とある性教の雌女昇格(メスメライザー) 作:無ければ作れ(Invenire404)
上条はそのスケベアイテム……もとい、通信端末を起動する。
入っているアプリケーションは三つだけ。資料を開き、追記などができるアプリ。カメラアプリ。そして、地図アプリだ。どうやらこの地図アプリには通信端末を有している存在の位置が取得されているらしく、残念ながら今すぐ会いに行ける距離には所有者、というものがいないようだった。
そして、アプリケーションではない標準機能に搭載されている通話機能を起動する上条。
特定の誰かに繋げる機能もあるようだが、設定された帯域に各々が繋げる……通話スペース、ないしは無線のような機能があって、だからそこに繋げてみることにしたのである。
ワンコール分もない時間のあと、通話が繋がる。
「"あら、誰か来たようね"」
「"また生存者が増えたのか。ハハ、あの鳥を操っている能力者が誰かは知らないが、ことこの状況においては有用極まりないな"」
危ない、と口を噤む上条。ステイルにまで渡すつもりだと言っていたから、勝手に魔術師か、それに関係する者に渡してまわっていると思っていたのだ。
けれど、確かに、この状況で協力者足り得るのは、土御門のように能力開発を受けたせいで魔術が使えなくなった魔術師より、当然のように強い能力を使い得る能力者の方だろう。
音質が少々悪いが、ゾンビ発生から今の時点までで組み上げられた端末にそこまでのクオリティを求めるのは酷というものだ。
「良かった、本当に生存者がいたんだな! 状況とか、何かわかったりするか?」
「"状況か。空を飛べる能力者の話に依れば、第一学区、第五学区、第七学区、第一八学区、第二三学区以外は全滅だそうだ。ついにこの学園都市も終わりかもな"」
学園都市は二十三の学区で成り立っている。
その内の五学区しか残っていない、というのは……絶望的な数字であると言えた。
「それは……」
「"けれどそれは、残りの学区に何か手を出せないものがあるということの証左。そうでしょう?"」
「"ああ、オレもそう考えている。そんでもって、ゾンビを創り出していると思われる繊維のようなもの。これが建物を破壊していることもわかった。オレたちの調べ上げた限り、破壊された建物は『監視カメラ制御施設』、『セキュリティシステムの会社』、『ドローン販売店』なんかが主だった。だってのに航空開発の第二三学区が無事、ってのには必ずわけがある。オレは今から第二三学区へいって、生存者探しのついでに何がそこを安全にさせているのか見に行くつもりだ"」
「危なくないか? 今アンタがどこにいるのか知らないが……」
「"ハ、連中の動きは遅い。単車についてこれる理由がないさ"」
ぶぉん、というバイクの吹かしが聞こえた。成程それならば、と引き下がる上条。
「"
「"ハハハ、
「"ちょっと先輩? あんまりそういうこと言わないでくれませんか?"」
「"あぁ、悪かった。──んじゃ、ちょっくら行ってくる。二時間後、必ずこのサーバーに繋げる。定刻になっても繋がらなかったら、まぁ、そういうことだ。助けには来なくていい。元凶解除を最優先で。ヨロシク"」
バイクのエンジンがかかった音のあと、その通話相手がいなくなったのを理解する。
飲み込まれる生唾。同時に。
「……なんか、安心したかも」
「"ええ、わかるわよ、その気持ち。なんだか……安心して任せられる。そんな感じがするのよね"」
「あ、いや。……なんていうか、学園都市は……どんな危機に陥っても、自分たちでなんとかしようってするやつが……結構いるみたいでさ。それがなんだか嬉しいんだ。頑張る活力になるっつーか」
「"ああ、そっちね。そっちもわかるかな。……みんな、自分の足で立ち上がろうとしている。それが……自分のことじゃないのに、自分も背を押されているような気分になるのよね"」
これは孤独な戦いではないのだと思い知らされる。
誰もいないわけではない。誰もが何かをしているからいないように見えるだけ。
であるのならば。
「アンタの無事を願ってる。俺は行くけど……無理はしないようにな」
「"健闘を祈るわ"」
通話を終了する。
顔を上げれば、なんだか感慨深い、とでも言いたげな顔をした神裂火織が。
「な……なんだよ」
「いえ。……学生、ですか。良いですね。……私達魔術師からしてみると、この学園都市の生徒は……どこか……言葉は悪いですが、"飼われている"というような印象……いえ、偏見がありました。ですが、今のあなた達からはそういうものを感じない。自由に羽搏き、そして自らの住まうところを守る……その姿は、羨望すら覚えます」
「……魔術師の世界の方が、飼われている感が強いから、か?」
「ええ、そうです。……それでも、ステイルのように守りたいものを守ることに全てを捧げたり、土御門のように身を粉にして働いたり……皆、立ち上がろうとしているから、やはり……」
「頑張ってないやつなんていないんだと思う。それが見えるか見えないかはあるだろうけど、お前も、俺も、ステイルも土御門も……インデックスも。みんな頑張ってる。安東さんもだ。……だからこそ、それを鎖す……殺すってやり方は、やっぱり気に食わない」
手を握り、再確認する。
任せられる。学園都市のことは、彼らに。
だから──学園都市の外からやってきた脅威には、上条が対応するのだ。
「この状況は確かに不幸だ。俺が呼び寄せたのかもしれない。けど、俺はちゃんと、幸運だって呼び寄せることができているって証明したいんだ。俺に降りかかるのは不幸だけでもいい。幸運ってやつを殺しちまっているのかもしれないからな。けどさ、俺の手が届かないところには、ちゃんと、呼び寄せた幸運が届いていてほしい。……ようやく、そう願えるようになった」
「……」
理解する。その上条を見て、神裂火織が、だ。
神裂火織のその体質は上条とは真逆。本来を言えば、超幸運体質だ。
であるが故に不幸を周囲に押し付ける。であるが故に、周囲が掴み取るはずだった幸運を奪ってしまう。
真逆である。だが、悩みは多分、同じ。
同じで……だからこそ、自身の奪えない距離にある幸運を、自身が呼び寄せることができたのだと。そう考えられるのなら、と。
史実における幾つかの出来事を経験しなかった神裂火織にとって、今の上条当麻に対する感情は一つ。
「良い考えです、上条当麻。骨身にこたえる考えでもあります。……私は強く、あなたの
「また……今更な。とっくに友達だって思ってるよ、こっちは」
「ええ、それでいいです。……行きましょう。この距離になれば、わかります。南東側から強い
南東。……それは。
「ゾンビに制圧されていない場所……だし、さっきの通話相手の人が様子を見てくるって言った場所だ」
「それは……よろしくないですね。『後方のアックア』は誇り高き武人であると聞いていますが、『左方のテッラ』は異教徒に対して残忍であると聞いています。……急ぎましょう。正しい想いを持つ者の未来が、"やり方"の損なった者に摘み取られないように」
「ああ」
右手を握る上条。
そんな幻想は、必ず、この拳で。
☆☆☆
さて、所変わって常盤台中学にて。
ここに通う女学生は皆
であれば、無論のことに堅固な防衛戦が張られている──はずだった。
「ああもう、キリがない……! こっちは昨日電池切れになったせいで本調子じゃないってのに……!」
「お姉様、背後から十名ほど来てますの!」
「大丈夫、わかってる! 黒子、アンタは自分の心配をしなさい! アンタがいないとこっちは動くに動けないんだから!」
ヨタヨタと寄ってくる、半開きの口から涎を垂らし、わなわなと震える目をした生徒たち。
制服が所々はだけていることなど気にしない。如何にはしたなかろうと関係なく這いずり、忍び、御坂美琴を狙って向かってくる。
向かってきた生徒の四肢に電流を流し、弛緩させる。ゾンビのようだが、ゾンビではない。それは白井黒子が
謎の人工筋肉。操っている存在がいるはずである、というそれ。常盤台中学だけでなく、学園都市全体の危機になっているそれに対し、今様々な研究機関・能力者が有効打を探しているところだ。
わかっているのは火に弱いということのみ。ゆえ、御坂も肌を焼くほどの電圧を戦闘に使用しているのだが、如何せん昨日の全力が結構キている。
本当は色々問い質したかったのに、起きてみれば病院のベッドで、金髪アロハグラサンの男も、
「最近! ずっと思ってるけど──」
電撃が大気を叩く。上空で落下→空間移動による疑似ホバリングを行っている白井を巻き込まない範囲で。
「説明を──後回しにすんなぁぁああああ!!!」
多少手荒になってしまうけれど──範囲内、すべての人間の四肢を弛緩させ、あわよくばその人工筋肉なるものを焼く。
学園都市第三位の頭脳を遺憾なく発揮して行う放電──怒り搭載ver.
余剰分の空間電荷を上空へ吐き出すことで上向き雷……落雷ならぬ昇雷を実現し、果てはブルージェットにまでなったのやもしれないが、それは措いて擱いて。
「はぁ、っはぁ……」
「お姉様、大丈夫ですの!?」
「……大丈夫。
「ええ……第七学区の北側に、
「なに、ゾンビって呼称はやっぱダメだった感じ?」
「ええ、ゾンビという呼称だとそのまま殺害までしてしまう能力者が出かねませんわ。ですので、あくまで操られている者であると周知する意味も兼ねていますの。もうしばらくすれば学園都市じゅうの音響を初春が乗っ取っ……掌握して、この事実が学園都市全体に周知される手筈になっていますわ」
安堵の息を吐く御坂。こんな状況でも、学生たちはみんな自分にできることをやろうとしているのだ、と。
「問題は、ある程度の意思の疎通が取れていたものが
「確かに喋ってはいるけれど、無理矢理喉を震わせられて、無理矢理喋らされてる、って感じだったから、それを見分ければ良いと思うけれど」
「それを見分ける・聞き分けることのできる能力者は限られていますの。それに──」
言葉は途中で途切れることになる。
ゾンビ映画よろしく──二人がいた屋根の、その下から、腕が突き出て、二人の足を掴んだからだ。
瞬時に空間移動を選択した白井は正しい。だが御坂はそう行かなかった。すぐにその手の筋肉を弛緩させたけれど──まるで、肌が石にでもなったかのように、掴まれた部分から硬直していく身体。体表面を何かが這っている感覚がある。どんどん何かに覆われていく感覚が。
「お姉様!」
「来ちゃダメ!! く、こうなったら自爆覚悟で最大電圧を──」
「そいつはオマエの勝手だが、命が惜しけりゃ動くんじゃねェ」
声。御坂は瞬時に判断を下した。
即ち、その声に従う、と。
次の瞬間御坂の立っていた地面が抉られ、蹴り飛ばされる。引っ張られて持っていかれそうになる足に真っ白で細い指が添えられ、その瞬間ブチブチブチ! という音を立てて、何かが千切れたのがわかった。
足が自由になる。
「このまま安全地帯まで運ぶ。上の
「え、ええ、そう。黒子! この人は大丈夫だから、ついてきて!」
まさか。
御坂美琴が、この存在に対し、「この人は大丈夫」なんて言う日が来るとは思わなかったけれど。
妙に慣れた手つきの姫抱きを受け、御坂とその存在は、近くの雑居ビルの上に降り立った。
「お姉様!」
「大丈夫よ、心配しないで。……。……ありがと。助けられたわ、
「こっちとしても
「はいはい、昨日もそうだったけど、その中学生煽り効かないから普通にしゃべりなさい」
「……お姉様、この方は」
「学園都市第一位の
「……ああ。あの……歴代最高のやる気の無さを見せた方」
「ありゃ人選が悪ィンだよ。隣に第七位がいりゃ誰だってあァなる」
確かに、と、第七位の人柄をそこまで知るわけではない二人だが、妙に納得する。
たとえ御坂があの場にいても、同じ結果になっただろう、と。
「そっちの女は……
「一部の情報提供者から
「あァ、ある」
「なら、共有いたしますわ」
と、御坂も読んだ……理路整然と纏められた資料を爆速で読み込む
流し読みの極致。本当に読めているのかと誰もが疑いたくなるその速度だが、学園都市第一位に対しては野暮というものだろう。
「こっちが掴んでンのと同じだなァ。……これ以上の情報が出ねェってことは、この情報だけで十二分に辿り着けるってわけだ」
「それと、もう一つ。地表を覆っている方の人工筋肉はどうにも『気象観測機器』に関する施設ばかりを狙って破壊しているようなのですわ。だというのに第二三学区は無事で……そこに黒幕がいると考える者もいれば、逆に黒幕にとって避けなければならないものがいるとする者もいますの。どちらも遠距離移動の手段を持たないため、確かめようがありませんが……」
「あァ、荒事は荒事対処しかできねェ小悪党にでも任せておけ。オマエら
「それで思い出したけど、アンタさっきどうやって私を助けたわけ? 何か特別なことをしたって感じはなかったけど……」
「連中は地面を這って、地面から生物に人工筋肉を伸ばして操るって話だろォが。なら寄生対象を宙に浮かして足元を薙いでやれば千切れる。つっても足が持っていかれねェよォにだの、ゴリラの筋肉相当の硬さを如何にして千切るかだの、考えることはそれなりにあるが……発火能力を持たねェやつにとっちゃ最も的確な対処手段だと思ってるぜ」
「……一考の余地あり、ですわ。情報提供感謝しますの」
改めて常盤台中学を見れば、その建物の至る所から『
「これを……どうにかする手段は、その黒幕とやらを叩く以外にはないってワケ?」
「できるンなら全員浮かして地面を焼き払う、とかでも救えるンじゃねェかァ? つゥか、さっきのを見てて思ったンだがよォ、
「どういうことですの?」
「オマエらの頭ン中がどォなってるかは知らねェが、人工筋肉をそいつと見做すことなく、服なンかはそいつに含めて跳ばせる、ってンなら、それは人工筋肉から助け出すことと同義になるンじゃねェの?」
そうだ。今さっき、同じように足を掴まれた白井だったけれど、今の彼女の足に人工筋肉の残滓がついている様子はない。
空間移動に吸着力は考慮されない。
「……目から鱗、ですわね。すぐに──」
「自分だけで行こォとすンじゃねェ。仲間に共有して、バックアップを集めてからにしやがれ」
「ええ、わかっていますわ。お姉様ではありませんから、猪突猛進に突っ込んだりしませんのよ」
「くーろーこー? それどういう意味かなぁ?」
「常盤台のことは私にお任せくださいと言っていますの。折角超能力者が……それも第一位と第三位が合流できたというのなら、不肖黒子は潔く身を引きます。どうかそのお力を合わせ、元凶を退治してくださいな」
「……無理しないでよ。戻ってきた時に……アンタがゾンビになってたら、迷わず電撃食らわせるから」
「ええ、それもお姉様の愛として受け止めさせていただきますわ」
そう言って、ヒュン、と消える白井。
残された二人は。
「中学生とは思えねェイイオンナがそばにいるじゃねェか、第三位」
「別にそういう関係じゃないけど……。……昨日に引き続きだけど、アンタ……頼っていいのよね」
「オマエが俺と行動を共にすることを許せるンなら、だなァ」
「アンタのしてきたことは、今でも許せないけど。……もし私とアンタの不和を理由に学園都市が……頑張っている皆が悲しい目に遭う、なんていうのは、もっと許せない。……学園都市にはまだ
「あァ……だったら、俺はもう何も言わねェ。行くぞ、第三位」
「ええ!」
二人は一斉に、天高くへと跳ぶ──。
☆☆☆
またまた所変わって、真っ白な少女を姫抱きにして街中を駆けまわっている黒い影に注目しよう。
「すている、止まって、とうまが──きゃっ!?」
「わかってる! あいつと神裂と合流した方が生存確率は上がる……けど、何かがおかしい!」
「なにか、って……?」
ステイル=マグヌス。そして彼に抱かれた
何かがおかしい。その何かが言語化できないまま、ステイルはその違和感の中心部へ向けて走っている最中だった。
本来であればその
そこへ、声がかかる。
「"ステイル=マグヌス。はぁ、ようやく見つけたぞ"」
「っ──、この声は」
「すている、上!」
上。上空に、いた。
流体の鳥。透明な鳥。呪符の張られた鳥型の使い魔。
「何の用だ、この大変な時に!」
「"わかった、超簡潔に話そう。上条当麻神裂火織を含む学園都市の協力者かっこ魔術を知らない者を含むかっこ閉じに対し独自の情報網を築いた。これがそこへアクセスできる護符で、フォーマライズドしてあるから禁書目録でも使える。有効期限は今日一日。そして
「はぁ!?」
もう一羽の使い魔が、護符と本を持ってステイルたちの近くに来る。聞き捨てならない言葉がありすぎて聞き返してしまったけれど、寄ってくる人影の気配に戦闘へ集中するステイル。
「『
「"これに魔術は関わってないよ。アプローチが科学すぎる。つーか俺の巣も被害を受けてるからな。ま、こちとら犯罪者。信じられないのも無理はない"」
「魔導書を執筆したっていうのか!? この短時間で!?」
「"『
「良いけど……これ、あなたの罪状が増えることになるかも」
「"それは構わないが、そう身構えなくてもいい。魔導書のプロセスを掠め取っているだけで、内容に汚染された知識はないからな"」
「なら、それは最早魔導書とは呼べないかも。ただの情報記録霊装だね」
「"ああ、そっちの呼称でいい。それとステイル=マグヌス。魔力が勿体ないなら、足元だけを焼け。その方が効率的だ"」
「うるさい! 僕に指図をするな! ……気付いているのか!? これが仮に魔術によるものではないとしても、明らかにおかしい!」
「"おかしい?"」
禁書目録がフォーマライズドされた護符の起動に成功している横で。
「人がいなすぎる! 学園都市の総人口は二三〇万人なんだろう!? どうしてこうもポツポツとしか人がいないんだ!」
「"──……!"」
それはあるいは、ステイルが完全に外部の者であるからこその気付き、だろう。
学園都市に住んでいる者ほど気付き難い……もし5/23が敵の手に落ちているのならば、もっとゾンビが……
「"……禁書目録。今からこの使い魔で学園都市全体を見て、ゾンビの配置位置を示す。魔導書の最初のページ、学園都市の全体図になっているだろう。そこに幾らかのコーヒーの粉が付属している。それが動く"」
「『コーヒーの洗礼』の術式だね。敵を示すコーヒーに洗礼を施したことで益とする行為を落し込んでる。大分古いやり方で、面白いかも」
「"こちとら三百年前の怪人なもんでね。──その配置図から、
使い魔が高くへ飛んでいく。
すると、全体マップの上に、さらさらとコーヒーの粉が這って乗っかって……円形を作り始めた。
それを見ながら、禁書目録は「確かに」と思う。
この学園都市というのは、住んでいるとあまり意識をしないけれど。
円形をしている。それのなんと──方陣化しやすいことか。
コーヒーの粉が走る。外縁部に密集していく粉。そう、街中に人が少なかったのは、最も密度の必要な外縁部に密集していたからだ。
そしてポツポツと……学園都市の住民たちによって対処されている部分をノイズとして排除しつつも、出来上がっていくは、明らかに人為の伴う陣形。
浮かび上がるは。
「"あァ……俺でも、わかった"」
「うん、これは──ゴエティアの悪魔。その一柱……知恵の大総裁、ブエルのシジルだね。自然哲学、道徳哲学、論理学や全ての薬草の薬効を教え、病の治療、とりわけ人間を健康体に戻す知識に精通し、必要であればそのための使い魔を授けることもあるもの」
学園都市の南東。そこに黒幕がいるとか、手を出せないものがあるとかではなく──必要がなかったから、そこには人工筋肉を伸ばしていないのだと。
「"……その魔導書、もとい情報記録霊装には書いてあるが、この事件の首謀者は恐らく『ドッペルゲンガー』……科学側のゴレム、人工生命の一つだ。それでいながら制作者の記憶も有している。その製作者は母親が大病の状況にあってな、どうにか人工物で代替できないかとサイボーグ……機械で内臓の代わりを満たす、という技術を研究していた"」
「……じゃあ、悪魔に……魂を売ってしまったんだね」
「"そういうことだろうな。……自殺は、あるいは生贄か? 自身の意識は機械に任せて……だが、どうやって学園都市の人間がこれほど精巧なシジルに辿り着く"」
「精巧とは言うけど、これを作っているのは素人さんだと思うよ。各々の線がどうしてそこにあるのかを理解していないままに引いてある。お手本を見せられたから、それを模写した、って感じ。……だから、そっか。お手本を見せた魔術師がいるね」
「"ああ。だが、ブエルが現れるのは人馬宮……十一月二十二日から十二月二十二日までの間だ。ブエルのシジルを教えた魔術師がそれを知らなかったとは考え難い。……だから、能動的に見せたわけではなく"」
「見たんだ。どうにかして、魔術師の脳内情報を掠め取った。お母さんの病気を治せる情報を持っている魔術師の脳内を片っ端から調べた、とかかな」
「"……『インディアンポーカー』か"」
ちなみにこの間ステイルが一生動き回って炎による撃退をしているのだが、彼はそこそこ良い男なので急げとか言わないし文句も言わない。
彼が提唱した疑問であるから、というのもあるかもしれないが。
「"昨日、非常に不完全な術式ながら、『マナナン・マクリルの魔法の豚の術式』を用いた魔術師がいた。生贄人数は一人。魔法の豚に見立てた存在は四人。それにより、『向コウ側』の力がこちらに溢れかける事態になった"」
「たった一人の生贄じゃ……得られるものなんて、薬にもしたくない量かも」
「"そもそもが死ぬほど遠回りの術式だったからな。『向コウ側』へ行くためにその術式を用い、扉を異界の扉、あるいは妖精の果実に見立てる、なんていう遠回り。お前ならわかるだろう? その術式は"」
「やり方が間違ってるよ、それ。仮に成功したとしても、神様を怒らせるだけになっちゃう。……つまり、あなたはこう言いたいのかな。整えられた環境下で、力を持った術師が、間違ったやり方で呼び込んだものは、当然おかしなナニカになる、って」
「"その通りだ。複数の魔術師の人格を埋め込まれた超能力者。朦朧とする頭、混濁する記憶が作り上げたその術式は、行くための目的を転換し、迎え入れるものになった。その上でマナナン・マクリルではなく異界の力が流れ込む結果になった。魔術失敗の反動というのは普通術者に返るものだが、術者が払いきれない場合、周囲が負債を負う結果になる"」
「……でも、術者が力を持つ存在なら。二人分の魂、それに……支配下においた、この街の人々」
「"ブエルそのものでなくとも、何かが呼び出される可能性はあるし、その時の被害は恐ろしいものになるだろう。……そしてもう一つ、悪いお知らせがある。ステイル=マグヌス。お前はそれを知っているな"」
「結局僕に話しかけるのか!? 今! かなり忙しいことがわからないか! 『
「"ごめんじゃん。そんな怒んナッツ。じゃあまぁ言うけど、ここに『神の右席』が近付いてきている。悪魔退治という意味では適任やもしれないが、『
こくりと頷く禁書目録である。
魔力の注がれない魔法円などただのデザインに等しいが、魔力よりも効率が良く、それでいて制御の難しい力の塊が二つ……このシジルの上に乗ったら。
その瞬間、ということさえ考え得る。
「"とはいえ、だ。今学園都市じゅうの能力者たちがそれぞれ対処法を考案し、シジル内部の要素たる線……ゾンビ、あるいは
「どちらにせよ止めないと。悪魔とされるもの……近代西洋魔術ではあまり悪魔を重要視しないけど、それでもそれに類するものが呼び出されたら……大変なことになっちゃう」
「"その通りだ。急いでくれと皆に言っておく。……ところでこれは本当の問いかけなんだが、ステイル=マグヌス。お前、違和感がある、だけでなく、どこかへ一直線に向かっていたよな。あれはなんだったんだ?"」
「力の……根源さ! 君達が睨んだ通り、これがシジルであるなら、それを紋章として認識できる場所に術者がいる必要がある!この学園都市で、該当する高さを有し、シジルの形を真正面に捉えることができる場所は一つ!」
業火が
「第二二学区、だったかな。そこの、巨大なジャングルジムのようになっている風力発電施設。黒幕とやらがいるとしたらそこだと思うけど、『
「"いい読みだ。そうか、お前さんはルーン魔術師。こういう紋章の手合いには俺達よりも聡いわけだな"」
パラパラと魔導書……情報記録霊装のページが捲れていく。白紙だったページにインクで文字が書かれていく。
「え……『
「"違う、ただの磁性インキだ。学園都市で買った"」
「……進み過ぎた科学は魔術と変わらない、なんて言うけれど、まさか君もそちら側の人間だったとはね。……いや、三百年生きている時点で人間と言えるかどうかは怪しいけれど」
「"ともかく、黒幕があそこにいる可能性は高い。禁書目録を連れていく理由を聞いておくか。危険が予想されるが"」
「今の学園都市に──、巨人に苦痛の贈り物を!……安全な場所なんてあるのかい? 僕と一緒にいることが、何よりもの安全だと思うけど」
「"それは間違いないが、抱えたままでは上手く動けないだろう。……ふむ。禁書目録、お前さん体重はどれくらいだ"」
「レディに聞いていい質問じゃないんだよ!」
「"ああいや、良い。大体わかる。……三体分でいいか"」
どこにいたのか、三羽の流体の鳥が集まって……流体で出来たソーサーのようなものが形成される。
表面に波紋があるそれが、禁書目録の前に……彼女が乗ることのできるくらいの低空に下りてきた。
「えっと……もしかして、乗れ、って言ってるのかな」
「"そうだ。ステイル=マグヌスの火力は期待できる。戦力として十二分だ。ゆえに、ステイル=マグヌスには万全の状態で戦ってもらいたい。そのステイル=マグヌスがお前さんをセーフティゾーンにおいていけないというのであれば、こうするしかないだろう。ああ、安心しろ。濡れることはない。多少ひんやりとはしているが"」
「僕たちに君を信用しろって? 冗談じゃない、君は」
ステイルが言い切る前に……恐る恐る、禁書目録はそれに乗った。彼の口が「な」とか「ちょ」になっている間に、良い座り心地を探し。
「濡れないし……ぐらぐらもしない。あなたの使い魔、便利すぎるかも」
「"ああ、自慢の品だ。状況を見て勝手に動くが、行きたい場所があったら言ってくれ。対応する"」
「……はぁ。……いや、そうだった。君は……昔から」
「"それじゃあ向かおうか、魔術師一行。そういうわけだからキリキリ走れよ、ステイル=マグヌス"」
「なに……ちょ、待て! 僕の戦力を期待するなら僕も乗せていけ! 無駄に疲れるだろう!?」
「"だってお前さん、俺の事信用できないんだろ? 信用できない奴の使い魔には乗れないよなぁ~~~"」
「シンプルにうざったるい……わかった、信頼はしないが、信用はする。……だから乗せてくれ。これでも戦闘続きでそれなりに疲れているんだ」
「"仕方ないなぁ。……あー、お前さんは、あん? 思ったより筋肉量が無いな。その高身長は見掛け倒しか"」
「うっ……うるさいな。魔術師に筋肉なんて必要ないだろう」
「"いーや? ……上位層の魔術師はみんな格闘できるイメージあるけど。……六羽でいいな"」
同じくソーサーのように集まった六羽の使い魔。そこに……見栄か何かか、立って乗るステイル。
しかし禁書目録を含め、周囲の使い魔から集まる視線という名の圧力に屈し、座った。
「"行くぞ。そこそこ飛ばすから、変に身を乗り出したり立ち上がったりしないようにな"」
「……本当に、どういう安定性だ。あの流体の使い魔もだけど……翼で飛んでいるわけじゃないな、さては」
まるでゴンドラ……ロープウェイやモノレールに乗ったんじゃないかと錯覚するほどの安定感と共に、二人はその場所へ向かう──。