とある性教の雌女昇格(メスメライザー) 作:無ければ作れ(Invenire404)
1.九月三十日『内兜を見透かす』 - See someone's cards.
──窓のないビル。
こぽこぽと気泡の浮かんでいくポッドの中に、吊るされた者が一人。
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見えるそいつは、口さえ開くことなく、言葉を発する。
「こうして直接相見えるのは百三十三年前……1897年のケンブリッジ大以来か」
「あの時のお前さんと今のお前さんを同一視できる奴はすくないとは思うが、そうだな」
その「人間」の眼前に立つのは、しがない中年。これといって特徴もなく、これといって魅力的な部分もない。
日常的で、背景的で、普遍的な「存在」。
「あの時の君は、講師だった。ハイジーン協会から出向する形で活動する、現場での心理的療法についてを話す者。生理学科のスペースを借りる形でリヴァーズ講師が作り上げた、『心理学の実験室』に君はいた」
「なんだ、よく覚えているな。そんなに輝かしい記憶だったのか? 別にお前、やろうと思えば今からでも学生時代を過ごせるだろう」
「あるいは記憶を消して、か? 確かにあの頃の
十代の頃の己のことを「彼」と呼ぶ「人間」。対し、「存在」は肩を竦めるばかりだった。
「俺とお前の間じゃ積もる話も積もらないだろう。要件を言えよ。わざわざ俺を連れてきた意味をさ」
「──9月30日。手をこまねいて呼び寄せたはずの『神の右席』は、その所属がローマ正教であることだけを理由に、縁が断ち切られてしまった。他ならぬ君のせいで」
「学園都市を救ったわけだ。つまり俺もヒーローか?」
「しかし、存外に世界とは収束するものだ。あるいはそれこそを打破したいと考えはするが、今この時においては都合が良いと、そう思えてしまう」
「……『ドッペルゲンガー』、か?」
「この日のために用意したわけではなかったのだがね。むしろ別の計画に使うはずだったものが、その迎合に上手くいかなかった結果、今日この日に芽吹いた、と言える」
「お前が自分の失敗を糧にして前に進む分には構わないが、その失敗の負債を周囲に押し付けるのだけはそろそろ治せよ」
「私も君の理解者であるつもりなのだがね」
はン、何が理解者だ。
傷の舐め合いができるだけで、生き物としてはまったくの別種だよ。
「情報を事前に横流ししてやろうという話だ。来る予定だった『前方・神の火』は『
「マーディカ……。え、何しに?」
「さて、私とて世界の全てを把握しているわけではない。ただ、そう……"シスターと十三騎士団を物の見事に弄んで力を見せつけた犯罪者"を、『右方・神の如き者』は蛇蝎の如く嫌っているとかなんとか」
「──やりやがったな」
くそっ、口封じのためとはいえ派手に動きすぎたか。
……ストライプパジャマとは以前にも一度衝突してるからなー。目の仇にされていてもおかしくはなかった。そこへ……アニェーゼ部隊と十三騎士が惑わされたのを見破って、ってか?
だったらお前が来いよ、とは思うが、お前に来られても困るんだよな、でもある。俺に正面火力は無いので……。
クソ、アレイスターの選んだ旅行先なんだ、そういう懸念は走らせておくべきだった……!
本来なら……そげぶ目録だけなら、関わったとしてもビアージオ関連だけで終わってたはずのところを、俺を向かわせて……クソ、本当に……。
えー、どうする? 『ドッペルゲンガー』だけでも実はキツいのに、そこに緑マンと二重聖人マジ???? む、無理ゲー。
舌ピだけなら……天罰術式自体は実は無効化手段を用意していたんだけど……ちゃんと来ない上で追加人員は何事マジで。つかその二人に学園都市をどうこうする理由がないだろ! いや緑マンにはあると思うけど、二重聖人は別にだろ!
「……逃げるのは、アリ」
「ほう? 『
「いや別に俺そこまで重要人物じゃねーだろ。種は蒔いた。芽も芽吹いている。俺がいなくとも
「君が至高の存在に導かんとしている
「ああそうさ。怖い怖い追跡者が出来上がるが、まぁ、そんなの今更だろ」
ローマ正教然り、魔術結社『地を貫く大樹の根』然り。あいつらがそういう道を辿ったというのならば、世界各地に残してきた
そこにスーパーセロリマンが加わるだけ。……便利リモコンとビリビリも加わる可能性あり。『
……ま、まずいッピ。
「その択を取ることができているのなら、君の名は『
「そりゃぁ買い被りだ。俺は俺の命優先だよ。……ところでこれは雑談なんだけど、『神の右席』の二人はいつローマを発ったとかわかったり──」
──ん。あ、これ。
「ほう。先んじて始めたようだな。無論私は君の逃走を止めることはないが──君の工房に閉じこもっていた方が、まだ安全、ということもあるように思うがね」
学園都市中……色んな所に忍ばせている『霊磁性流体』から緊急時のアラート術式が流れ込んでくる。
ま……まずい。『ドッペルゲンガー』が行動を開始した。
「ところでこれは雑談なのだが。──君が開発した魔術的な道具を探知するシステムは、廃棄しろとは言わないから、リリースしないでくれたまえ」
「ホントに雑談だなオイ。今の緊急性でする話だったソレ?」
「こういうのは予め言っておくべきだからな。……さぁ、愛おしき巣へと帰るといい。先も言ったように出ていくことを止めはしないが、もし仮に戦うというのなら、君を慕う者達にも役割を分けてやるといいだろう。
……喧嘩は買ったからな。
「覚悟しておけよ。──ローラ=スチュアートととの密約により、オマエに少しばかりの意趣返しを企んでいることをここに宣言しておこう」
「楽しみにしていよう」
クソ……負け犬の遠吠えしかできねえ。
とりあえず『アルモニ屋』に帰って、対策会議をしないとだな……。
☆☆☆
俺がいなかった数日の話を聞いた。
成程。
「……どうしちゃったんだ学園都市」
「ホントよねぇ~。絶賛被害の真っ只中で、正直御坂さんのトラウマ克服とか言ってらんないだゾ☆」
一応良い感じに着地したらしい『
アロハグラサンが出てきたのは意外だったけど、10039号の話を聞いてどういうすれ違いがあったのかは理解した。『
そして『インディアンポーカー』に関する話。さらには。
「それで、これが今の学園都市全体の状況よぉ」
「……えーっと」
第一〇学区や第一九学区の監視カメラなど、
そこに映るは──ヨタヨタと歩いては、何事かを喚く人間に襲い掛かり、押し倒し……噛みつき。しばらくしてそいつがまたヨタヨタとどこかへ行った後……ゆっくりと起き上がり、ヨタヨタと歩きだす襲われた人。
こーれは。
こーるぇは。
「ゾンビパニックマディ?」
「ま、ゾンビ化している、という様子はないわぁ。恐らくだけど、昨日『
ゾンビ……というと魔神の方を考えてしまうけど、そう、便利リモコンの言う通り、ゾンビウイルスによってどうこう、ではなく寄生粘菌が引っ張っているだけ。つまり史実のドッペルゲンガーと同じ原理で動いている。
ただ……これをやる理由はなんだろうか。史実のドッペルゲンガーは盛大な自殺がしたかっただけのはずだけど。
「未だに食蜂を出せ、って言ってんの?」
「いいえ、それは昨日の襲撃に来た奴らだけで、こいつらは目的もなく……強いて言えば寄生されていない人間に寄生することのみを目的に動いているって感じねぇ~。ぶっちゃけ寄生された人間に何か特別な能力が付加されるってわけでもないみたいだしぃ、直に
「
「その時は……本当にパンデミックが学園都市に訪れ──」
轟音と共に、監視カメラの映像に乱れが生じる。
鉄筋の骨組みを伝ってくる炎。タタタタタという連射音。爆発。轟音。
「"どういうことだ!? なぜ味方に攻撃されている!?"」
「"暴徒鎮圧にあたっていた部隊がまるまる一つ、半開きの口で……暴徒と同じ特徴になって、こっちを撃って……うわああああ!?"」
「"っ、能力者拘束用具を使え! 近接戦闘は避けろ!!"」
……という、怒号のような声が、各地のカメラから。
「……た、わねぇ」
「俺さ、特に察しが悪いわけじゃないからわかっちゃうんだけど、昨日お前さんを欲していた理由がコレなんじゃないかなぁって」
「これというと……私をゾンビにしたかったってことぉ?」
「じゃなくて。『
「……ありそうねぇ。私じゃなくともいいじゃない、と言おうとしたけれど、広域に作用させられるのは……確かに」
ドッペルゲンガー。操歯涼子、だったか。そのサイボーグ……の、余りモノ。
正直『魂の生成』は妹達の時点で超今更だろとか思ってるけど、特筆すべきはこの人工筋肉の方だと思うんだよね俺。成長しきると数時間で朽ちるらしいけどその数時間がどんだけ厄介か。そんで増殖は思いのままで、ビリビリが集中しないと見えない程細くてもとんでもない馬力出せるんでしょ? エギー。
「『
「そう言うってことは、アナタにはもうこの黒幕がわかっている、ってことでいいかしらぁ?」
「『インディアンポーカー』との関連性を見出しているだけだ。ゾンビ……いや、寄生生物の目的と『インディアンポーカー』の二つを同じ軸で考え、そこに『
「……仮に、この寄生が……人間の筋肉の動きの模倣……いいえ、
「そうだ。初期の『
「結果として、被験者……操歯涼子は
……なに?
操歯涼子が死んでいる……しかも自殺? いや、史実世界のあの条件になっていればまだ理解できたけど、アイデンティティの崩壊で、っていうのは。
「気になるわよねぇ。だから私もケッコー念入りに調べてみたんだけどぉ、わかったのは操歯涼子を名乗る機械が、"オリジナルが書きかけていた論文"の続きを執筆したこととぉ、そのサイボーグがオリジナルの葬儀を行ったこと。そして……昨日胤河製薬を襲った集団の中に、操歯涼子の所属していた研究施設のスタッフが多く紛れていたこと。恐らくもうあの研究施設は乗っ取られているのでしょうねぇ」
「……まぁ、怪しい事この上ないな。それだけ聞くと……生身を捨てて機械の体に乗り移ったマッドサイエンティスト、に聞こえる。だが、それこそもう一人の操歯涼子を作り上げるのに一年かけているんだ、記憶の移し替えなんて荒業は……」
「あるいは、『
つまり──初めから意識の引っ越し先として『もう一人の自分』を作っていて、それが満足いく出来になったから、自殺した?
……。
「『
「どこから情報力が漏洩したっていうわけぇ~? ……それに、真っ当な研究者ならそんなオカルト信じないわぁ」
「一人の人間を引き裂いて作られたサイボーグが真っ当な研究者なのか?」
「それは……まぁ、真っ当な研究者ってそもそも何って話ではあるけれど」
だとすると一層渡すわけにはいかなくなったな。……胤河製薬に来ていたのも、便利リモコンだけじゃなく『
「店長、今良い?」
「ん、どうした封環。いいぞ──」
扉が開く。──その、一歩目で。
彼女の身体に『霊磁性流体』が纏わりつき、そしてリモコンが向けられた。
「あ、あれ、なに、これ」
「食蜂、ちょいと下がってな」
「あらぁ? ガラにもなく騎士様気取りかしらぁ?」
「うっせ」
店内に仕込んでいる『霊磁性流体』の全てを励起させ、店を包み込む。
廊下を通ってこちらへヨタヨタと寄ってきていた店員たちを包み込み、破壊されかけていた『
骨折などしないように拘束した形の全員をこの部屋へ持ってくる。
「あぁ、店長、よかった、すぐにこっちへ」
「店長、店長」
「はやくしないと、このまま」
封環を含め、五人の従業員を磔&『霊磁性流体』のケースに閉じ込めた。音が伝わらないような細工もする。
今なおぶつぶつと言葉を吐き続けている……口を動かし続けている彼らに便利リモコンがリモコンを向ける……が。
「ダメね。正気よぉ。操られておかしくなっているんじゃなくて……だから、筋肉や声帯を無理矢理に使わされて言葉を発しているだけで、本人の意思は無いってこと」
「わかっている。そんで、見ろ」
細い……本当に細い糸が、『霊磁性流体』を突き破ろうとしてきている。ふん、航空分野で使われるものなんだ。そう簡単に破れるはずないだろ。
「これが……寄生生物かしらぁ?」
「ああ。似たものを論文で読んだことがある。確か、正確に言えば、蟻をゾンビ化して操るタイワンアリタケと、呼吸するだけで超馬力を得られるゴリラのスーパー筋肉&腸内細菌を組み合わせたもの、だったかな。空気と水と僅かな光で爆発的に自己増殖するが、成体になると数時間と経たずに劣化して朽ち果てる。問題はそれをどうやって意のままに操っているか、だ。論文じゃ緊急時の一時的な緩衝材に使うくらいの用途しか書かれちゃいなかったが」
広げていく。『アルモニ屋』を中心に、感知範囲を。
……第一〇学区はほぼ全滅。懐かしの食蜂調教部屋くらいだな、無事なのは。あとは……もう学区全体がコレに覆われている。
はぁ、と溜息を一つ吐き、『霊磁性流体』を着色。従業員ズを完全隔離する。ああ、酸素は通れるようにしてあるし、そこを人工筋肉が通らないようなセンサー機能もつけてあるから大丈夫。
「お前の能力、ミクロレベルの水分操作なんだろ。正体がわかったんならどうにかできないか」
「無茶言わないでくれるかしらぁ~? やろうと思えば凍り付かせたり焼いたりはできるだろうけどぉ、その他の部分を傷つけずに、っていう訓練なんてしてないからぁ、場所に依ればそのまま死に繋がるわよぉ」
「人工筋肉である以上熱には弱いはずだ。体表を焼かずに人工筋肉だけ焼ける発火能力者に知り合いはいねーか」
「いないわねぇ。
……チ。
まぁ、どうせこの後緑マンと二重聖人が来るってことを考えたら──もう大っぴらにやるのはアリ、か?
あんましこういう物理干渉系の魔術は得意じゃないんだけど。
「ああでも、御坂さんなら……電撃使いは万能力の塊だから、なんとかなるかもしれないわねぇ」
「……そうか。10039号……いや、モリヤ。意識は明瞭か?」
「はい。こうして面と向かってお話するのはお久しぶりですね、と、モリヤは二日三日で何を言っているのだろうと自分でツッコミを入れながらお答えします」
こういう場合の鉄則だ。
「生存者のコンタクトをとるべき、だな。いやまぁこいつら死んだわけじゃないけど」
「……御坂さん以外だとぉ、驚くべきことに、第一位とのコネもできたのよねぇ」
「お前さん……今日ここに来てから端末触ってないだろ。嫌な予感はしているぞ俺は」
「え? ……あっ」
ちらっと見れば……恐らくセロリマンからだろうメールが、50件以上。しかも本文なしの、件名が「オマエか?」だけ。
こ、怖い。俺の端末には……おや、何も来ていない。って、あ、そっか。こいつらから話なりなんなりを聞いたんなら、俺は未だドイツ旅行中って思われてるのか。
「えーと。……とりあえず違う、と……あ、通話がかかってきたわねぇ」
「メアド教えただけなのに通話までかけられるのか」
「メアドと一緒に端末のアドレスも教えるくらいは普通じゃな~い? それはちょっとおじさんすぎるかもしれないわぁ」
ぐさ。
……いやこれは、あれですよ。この世界の生まれじゃない仕草というか。
「"よォやく出たなァ。で? この規模のことを、オマエ以外が引き起こせるってのは、ホンキで言ってンのかァ?"」
「本気も本気よぉ。今報道されている存在がなんて呼ばれているのかは知らないけど、精神操作の痕跡はゼロ。こいつらを動かしているのは寄生生物なんだから」
と、先程の人工筋肉に関する説明がサラサラとされて。
「"……その詳しさと、みょォに核心に迫った物言いは、アイツが帰ってきてンのか"」
「アイツ?」
「"ショチョウドノだよ。オレはまだ名乗られてねェからなァ。エエ?"」
肩を竦める。まぁ、セロリマンなら寄生されるリスクがゼロだし、良いか。
「ああ、帰ってきたよ。無理矢理帰らされた。……んで、面倒だから名乗っておく。安東だ、以後よろしく」
「"そりゃあ重畳だァ。アンドー、覚えたぜ。……で、まず、これはマジュツかァ?"」
「前も言ったが、『
「"あァ? どォした"」
「知り合いの魔術師からタレコミがあってな。どうにも今日、魔術の世界で言う
「なにそれ。っていうかぁアナタたち、さも当然のようにマジュツマジュツって……」
「"あァ、今は黙ってろ、第五位。……で? 『人工代替』と外部の超能力者たちは、どォ関係がある"」
「まだわからん。だが、コトが起きる今日ピンポイントにそいつらが来るんだ、何かしらの関係性はあるだろう」
「"カラスが飛び立ったからブドウが落ちた、ってかァ?"」
また……よくそんな海外ことわざを知っているな。いや、もしかして今海外のことについて猛勉強中とかか?
カラスが飛び立ったからブドウが落ちた、というのは、一件因果のありそうな二つの事象は、けれど紐解いてみればまったく関係なく起きたことである、という意味である。
「来る連中は『神の右席』。人間を縛り付ける原罪を消去し、天使となるための法を求める者達だ。──肉体を昇華させ、完全なものになることで完全なるゴレムを実現しようとした死霊術の家。肉体を捨てて機械に宿り、完全なる数値を求めて人間の夢と記録を収集しているドッペルゲンガー。なんとも連中の欲しい情報が詰まってそうな事件だとは思わないか」
「"……マジュツシってのは、クソマッドしかいねェのか"」
「科学サイドの研究者と大して相違はない」
「"あァ……その通りだなァ。ともかく、そォいうやつらがいて、新たな脅威になるかもしれねェから本気の出しどころを考えろ、ってこったなァ"」
「正しいな。時間の使いどころも、だが」
「"ン……ざっと空から見て回ったが、第一学区、第五学区、第七学区、第一八学区、第二三学区
……ま、までぃ?
思わず便利リモコンの方を見る。……便利リモコンの方も愕然とした顔をしている。
「"一部、能力者が施設を能力で包ンで難を逃れている、ってな場所があった。それ以外はヨタヨタと歩く人影と、罅が入るなりなンなりして破壊されていってる建物ばかりだなァ"」
「破壊? ……なんのために? ドッペルゲンガーの目的は人間の模倣、あるいは再現だと睨んでいるが」
「何かを探している……のかしらぁ?」
「"俺に聞くんじゃねェよ。……第七学区の隅で、どォにも見覚えのある雷撃が落ちた。俺はそこに向かう。言うまでもねェが、オマエラもせいぜい気を付けるこった"」
「お姫様のことは良いのか? そばにいてやらなくて」
「"はン、今は二足歩行両生類のトコにいる。一番安全だろォ"」
確かに。……くそ、ちょっとジェラシーだぜ、冥途返し。
じゃァな、と言って通話が切られて。
「想像よりヤバいな」
「ヤバいわねぇ。上空から見ただけじゃ地下まではわからないだろうから、楽観視すれば第二二学区も大丈夫かもだけど……見事に中心部以外やられているわねぇ」
総人口二三〇万人のうち、一八〇万人が学生……能力者である。が、この人工筋肉の侵入を防げるのは
……仕方ない。これは逃げるどころじゃないし、磨り潰されるのも目に見えている。
「食蜂。もしもの場合は証拠隠滅を頼む」
「ふぅん? アナタの口から頼む、なんて言葉が出てくるとは思わなかったわぁ」
「あの、呼びかけられたあとガン無視のモリヤは何をすればいいのでしょうか。と、モリヤは遠慮気味に伺います」
「……このケースの『霊磁性流体』へのアクセス権を分割譲渡するから、多少手荒でも良い。こいつらの身体から件の人工筋肉を排除できないか試してみてほしい」
「おっと想定以上に重大任務が。しかしお任せください。モリヤはイイ女でできる女であると同時、お忘れかとは思いますが電撃使いなので──」
「『霊磁性流体』がそんなもの通すわけないだろ。普通にやれ」
「……しょんぼりです。と、モリヤはいじけたフリをしつつ、作業を開始します」
「食蜂は一応こいつのサポートをしてやってくれ。知識で足りない部分があればカバーな」
「構わないけれどぉ、あなたはどうするつもりなわけ?」
「出てくる。ちょいと仕込みをするためと、運が良ければ元凶排除のために」
大人しく『神の右席』の到着を待つ、だなんて。
はは、そんな大人しいやつに見えてたのか、って話だよな。
☆☆☆
上条当麻は溜息を吐いた。
いや、後悔の呼気を吐き出したのだ。
「クソ……無事でいてくれよ、インデックス……」
「ステイルはあれでいて強力な魔術師です。無事でしょう」
「……それは、わかってるよ。わかってるけど」
現在上条は、神裂火織と一緒だった。
昨日の昼頃日本について、安東に関する記憶処理がある、と神裂が安東を連行。土御門は「おいおいおいどこのどいつだこんな真昼間から……!?」とどこかへつかつか歩いていってしまい、なぜ自分が日本へ帰ってきているのか理解していない禁書目録に簡単な説明をしたのも束の間、どうやら彼女的にはまだドイツ料理を堪能しきれたわけではなかったらしく、あまりにも煩いので安東にごめんなさいをしながら第二二学区などで外国料理を電子マネー決済にて堪能していた折に、それが起こる。
悲鳴。轟音。上条が走り出すまでもなくソレは彼の目に飛び込んできた。
──明らかにゾンビっぽい動きで人を襲い、襲われた人も明らかゾンビっぽい動きになっていく、あの惨状を。
ゾンビパニックだ──!? とか騒いでいたら、「巨人に苦痛の贈り物を!」と聞こえてきて、あわや一般人が業火に巻かれそうになったので右手で無効化。下手人たる不良神父に怒鳴りかかったら怒鳴り返され、もみ合いになっている内に禁書目録の悲鳴が聞こえ、即座に走り出した不良神父に禁書目録を掻っ攫われたのがついさっきのこと。
その右手で殴ってもゾンビ化が解ける様子はなく、これはどうしようもないと逃げて地上まで出てきた上条の目に映ったのは、どこもかしこもに溢れる人影人影人影人影……。
とりあえず高いところを探して逃げ回っていたものの、持ち前の不幸からとんでもない数のゾンビをトレインして──あるいは、それによって救われた者も多かったのだが──いたところ、神裂火織に首根を掴まれて建物の屋上まで連れてこられて、今現在なうである。
「……ざっと街全体を見てきましたが、凡そ八割がこのゾンビの支配下に落ちています」
「そ……そんなに、か」
「ただ、襲われた人間には噛み痕などの目立った傷がなく、身体が接触してから数秒後、身体の自由を失くして動き回る、という様子が見て取れました。……今仲間の魔術師が解析をしていますが、魔力の痕跡が見当たりません」
「魔術じゃない可能性もあるってことか? ……その場合、神裂たちは……関わらない方がいいんじゃないか?」
「ええ、表立って関わるのは危険です。しかし、そうも言ってはいられないのです」
「そりゃまた、どうして」
「……あなたは『神の右席』、というものをご存知ですか?」
知らぬと答えた上条に明かされる『神の右席』という組織のこと、その理念。
聞いているだけで少し不快そうな顔をしていた上条である。当然。
「それで……そいつらが、なんだよ」
「『左方のテッラ』、及び『後方のアックア』。この二名が学園都市へ向けて経ったと『
「それを……どうにかするために、神裂とステイルが来てくれた、ってことか?」
「……。……落ち着いて聞いてください。……まだ……情報を洗っている最中ではありますが、どうやらこの二人の狙いは……安東さん、であるようなのです」
「は? ……な……なんで?」
「詳細はまだわかりませんが、恐らくは……先日の件に関係があるものと思われます。先日関わった十三騎士はローマ正教の一員。『神の右席』も同じローマ正教です」
「あいつらがやってたっていう『是正』みたいなことを、安東さん相手にもやろう、ってことか? そのために……そんなよくわからない連中が?」
「正直、一般人を殺害するのにはあまりに過剰戦力です。ただ……あなたや、この街の超能力者が彼を守ろうとする、という可能性を考慮すると……」
沈黙が下りる。ゾンビのことだけでいっぱいいっぱいなのに、そんな話は聞いていない。
人を……あんなに良い人を……如何なる理由があって、殺す、だなんて。
「"取り込み中失礼"」
「何者!?」
聞き覚えのある合成音声っぽい声。
それが聞こえた方向へと上条が顔を向ける前に、ワイヤーが飛ぶ。
スパァン! と切れるは、やはり見覚えのある透明な鳥。
「"いやあの、取り込み中失礼って言ったよな一応。その使い魔をフツー斬るかね"」
「神裂さんストップストップストップ! この人は良い……人、ではないっぽいんだけど、一応理性的な会話ができる人だから!」
「……視線に邪気しか感じませんが、あなたがそう言うのなら……話は聞きましょう」
やはり流体であるからか、斬れたことなどなんのそのでくっつく透明な鳥。
「"やぁ、久しぶりだな、上条当麻"」
「ああ、オルソラの時以来だ。……アンタは、『
「なんですって? ……上条当麻、その名は三百年以上を生きる怪人の名ですよ」
「そう、そいつだよ。ステイルやオルソラも証言してくれると思う」
「だとすれば、やはり話など聞くべきではありません。詐欺師、扇動家、最悪の革命者……『
と、言われてもなぁ。というのが上条の心境。
やっぱりまだ、『
「えっと……それで、アンタは何を言いに来たんだ?」
「"有益な情報と耳寄りな情報ととっておきな情報と示唆に富む情報と滋味あふれる情報と金言と至言と非常に悪いニュースがあるんだが、どれから聞きたい?"」
「ええっと……多分、今はふざけるべきじゃないと言いますか。お隣の方、委員長タイプなので、その」
「委員長タイプとはなんですか上条当麻」
「"成程冗談が通じないタイプか。人生つまんなそう。……身体的特徴とクソエロな恰好からして、『
「上条当麻。やはり斬るべきです斬ります今度は呪符ごと」
「どうどう……えっと、つまり良いニュースと悪いニュースがある、って話でいいか?」
「"正しいよ、高校生。俺の扱いに慣れてきたな。暴れ馬の扱いにも"」
抑えておくの大変なんだから揶揄わないでほしい切実に! とは上条の胸中である。
「"んじゃまず良いニュースから。このゾンビ騒動、当然ながら俺の巣も被害を受けている。なんでパパっと調べた結果の情報が、この通信端末に入っている。受け取ってくれ"」
と、バッサバッサと降りてきた二羽目の流体の鳥が、その頭に乗っけていた通信端末を上条に渡してくる。
右手で鳥に触れないよう細心の注意を払いながら上条がそれを受け取れば……成程確かに、というかとんでもなく有益な情報が、とんでもなくわかりやすい資料の形で纏められていた。この流体の鳥の奥にいる魔術師は普段からこういう資料作成に慣れているのだろう。非常に「ビジネス」を感じる内容。
「"が、前に説明した通り、俺は物理干渉が苦手な魔術師だ。この人工筋肉には手も足も出ない"」
「成程……ただの人工筋肉なら、確かに俺の右手も効かないか……」
「"とはいえ熱には弱い。あの不良神父は一緒じゃないのか? あいつの火力なら申し分なしだ。やりすぎはご法度だがな"」
それを聞いて安心する上条。禁書目録はしばらくは安全そうだ、と。
「"良いニュース二つ目。この情報は既に多方にいる能力者・協力者に流してある。その通信端末のアドレス・番号と一緒にな。つまり生存者情報網が既に形成されているわけだ"」
「おお……。至れり尽くせり……」
「"良いニュース三つ目。まぁこれを良いニュースと捉えるかはお前さん次第だが、各端末の周囲に五羽、この流体の鳥と同じタイプの使い魔を放っている。困ったこと、共有したいこと、あるいは調べてほしいことなど逐次声をかけてくれたら対応できるし、同じような通信端末を持っていても俺の使い魔が付いていなければ既に敵の手に落ちていると判別できる"」
「……その協力者とは、幾人いるのですか?」
「"現状だと四人。そこにお前らと、場所がわかり次第不良神父にも渡してやろう"」
「つまり、三十匹の使い魔を同時に操り得ると?」
「"五百は余裕だね"」
使い魔、というものがどういうものなのかを上条は知らない。
だが、ファンタジーな知識で言えば、恐らく情報を収集したり感覚を共有できるものなのだろう、というのはわかる。目の前の鳥然り、だ。
それを……五百体同時操作。……如何なる演算力なのか。知らずに唾を飲む上条。
「"良いニュースはもう一個あるが、そいつは後回しで、悪いニュースへ行こう。さっきもちらっと話を盗み聞きしてしまったが、その通り。『神の右席』が二人、こちらへ向かっている"」
「そ、そうだ。そいつらはローマ正教なんだろ? 確かアンタって、ローマ正教の天敵とかで……頼む、一般人が命を狙われてて……どうにか撃退できないか!?」
「"できてたら俺はこれを悪いニュースにはせん。基本的に隠蔽・逃亡メインの魔術師なんだよ俺は。こういう草の根ネットワークを構築する、とかは得意分野だが、正面切って戦える魔術師じゃない"」
「……しかし、記録によれば──『
「"ハ、肯定しよう。なんならお前を信徒に、ということも、条件が揃えば可能だ。……が、それはあくまで条件が揃えば、だ。目の前に聖人がポンと置かれてどうにかしてみせろ、って、ムリムリ。死ぬ死ぬ"」
消沈する上条。
「"畳みかけるようで悪いが、悪いニュースをまだ言っていない。……悪いニュースは、『左方のテッラ』と思わしき姿の男が、巨大な霊装を有していた、ということだ"」
「大きいと……何かあるのか」
「必ずしも効果が比例するわけではありませんが、大きければ大きい霊装であるほど複雑な術式が刻まれています。つまるところ、強大で複雑で、そうでもしなければ効果を発揮できないものの、非常に強い効果を有する霊装である可能性が高い、ということです」
「……それは……効果範囲にも、同じことが言えんのか?」
「はい。これも必ずしもではありませんが、大きいことには意味があるはずです」
「"というわけだ、上条当麻、聖人。ゾンビに関しては他の能力者と協力してどうにかしてくれ。俺も使い魔を使って根源の位置を探る。多分こっちはお前さんじゃない普通の超能力者たちを頼ることになる。が、『神の右席』は……とりわけ効果のわからん霊装に対しては、お前さんの右手が最高の一手になる。わかるだろ"」
「……ああ」
「"そして聖人。お前の相手は『後方のアックア』だ。この配役も理解できるな?"」
「ええ。彼は聖母と神の子の二重聖人。私では及ばないやもしれませんが、せめて戦火が学園都市に届かないようにします」
神裂もことの重大さをわかってくれたらしい。『
「"おっとそうだ、忘れるところだった。上条当麻、その通信端末のカメラモードを起動してみてくれ"」
「ん、ああ。……したけど」
「"そいつで、下を歩いているゾンビ共を映してみな"」
言われるままにそれを行う上条当麻。
すると──その肉体を包み込む、繊維のようなものが見えた。
「"そいつは少々特殊なレンズを使っていてな。学園都市などで一般に使われている化学繊維類を透過し、それ以外の技術で作られたものを強調表示できる。つまりこれがあれば"」
「相手がゾンビかどうかわからない時の判断材料になる、ってことか! ……これ、量産はできないのか? みんなに配ればめちゃくちゃ便利だと思うんだけど」
「"生憎と材料の問題で無理だった。あと時間もない。その通信端末だって俺が作ったんだぞ。そう数は用意できん"」
「え゛。……すんごい技術力。……だし、今更だけどアンタ、科学に抵抗無いんだな」
「"十字教だのなんだのとお高くとまってる奴らはどんどんと科学嫌いになっていくが、俺は学園都市に住む一般人なんでね。この街で科学技術に一切触れないって方が難しいだろう。そんで、上条当麻、お前にしか意味が無いスペシャル機能をつけておいた。──となりの聖人にカメラを向けてみな"」
今までが全て有益な情報ばかりだったからだろう。
何の疑いもなく端末のカメラを神裂に向ける上条。
その画面に──頭に疑問符を浮かべた神裂火織の裸体が映った。
豊満な乳房。その頂点にある突起。左足だけ千切られているデニムの中の、ショーツを通り越して、産毛のような毛と、突起と、秘裂と──。
上条当麻の処理能力はそこでダウンした。
「ファ……ファ、ファッ!?」
「"三百年を生きる怪人から、若人へのプレゼントフォーユーだ。当然その聖人以外にも有効だから、好きに使え。あ、充電は一般的な端子でできるぞ"」
「ななな、なんてものを……!?」
「"俺からのニュースは以上だ。聖人、わかっているとは思うが、今回はとりわけ上条当麻を前線に出すなよ。出すのはテッラ戦だけだ。それ以外のところでは基本お前が前に出てやれ"」
「あなたに言われる筋合いはありませんが、そうですね。そのカメラとやらは、ゾンビの判断だけでなく、生存者を見つけるのにも役立ちそうですし、常に私の周囲を映しておくことを推奨します」
「そんなことはできマセン!!」
「……どうしてですか?」
「あ、い、いや、充電できる、って言っても、いざという時に充電切れじゃ困るだろ?」
「確かに。……そうですね。では要所要所で使うように。ステイルと合流した時なども一応使いましょう。考えたくはありませんが、彼やインデックスがそうなっている、という可能性も零ではありませんので」
禁書目録をこれで見るのも憚られるけれど、ステイルの裸体はもっと見たくない。
一瞬脳裏に想像できてしまったソレを脳内から追い出し──「よし!」なんて声を出して。
「行くぞ、神裂。どんなくだらない理由があるのかは知らないけど、このゾンビ騒動も、『神の右席』も、一般人をこれほど無意味に巻き込んで傷つけるって言うんなら、そんな幻想纏めてぶっ殺してやる! そんで、誰が……あの人を殺そうとしているのかも聞き出して、……それ以上のことは、すまん、俺にはよくわかんないけど」
「いえ、良いと思います。学園都市にまで乗り込んできた以上、イギリス清教は大義名分を得た上でその行動を非難できる。それが一般人を消すため、なんて理由であればなおさらの糾弾が可能になります。つまり、ここでその二人を追い払ってしまえば」
「ちゃんとした安全が手に入る、ってことか!」
──さぁ、では、それでは。
史実には無い、それでいて、どこかなぞりつつある……9月30日を、始めよう。