心配の現れなのでしょう。どれほど考えても圧倒的な戦力差であることも含めて」
「この力の根源についても理解しているのか。……前回の礼に、アンタの弟子を助けてやるニャー。それで貸し借りはスッキリ無し。今後学園都市において……いや、世界じゅうどこへ行ってもアンタと俺は初対面。それでいいな?」
「……」
「おっと、能力開発を受けた陰陽師に何ができる、って目線だな、それは。……まぁその通り、今の俺にはもうそう大したことはできねーんですたい。それでもアンタみたいなのに借りを作りっぱなしの方が怖い。今後あるもっとやべー場面で足元を、ってことが予想される」
「いえ。──結局、今のモリヤに言えることは……ご武運を、ということくらいです。と、モリヤは言葉を尽くそうとするあなたに言葉を届けます」
グラサン陰陽師は思う。この罪人は、まぁ、確かに悪事はしているけれど。
本質的にこうやって、頑張ろうとする者や、「巨大」に立ち向かわんとする者の背を押すことに長けているのだろう、と。
前のオジサンには言えないし、その中身を考えると些か疑問だが──彼はこれを表す言葉を知っている。
「フ──まさかアンタに見出すことになるとは思わなかった。──それは"妹属性"だぜい。得ようと思って獲得できるモンじゃない。大事にしな……!」
グラサンを中指で押し上げながら、そしてキメながら、アロハグラサンはその場を後にする。アロハグラサンはクールに去るぜ。
背負い、立ち向かい、屈しない"兄"の背をそっと押す者。
今の見た目なら十二分である。そう考えるとあの聖人には妹属性が足りない。アロハグラサンは詳しいのだ。
なんなら"彼女"の正体までガッツリ当てていたりすることには、終ぞ気づかなかった、とか。
☆☆☆
御坂美琴の全力。そして
それを受けて尚、不可視の指は減衰を見せない。『舜帝の剣』こそ砕かれてはいない──この圧力下であることを思えばとんでもないことだ──が、それが前へと進もうとする力は徐々に奪われていっている。
「この……!」
「落ち着けよ、第三位。闇雲に電圧を上げたって意味は無ェ。冷静に分析しろ」
「落ち着けるわけないでしょ!? 今こうしてる間にも、あの子達は苦しんでる! アンタに言ったってわかってもらえないのはわかってるけど──」
「急がば回れって奴だァ、中学生。流石に中学生でも習ってンだろォ? 正面突破だけが最短ルートじゃねェことだって、世の中にはあンだよ」
とはいえ、これ以上の解析も難しいというのが現状だった。
砂鉄によって露になった、まさしく指というべき形状のソレ。ゆっくりと飲まれていく力。
あの指と『舜帝の剣』が触れている付近の計算式はごちゃごちゃで、一つたりとも物理法則で計算できない世界だ。だが。
「──イチかバチか、って言葉は、こォいう時に使うンだろォな」
「何する気?」
「オマエは力の発露に集中してろ。俺に何があっても気を逸らすンじゃねェぞ」
「だから──」
会話が聞こえていた、ということではない。
付近にあった監視カメラの映像を抜いたら、奇跡的に録音されていたものを発見しただけだ。
「──天空の中心を」
「待て。そいつは素人が扱うにはちと難易度の高すぎる術式だぜい」
声は……後方、下方から。
が、発言を察するに、こいつも魔術師なのだろう。もしや探せば己の周囲にも魔術師はいるんじゃないか、とか、実は五人に一人が魔術師とか言わねェだろうな、とか、色々思うところのある
「何者かどうかはいい。何用で、なンで止めた。オマエに何ができる」
「お前さんらを導いた奴に借りがあってな。微力ながら力添えをさせてもらう。つってもアレを押し込むような強い力は無いんで、そっちは任せる。俺にできるのは奴さんの弱体化くらいだ」
「……チッ、あいつ……余計な世話を焼きやがる。……後学の為に教えろ。あれはマナナン・マクリルそのものか?」
「いやいや、あんなお手軽の生贄術式で神本体が呼び出されたら、地上は今頃神々のバーゲンセールですたい。……あれはそうあろうとする力の塊が薄膜を纏っている状態、って言えば伝わるかにゃー。純粋な魔力……星の魔力が学園都市全体を包み込む力場によって押し返された結果、指みたいな形になっているだけ。とはいえあの扉の奥は本当に異界に繋がっている可能性もあるから放置はできない」
「あ、アンタたちさっきから何の──」
「良いから、オマエは自分の能力に集中しろ、第三位。この場で遠距離の超威力攻撃ができるのはオマエだけなンだからよ」
神ではない。であるのならば、削り切れる。
今それができていない理由は、特異な力によって防がれているからで、相手は尽きるエネルギーでしかない。
ニィ、と口角を上げる
「強調されている術式の属性はわかるニャー」
「水……つゥか、海か。ケルト神話にあった記述じゃ、マナナン・マクリルは温厚な神であるとされていたはずだが……」
「よく勉強しているなぁ。素直に驚きですたい。流石は……っと、そんなことはどうでもいい。そう、その通り。術式としては確かに四大属性の水に分類されるが、十字教系の存在ではない以上そっちはあまり意味を成さない。言うなればあいつは海属性の力の塊。さて問題。海に対し超威力の、」
「ダリィ。よォするに真正面から海の許容量とぶつかり合うのは分が悪いって話だろォが。側面からぶっ叩くのも同じ結果になりそォだし、熱や電撃にも耐性があるのだとすりゃ……チッ、有効な手立てを考えるには、あまりに知識が足りねェ」
「まぁケルト神話もウェールズ神話もマイナー寄りだからニャー。ぶっちゃけ覚えなきゃならんほど敵対することも早々ねーですたい。なんでこの場はこの俺が活路を開いてやる。電撃と熱を効くようにしてやるってことだぜい」
「……機を窺え、機を逃すな。弱体化は一度しか効かないだろォから、そこを見逃されるとお手上げだ。……行間に含んだ言葉はこれで全部かァ?」
「よくわかってるにゃー。そんでもって魔術を使えば俺は当然ぶっ倒れる。ま、そこは気にしなくていい。レベル0とはいえ『
「自己犠牲か。どいつもこいつも……はァ、なンだってンだ、この街は。そォいうのばっかじゃねェか」
「……? よくわからんが──行くぞ」
始まる。
見えはしない。感じ取れもしない。
それでも、
「
アロハシャツのポケットから取り出されるは、コンビニで買える容器に入った塩だった。それを全て大気へと振り撒いたかと思えば、塩の一粒一粒が意思を持つかのように動き、扉と指を囲む直方体を作り上げる。
「
波の音。あるいは打波の音。
海と塩が呼応している。砂鉄がなくとも……指が実体を持ち始める。
ゴギ、という、骨の折れる音が聞こえた。
皮膚が破ける音。血管がねじ切れる音。
「……」
「
激しく咳込み、そして大量に吐血する金髪の青年。
それでも止めようとしないし、
「……良い育成だな。そら──
「……!? 力が……押してる……じゃない、
「あァ、大丈夫だ。──休め、オマエは十二分の仕事をした」
ドシャァと崩れる金髪に労いの言葉をかけて、
アレにあるのは最早、ただただ純粋な力であるという部分のみ。そしてそうなのであれば──。
「電圧を上げろ。最大範囲に放電しろ。プールのことは気にするな、漏れなく──全部コイツの威力に整えてやるからよォ。ソイツは確かに役割を果たした。だってンなら──俺は俺の役割をするから、オマエはオマエの役割を全うしろ、超電磁砲」
「アンタにも、そっちの人にも……色々言いたいことはあるけど……今は、考えない! はぁぁぁああああ!!」
ズ、ズズズ、ズズズズズ、と……不可視の……否、『
それでもまだ、抵抗する力がある。それでもまだ……食らおうとしている。
これで神ではないというのなら、果たして真なる神とはどれだけ──。
「落ち……つけ。お前が、言った通りだ。大海原に……真正面から立ち向かって、圧し返せてる時点で……すごいんだが。単純な威力を上げるより……」
「海流を殺すなら、一点突破の攻撃よりか、絡め取るなり砕くなりが有効手段、ってかァ?」
「そう、だ。……そして……
「……チッ。アイツに言われて来ただけあって、余計な世話もアイツ並みか。──いいぜ、いつかはやらなきゃならねェことだったしなァ」
使ってはいけない。使えばあの精神操作の少年や、この息も絶え絶えの男のようになる。今求められているのは圧倒的な破壊力ではなく、圧倒的なコントロール。
掴めばいい。ベクトルを操作する能力だ。おかしな変数。おかしな入力。
だが、覚えろと言わんばかりに──
「("海の属性"に対しベクトル操作を試行……予測角度を120度以上オーバー。誤差角調整。これを一次処理に設定。既知事象との照合をキャンセル。新規テンプレート作成。新規事象を新規物理法則ファイルとして設定。評価軸設定。処理能力の超過を確認。最大数を動員。ベクトル操作を再試行。直感とのズレに無意識の誤差調整データ挿入。記憶化開始……完了)」
生成してはいけない。
その上で──いつか、世界の風を操った時のように、魔力という未知のエネルギーも間接的ながらに操る。知覚し、干渉する術を手に入れる。
「……第三位。もう一発撃つことはできるか?」
「……その一発を撃てば、限界ね」
「あァ、それでいい。出し切れ。──今度は俺の後押しをしろ、超電磁砲」
掻き毟るように食い破り、こちらの力とする。科学では説明しきれないエネルギーの塊が、
魔力とはなにか、というのを理解したわけではない。
ただ──世界にはこういう性質のエネルギーが存在し、それが
それだけだ。であるのならば。
「いくぜ、第三位。合わせろ」
音はしない。音も、衝撃波さえも、全て威力に変えている。
その右手、右拳で行うは──学園都市第一位のテレフォンパンチ。その体躯では出る威力も出ないけれど、果たしてそこに乗せられた「威力」とは。掻き毟って掠め取った魔力。この場に満ちる御坂美琴の力。凝縮し、乱回転し、嵐の渦中として存在し。
そうだ、それならば──今度は。
「──生憎だがよォ──こっから先は一方通行だ! 大人しく自分の世界に帰りやがれ!!」
砂鉄を巻き上げたからか。はたまた別の理由か。その背に推進力のためのものとは考え難い、結晶のような翼を顕現させた
「受け取んなさいっての!!」
寸分違わず
「俺の最強は、ちィっとばかし響くぞ、ってなァ!!」
その指を、完全に、扉の向こうにまで押し込んだ。
一瞬の静寂。
「げほっ、はや、く、っ扉を閉めろ!」
拳を振り抜いた姿の
アロハシャツの男は満身創痍だ。
詰めが甘い。前も。その前も。否、その人生は全てそうだ。
最後の最後を想定できていない。全力の吐きどころに保険をかけていない。
だからオマエには、結局、誰一人守ることも──。
「──扉を閉めればいいのですね。と、全てを理解したイイ女ことモリヤは、この日のために培った遠隔操作技術で扉を閉めます。これで解決です」
見覚えのある透明な液体を操るその声の主によって、ばたん、と扉は閉められた。
今度こそ……辺りを静寂が包む。
「ふむ。……先程の方が満身創痍で、御坂様もぐったりしている様子。あなたも背中の服が破れているあたり、そうとうな苦戦を強いられたものと思います。お疲れ様でした。なのでとりあえず救急車を呼びますので、安心して意識をトばしてください。と、モリヤは返事も待たずに119をコーリングします。……あ、はい。モリヤという者です。急患が三名います。第六学区、岩麗マリーナパークというところです。……ラグーナパーク? あ、はい。それでした。では。……通報完了です。では、そろそろ門限なので、おうちに帰ります。さようなら。と、モリヤはほぼ気絶している2/3にも手を振りながら帰路につきます」
どさ、と。……そういう音がしてから、
どうやら──疲労が祟ったらしい。
能力を使用しすぎたから、ということは、今までの人生で無かったけれど。
知らない変数を、知らない世界を体感しすぎたから、というのはあるのだろう。
見ればアロハシャツの男も御坂美琴も気絶している。
「……あー、クソ。結局……また、アイツに助けられたか。なンだってンだ。俺は……学園都市第一位、だろォが」
今日一日を振り返っても、なんともまぁ、助けられてばかりだった。
第五位にも。あるいは芳川桔梗にも。日本語学習失敗女にも。そして、あの男にも。……
そして……多大な負い目を覚える、第三位にも。
こんな体たらくでは、いつか、守りたいものを諦めなければならなくなる。
──知る必要がある。マジュツというものを、隅から隅まで。能力もだ。学園都市のすべてを知り尽くして、学園都市の外も知り尽くさなければ──。
「ハ。……俺自身、とっくに一方通行を歩いてた、ってかァ。……皮肉なこったなァ」
聞こえてくるサイレンの音に、自嘲気味に笑いながら……
諸々の後始末……残党がいないかとか、本当に御坂はウイルスの除去に成功したのかとか、そういうことを調べている内に、夜は更けていて。
鍵ではなく能力を使ってドアを開け、入れば。
「あら……お帰りなさい。長丁場お疲れ様」
「あァ。……なンだ、徹夜か?」
「23時なんてまだまだ夕方よ。……あの子の脳波、及びミサカネットワークをオールスキャンして異常がないか見てたの。君も見る?」
「いや、別システムで確認してきた。……あー、なンだ、13時頃から……ガキに、変化はなかったか」
「あったわ。とても苦しそうにしていた。四人の妹達が処置を受けたのだろう時間まで、ずっと……意識が無い状態で、魘されていたわ」
「……」
結局、とか。
やはり、とか。
後悔と自責の念が
「でも……眠りながら、ずっと寝言を言っていたのよ。額に脂汗を浮かべながら……頑張れ、頑張って、って」
「……そりゃ」
「恐らく別のコ……別のシリアルナンバーのコの知覚器官に同調して、誰かさんを見ていたのでしょうね。そんなに自分を責めないで、って。あなたは頑張ったんだから、褒められるべきかも、って。呼びかけるように、投げかけるように、ずっと」
「……余計な世話を焼くやつしかいねェのか、この街は」
「忘れない事ね。君が自罰をして、自分を追い込めば追い込むほど……この子もその苦しみに引き摺られる。君は自身を罪人だと思っているのだろうけど、あるいは、償いという意味で……この子の願いを叶えるためだけに、幸せを探してみても──」
「うるせェ。余計なことを言うンじゃねェよ。忘れンな。オマエがここにいンのは、そのガキの調整のためだけだ。俺に高説垂れるためじゃねェ」
その、拒絶は。
「……まぁ、君が受け入れるか受け入れないかに関係なく、明日からはちょっと知り合いの家に移ってもらうつもりなんだけど」
「ア? なンの話だ」
「学会の方で話があるとかでね。研究者としての立場を取り戻せるかもしれないし、出ない手は無いの」
「戻りてェのか」
「戻りたいわけじゃないけど、研究者じゃないと、このラボも維持していられないから。設備のメンテナンスや新調のためにもそっちの伝手くらいは持ってないと。だからその間、君とあの子を預ける予定になってるから、そのつもりで」
「……ガキだけで良いだろ。俺まで行く必要はねェ」
「そうね。その通り。君があの子から目を離したままでいられるならそうすればいいわ。……さて、スキャンも終わり。異常なし。……私は寝るから。冷蔵庫に夕食が入っているから、レンチンして食べなさい。見るからに疲労しているわよ、君」
「チッ……あァ、そォするよ」
そうして、芳川桔梗が部屋を退室して。
残されたのは、安らかな寝息を立てて眠る
「……腐れ研究者め。スキャンが終わったンなら額の電極パッドくらい外していきやがれ」
なんてぶつくさ文句を言いながら、テキパキと電極等々を外していく
その途中で何度か幼子の頭に手を伸ばし……かけて、止めて、その場を去ろうとして……もう一度手を伸ばして。
守ることはできた。
けれど……もし、今回、コトに関わったのが
あの
あの
「うるせェ。……うるせェ。俺が……そォなれないことなンざ、俺が……一番知って……」
「……あれ。帰って……きたの?」
「っ! ……寝とけ。一日じゅう疲れてンだろ」
「……うん。寝むい……けど、あなたに……言わなきゃいけないことがあるから、って。ミサカはミサカは、どこか俯いているあなたに顔を上げることを要求してみる」
顔を上げる。俯いていたつもりはなかった。けれど、確かに……この幼子の顔を見ていなかった。ベッドのフレームの、その下を見ていた。
「おかえり! ……それと、ありがとう。あなたが助けてくれたって、ミサカはミサカはわかってるんだから。あなたが……ミサカ達の感謝から逃げようとしたって、無駄。ミサカはミサカは、この家に住まい、あなたと寝食を共にする者としての特権で……あなたにたくさんのありがとうを言ってみる。あなたがどれほど耳を塞いでも、無理矢理聞こえるように。あなたが自分の成し遂げたことを直視できなくても、無理矢理見せるように。ミサカはミサカは、だから……どっかに行っちゃわないで、ってことも……お願い、してみたり」
「……行か……ねェよ」
「ホントに?」
「元から……他に居場所なンてねェしな」
「じゃあ、どこかに居場所ができたら、ミサカの元から離れちゃうの?」
「行かねェっつってンだろ。しつけェぞ、ガキ」
「ミサカは嫌だよ。ミサカを守るために翼を広げたあなたの背に刺さった矢なんて見たくない、って……ミサカはミサカは、この先起こりそうなことを予め嫌がってみたり」
己が我慢すればいい、ではない。己が強くなればいい、ではないのだ。
この……広くを見渡すことのできる幼子が。この、
もうこれ以上、苦しまないための世界を。
「……約束する。どこかには行かねェ。オマエが……一人で、どこかへ歩いていけるよォになるまでくらいは付き合うさ」
「その時は、広い世界に、あなたも連れていくから! って、ミサカはミサカは未来の展望を語ってみる……あら、あれれ……」
上体を起こした
「寝とけ。そろそろ夏も終わりだが、季節の変わり目は体力ねェだけで風邪を引く。……俺に守られたくないンなら、自分の体調管理くらいできるよォになれ」
「うん。……わかった。ミサカはミサカは……それを目標にする、から。……だから、あなたも……ミサカと……」
そのまま……また、すやすやと寝息を立てて。
入眠を見届けた
少なくない決意を胸に秘めながら。